第7話 移動料理人1

◆統一皇王紀1491年 ルヴァルスタン皇国 都市ニュロト


 ラング子爵領は皇国内で唯一、大陸の他の国家と貿易を行っている地域である。

 そのため、ラング子爵領は皇国内での物流の中心として繁栄しており、人や魔族など様々な種族がこの子爵領に集まってくる。

 特にラング子爵領から魔王領への中継点であるニュロトは物流の要所として活気があり、常に商人と冒険者、そのおこぼれに預かる盗賊等で賑わいを見せている。様々な種族でごった返すこの街はその分治安も悪く、魔王側、子爵側それぞれから治安維持のための守備兵が派遣されている。

 魔王軍側の守備隊は赤銅色を基調とした鎧に身を包んだ、魔王軍第二軍を中心として組織された部隊が担当している。

 対して子爵軍側の守備隊は白銀の鎧に身を包み、その財力をいかんなく発揮した子爵直轄軍が担当している。



 現在皇国内には皇国の国軍として、第一軍から第三軍までの三軍集団及び、各皇国五氏族の私設軍がそれぞれ一軍づつの五軍、そして魔王直轄の近衛部隊が一軍団存在していた。

 第一軍は主に外敵を迎え撃つために存在している軍集団であり、現在は対人種、対バルベルト王国への戦いの先陣を切っている。

 第二軍は主に皇国内の治安維持を目的として存在している軍集団であり、各氏族に対する牽制と、皇国内へ侵入してきた敵対勢力への対抗、盗賊などのならず者集団、および魔獣討伐などに力を発揮している。

 第三軍は基本的に第一軍、第二群の後方支援を担当し、各種遊撃任務などを請け負うことが多い部隊となっている。


 皇国五氏族の私設軍にもそれぞれ特徴が存在する。

 北方領を預かるベルギスタン伯爵直属の軍は皇国唯一海洋と面しており、皇国として唯一の海軍を保有している。もちろん海軍だけでなく、陸軍も保有してはいるが、多くの優秀な人材は海軍側に持っていかれれているのが現実である。

 南方領を預かるカールストン侯爵直属の軍はバルベルト王国と国境を接しているだけあり、常日頃から戦闘を行っている分他の氏族軍より精鋭が揃っている。直接的な武力であれば、皇国軍第一軍と引けを取らないほどの戦力を誇っている。

 西方領を預かるロンバルティア伯爵も、一部領地をバルベルト王国と接しているためにその国境線上に戦力を集中している。基本的に領内に獣人が多いこともあり、その戦力の多くを獣人が担っている。

 東方領を預かるラング子爵に関しては、直属の軍はそれほど多くの戦力を持ってはいない。しかしながら、その財力を背景にした傭兵部隊が充実しており、魔族、人族関わらず多くの優秀な才をその戦力として確保している。


 最後に、近衛部隊であるが、魔王直轄であることもあり、あまり表には多く出てこない軍団である。その全容を知るのは魔王軍中枢の一部のものに限られ、その多くが闇に包まれている。



 基本的に都市ニュロトは魔王領と子爵領の間に流れる大河を中心として、東西に街が別れて存在している。

 東側がニュロト東街、西側をニュロト西街といい、それぞれの街の守備隊も子爵軍、魔王軍が分かれて担当していた。

 中央の大河を渡す橋が関所としての機能を有している。

 皇国内の行き来でもあり、皇国内でも親魔王派であるラング子爵領との境でもあるため、それほど厳しい検査や監視があるわけではないが、行き来には身分や荷物などのチェックが必要となる。


 今回ルヴィスはラング子爵領側へは行く用事がないため、魔王領側の西街にて活動を行う予定である。



◇ ◇ ◇


 駅馬車を降りたは取り合えずドルイドが向かった方向、街の中央にある大橋とは逆の方向に向かう。もう出来るだけ彼にはもう会いたくなかった。

 

 と言う事で自然と足は西街の入り口付近へ向かう事になる。

 西街の城門は間口が広く大き目の馬車なら二台が余裕ですれ違えるほどの道幅がある。城門を入ると直ぐに広場が広がり、そこは旅人や冒険者向けの一種の繁華街となっていた。

 

 その繁華街の一角にある冒険者ギルドにルヴィスは用があったのだけど、場所が分からない。

 活気のある広場中央で止まり辺りで回りを見回してみる。

 

「あれは宿屋で、道具屋に、武具屋、レストランに、果物と軽食の屋台。雑貨の屋台もあるな」


 辺りを確認しながら冒険者ギルドを探してみるが、これがなかなか見つからない。


「行けば分かると言ってたが、来てみても全く分からないな」


 よくよく考えれば出不精の自称監獄塔から出た事の無い塔の魔女の言葉だ、そもそもこの街の様子を知っている事を前提にしている事が間違いだったのだ。と達観すると、探すことを諦めて近くの屋台に向かった。

 

「済みません」

「はーい、バナナですか、それともリンゴですか? あ、今日は珍しくモンゴモゴモゴの実も手に入ったんですよ、一度食べてみませんか?」


 店主が言った何とかの実が気になる。とても気になる。今までで聞いたこと無い果物だ、屋台を見回してもどの商品がそれかはさっぱり分からない。

 ちょっと気になったが、しかし本来の目的を達成すべく話を続ける。

 

「いや、ちょっと道を尋ねたくて」

「なーんだ、お客さんじゃないんですかー」


 ぷくっと頬を膨らませる店員の姿に少し罪悪感が生まれる。財布の中身を確認する。


「あ、買います買います。リンゴと、もぐももぐもぐの実? をください」

「有難うございますー。それとモンゴモゴモゴの実、です」


 店員が軽く訂正しながら、二つの果実を包んでくれる。

 リンゴは真っ赤に熟しており、とても美味しそうだ。対して初めて見るモンゴモゴモゴの実は…、良く分からなかった。何やら子供の頭位の大きさの黒く丸い物体だった。つやつやとした表面には薄く縦じまの模様が浮かんでいる。これは、食べ方が分からない…。皮をむけばよいのか、割れば良いのか、それともそのまま噛り付いて良いのか…。

 

「それでお兄さん何を聞きたいんですか」

「え、モンゴモゴモゴの実ってどうやって食べれば?」

「?」


 思わず気になっていたことが口に出てしまった。

 恥ずかしさにあたふたしながら、本来聞きたかったことを口にする。

 

「あ、いや違った。冒険者ギルドってどこですかね?」

「うふふ。冒険者ギルドはですね、そこに宿屋と武具屋が見えますか」

「ええ、隣り合ってるやつですよね」


 店員はそう言って屋台の右手方向にあった宿屋の方を指さした。

 指の先に宿屋と武具屋、道具屋がそれぞれ隣り合って建っているのが見える。


「そうそう、そこに有りますよ」

「そこに?」


 良く見ると、隣り合っている建物同士の間に細い隙間があった。まさかあの隙間の先にあるのだろうか、不安になりながら聞いてみる。


「あんな所にあるんですか?」

「? そうですよ、あそこに冒険者ギルドがありますよ」

「なんでまたあんな良く分からない場所に入り口が」

「さあ、ギルドマスターの趣味、とか?」


 不審な様子で店員が首を捻る。何か間違ったことを言っただろうか、と不安になってくる。


「有難うございました、それでは」


 とりあえず目的の場所が分かったので、店員にお礼を言い包まれた果実を受け取る。そのまま店を離れようとすると店員が声をかけてきた。

 

「モンゴモゴモゴの実はね、」

「はい?」

「モンゴモゴモゴの実の食べ方だよ、聞いてきただろ」


 ニコニコとほほ笑む店員の方に身体を再度向ける。確かに聞いた、またあの時の恥ずかしさが込み上げてくる。


「輪切りにして焼いて食べると良いと言われているよ。独特な風味があって、果物じゃなくて甘い肉を食べているような味がするみたいだ。その代わり生のまま食べるとお腹を壊すから注意してね」

「なるほど、面白い食べ方ですね。味も気になるので、今晩にでも試してみます」

「まいど。またよろしくねー」


 ひらひらと手を振る店員に対してお辞儀をすると、今度こそ冒険者ギルドに向けて足を運ぶ。

 到着してみると、その隙間は狭かった。人一人がやっと入れる程度の幅しかなく、それより恰幅が良い人なり魔族なりが来たら通り抜けられない気がする。これは間違いない。

 その場で見上げると、慎ましやかに小さく看板が付いている。読むと「西街冒険者ギルド ロンドベルの館」と書かれていた。

 その通路は暗くじめじめとしており、流石に中に入るのに勇気がいる。寧ろ入りたくない。


 入るか入らないかの葛藤を暫く続ける。傍から見たらとても滑稽な姿をしているだろう。現に何人かの通行人がこちらを見て怪訝そうな顔を向けてくる。ルヴィスは一旦考える事を止めて、今晩の宿を取るために隣の宿屋に向かう事にした。

 ルヴィスだけ特別と言う事も無いだろうけど、どうにもあの通路には入りたくない。

 

 宿屋の入り口の扉を開けると、カランコロンと古風なベルの音がした。

 宿屋に入ると広い空間が広がる。ロビーと簡単な食堂兼酒場に分かれているらしく、昼間からもう飲んでいる冒険者たちがいるのか随分と賑やかだ。その食堂兼酒場に居た何人かの冒険者風の者達がベルの音に気が付き入り口を振り返る。


 突き刺さる視線に若干きょどりながらキョロキョロと辺りを見渡すと奥に受付らしきものが見えた。

 出来るだけ身体を丸め、小さく見せる努力を無駄にしながらこコソコソ奥の受付に向かう。

 色々なところで元勇者と呼ばれているが実際の所、聖なる光の力が無いと自分は新人冒険者程度の力しかないのだ、できるだけ目立たない様に生きていきたい。

 こんな魔王が治める国の中心に近い街の冒険者たちだから猛者が揃っているに決まっている。きっと何の力も持たない自分なんかワンパンで打ちのめされるに決まっている。

 

「悪目立ちしないようにしないとな…」


 一人ごちながら受付に向かい今日の部屋を取る。

 値段は都市としては良心的な値段だった。とりあえず今までの経験上だと、バルベルト王国の同規模の都市なら軽く倍は取られるところだ。

 寡黙な店主に前料金を払い三階の二号室の真鍮製の大きな鍵を受け取る。また後ほど経費として魔王に請求するので、しっかりと領収書も貰っておく。

 とりあえず嵩張る荷物を部屋に置こうと階段を上がろうとすると上階から何かがバタバタと慌てた様に降りてくる。


「ひゃー、危ないですよー。ちょっとどいてください―」


 それは小さな体躯に自分より大きな水壺を抱えてえっちらおっちら危なっかしく階段を降りてきた。壺に隠れて全身がほとんど見えないが、ちらちらと確認できる身体的特徴からどうやらそれは草原妖精の様だった。

 本来の草原妖精は俊敏性が高く器用な種族であるはずなんだが、目の前でよたよたしている草原妖精はどうにもそうは見えない。むしろ危なっかしく壺に振り回されて…


「ひゃー、転びますよー」

「おっと」


 自らの宣言通り階段の中腹辺りから足を滑らして転げ落ちる草原妖精。そしてその手に持っていた水壺は大きく放物線を描き、丁度良く自分の胸元にそれが飛び込んできた。無事キャッチでき満足した自分のその横をゴロゴロと埃を立てながら転げ落ちていく草原妖精。まるでどこぞの吟遊詩人が演じる喜劇のようである。

 

「おーい、大丈夫かい?」


 階段の下でつぶれたカエルの様に床に突っ伏す草原妖精に壺を抱えたまま声を掛ける。

 

「はっ! 壺が、壺が割れてしまったのです!」


 ばっと飛び上がりおろおろと辺りを見回す草原妖精は、しかし一向に見つからない割れた壺に頭を傾げる不思議がる。


「可笑しいのです、壺が無くなったのです。これはきっと壺が世界のはざまに消えてしまったのです。困ったのです、困ったのです」

 慌てふためく草原妖精をぼんやりと面白おかしく見守っていたが、流石にかわいそうになってきたので声を掛けた。


「上ですよ、上。壺は私が無事に保護しましたよ」

「ふえっ」


 階段の上から草原妖精を見下ろす形で声を掛けると、草原妖精は上を向きぽかんとした表情を浮かべこちらを見る。


「誰ですか、誰なのですか?」

「私はルヴィスと言います、なんでしょう、旅人ですかね?」

「旅人さんなのですね。有難うございます。壺が割れてなくて良かったです」


 階段を降りながらキャッチした水壺を草原妖精へ返す。

 草原妖精は水壺を受け取ると、ニコニコしながら階段を上がり帰ろうとした。

 

「ちょっとまった。何か下に用があったんじゃないかな」


 草原妖精は振り返りきょとんとした顔をする。そして暫くするとみるみる顔色を青ざめ慌てだした。

 

「そうでした、そうでした。水を汲みに行くところでした。旅人のお兄さん、重ね重ね有難うございます」


 階段上でペコリとお辞儀をすると、またバランスを崩し転びそうになる。


「おっとっと」


 慌てて草原妖精の身体を抑えると、そのまま草原妖精から水壺を取り上げた。


「何をするですか、旅人さん」

「旅人も良いけど、ルヴィスって呼んでくれると嬉しいな。なんか危なっかしいし、水汲み手伝うよ」

「ふぁー、ありがたいです、ありがたいです。ルヴィスさんありがとうございます」


 なんの疑いも無くこちらの好意を受け取る草原妖精の態度に少し関心しながら、ルヴィスと草原妖精は連れ立って宿屋裏手の井戸のところまで歩いて行く。


「ところで君の名前は?」

「僕の名前はパオウです。草原妖精のパオウ、よろしくお願いします!」


 草原妖精はにこにこと笑顔を見せながら自分の名前を答えた。

 なるほどパオウか。声の感じとしゃべり方、見た目、服装、そして名前。すべてを総合した結果、パオウが男性か女性か性別を判断することはできなかった。

 しかし草原妖精に性別をずばり聞いて良いものだろうか。もしかしたら聞いたことにより何か相手を傷つけてしまうかもしれない。結局のところ悩むくらいなら、流してしまって気にしない事にしよう、と言う事でうやむやにしたまま性別を聞くのは諦める事にした。

 そう言う優柔不断な態度がいつも失敗の種になっているのは自分でも気が付いているのだが、今回はそう言うことは考えない事にした。

 

「慌ててるようだったけど、何か急いでいたの?」


 ニコニコしながら、るんるんと腕を振り歩いていたパオウは顔色を青ざめさせ慌て始める。

 表情がくるくると変わって面白い。パオウはあまり記憶力が良くない子なのかもしれない。


「そうでした、そうでした。実はお師匠様がお腹を壊してだっすいしょうじょう?になっているのです。早くお水を持っていかないといけないのです」

「それは大変だ、急ごうか」


 その喋り方からは感じられないが、内容としては意外と大変そうであった。裏の井戸で急いで水を汲み水壺を満たすとパオウに先導されてお師匠様とやらが居るという部屋へ急いだ。

 二階の奥に向かい、、五号室の扉をパオウが勢いよく開ける。


「お師匠様、お水もってきましたです!」

「遅い!」


 ぼすんとパオウに向かって枕が飛んできて、顔面にヒットする。


「ぷぎゃぁ」


 という悲鳴と共にパオウはその勢いのまま仰向けに倒れこむ。とりあえずその転倒に巻き込まれないように一歩後ろに下がった。

 危ない、パオウ本人が水壺を持っていたらもう一度汲みにいかなければいけないところだった、と手に持つ水壺を抱えなおしながらパオウの無事を確認する。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ですぅ」


 入口の陰から声を掛けると、枕の下から情けない声が聞こえる。


「ん、なんだアンタは?」


 すると、ベッドに寝込んでいた人物が扉の陰に居たルヴィスの気配に気が付いた。

 水壺を掲げながら部屋の中に入ると、とりあえず部屋の主に挨拶を行う。

 

「どうも、そこの階段で困っているパオウさんが居たので、手助けに来たいち冒険者です。とりあえず水、置いておきますので」

「あ、これはどうもすみません。うちのパオウがご迷惑をおかけしました」


 意外と丁寧な受け答えが帰ってくる。どうやら常識人らしい。


「どうやら、体調を崩されているそうで。あ、これ良かったら食べてください。お見舞いです」


 先ほど買ったモンゴモゴモゴの実が丁度手元に有ったので一緒に渡す。病人には果物が良いだろう。

 すると、ベッドに寝ているお師匠様とやらがモンゴモゴモゴの実を見てプルプルと震えだした。


「こ、こ、これは」

「どうしました? さっきそこの屋台で買ったんですよ。あ、なんでも生で食べるとお腹壊すらしいのできをつけてく…」

「これで腹を壊したんだあああああ」

「あわわわわ、落ち着いてください。お師匠様」


 突然叫びだすお師匠様。

 それをなだめるパオウ。

 一気に部屋の中が騒がしくなる。


「まさか私がこんなもので腹を壊すなんて、それもこれもポルルックが居ないからだ。あいつがいればこんなことには…」

「お師匠様、ポルルックさんは今は実家に帰ったばかり、しょうがないです。来月には帰ってくるのでそれまで我慢してください」

「ええい、代わりの奴はまだ到着しないのか!」


 バタバタと暴れるお師匠様とやらを取り押さえるパオウ。

 どうやら変な地雷を踏んでしまったようなので、二人には気が付かれないようにそっと部屋を出る。

 

「それではお大事にぃ」


 ゆっくりと扉をしめ、改めて自分の部屋に荷物を置きに向かう。

 その後ろからは未だバタバタと騒がしい音が響いていた。



◇ ◇ ◇


 部屋に荷物を置いた後、再び一階に居り宿屋の食堂兼酒場部分のスペースに来ていた。

 ルヴィスは再びあの隙間に挑戦しようか悩んでいた。しかしながら、どうにもあの隙間には入りたくない。

 その葛藤は恐ろしく自分の中で決着が付かなかった。


「あの、すみません」

「はい?」


 丁度目の前を通ったウェイトレスに声を掛ける。


「ご注文ですしょうかー?」

「あ、麦酒を一つください」

「かしこまりましたー」


 ウェイトレスの自然な動きと、その場の勢いに飲まれて思わず注文してしまった。


「あ、それと…」

「はい?」

「冒険者ギルドの入り口なんですけど、あの隣の狭い隙間しかないんですかね?」


 一瞬きょとんとした顔を見せるウェイトレス。数瞬後、何かに気が付いたのかちょっとおかしそうに笑う。


「冒険者ギルドの入り口は、あそこですよ」


 そう言って指さした方向には一つの大きな扉があった。

 よく見ると扉の上に「西街冒険者ギルド ロンドベルの館」と書かれている。

 

「あれ、入り口ってあの隙間じゃないんですか?」

「ちがいますよー、冒険者ギルドの入り口はこの宿屋と武具屋の中に入り口があるんですよ」


 そう言えば果物屋の店主もあそことしか言っていなかった…、気がする。ルヴィスの早とちりだったのか。

 眉間にしわを寄せうぬぬ、と唸っているとウェイトレスが麦酒を持ってやってくる。


「それじゃ、あの隙間は何なの?」

「とりあえずあの先は行き止まりですよ。なんでこんな形に建物が建っているかは分かりません。古代からある街ですからねぇ」

「そうなんですね。あの隙間の上に看板も有ったんですが…」

「あの看板矢印部分が消えちゃってるんですよね、最初は左右の矢印が書いてあって、それぞれ宿屋と武具屋を指してたんですけど」

 看板、作り直してくれないかなぁと他人事ながら思った。


「あそこの隙間、奥へ行く毎に狭くなるんですよね。だから偶に隙間に引っかかって出られなくなる人が居るんですよ。お客さん、良かったですね、そうならなくて」


 意を決してあの隙間に入らなくって良かった。心の底から安堵する。もし入っていたら、どこかで監視してるだろう塔の魔女にここぞとばかりに馬鹿にされていただろう。アレはそう言う輩だ。


「有難うございます。後で、その扉から、行ってみます」


 扉の部分を強調して答える。

 ウェイトレスはくすりと笑うと、ウィンクをしてから他の客のオーダーを取りに行った。


「とりあえず…、麦酒うまいな」


 麦酒を一気に煽り、腹の中をアルコールで満たす。

 少しだけ気分が上がった状態で、いざ行かんと冒険者ギルドの入り口をくぐった。



 冒険者ギルドの中はざわざわと人でごった返す、ような事は無くそれほど人は居なかった。

 時間的にも一般の冒険者はすでに張り出されたクエストを消化しに出て行っているか、隣の宿屋の食事処で寛いでいる時間帯だからだろう、ほとんど冒険者のいないギルド内を見回して確認する。

 部屋の左右に扉があり、それぞれ宿屋と武具屋に通じている様だ。受付は二つ、それぞれに受付嬢が暇そうに待機している。受付の反対側の壁にはクエストを貼り付ける掲示板があり、すでに数多くの冒険者が持っていったのか残りは数個といったところだ。恐らく報酬が安いか、恐ろしくめんどくさいクエストに違いない。


 中の状況を確認すると、暇そうに爪をいじっている冒険者ギルドの受付嬢に声を掛ける。


「済みません、魔王城から派遣されてきた雑用係のルヴィスと申します。塔の魔女から此処の冒険者ギルドで依頼を受け取れと言われたんですが…」


 今回は塔の魔女の伝手でこの依頼を受けていた。なんでも塔の魔女の知り合いが依頼を出していたらしく、それを何らかの方法で知った塔の魔女が依頼を受けてこちらに押し付けた。

 あの魔女は塔から出られないと言う割には色々なところに手を伸ばしている気がする。


「ああ、聞いてますよー。ちょっと待ってくださいね」


 席を立ちふらふらと何処かへ行く受付嬢を目で追う。意外と短いスカートにどきっとしながが帰ってくるのを待つ。

 暫くすると一枚のクエスト依頼書を持って帰ってきた。


「こちらですね。済みません、発注手続きを行うので、冒険者証を見せてもらえますか」

「あ、はいはい」


 実は冒険者証は勇者時代から持っていた。しかし、それをそのまま皇国内で使うと色々と差し障りが在りそうなため、魔王と話し合った結果、皇国内で使う冒険者証は新しく作り直したモノにしていた。

 おかげで冒険の記録も全てがリセットされ、ペーペーの低ランク冒険者となってしまっていた。とは言え、実力的にもペーペー同様の力しか今は持ち合わせていないので、分相応なのではあるが。

 

「はいはい。ご本人であることが確認できました。本来は中級冒険者用のクエストなのですが、塔の魔女様のご紹介と言う事で発注させていただきますね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 受付嬢はぺこりとお辞儀をすると、営業スマイルを貼り付けて内容の説明を始める。


「それでは今回のクエストに関して説明させていただきます。まず発注者はフードイ・クックさんですね。フードイ・クック、フードイ・クック…」


 発注者の名前を見て突然考え込みだした受付嬢。


「ああ、移動料理人のフードイ・クック様だ! すごいですね、すごい方からの依頼ですね」

「あの、そのフードイ・クックって方はどのような方なのですか?」


 フードイ・クックについて尋ねると、信じられないと言う顔で見返してくる。

 

「移動料理人のフードイ・クック様を知らないのですか!」

「あ、はい。すみません」


 あまりの迫力に思わず受付嬢に対して謝ってしまった。


「フードイ・クック様と言えば、皇国中を渡り歩く料理人であり、高級宮廷料理から、庶民が食べる定食まで、様々な料理を作り歩くマスターオブ料理人。彼の作る料理は至極の一品、その味は筆舌に尽くし難く、食べた瞬間に頬が溶け落ち、多幸感により死に至るとも言われています!」

「いや、死んじゃだめでしょ」

「いーえ、彼はすべての料理をマスターした、マスターオブ料理人、彼に作れない料理は無く、そして彼に満足させられない客はいない、そんな凄腕の料理人なのですよ!」


 物凄い大演説を繰り広げる受付嬢の姿を、ちょっと引き気味に見つめる。


「受付嬢さんはその移動料理人さんの料理を食べたことがおありで?」

「はい、一度だけ子供の頃に。たまたま私が住んでいた村に立ち寄ったフードイ・クック様が村人に余った食材で作ったスープをふるまってくれました。それはもう天にも昇るほどの美味で、何人もの村人が死の淵に」

「いやいや、毒入ってない? そのスープ」

「いや、死の淵にと言うのは冗談です。でもそれぐらい素晴らしいスープでした。」


 クエストの依頼書をうっとりとしながら掲げる。

 ちょっと怖い。


「とにかく、それぐらいすごい人なのです。ああ、あの方が今この街に居るなんて。出来ればもう一回、彼の料理が食べたい。彼の料理が食べたい」

「大事な事だから二回言いましたね? どんな方かは大体わかりました。お仕事の最中にそれとなく受付嬢さんが料理を食べたいと言っていたと伝えておきますよ」

「ああ、有難うございます。もう思い残すことはありません。このまま死んでもいい」

「いや、死んだら料理食べられないでしょうに」


 コチラの突っ込みに、ハッとした様子で受付嬢が目を覚ます。


「そうでした、こんな所では死ねません。それでは、クエストの説明を続けますね」

「おっ、おう」


 受付嬢の豹変についていけず、思わず変な反応をしてしまった。


「発注者はフードイ・クック様。クエスト内容は、料理素材の収集のお手伝い及び料理、食材の毒見役。期間は約一か月間。報酬は皇国通貨で十金貨と……」

「十金貨と?」

「フードイ・クック様の作るスペシャルフルコース…! あぁ、そんな…」


 受付窓口から崩れ落ちる受付嬢。

 ちょっとどころか、すごい怖い。


「私がこのクエストを受けたい…」


 彼女の一挙手一投足に驚きながら話の続きを則す。


「済みません。興奮してしまいました。具体的なクエスト内容は本人から聞いてください。えっと、滞在場所は、そこの宿屋の二階の五号室だそうです。あ、フードイ・クック様への伝言、忘れないでくださいね」


 しっかりと釘を刺されてしまった。

 しかし、意外と難しいかもしれない。

 何せさっきこちらの不注意で地雷を踏み抜いた気がするからだ。

 

 二階の五号室、さっき出会ったお師匠様がどうやらフードイ・クックの様だった。



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