第6話 異境者との出会い
◆統一皇王紀1491年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル
ルヴィスが城下町のどぶさらいの仕事から戻ると、雑用係の部屋にあるダイニングテーブルでファムと誰かがお茶を取っていた。
後ろ姿しか見えないが、その身長はファム同様低く、腰まで届く長い髪は真っ白でぶかぶかのローブを着ていた。顔部分が黒い布で覆われている。
「キシシシシ、やあやあお帰りルヴィス君」
「と、塔の魔女様?」
振り向くとそれはつい先日書籍の配達で向かった、監獄塔の住人、塔の魔女がそこに座っていた。
「いやいや、塔の魔女様はあそこから出られれないんじゃなかったんですか?」
「そんなわけ無いじゃないか。あんなところに居続けるなんて息苦しくっていけないよ。たまには外にでてリフレッシュしないとね」
塔の魔女は何でもない事のようにルヴィスに告げる。その後を継いでファムもニコニコしながら、
「塔の魔女様は私のお茶友達なんですよー」
と、特に驚きも無く言ってのける。
「まぁ、そうですか。そうなんですね…。ちょっと着替えてきますね」
諦めた様にため息をつく。そのままどぶさらいで汚れた服を着替えに自分の部屋へ戻る。汚れた服を脱ぎ、朝に交換したタライの水に手拭を浸して絞る。汚れた部位を拭き清め、新しい服に着替える。
その間も、雑用係のリビングからは二人の楽しそうな声が聞こえてくる。残念ながら話の内容までは分からないが、時折笑い声が聞こえてくるので楽しい話なのだろう。
手拭を洗い窓にかけて干すと、ルヴィスは汚れ物の服を持って部屋を出た。
汚れ物は入口付近の籠に入れておくと、洗濯係が洗濯をしてくれパリッとした仕上がりで返してくれる。
どこぞの修理やどぶさらいなど、汚れる仕事の多いルヴィスには有難いサービスだった。
「ルヴィス君もう今日のお仕事終わりでしょ? お茶入れるね」
「あ、有難うございます」
ファムの好意に甘えてお茶を入れて貰う。ファムが奥でお茶を入れている間、テーブルにはルヴィスと塔の魔女の二人きりになった。
「何しにここに来たんですか?」
「茶飲み友達のファムとお茶するためだぞ」
「本音は?」
「キミをからかうため」
明け透けも無く言い放つ塔の魔女に諦め顔で俯く。
「キシシシシ、キミはやっぱり楽しいなぁ」
「何がそんなに気に入ったんですか…」
キシシシシと言う独特の笑い声を聞きながらため息をつく。
そのタイミングでファムがお茶とお菓子を持ってやってくる。
「ルヴィス君お疲れー。どうしたのがっくりして?」
「いや、なんでもないです」
「キシシシシ」
不思議そうに首を傾げながら、お茶をルヴィスの前に置く。テーブルの中央に置いたお茶菓子は、さっそく塔の魔女がポリポリとつまみ始めていた。
「今日のお仕事は水路の掃除だっけ?」
「水路と言うか、どぶでしたけどね」
「どうりでキミから濁った不快な匂いがすると思ったよ」
「ほっといてください。まだ水浴びできてないんで仕方ないです」
塔の魔女のからかいを往なしながらお茶を飲む。程よく甘いお茶は付かれた身体にしみ込み活力を与える。
「それが聞いてくださいよ、ただのどぶさらいかと思ったら、水路内にデモニックマウスが繁殖してたんですよ。おかげで無用な戦闘をすることに」
「デモニックマウスかい。そりゃー災難だったね」
ポリポリとひたすらお菓子を食べる塔の魔女が心のこもってない調子で言ってくる。
「ほんと戦闘能力の無い私にとって、あれだけの数を相手にするのは苦労しました。武器もどぶさらい様に持って行ったスコップ一個でしたし」
「ちなみに何体くらい倒したの?」
んー、と顎に手を当て宙を見るようにして思い出す。
「五十体くらいでしたかね?」
「ほほぅ、封印された身体でスコップ一本でそれをやったとは、随分とやるではないか」
「すごーい、意外と力強いんだねルヴィス君」
い、いやー、そんなことは。と頭をかきながら照れる。
事実、細い水路上で相対したデモニックマウスは大したことは無かった。城下町の地下水路に住み着き食糧事情は良いのか、デモニックマウスの個体はそれぞれ随分と太っていた。それこそ細い水路だと一体がやっと通れるくらいに。それが正面から攻めてくるのだ。まとめて相手をする必要が無く、一体一体確実に仕留めていけばいい。要は根気が必要な仕事だった。
飛びしてくるデモニックマウスの顔面に向かってスコップの突きを見舞わす。大抵この一撃でデモニックマウスは倒れるか怯む。怯んだ相手はもう一撃食らわせれば確実に倒れる。要するに一体に対し、一撃から二撃の攻撃を加えるだけで倒せるのだ。
それをひたすら五十体分やるだけで良い。途中死骸の山が出来上がるので場所を少しずつ移動してやればそれで駆除は終わりだ。
問題は死骸の始末方法であった。このままにして置くと、死骸が腐敗しそこから疫病が蔓延する可能性がある。かといってデモニックマウスは肉も硬く皮も脆い、肉屋や革細工屋で引き取って貰う事もできない。仕方がないので、街の衛兵に手伝って貰い、城下町から外にでて暫く行った場所にある炭焼き場の燃料にしてもらった。
手伝って貰った街の衛兵に酒をふるまい、危うく赤字になるところだった。
そんなこんなで心身共に疲労がたまった状態で帰ってきたら、職場に塔の魔女が居るのだ。気苦労も増える一方である。
「あ、そうだ。ルヴィス君、次の仕事が有るんだよ。明日からでいいんだけどね」
そう言ってファムが新たに持ってきた依頼は、ルヴィス初めての王都ルヴァル以外でのお仕事だった。
◇ ◇ ◇
◆統一皇王紀1491年 ルヴァルスタン皇国 マニュロウ街道
ガタガタと音を立てながら、駅馬車に揺られて目的地に向かう。
ここはマニュロウ街道と呼ばれる、ルヴァルスタン皇国の王都ルヴァルからラング子爵領の中心地マカドウへ向かう街道の道半ば。 ルヴィスは魔王直轄地とラング子爵領との境目にある都市ニュロトを目指していた。
もともとは魔王から馬でも借りて事も選択肢として考えていたが、特に急ぎの仕事でも無いためのんびりと皇国内を見学がてら行くのが良いとのファムの提案で駅馬車を乗りついていく事になった。
マニュロウ街道は程よく整備されており、駅馬車も乗り心地が悪いものでは無かったが流石に半日も乗り続けると腰も痛くなってくる。夜の帳が下り始めたころ、今日の野営の準備の為に隊列が停止する。街道から少し外れた草原で各々野営の準備を始める。
隊列は駅馬車が一輛、商隊の馬車が二輛、それぞれの馬車に御者が一人ずつと、駅馬車の客が三人、商人が二人、商人補佐が二人。そしてそこに護衛として五人の冒険者が雇われており、計十五人のそこそこの大所帯であった。
街道沿いとは言え安全とは言えない、魔王領にも魔王に従わない野生の魔獣などは居るし、どこにでも野党の類は出てくる。特に人族国家に居る野党とは違い、魔王領に居る野党は性質上特に凶悪な集団となっていた。
そんな危険と隣り合わせの旅であることから、駅馬車は大抵商人などの商隊と一緒になり大規模の隊列を組んで移動することが常であった。
全体の中心に大き目の焚火が焚かれる。それを囲むように各人のテントを設置する。ルヴィスも昔取った杵柄で、冒険者時代に培った野営技術を存分に発揮し立派な一人用テントを設営した。
基本的に料理は各商人の持ち回りとなっており、駅馬車の料金にその分も含まれていた。手持無沙汰になったルヴィスは野営地をぶらぶらと散歩する。
焚火の側では商人の付き人がスープを煮込んでいる最中だった。お腹の空く刺激的な匂いが漂ってくる。話を聞くと人族の地域で豚として家畜されている動物の変異種、魔豚と呼ばれるこの地方特有の動物の肉を煮たものらしい。味自体は通常の豚よりも濃く脂身が多いのが特徴だ。
ちなみにオーク族に向かって魔豚と言うと死ぬほどキレる。ここ数か月の魔王領生活で嫌と言うほど体験した。大抵は酒場で大人しく飲んでいる時に、オーク族と魔族の喧嘩に巻き込まれて、魔族が酔っ払った勢いそのままにこの魔豚如きがと言ってオークがキレる流れだった。それの仲裁を毎回やっていたら、気が付いたら店主から用心棒代を貰えるところまで行ってしまった。
護衛として雇われていた五人の冒険者は人族一人、魔族三人、草原妖精が一人と言う珍しい混成パーティだった。あまり人族と魔族が一緒にパーティを組むことは珍しい。見ていると特に問題なく種族の隔たり無く付き合っている様だ。
草原妖精とはいわゆる小人族の総称である。人族の約半分の体躯で、俊敏性が高く、スカウトなどの職業に就く者達が多い。種族の特性なのか皮肉屋が多く、このパーティの草原妖精もまた、メンバーに向かって皮肉を言って軽くあしらわれている。
最後に駅馬車に乗り合わせた他の乗客の方を観察してみる。年若い人族の男性はすでにテントの準備を終え、テント内で寛いでいる。傍らには外した武具が置いてあり、すっかりリラックスしている。パッと見ではただの革鎧であるが、よくよく見ると魔法の武具であることが分かる。粗末な鞘に納められたブロードソードも恐らく同じだろう。装備だけ見れば上級の冒険者であろう。
もう一人の乗客は魔族の女性だった。魔族にしては見た目が年老いており、結構な高齢であろう事がうかがえる。魔族に関しては見かけと実年齢が伴わない場合も多く確定はできないが。この女性は駅馬車の御者と知り合いなのか、彼のテントに一緒に泊めてもらうようだ。テント等用意できない旅人もおり、そういう場合は駅馬車のテントを使うと言う選択肢も勿論ある。その分多少割高にはなるが、野営道具一組買うよりは随分とお得だ。駅馬車の御者もそれを見越してか、大き目のテントを設営していた。
暫くぷらぷらと歩いていると食事の用意が整ったと商人から連絡が有った。
ぞろぞろと焚火の周りに集まる。冒険者グループは二人は見張りに付くらしく、魔族二人と人族一人がやってきた。魔族の一人が見張り分の食料を先に貰い渡しに行った。それ以外の者はめいめいが食事を受け取り、焚火の周りに直に座ったり、拾ってきた丸太に座り食事を取り始めた。
ルヴィスはスープのたっぷり入った器と硬い黒パンを受け取り、一人少し焚火から離れたところに座った。
「隣いいかな?」
さて食事を始めようとしたところで、声がかかった。声をかけて来たのは、同じ駅馬車の客の年若い人族の男性だった。
「あ、どうぞどうぞ」
特に断る理由も無いルヴィスは自分の隣を勧める。なぜ彼がわざわざルヴィスの隣に来たのか少し疑問だった。今日一日の駅馬車での旅の途中、彼と話したことは最初の挨拶のみだった。
逆に老魔族の女性は、王都ルヴァルの出身らしく話が合ったので多少会話はしていたが、それでも日常会話程度だった。
「突然すみません」
「いえいえ」
魔豚のスープがうまい。魔豚は素材として安価で庶民の味方としての意味合いが強い為か、あまり王都の食堂では素材として出てこなかった。
「あの…」
いけない、食事に夢中になっていた。ルヴィスは慌てて取り繕うと、隣に座る青年? 少年? の方を向いた。
「すみません、食事があまりにもおいしくて」
「確かにこれ美味しいですよね」
「いやー、魔豚なんてなかなか食べる機会が無くて」
「そうなんですか? 結構城下町の食堂ではよく出てきましたけど」
「えっ、そうでしたか? おかしいなー、あはははは」
自分が魔王城で働いている事はできるだけ秘密にしていた。あまり知れ渡るとめんどくさい事になるとは魔王の弁だ。ルヴィスも奇異の目で見られるのは嫌なので大人しく黙っておくことにした。ちなみに元勇者であると言う事は城内の一部の者達にしか知れ渡ってはいない。
「それで、どうしました? 何か私に話でも?」
いきなり墓穴を掘りそうになったルヴィスは慌てて話の方向性を変える。
「いやいや、そちらも同じ人族でしょ。この魔王の治める地に人族の、それも冒険者じゃなさそうな方って珍しいなって思ってちょっと気になったんだよね。あ、僕はドルイド、ドルイド・リーンハックです」
ドルイドと名乗った男は気さくにこちらに手を伸ばしてきた。その手を取り握手を返す。
「あ、どうも。ルヴィスと申します」
実はある時期から、周りからは「勇者」としか呼ばれなくなったため、あまりルヴィスと言う名は世間では知られていない。これが有難いのか、悲しいのかは判断付きかねるが、どうやら世間では勇者と言うブランドが重要で中身の名前はどうでも良いらしい。現に吟遊詩人の叙事詩なども勇者としか出てこない。自分も、過去に存在した勇者の名前は勇者になった時に初めて知ったくらいだ。
なので、本名を名乗っても大丈夫だろうと思い、そのまま名乗ることにした。
「ちなみに冒険者に見えませんかね?」
「見えませんねぇ。着ている服も洗い立ての様にピカピカしてますし、持っている武器もそれほど使い込まれている様には思えない。立ち振る舞いは結構な場数を踏んでいるようにも見えますが、正直この魔王の治める地を冒険する冒険者には見えませんでした」
確かに、今日着ている服も王城の洗濯係に洗って貰った洗い立ての物だ。武器に関しても、今まで使っていた聖剣は元の王国に返したので、有り合わせの武器を借りてきた。ドルイドはなかなか見る目があるらしい。
「まあ、確かに冒険者には見えないかもしれませんねぇ。今はいろいろあって王都ルヴァルでなんでも屋みたいな事をやって暮らしてるんですよ」
「そうなんですね。ちなみにご出身は?」
「バルベルト王国ですね。そこのバーミンって都市からほど近い農村に生まれました」
事実ルヴィスはバーミンから駅馬車で一日程度向かった先にあるキゾノ村と言う農村出身だった。小麦と麦藁で編んだ籠等日用品なで生計を得ているあまり裕福とは言えない村だった。
「バルベルト王国ですか。一度立ち寄ったことはありますが、王都だけだったので、バーミンと言う都市は行ったことが無いなぁ」
「何もない街ですけどね。ドルイドさんはどちら出身ですか?」
「ドルイドで良いですよ。僕はマハティーヌ王国出身です。マハティーヌ王国とバルベルト王国の国境付近にある、キリヌルイって街ですね」
「ああ、マハティーヌですか。私の出身のバーミンからだと、王都を挟んで反対側なので遠いですね」
この大陸は魔王の治めるルヴァルスタン皇国を中心にして、各王国が囲むようにして成っている。皇国の南西にバルベルト王国、西にマハティーヌ王国がある。ちなみに皇国の北方は一部海洋と面しており、皇国唯一の港が存在する。
「バルベルト王国と言うと、「勇者」誕生の地ですよね。今代も勇者が誕生しているとか聞きますが、ルヴィスさん見た事あります?」
勇者という響きにびくっとする。できるだけ平静を装い対応する。
「勇者、見た事ありますあります。丁度王都に行ったときにちらっとですけど見ましたね。なかなかカッコいい方でしたよ!」
「そうなんですねー、羨ましいです。マハティーヌからは勇者が生まれる事は無いですからね」
実はそういうわけでは無いのだが、勇者とは特別な素養を持つ者が、バルベルト王国にある聖護神殿にて特別な洗礼を受ける事により「勇者」と認定される。特別な素養を持つ者は実は各地で生まれる事があるが、洗礼を受けれる場所が、大陸に唯一バルベルト王国にあると言うだけである。あまり知られてはいないが、実は遠く大陸の端にある小国、ミョルムガント国からも過去勇者が誕生したことはある。
ドルイドの勘違いを否定をするのもめんどくさいので今回は話は流しておく。
「ところでルヴィスさん、異境者と言う存在をご存知ですか?」
「異境者? いえ、聞いたことありませんね」
「では、神の使い、或いは異形なるモノ、は?」
「ああ、それならどこか風の噂で聞いたことがある様な」
「神の使い」とは人族の中で噂になっている超越的な存在の事である。神より授かる「ギフト」と呼ばれる各種技能を持ち、身体能力や魔術要素、精神力等通常の人族の数倍から数百倍の能力を持つ異能の者達の事だ。噂ではこの世界ではない別の世界から神によりこの世界に遣わされた者たち、とのことだった。
ここで言う神とは大陸各地に存在する各宗教体の信仰対象の事ではなく、広義の神、この世界の成り立ちに関わる原初の存在の事を指す。
勇者が現世界での最大の教派アルモス教の聖護の洗礼を受けたこの世界の聖なる守護者であるならば、「神の使い」は別世界から遣わされたこの世界への干渉者であると言える。世界への干渉も様々で、各国の戦争に関与しとある国に肩入れする者。気ままな冒険を繰り返し、ダンジョン等の迷宮へ潜るもの。一国の主なり世界に影響を及ぼすものと、噂は枚挙に暇がない。
遥か太古から噂のある「神の使い」であるが、実際に「神の使い」に出会ったと言うものは少なく、その存在自体も疑問視されている。
ちなみに「異形なるモノ」とは、「神の使い」が人族に近い姿かたちを持つのに対して、より魔族的魔獣的な見た目を持ちより強大な力を持つ者達の事を言う。ただし、「神の使い」とは違い「異形なるモノ」はその噂の件数も少なく、実際に居るのかどうかも疑わしい存在出る。一時期は魔王と言う存在がそれであるとの観測もされたが、現在では否定されている。
「それで、神の使い、異境者でしたっけ。それがどうかしましたか?」
「ええ、実は僕は異境者を探して旅をしているんです。意外と人族にとって過酷な魔王領の中でなら出会えるのではないかと思ったんですけどね。なかなか出会えなくて」
「てか、噂でしか聞いたこと無いんですけど、本当に神の使いって居るんですかね」
素朴な疑問を口にする。
「居ますよ。なぜなら僕が異境者、神の使いの一人ですから」
なるほど。
なるほど?
「ん?」
「はい?」
「ドルイド君が神の使い?」
「はい、そうなんです!」
すごい笑顔で言われた。
「えっ、そうなの?」
「実はそうなんですよ。なので仲間を探して旅をしているんですよ」
神の使いが魔王領に来ている、本当に仲間を探すだけだろうか、ふと疑問がよぎる。
なにせ世界へ干渉する者達である。魔王と言う存在はこの世界に干渉するのに良い目印となる。
「それで出会えましたか?」
「いや、色々と旅をしてるんですが、まだ一度も出会えていないんですよ。レアですからねぇ」
「そうなんですかー」
「そうなんですよー」
ニコニコと裏表の無いような顔でほほ笑むドルイド。
「ちなみにドルイド君は、何が目的なの?」
「目的と言うと?」
「神の使いって、私の記憶だとこの世界へ何らかの干渉を目的としてるんでしょ? 例えばこの世界の迷宮を踏破するとか、世界を救うとか」
「ああ、そういう事ですか。難しいですねぇ。僕はいわゆる神と言われている存在から何も言われてないんですよね、好きにしてとしか」
「好きにして、ですか。神様もざっくりしてるんですね」
「ほんと嫌になっちゃいますね」
笑顔を絶やさずにいるドルイドに恐怖を感じる。何も考えていなさそうな、それでいて腹の奥に何か巨大な野望を飼っている様な、ルヴィスには理解できない者がそこに居た。
冷や汗を隠しながら対応していると、不意にドルイドは立ち上がる。
「ごちそうさまでした。色々とお話楽しかったです」
「そう、あんまり話して無い気もするけど」
「いえいえ、色々と聞けました」
にこやかにそう言うと、ドルイドは食器を持ってその場を離れていった。緊張していたのだろう、彼が去ったとたんルヴィスは弛緩したようにぐったりとした。食事は全く進んでいなかった。
「いやはや、勘弁してほしいね。ほんと」
ルヴィスとドルイドの会話があってから三日、駅馬車を含む一行は大きな問題も無く目的の都市ニュロトに到着した。道中魔獣や夜盗に襲われる事もあったが、それは護衛の冒険者パーティにより難なく排除されていた。ルヴィスや、神の使いと自称するドルイドは駅馬車の中で見ているだけで事が終わり、手を出す間も無かった。
その間、特にルヴィスとドルイドは日常会話程度の話をすることはあったが、特に何か特別な事を話す事はほとんどなかった。
都市ニュロトは魔王領とラング子爵領の境目にあり、境界線を挟んで東街と西街の二つに分かれている。境界線には大河が流れておりそれぞれの川岸を繋ぐように大きな橋が架かっている。ラング子爵領側がニュロト東街、魔王領側がニュロト西街である。
西街側の正門で門番の衛兵に挨拶を交わし西街へ入場する。
ルヴァルスタン皇国内で、現在の所強固な越境制限が掛かっているのは魔王領とベルギスタン伯爵領との境界線のみである。それ以外の境界線は基本的にそれほど厳しいチェックなどはされていない。もちろん皇国外への他国へ行く場合には国境警備隊による厳重な調査が行われる。一応現在も大陸各国と皇国は戦争状態であるのだ。
都市ニュロト西街の駅馬車発着場に馬車が到着する。商人の一団はそれぞれの目的地へ向かい、護衛の冒険者は冒険者ギルドへと向かっていった。ルヴィスの目的地はニュロトなのでここで降りて問題ないが、ここからラング子爵領の中心都市マカドウへ向かうには一旦ここで駅馬車を降り、東街へ移動しそこから新たに駅馬車を用立てなければならない。ニュロトを素通りさせずにある程度街にお金が落ちるようにしたいと言う施策の現れだった。
駅馬車に乗っていた三名の客。そのうちの一人ドルイドが馬車を降りるとルヴィスに近寄ってきた。
「ルヴィスさんはここの街まででしたよね」
「ええ、ドルイド君はマカドウまで行くんでしたっけ」
「そうなんですよ、なのでここでお別れですね」
ドルイドは荷物を担ぎ、ルヴィスに握手を求める。
「道中有難うございました。色々と楽しかったです」
「こちらこそ、有難うございます」
握手をしたまま、ドルイドが顔を近づけ耳元で囁く。
「元勇者のルヴィスさん、またお会いできることを祈っています」
「こちらこそ、できればもう会いたくないですけどね。神の使いさん」
ポーカーフェイスを装い、ルヴィスが応じる。
そのまま手を離し、歩き去るドルイド。
彼の後ろ姿を見送る。彼の後ろ姿が見えなくなると同時にルヴィスはため息を吐いた。
「あー、疲れた」
「お疲れ様でした」
もう一人の乗客だった魔族の老婆がルヴィスに声を掛ける。
「どうでした、彼は」
「いやー、怖いね。彼は危ないよ」
ふむふむと頷く老婆。
「誰か付いて行った?」
「御者が後をつけています」
「ふーん」
ルヴィスの受けた依頼の一つは彼、ドルイドとの接触だった。魔王からの直接の依頼である。
接触しろとは言われていたが、特に何をしろとの具体的な指示は無い。ただドルイドと接触し、彼を見ろとの事だ。
まさか彼が神の使いとは思わなかったが。
「とりあえず、この依頼はこれで終了かな?」
「はい、魔王様へは私からご報告しておきます」
「あ、どうも。よろしくお願いします」
とりあえず、一つの依頼は終わった。
あとはここでのもう一つの依頼をこなすとしよう。
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