第7話 移動料理人3

◆統一皇王紀1491年 ルヴァルスタン皇国 都市ニュロト近郊の森


「ちょっと待って、ちょっと待って」

「ルヴィスお兄さん、急いでください。追い付かれちゃいますよ」


 ルヴィスの背中でパオウが叫ぶ。

 不気味なモンスターの影が複数ルヴィスに迫っていた。

 深い森の中、ルヴィスはパオウを背中に抱えそのモンスターから逃げていた。

 

「荷物、運びとは、聞いていましたが、パオウさんも、荷物にカテゴライズされるんです、ね」


 全速力での逃走に息を上げる。疲れから上がりかける顎を強引に下げながら、気合を入れなおす。

 ルヴィスは現在キラービーの追手から逃走していた。

 森の女王とも言われるキラービークイーンの先兵達は忠実に、そして確実にルヴィス達を追い詰める。

 複雑怪奇な深い森の中を苦ともせずに飛びまわるキラービーの先兵達。

 一方のルヴィスは背中に荷物とパオウを背負い、林立する大樹を避け、蔓延る根に足を取られながらの逃走だ。どちらが有利かは火を見るより明らかだった。

 

「ルヴィスお兄さん、もうちょっとスムーズに動いて貰えませんかー。揺れすぎて狙いが絞れませんー」

「無茶言わないでください。足元ガタガタで走りずらいんですよ」


 パオウの無茶ぶりにルヴィスは大きなため息を吐く。

 何故こんなことになったのか。

 

「あ、当たりましたー!」


 パオウの喜びの声を聴きながらルヴィスは思い起こす。



◇ ◇ ◇


「キラービーの巣を襲う?」

「はい、最初のお仕事はキラービーのハチミツ集めです」


 まさか死んでも行きたくないと思ったモノが最初に来るとは思っていなかった。

 パカパカと街で借りた馬に乗り、ニュロト近くの森に向かう。

 ちなみにパオウは足が短すぎて馬に乗れないので、ルヴィスの後ろに乗っかっている。


「すぐそこの森と言う事ですが、こんなに街の近くにキラービーって居るんですか?」

「居ますよー。ルヴィスお兄さんは見た事ありますか?」


 いつの間にかパオウにはお兄さんと言われ懐かれてしまった。

 壺が割れるのを助けたり、ハチミツを口に突っ込んだりしたせいだろうか。

 なんだか弟ができた気がして少しこそばゆい。

 

「見たことは有るけど、王国じゃすごい山奥とかにしか居なかったなぁ。こんな街の近くで出てきたら軍隊が出動して駆除をするところだよ」

「ひえー、それは大変ですねぇ。ここら辺のキラービーは基本的に森から出ませんし、はぐれキラービーが出た時も街の衛兵さんが倒してくれますよー」


 流石魔王の治める皇国の衛兵、キラービーなんか敵じゃないようだ。

 基本的にキラービーは王国基準で初心者冒険者が十人集まってやっと一匹、中級冒険者なら三人から四人のグループで一匹倒せるくらいの強さだ。上級冒険者でやっと一人一匹倒せる強さだろうか。

 もちろん正面から戦った場合だが。


「ところでキラービーの巣ってみたこと無いんだけど、やっぱり大きいの?」

「キラービーの巣はですね、熊さんです」

「?」

「くまさんです」


 良く分からないパオウの話を根気よく聞くところによると、キラービーの巣は熊らしい。

 違った、キラービーの巣は熊の巣穴を利用して作られることが多いらしい。

 熊が冬眠で利用した穴を再利用してキラービークイーンがそこに巣を作る。小型でも人間のこぶし大、最も大きいキラービークイーンは人間の頭部ほどの大きさにもなる。例え冬眠していた熊が戻ってきたとしても軍団となったキラービーの敵ではない。追い払うなんて赤子の手を捻る様なものだ。

 

 森で出会ってしまったら最後、そのまま全滅してしまうパーティーが一時期続出した。そんな事もあり、基本的に凶悪な魔獣などが少ない王国などでは、キラービーは森の女王と呼ばれ恐れられていた。


「そんな危険なキラービーの巣からどうやってハチミツを取ってくるんですか?」


 パオウがちょっと考え込みながら答える。


「まず正面から取りに行くと死にます」

「死にますか」

「死にますね」


 なぜか後ろで得意そうに返答するパオウ。

 

「実際にはですね、二通りやり方があります」


 にゅっと後ろから手を伸ばしてルヴィスの眼前で二本指を立てる。

 

「一つ目は、遠方から火矢なんかで攻撃して巣もろともキラービーを燃やしてしまう感じです」

「燃やし尽くす」

「燃やし尽くします」


 意外と荒っぽい方法だった。

 

「キラービーは火が苦手ですから、燃えるか、生き残っても逃げていきます。その隙にハチミツをゲットするです」


 なるほど、一網打尽にしてからハチミツを奪う。荒っぽいけど、危険度は少なそうだ。


「ただし問題点があるです」

「問題点、とは?」

「巣も燃えるので、ハチミツも一緒に黒焦げになります。運よく燃えなかった部分のハチミツをゲットしないといけないのですが、確率はかなり低いです」


 数打てば当たる的な感じだが、効率は良くない。攻撃される可能性も高いだろう。


「基本的に冒険者の皆さんはこの方法を取りますね」

「つまりパオウさんの取る方法は違うと言う事ですか?」

「違いますよ! 僕のハチミツの取り方はもっと紳士的です」

「紳士?」

「紳士」


 紳士?

 

「紳士的、とは」

「お願いして分けてもらいます」

「なるほど、帰りましょうか」


 馬首をめぐらし、一路街へ向かう進路を取る。


「ちょっとまってくださいー。大丈夫です、大丈夫ですからー」


 パオウが慌てふためきながら馬の方向を元に戻そうと、ルヴィスの胴を掴みながら力を入れる。


「本当ですかー?」

「本当です、ほんとうです。僕は虫と会話ができるんです!」

「よし、急いで帰りますよ!」


 馬の腹を軽く蹴り駆け足体勢を取る。


「待ってください、待ってください。本当なんです、僕草原妖精だから動物とか昆虫とかとお話できるんですよ」


 パオウが本気で泣きそうになってたので、とりあえず揶揄うのは止めておくことにした。

 馬首を戻し、元のコースに戻る。


「確か草原妖精は動物や昆虫などと心を通わせることができると聞きますね」

「そうなんですよ。なので、もう一つの方法って言うのは、直接キラービーと交渉して、ハチミツを分けてもらう方法なのです!」


 自信満々に言い切った。

 みなぎる自身が背中越しに伝わってくる。


「キラービーって交渉出来るものなんですか?」

「基本的に出来ないですね」

「帰ります?」


 背中越しに慌てる様子が感じられる。


「違います、違います。キラービー自体には交渉はできないですけど、キラービークイーンなら交渉する余地があるんです」

「ほう、その心は?」

「キラービークイーン管理の元、キラービー達は蜜を集めてきます。なので、キラービー自体は自分たちが集めてきた蜜を取られる事を非常に嫌がります。しかし、キラービークイーンはそんな事は有りません、交渉次第では物々交換などで分けてもらう事が可能です」


 キラービーと物々交換とは、なかなか人族では思いつかない方法だ。キラービーと会話が出来る草原妖精ならではの方法だろう。

 

「つまり、草原妖精なら特に怖い思いせずにハチミツをゲットできると言う事でしょうか?」

「いやいや、そんなに簡単な事じゃないです。キラービーに見つかると問答無用で攻撃されてしまうのですよ」

「問答無用で?」

「はい、聞く耳持たないのですよ。なので、キラービーが居ないところを狙って直接キラービークイーンにお話をしないといけません」


 結構大変そうだ。


「一度起こったキラービーは、クイーンが何を言おうと聞く耳持たないですからね。会いに行くタイミングは注意が必要なのです」

「ちなみに、物々交換とは何と交換するんですか?」


 パオウは自分のウェストバックをごそごそと漁ると、あるものを取り出してルヴィスに手渡した。

 

「これです!」


 渡されたものは何やらピンク色のごつごつとした石の塊だった。大きさはルヴィスの手で握れるくらいの大きさで、それほど重くはない。


「これは、岩塩ですか?」

「そうです!」


 パオウから渡されたモノは岩塩だった。岩塩自体は珍しいものではない、内陸部になると流通量は減るが、それでもある程度の規模で取引は行われており、希少性の高いものではない。皇国にもベルギスタン領内に岩塩坑が存在し、そこで産出された岩塩が皇国各地に流通している。

 

「キラービークイーンは岩塩を欲しがるのですか?」

「実はそうなんですよー。なんでも、花の蜜など甘いものばかり食べているので、偶にはしょっぱい物も食べたいらしく、岩塩を持っていくとすんごく喜ばれます」


 そんな馬鹿な。と思わないでもないが、実際にキラービークイーンと話せると言う本人が言っているのだから信じるしかない。


「そんなモノなんですか」

「そんなモノなんです」




 と言うやり取りがあってから時間にして四時間ほど経過した。現在は深い森の中で確認は難しいが、現在日は高く頂点に存在する。つまり昼日中だ。ちなみに馬は森の入り口につないで置いてきた。問題なければ帰りに際に拾い上げるつもりだった。

 パオウが言うには、この時間はキラービー達は花の蜜を取りに行き出払っているとの事である。その隙を狙いパオウが巣の中に居るキラービークイーンに交渉しに行くという作戦を取るとの事だった。

 

 そして今ルヴィスの目の前には熊の冬眠穴、つまりキラービーの巣がある。穴の大きさが小さくルヴィスの体長では穴に入ることができなかったため入り口で待つことにした。

 穴に到着して、周りにキラービーが居ない事を確認すると、するするとパオウは穴の中に入っていった。「交渉してくるのです!」と元気よく中に入って行ってからすでに一時間近くが経過している。

 その間取り残されたルヴィスは、いつキラービーの軍団が戻って来るか気が気では無かった。あっちへウロウロ、こっちへウロウロし、見通しの効かない森の中、常に周囲を警戒し神経を摩耗していった。

 いい加減入り口から声を掛けようかと思ったその時、ルヴィスはカチカチカチカチと言う嫌な音を聞く。希望的観測で、巣穴の中からパオウが何か音を出しているのかなぁと期待したが、残念ながらその音は入口とは反対側から聞こえる。

 分かっていたが、藁にもすがりたい思いだったのだ。

 ゆっくりと音のした方を振り返ると、そこには一匹のキラービーがその大顎を大きく広げ飛んでいた。

 

「ぱ、パオウくん。まだなのかなぁ」


 あまり動かない様にそっと入り口に声を掛ける。

 巣穴の奥からは返答はなく、物音もしない。


 そんな中、カチカチカチと警戒音が続いて響いてくる。

 

 一匹ならまだ或いは、そう思いながら腰に下げた剣に手を伸ばす。

 しかしそんな楽観的な想像はすぐにへし折られる事になる。

 

 先ほど出てきたキラービーの後ろから、二匹目、三匹目のキラービーが姿を現した。

 

「ああ、死んだな…」


 眼前に迫る絶望的な状況に、ルヴィスは諦めの境地に達した。

 今までの冒険でも困難に陥ったことは何回もあった。魔王との決闘時もそうだ。

 しかしその時は一緒に冒険をする仲間がおり、そしてルヴィス自身にも力があった。

 

 しかし今のルヴィスには何もなかった。

 仲間も居なければ、力も無い。

 持っているものと言えば、冒険者時代に鍛えた身体と経験だけだった。


 しかし、今現在キラービーを前にしてその経験も鍛えた身体も役に立つとは思えなかった。

 絶望の文字がルヴィスの眼前に浮かんでいた。


 嫌な汗が背中を伝う。

 最悪パオウだけでも逃がさないと、そう決意するとルヴィスは自分のするべき事を改めて確認した。

 まずは目の前の三匹のキラービーをこの場所から遠ざける事。

 そうすればパオウはまだ逃げられる可能性が高まるかもしれない。


 ゆっくりとその思いを行動に移そうとしたその瞬間、巣穴からひょっこりパオウが顔を出した。

 

「あれ、お兄さんどうしたですか?」


 コチラの状況も知らず、ニコニコとしながらパオウが声を掛けてくる。

 ルヴィスはあまり大きな音を立てない様、気を付けながら目の前に危機が迫っている事を伝えようと顎をキラービーに向ける。


「どうしたですか、変な顔をして?」


 気が付いてもらえなかった。仕方がないのでゆっくりと指を差して危機を伝える。


「あそこに、キラービーが、いる」

「あそこに、綺麗なお姉さんが、いる?」


 いや、その間違い方はおかしい。しかし突っ込みが出来る余裕も無く、額に汗を流しながら精一杯訴える。

 

「うーん、分からないですよ。どうしたんですか!」


 パオウが痺れを切らしたのか大きな声で怒鳴ってきた。

 対するルヴィスも若干キレ気味に答える。


「だから、そこにキラービーが居るんですよ!」


 カチカチカチカチ

 カチカチカチカチ

 カチカチカチカチ

 

 三匹のキラービーが警戒音を立てながら襲い掛かってくる。

 その攻撃を間一髪でかわすと、後ろで這いつくばっているパオウを抱え走り出す。


「ルヴィスお兄さんの声が大きいからキラービーさんが襲い掛かってきたじゃないですか!」

「これって私のせいですかね!」


 今更栓の無い事を言い合いながら、森の中を駆けていく。


「それで、ハチミツは貰えたんですか?」


 抱えながら走るのはつらいので、パオウには背中に回ってもらう。

 本当はその場に放り投げて走って貰おうとしたのだが、気が付いたらえっちらおっちら器用に背中側に回ってきて、今では完全にルヴィスに負ぶわれていた。


「岩塩一個と交換で壺一つ分貰ってきましたよー。中で味見もさせてもらいましたし、色々とお話出来て楽しかったです!」

「それ! もっと早く帰ってきてくれればこんな事にはならなかったのに!」


 舌を噛まない様注意をしながら器用に掛け合いを行う。

 そんな中、パオウが自分の背中から弓を取り出し追いかけてくるキラービーに狙いを付ける。


「それ当たるんですか?」

「失礼ですね、僕は草原妖精。狩猟はお手の物です。弓得意なんですよ!」

「そうですか、それは期待が持てますね」


 感情を伴わない声で答えるルヴィス。


「信じてませんね、目にもの見せてやりますよ!」


 そう言って引き絞った弓矢は風切り音を響かせて、蜂の巣に当たった。

 そう、キラービーではない普通の蜂の巣に。

 

「お兄さん、ごめんなさい。ちょっと追いかける蜂が増えちゃいました」


 パオウの告白にぎょっとして後ろを振り返る。

 そこにはキラービーだけでなく、普通の蜂も大群でこちらに向かってきている状態が見られた。


「ちょっと待って、ちょっと待って」

「ルヴィスお兄さん、急いでください。追い付かれちゃいますよ」


 ルヴィスの背中でパオウが叫ぶ。


 ルヴィスは心の中で大きなため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る