第4話 初めてのお仕事(後編)
◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル 闘技場
闘技場の壁修復作業をコツコツと実施してかれこれ四日が経った。その間特に大きなイベントも無く作業は順調に進んでいる。すでに修復予定の半分以上は終えているので、何とか予定の日数で終わりそうではある。
あれからヒツジアーノは度々様子を見に来てはいたが、徐々にその間隔は広くなり今日に至ってはまだこちらには来ていない。信用された、と思いたいが油断は禁物であろう。どこで見てるか分からない。なにせあの魔王との戦闘も見られていたのだ。
ファムは未だにメイドの仕事を手伝っている。過労で倒れた娘はまだ復帰できていないとの事で、あっちでふわふわ、こっちできびきびと仕事をしている姿を見かける。初日に仕事を終え夕食を食べながら、「ごめんねー、まだあと一週間はかかりそうだよー」と朗らかに言っていたのが印象的だった。かわいい。
ファムはメイドの仕事以外にもあれこれ手伝っているようで、今回の修復作業のお手伝いは恐らく望めないだろう。
ちなみにどうでも良いことではあるけれども初日の帰りは完全に道に迷い魔王城をさ迷っていたところをファムに保護されて何とか寝床に帰り着くことができたのは内緒だ。別に半泣きになってはいない、断固として。
「あれからまだ一か月程度しか経ってないんだなぁ」
お昼用に持ってきたサンドイッチを頬張りながら、この闘技場で魔王と決死の戦闘をしたことを思い出す。
あの時は無我夢中だった。当時王国側からは世界の悪とされていた魔王を目の前にし相打ち覚悟で戦闘に及んだ。信頼していた仲間は居なかったが、世界が救えるなら自分の命等どうでもいいとすら思っていた。
その気持ちに嘘は無いし、今でもあまり変わってはいない。が、何の因果か現在は魔王軍で雑用係などをやっている。
冒険者時代の仲間と別れた事は腹に思う事はある。できれば敵味方ではなく友人として再開したい、とは思いつつなかなか難しいだろうと言う気はしている。
人生儘ならないな。そんな益体も無い事を考えながらサンドイッチの最後のかけら飲み込み、水筒に入れて置いた水を口に含む。
「さて、修理の続きをするか」
気を取り直して立ち上がると作業現場へ向かった。あの時は何も考えていなかったが、随分と壊したものである。これなら、雑用係を解雇されても解体屋の仕事としてやって行けるかもしれない。
元勇者兼元魔王軍雑用係兼解体屋。
意味が分からない。とはいえ、今は力を封印されているので土台無理な話だった。
意味のない問題に対し自問自答しながら、コツコツとレンガにモルタルを塗り積み上げる。
一つ、二つ、三つ。
一つ、二つ、三つ。
一つ、二つ、三つ。
形の悪い崩れたレンガを取り除き、新しいレンガを積み上げていく。
リズム感が大事であると、昔王国の飲み屋で聞いた吟遊詩人の歌を適当にアレンジしながら口ずさむ。
救国の聖女に対して多数の男が求愛する話だ。女神の天秤に各々愛を表現した贈り物を乗せ釣り合うかどうかで愛を量る物語。重すぎても軽すぎてもいけないという絶妙な重さを持ってこなければならず、各々色々と試行錯誤するコメディタッチの物語だった。
中盤の大きく盛り上がる場所を大声で歌い上げていると、唐突に闘技場の入り口に誰か来た気配が有った。
一瞬ヒツジアーノかとも思ったが、彼は気配など感じさせずに真後ろに立つ謎の技能を持っているので違うだろう。
意識を入り口に向けると、ちょうど入ってきた人物と目が合った。
「んー、なんだてめぇは?」
腰まで伸ばした金色の髪は絹糸の様に艶が有り、毛先までしっかりと整っている事が遠目でも良くわかる。
そしてその驚くほどの美貌を秘めた小顔の中、碧眼の双眸は澄み切った色を浮かべ流麗な眉と共に存在を主張する。何より深紅に彩られた唇から放たれる澄んだ声色は聞くものを魅了してやまない。
しかしながら、その澄んだ声色と先ほど掛けられた言葉とのギャップが酷く聞くものを混乱させる。一瞬ほかに別の誰かがいるのではと疑うほどだ。
しかし現実に目の前に居るのはただ一人。すらりと伸びた手足、そして引き締まった身体に褐色を帯びた肌。とがった耳が特徴的な完璧な美女がそこにいた。
世に言うダークエルフである。
エルフと対をなす種族で、エルフ同様美男美女が揃い長命な種族である。ルヴィスも王国ではエルフに出会った事は有ったが、ここまで完璧な造形のエルフ族の美女には出会ったことが無かった。
「なんだ、聞いてないのか、殺すぞ? おーい、聞いてんのか?」
その美貌を訝しげに歪めながらダークエルフが問いかけてくる。その姿から想像する存在と、現実の粗暴な言葉使いの目の前の女性が結びつかず言葉を失っていたルヴィスであったが、何とか気を持ち直す。
「あ、ああ。すみません。私は最近雑用係としてこちらで働くことになったルヴィスと申します。今はこの闘技場の補修工事を行っています」
堅い表情のまま何とか自己紹介を行う。
「ふーん、ルヴィス、ルヴィス、どっかで聞いた気がするが…まっ、いっか」
何かを思い出そうと頭をひねっていたが、すぐに諦めたようだ。あまり物事を考えない性格の様である。
「あたいはマリアベル。マリアベル・ヴァン・アトモスファだ! よろしく!」
「あっ、はい。マリアベルさん、よろしくお願いいします」
「マリアベルで良いぞ、マリアベルで」
そう言いながら闊達に笑い手に持つ槍をぶんぶん振り回しながら闘技場の中央へ向かう。
「あの、ところでマリアベル…さんは一体ここに何をしに…?」
こちらを気にした様子を見せずにずんずんと歩くマリアベルに恐る恐る尋ねてみる。
「あ? 闘技場に来る理由なんて、殺し合いか訓練以外に何があるんだよ」
「いや、あぁ。そうですよね、ピクニックとかのわけ無いですよね…」
風切り音を立てながら、手に持つ槍を軽々と振り回す。一切ブレる事無く流麗な動作で扱う槍裁きは戦うものと言うよりは、演武により近く見る者を魅了させるのに十分だった。
タンっと足を踏み鳴らしポーズを決める。その動作とキレの良さ、そして微動だにせず構えを見せるその姿に、彼女の体幹が十二分に鍛えれらている事が分かる。
「マリアベルさんの得物は槍なんですか?」
ふと思ったことを聞いてみる。
「ああ、槍だ! 槍は良いぞー。切っても良し、払っても良し、突いても良し、殴っても良し!」
空気を切り裂くような風切り音をさせつつ、槍を振り回す。
「そして何より投げても良しだっ!」
最後にそう言い放つと、右手に持っていた槍を振りかぶって全力で投擲した。
放たれた槍はその強大なスピードに回転を加え、放物線ではなく直線軌道にて闘技場の端に向かってすっ飛んでいった。それが壁に到達すると同時に爆音が響き闘技場の壁の一部が吹き飛んだ。
「ちょっ!!!」
砂煙が晴れるとそこには広範囲にわたって更地となった空間が広がっていた。
「あぁ、直したばかりだったのに!」
絶望に打ちひしがれ、事故現場へ駆け寄るルヴィス。何より堪えたのは、破壊された場所がちょうど昨日直し終わった場所だったからだ。昨日の十時間の作業時間がパーになった。
「おっと、手が滑った。すまんすまん」
槍を握っていた手のひらをぷらぷら振りながら、軽い感じで謝ってくるマリアベル。
通常ならイラッと来るところだが、あの美貌で笑顔を向けられるとなかなか複雑である。
「まー、大丈夫だ少年よ。こういったモノは気が付くと直っているもんだ」
マリアベルはたははと笑いながら反省の色も無く開けっ広げに言う。恐らく素でやっているのであろう、これでは怒りたくても怒れない、なかなかにお得な性格である。
しかし心を鬼にして伝える事にする。
「それは、あなたの見ていないところで、誰かが直しているからです! 今回は主に私が直すことになるんです!」
「お、おう。そうか…済まん」
こちらの迫力に気圧されたように反り返り謝る。
「いいですか、そもそも武器を投げるなんて何を考えているんですか。武器を投げた瞬間あなたは無手になるんですよ。格闘術ができるならそれもまあ許容範囲かもしれませんが、武器を投げるのはいくら強く使い勝手が良くても最終手段、いや最終手段ですらなく悪手ですからそんな状況にならない様に事を運ばなければならないんです」
ルヴィスは早口でまくし立てる。
「武器を投げると言う事はですね、その武器を作ってくれた人に対して敬意を払ってないと同義です。また私も経験がありますが、投げた後の武器を拾いに行くのは大変に恥ずかしい感じで、なんか周りから白けた目で見られてしまうという事も考慮に入れておかなければいけません」
「おっ、おぅ」
「大体槍だから投げるといった事は短絡的過ぎます。確かに投擲に適した槍もあるでしょうが、槍の形状も千差万別、振り払いに特化した槍、突きに特化した槍等もある中で、投擲に特化した槍は非常にコストパフォーマンスが悪いと思われます。人の力では槍を投げる事に対してそれほど威力が出ませんからね、投擲機辺りか、素直に弓を使った方が。いやいや、魔族と言う事は、もしかしたら筋力等考えて人よりはその辺りは意外と有力な戦闘手段になりえるかもしれませんね」
「な、なぁ」
「なんですか、今良いところなんですが」
マリアベルは困ったような表情を貼り付けながら、止まることのないルヴィスの苦言を諫める。
ルヴィスの勢いに気圧されながら顔を顰めて再度謝るマリアベル。
「すまなかった、今後は軽率に槍は投げないようにする」
「分かれば良いのです。こちらこそ済みませんでした、ちょっと武器の事となると暴走してしまいがちで」
照れたように頭をかく。一時期武器コレクター気味に色々な武器を集めていたルヴィスは、武器に関しては一過言持っていたのだった。
「いや、いいんだ。それじゃー、やろうか。武器は何が良い、剣か? そこの倉庫に歯を引いた練習用の剣が置いてあるはずだからどれ使ってもいいぞ」
そう言うとこちらを指さしてきた。
「はい?」
何を言われているか分からず首を捻る。
「だから練習相手をさせてやるって言ってるんだ! 早く準備しろ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんで今の話の流れでそうなるんですか!」
両手を前にして慌てふためくルヴィスは、不思議なモノを見るような目つきで見られる。
「なんでって、お前は武器が好きだな」
「えぇ、先ほどはちょっと暴走しましたが、そうですね」
「武器が好きなら、戦闘が好きだな」
「好き嫌いで言えば、嫌いですかね、平和が一番ですし」
「武器が好き、戦闘が好き、そして闘技場に居る、ならやる」
「ちょっと突飛な発想すぎませんかねー、第一戦闘は嫌いって言いましたよね?」
跳躍した思考についていけない。「やる」が「殺る」に聞こえる。
「いいからやるぞ、早く武器持ってこい! 持ってこないなら無手で相手しろ!」
「そんな無茶な…」
そう言いながらマリアベルは投げっぱなしになったままの槍を探す。しかし先ほどの衝撃で槍は粉々に砕け散っていた。
「ちっ、おいお前、ついでにあたいの槍も持ってこい」
何を言っても聞いてもらえそうもないので、仕方なく闘技場に付随する武器庫へ武器を取りに行く。埃っぽい部屋の中に、歯を間引いた剣や槍、斧などがいろいろと置かれている。その中から何処にでもある様なブロードソードと槍を引っ張りだす。
ブロードソードを軽く振ってみる。魔族様に作られているためか、握り心地に多少の違和感はあるが重さ的には問題なさそうだ。ついでに傍らに積まれていたサークルシールドを左手に持ち部屋を出る。
「お、得物は片手剣か」
闘技場の中央で嬉々としながらマリアベルが待っていた。謎の闘気を纏っているような雰囲気だが、見ない事にする。
「言っときますけど、私弱いですからね。あなたの相手は務まらないと思いますよ」
取り合えず言い訳を口にしながら、恐る恐る中央に近づき槍を手渡す。
「大丈夫、大丈夫。手加減すっから安心しろ」
「ほんとですかー。やる気満々に見えるんですけど」
軽いと風切り音を立てながら、手に持つ槍を振り回す。最後に構えを取るとこちらに向けて笑顔を向けてくる。しょうがないので此方も剣と盾を構えマリアベルに正対する。
「さあ、始めようか!」
マリアベルは掛け声とともに、予備動作も無く動き槍の間合にへと入り込みその槍を突き出す。
ルヴィスは間合い外へ逃れるため、後退しその切っ先を躱す。しかし躱したと思った瞬間マリアベルの槍の間合いが唐突に伸びる。
予想外の動きに対し一瞬動きが遅れる。ぎりぎりの所で身体を反らし切っ先を躱すが、完全には躱せず薄く頬を切りつけられる。
「お、これを躱すか。やるじゃねーか」
端正な顔を歪め嫌らしい感じでニヤリと笑う。その間も間髪入れず二撃、三撃と突きを繰り出してくる。
流石にすべては躱しきれずに、剣と盾を使い切っ先をいなすことで事なきを得る。
「あははははははは」
高笑いを上げながら繰り出される必死の斬撃を躱し、防ぎ、いなす。
「おいおいおいおい、避けるだけかー。攻撃くらいしてこないと鍛錬にならないだろ!」
攻撃が鋭すぎて避けるだけで精一杯、こちらから手を出す隙が見いだせない。そうは言っても、このまま避けているだけなのも癪なので多少の無理をした攻撃をするしかないとルヴィスは開き直る。
盾を構えなおし身体を預けるようにしてマリアベルに突っ込んでいく。
槍の鋭い突きにより切っ先が身体のあちこちを傷つけていく。しかし決定的な一撃を受けぬよう身体を預けた盾により防ぎ、そのままの勢いで前進し間合いを詰める。
「くっ、無茶な突っ込みを…」
若干慌てるマリアベルをよそに、槍の間合いを抜け剣の間合いに入る。
「しかし甘いっ!」
そう叫ぶと同時にマリアベルは槍を回転させる。遠心力により威力を増した石突が下方から競り上がってくる。
下から競り上がる石突部分を寸での所で手に持つ剣の鍔部分にて受け止めると、相手の勢いを生かしそのまま槍の回転の軌道をずらす。直撃の軌道は逸らしたが、しかし勢いを完全には受け止めきれずに手に持つ剣自体を槍の回転に持っていかれてしまう。
宙を舞う剣を目で追い勝利を確信したマリアベルはが笑みを浮かべる。
その一瞬の隙を見逃さず、ルヴィスは拳に力を籠めると突撃の勢いを緩めずにそのまま相手のどてっ腹に向かって拳を繰り出した
「ぐっ」
マリアベルの腹に拳がめり込んだ感触を感じながら、そのままの勢いで拳を振り抜いた。両者の動きが止まる。
最初に動いたのはマリアベルだった。その身体が崩れ落ちるようにゆらりと揺れ、槍を取り落とす。
「ぐはっ!」
その瞬間ルヴィスの脳が揺れた。最後の悲鳴を上げたのはルヴィスだった。倒れたと思われたマリアベルの見事な回し蹴りが最終的にルヴィスの側頭部を襲ったのだった。その足が振り抜かれると同時に、ルヴィスは崩れ落ち膝をついた。
「ふぅ、危なかった。なかなかやるなお前」
そんな声を遠くに聴きながら、ルヴィスは意識を失った。
ルヴィスが気が付くまでには四半刻程度の時間を要した。仰向けのまま闘技場の高い天井を見る。その天井に向かって手を伸ばしながら虚空をつかむように何回か手を握る。
「おっ、やっと目が覚めたか」
闘技場の中央で素振りをしていたマリアベルは、ルヴィスの目が覚めた事に気が付くと近寄って声を掛けてきた。
「ん、ああ、マリアベルさん。どうやら最後の回し蹴りで意識を刈られたんですかね?」
「なかなかやるじゃねーか。一瞬やられるかと思ったぞ!」
そう言いながら、手を差し出すマリアベル。その手を握ると同時に引っ張り上げられる。
改めて並んで立ってみると、マリアベルはルヴィスより頭一つ分小さく華奢に見えた。良くこんな体躯であの技の数々を繰り出していたのだと感心する。
「いやいや、まったく歯が立たなかったじゃないですか」
「そうは言うが、なかなか善戦していたと思うぞ。それにお前、属性攻撃とかしてこなかっただろ。結構な魔力をお前から感じるのになぜだ?」
不思議そうにこちらを見るマリアベルに向かい、ルヴィスは己の右手の甲を見せる。
「私の一番得意な属性は光の属性なのですが、この通り今は封印されておりまして」
マリアベルに腕を取られると、その甲を眼前まで引き寄せられと封印紋をしげしげと観察される。
「ほー、この封印紋は魔王様のやつか。お前意外とすげーやつなのか?」
封印紋には特徴があるのか、術者をピタリと当てられる。
「いやいや、しがないただの雑用係ですよ」
「ふーん、まあいっか。今度用事が有ったら色々と頼むことにするわ」
やはり深くは考えない性格らしい、そう言うとニッコリ笑って握手をしてくる。
「今日は楽しかったぞ! またどこかで会おう!」
唐突に現れた暴風は、また唐突に去っていった。後に残されたのは、ボロボロに叩きのめされたルヴィスと、ボロボロに崩れた闘技場の壁だけだった。
「はぁ、また修理しないと…」
諦めたようにため息をついたルヴィスは、重い身を動かし修理の作業に戻っていった。
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