第3話 初めての職場見学

◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル


 メイドに案内されて魔王城の中を歩く。

 暗い廊下をどんどん奥まで歩き続ける。

 

「結構遠いんですね」


 無言のまま歩くのも何なのでルヴァスは軽い気持ちで声を掛ける。

 

「目的の場所はお城の最奥になります」

「そうですかー…」

 

 会話が止まった。

 石造りの廊下のせいか、それともそれ以外の何かのせいか冷え冷えとした空気が流れる。

 右、左、上へ下へと廊下を進むと、雰囲気が変わった空間に来た。

 

「ちょっと雰囲気変わりましたね」

「ここはお城の最奥、どちらかと言えば使用人などがメインで働く領域です。裏方、ですね」

「なるほど、雑用係もそこにあるんですね」


 使用人の働くスペースの奥、暗闇に紛れたそこにそれは有った。

 受付のような小さな窓に『ざつようがかり』と妙にファンシーに書かれた看板が付けられている。

 そこにはしかし人の気配はない。


 メイドは受付に近づくと、そこに置いてあったベルを鳴らす。

 チリンチリーンと済んだ音が廊下に響く。しかし誰も出てくる気配はない。

 

「居ないのでしょうか」


 メイドは受付窓の隣に据え付けられた扉を開けて中に声を掛ける。

 

「ファムさん、いらっしゃいますか?」


 扉の奥の覗き込みもう一度声を掛ける。


「ファムさーん」

「はーーーーーーーーーーい、はいっ。しょうしょうおまちくださーーーーーーい」


 遠くの方から間延びした声が響いてきた。

 その後バタバタと音を立てながら小柄な女性が受付にやってくる。

 

「お待たせしましたっ。あっ、キャサリンさん、どうかしましたか?」


 メイドの名前はキャサリンと言うらしい。

 

 受付に来た小柄な女性は見た目十代前半で、オレンジ色のオーバーオールの作業服に身を包んでいた。

 身長は自分の三分の二程度で、栗色の髪はボブカットに切りそろえられている。


 此方に気が付いたのか、クリクリっとした目で貴方は? といった感じでじっとこちらを見てくる。


「ファムさん、こんにちは。こちらはルヴィスさん、今日から雑用係で働く方です」


 簡潔に紹介してくれるキャサリン。

 それを聞いてファムはぱーっと顔を綻ばせる。

 あまりに嬉しかったのか、頭上の耳がぴくぴくと動いていた。


「わー、ついに新人さんが来てくれたのですねー!」


 喜びのあまり受付から身を乗り出してこちらの手を握ってくる。

 乗り出した彼女の背後にはぴょこんと大きな尻尾が生えていた。

 

 そう、よくよく見るとファムは獣人族の様だ。

 その耳と尻尾を確認すると、どうやらリスの獣人らしい。

 

「あ、どうも初めまして。こちらで働かせていただく事になったルヴィス・アルドナスと申します」


 ルヴァスの手を握りぶんぶんと上下に振りながら挨拶をする。

 

「もー、硬い硬いー。いいよーもっとフランクな感じで! 私はファム。ファム・フォーラムだよ!」


 ブンブンブンブン、勢いに任せて握った手をどんどん振ってくる。


「この魔王城で雑用係の受付をやっているよ! よろしくね、新人君!」

「あのー、そろそろ手を離していただけると…」


 ルヴァスがちょっと引き気味に言うと、やっと気が付いたのかパッと手を離し照れ気味にうつむく。

 

「たはは、ごめんごめん」


「それでは私はこれで失礼します」


 そんな中、キャサリンはマイペースにお辞儀をすると来た道を帰っていった。


「あ、有難うございました」

「キャサリンさんまったねー!」


 キャサリンの背中に声を掛ける。

 その背中が見えなくなると、ファムはルヴァスに微笑んで見せた。


「それじゃー、中に入って。いろいろ説明するね!」


 そうしてルヴァスは雑用係の部屋の扉をくぐった。

 


◇ ◇ ◇


◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル ファム・フォーラム


 やったやった。

 ついに新人さんが入ってきた!

 

 数日前にそんな話を魔王様から聞いていたけど、正直信じていなかった。

 なぜなら今までも雑用係に人が配属される噂を聞いては立ち消えになっていたから。

 

 でも今日は嘘じゃない、キャサリンさんが新人さんを連れてきてくれた!

 

 雑用係の部屋の中に案内しながらそっと新人君を観察してみる。

 

 身長は私よりちょっと大きいくらいかな。うんちょっと大きいくらい。

 黒髪に黒い瞳、耳の形も普通、中肉中背。どうやら人族らしい。

 

 ルヴァルスタン皇国になら人族は珍しくないけど、魔王城に人族の姿があるのは珍しい。

 しかも魔王様が直々に配属させた新人らしい。

 

 年齢は良くわからない、若そうでもあるし、ちょっとお兄さんかもしれない。

 魔族の人ばかり見てきたから外見年齢はあまり当てにならない事は知っているけど、人族だから見た目ほど離れてはいないだろう。 

「お茶入れるね!」


 新人君を座らせて、お茶の準備を始める。

 

「あ、お構いなく」

「かまうよー、同じ職場で働くんだしー。やっと来た新人君なんだから!」


 ちょっと他人行儀なところがある。

 最初の挨拶でびっくりさせちゃったかもしれない。注意しないと。

 

「新人君は、ここの仕事について何か聞いてる?」


 新人君にお茶を出してあげながら、私も正面に腰を掛ける。

 新人君はお茶を見るとちょっと微妙な顔をしてお腹をさすっている。

 

「いえ、何も聞いてません。魔王には直接聞けと言われてきました」

「えー、そうなのー」


 魔王様、相変わらず適当だ。

 これは私がしっかりと新人君を教育しないと!

 

「それじゃー、一から説明するね」

「はい、よろしくお願いします」


 新人君はかしこまってお辞儀をする。

 硬い、硬すぎる。

 もっとほぐしてあげないといけないな。

 そう思いながら、何から説明しようかと少し思案する。

 

「それじゃー、まずはね…」



◇ ◇ ◇


◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル



「それじゃー、まずはね…」


 ファムはそう言ってちょっとタメを作る。

 ルヴァスは第一印象から元気で優しそうだなとは思っていたが、次際に話してみてもそんな感じだった。

 

「とりあえず私たちの仕事のモットーから!」


 人差し指を突き出し頭上に掲げ告げる。

 

「我々は来るモノは拒まず、去るモノは追わず!」


 その宣言を聞き困った顔をするルヴァス。


「来るモノってのはまぁ仕事の事なんでしょうけど、去るモノとは?」

「んー、従業員?」


 なぜか聞き返してくるファム。

 

「従業員、去るんですか?」

「去るんです…」


 ファムは神妙に頷いた。


「ちなみに何人ぐらい?」

「私がこの職場に来て二年が経ちましたが、その間に五名が去りました」

「なるほど…。ところでこの職場、今何人従業員がいるんですか?」

「あなたを含めて三人ですね。もう一人は私よりも前からこの雑用係に努めている方です。ちなみに最も人が居た時で三人です」


 ルヴァスは一瞬考えこむ。


「最大でも三人しか居たことが無くて、その間に五人が去って、今三人?」


 満点の笑顔でハイっと答えるファム。

 

「つまり、入る端から辞めていくような感じですか?」

「そうだねー、なかなか居ついてくれないねー、なんでだろうねー」


 話し方が棒読みになっているファムに対し、ルヴァスは呆れた顔をすると、

 

「つまり、ブラックな職場ってことで…。お疲れ様でした、短い間ですがお世話になりました!」


 勢いよく椅子から立ち上がり、90度の角度でお辞儀をして回れ右の体勢を取る。


「はやすぎーーーーー。ちょっと諦めるの早すぎるからーーー」


 ファムはそうはさせじとテーブルから身を乗り出してルヴァスの腕を取る。


「いやいやいや、これダメなやつでしょ絶対。こき使われて死んでいくパターンですし。雑用係って事はきっと無理難題吹っ掛けられて、馬車馬のごとく働かされるんだろうし」


 無理やり腕を引っ張って逃げようとするも、意外とファムの抵抗は強くその場から動けない。

 

「大丈夫、超ホワイトだから。聖女様もびっくりのホワイト職場だから!」

「魔王軍で聖女例えに出すのもどうかと思いますが…」


 必至の形相で腕に掴まるファムに根負けすると、ルヴァスはため息一つ付き諦めて椅子に座りなおした。

 

「分かりました、分かりましたから落ち着いてください」

「ほんと? もう逃げない?」

「逃げません、逃げませんから一度席に付いてください」


(涙目になって訴えてくるファムさんを見ると少し罪悪感が浮かぶ…。だが、職場環境は大事だ。もしブラックな職場だったなら、何故転職したのか分からなくなってしまう…)

 

 そんな思いを胸に込め、ルヴァスは尋ねる。

 

「仕事内容を詳しく聞かせてもらえませんか? あと待遇面とか」

「うん、ごめんね。なんか必死になっちゃって。久しぶりの鴨…、じゃない、新人君だったから…」

「今鴨って言いませんでしたか?」

「いいいいい、言ってないよ」


 目線をそらしてあらぬ方向を見つめるファム。自分の失言に気が付いたのか、急に話を逸らす。

 

「あー、あっ、それでね。仕事内容だけど!」

「はい」

「基本的には、手が足りてないところのお手伝いって感じかな。モットーの通り来るものは拒まずな感じで何でもやるよ!」


 来るモノ(仕事)は拒まず、去るモノ(従業員)は追わず

 嫌なモットーだ、と思わずにはいられないルヴァスだった。

 

「なんでも屋ってことですね。例えばどんなことやってるんですか?」

「んーとね、私は基本受付の仕事もあってここら辺から離れられないから、王城の裏方のお仕事を手伝ったりしてるよ、急遽お休みになった使用人の代わりとか、新作料理の味見とか、急なお客様の対応とか、いろいろ!」

「料理の味見は良いですね」

「でも新作料理とは言っても、良くわからないモンスターの肉とか、魔素だまりにできた植物の変異種を使ったサラダとか出されることもあるよ?」


 それらを食べる事を想像したのか、ルヴァスはお腹を押さえて微妙な表情を作る。

 

「雑用係はもう一人いるんですよね? その方は今どこに?」

「あー、ヤミちゃんはねー。あ、ヤミルバ・レイシスって言う子なんだけど、今隣の領地までお使いに行ってて此処にいないんだよねー」


 雑用係の最後の一人はヤミルバと言うらしい。


「隣の領地ですか。結構遠いんですか?」

「遠いけど、ヤミちゃんならひとっ飛び!って感じで行けちゃうからね」

「はぁ?」


 良くわからない、という顔をするが特に説明もなく話は進む。

 

「まー実際の所私が仕事を受け付けて、それをお願いする形になるから、仕事が来たら伝えるね! 何個か私と一緒にやれば慣れてくるだろうし、最初は安心して!」


 任せなさいと言った感じで無い胸を張る。


「ん? なんか失礼な事考えてない?」

「いえいえ、滅相もない」


 ルヴァスは慌てて首を振る。

 

「まー、今日は来たばかりで緊張もしてるだろうし、仕事は明日からに使用!」

「そう言ってくれると有難いですね」


 流石の元勇者であるルヴァスでも、初めての職場(過去にカチコミに来たことは有ったが…)で緊張したのか、少し疲れた感じで答える。

 

「今日は部屋に案内するね。あ、そうそう。これから暮らしてもらう部屋はこの雑用係の部屋の奥に専用の個人部屋があるからそこで暮らしてもらうね」

「なるほど、奥に部屋があるんですね」

「うん、依頼が有ったら即対応できるように受付の近くに部屋があるんだよ!」


(やっぱりブラックな職場なんじゃ…)


 一抹の不安を抱えながらルヴァスは、部屋に案内され腰を落ち着けた。

 案内された部屋は、ベッドと机、後物入れの棚があるだけのシンプルな作りだった。

 一人で暮らす分には問題ない広さだ。

 並びにほかに五つ扉が見えたから、全部で六人住めるスペースがあるのだろう。


 ルヴァスはベッドに寝ころび今日の出来事を反芻する。


「あ、そういえば労働条件を聞き忘れたぞ…」


 ちょっと後悔したが、後で聞けばよいかと頭を切り替えて少し仮眠することにする。

 明日からの仕事が少し楽しみだった。




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