第2話 会社説明会
◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル
(百点満点で二十点かな…)
控室に案内されたルヴィスは、魔王がやってくるまでの間に先ほどの謁見の間での出来事を振り返る。ルヴィスとしては卒なく挨拶を済ませ、かつウィットに富んだジョークを織り交ぜた会心の出来であったが、反応が悪かった。謁見の間に集った魔族、今後同僚になる予定の方々の反応は決して友好的ではなく冷たいものだった。
何人かは友好的な反応を示してくれた者も居るにはいたが、それでも此方を認めたと言うわけでなくただ単に面白がっていただけであろう。
その反応もまあ仕方がない。何せルヴィスはつい先日まで魔王軍と血で血を洗う闘争を続けていた勇者だったのだから。
それが何の因果か、今こうして魔王軍に再就職?しようとしている。正直ルヴィス自身もそんな馬鹿なとは思うのだが、これが現実なのだから仕方がない。ルヴィス自身勇者という職業になんの未練もないがそれでも一緒に戦ったパーティーのメンバー達に対しては多少思うところもあるのが正直なところだった。
改めて部屋の中を見回す。
ルヴァルスタン皇国の首都であり、魔王軍の最重要拠点バンハース・ルヴァル城。そんな魔王軍の中心でありながら、しかしこの控室は質素であり、思えば謁見の間も質素であった。
バルベルト王国で何度も国王に対し謁見したが、その謁見の間は此処とは逆に豪華絢爛、王国の富を誇示するかのような有様だった。実用性のなさそうな豪華な鎧をまとった近衛騎士が左右に並び、赤いビロードで覆われた玉座はその存在を主張するかのような彫刻に彩られ、見る者の目を楽しませた。天井は高く、ステンドグラスにより明かりを取り込んだ王座の間は、跪く者に王の威光を伝えるに十分な機能を果たしていた。
翻って此処の謁見の間は暗く重く、そして何よりも空気が淀んでいた。
これは魔族が治める地だからなのか、あるいはもともとがそういった場所で在ったためか。
この国の成り立ちを思えば後者の可能性の方が高かったが、まだ判断を下すには早いと思った。
魔王軍に転職して一日目、まだ過ごした時間は少なく、ルヴィス自身が知らない事も多々ある。いろいろと判断を下すにはまだ経験が足りない。何より今は新しい職場にて慣れるために全力を尽くすしかない。そんな思いを改めて胸に抱いたその時、控室の扉が開き待ち人が入出してきた。
「待たせたか、ルヴィス君」
この城の主、魔王カルディナール。魔王討伐の任で魔王城にて相対した際は金髪碧眼の美丈夫"であった"彼は、しかしながら現在はその身長を一回り以上も縮め少年と言ってもよいほど幼い見た目になっていた。
これは自分との決戦の際にすべての力を出し切った反動であり、魔王の力を減少させている結果とも言えた。
「これはこれは魔王様、御身自らお越しいただきまして恐悦至極」
「堅苦しい挨拶は無しだ。いつも通り話せ」
面倒くさそうに顔を顰めると、ルヴィスの正面に腰かけた。
「まー、そういう事ならいつも通りに喋らせてもらうよ。よろしく魔王」
「一気に砕けたな。まぁ良い。で、どうだ、やって行けそうか?」
メイドが運び入れた紅茶を飲みながら、魔王が聞いてくる。
ルヴィスは若干思案した後、笑顔で答える。
「謁見の間に集まった方々には歓迎されていないようですが、まぁ何とか成るんじゃないですかね」
「そうか、なら良い」
「ところで、あの集まった十二人の魔族について簡単でも良いので教えて貰っても?」
今度は魔王が思案顔になり少し間を置く。
「そうだな。それに関してはまずルヴァルスタン皇国に関してから話した方が良いかもしれんな。ルヴァルスタン皇国の歴史に関してはどれくらい知っている?」
「大陸を初めて統一したのがルヴァルスタン皇国だという事と、その後魔王軍に乗っ取られたと言う事くらいしか」
「乗っ取りとはまた随分な言われようだ」
軽く笑いながら魔王が答える。
そう言われても、バルベルト王国で教えられた歴史ではそうなっていたので仕方がない。
「では、まず簡単に歴史から話そうか」
◇ ◇ ◇
この大陸はもともと多数の小国が争う群雄割拠の地であった。
しかし今から1500年ほど前、後に皇帝となるエルーシル・ルヴァルスタンが大陸南西部の小国にて挙兵。竜と大剣と大楯の描かれた大旗の下、エルーシル率いる軍勢はその勢力を増しながら瞬く間に支配領域を拡大し、挙兵から二年足らずで大陸全土をその手中に治める事となった。
エルーシルは大陸全土を統一後、自らを皇帝を名乗り国名をルヴァルスタン皇国とし、各地で様々であった紀年法を統一した。大陸全土を統一した年を「統一皇王紀元年」と制定し各地に発布した。
エルーシルは法整備や経済政策も含む内政、そして外地と呼ばれる大陸外の諸国に対しての外交に対してもその能力をいかんなく発揮し、皇国繁栄の礎を築いた。
その後、皇国は優秀な統治者と盤石な体制を基にして繁栄を極める。大小の問題が有りながらも、ルヴァルスタン家の統治のもと皇国は大陸のすべてを長年掌握し続けていた。
しかしながら帝国の繁栄は永遠ではない。盤石かと思えた皇国の統治に陰りが見え始めたのは、統治後約五〇〇年が経った時の事。 統一皇王紀四九六年、一地方の領主が皇国の統治に反旗を翻す。それに呼応し、多くの領主、貴族が一斉に蜂起。皇国は内乱によってその国力を減少させていった。
内乱勃発から十年後、統一皇王紀五〇六年には幾つかの領主が独立国家として建国し、その独立を認める事で皇国が折れる形で決着がついた。実に十年に及ぶ内乱により皇国の国力は衰え、新国家の独立などによりその領土の四割が消失していた。
しかしながら大陸内最大の国家としては健在であった。国家間の緊張により国境付近での小競り合いが続きながらではあるが、皇国は再度の大陸統一を目指し国力を貯め、その機会を虎視眈々と窺っていた。
皇国に再度の災禍が迷い込むのは統一皇王紀九九八年の事だった。
すなわち魔王軍の侵攻である。
突如として皇国内に現れた魔王率いる魔王軍は周囲を蹂躙しつつ首都へ到達。わずか三か月足らずの電撃作戦により完全に皇国中枢部を掌握した。皇国を占領した魔王軍は即座に大陸全土に通達を発した。魔族による国家の樹立、および魔王軍による大陸の統一を宣言したのだ。
当然のことながら人類側も黙ってみているわけではない。独立国家間そして皇国内で生き残っていた領主等により連合軍が編成される。皇国の首都を中心として魔族と人類の生存をかけた戦争が始まった。
◇ ◇ ◇
「ちょっと良いですか?」
「ん、どうした?」
ルヴィスが魔王の話を遮る。
「この話、長いですか?」
「んー、まだ半分も行ってないかも?」
「チェンジで」
「なんで!?」
あまりの話の長さに眉間を揉みながら魔王に辟易とした視線を向ける。
「いや、盛り上がっているところ申し訳ないなーと思うんですけど、長い」
「いやいや、長くないよね?」
すがる様な視線を向け、入口に控えるメイドに声をかける魔王。
「正直に言いまして長いです、魔王様」
「なんで!?」
メイドの容赦ない対応にがっくりと肩を落とす魔王。ちょっと言い過ぎたかもしれない、と思うルヴィスであった。
しかしながら魔王の話し方の為か、話が長い為かちょっと眠くなってきてしまったのも事実だ。
「短めにお願いできませんかね?」
「しょうがないのう」
魔王が折れた。以外に話の分かるお方だ。
「どこまで話したか。そうそう、魔王が降臨し皇国が蹂躙された後、人族としばらく争っておったが両者一向に決め手がなくのう、酷い消耗戦となってしまい、最終的には手打ちとなった」
「手打ちとは?」
「向こう側にいた勇者と、魔王とである取り決めを行った。あ、ちなみにこの魔王はわしの事じゃないぞ、わしの祖父だ」
さすがに魔王と言っても五〇〇年も生きているわけではなく代替わりしているらしい。
「内容は『今後五〇〇年に渡る魔族と人類の領土不可侵の帰結』がメインだな」
「相互不可侵とはまた、すごい内容ですね」
「そのため、魔王城とその時占領していた地域が今のルヴァルスタン皇国としての領土となっている」
この五〇〇年魔王の領土が侵攻もされず残っている理由が漸くわかった。
しかし…
「五〇〇年経ってないですけど、なんで戦争してるんですか?」
まだあと一〇年近く残ってるはずだ。
「知らん、向こうから仕掛けてきたから応戦しただけだ。多分ミルナス教辺りに唆されたのだろう」
ミルナス教はここ数十年で勢いを増してきた宗教組織だ。人類側の各国で根を張り勢力を伸ばしている。
確かに聖女ミルナスを崇め、魔族を忌避する教義を持つミルナス教ならあり得ない話ではない。
ちなみに人類側の国家は魔族のそれと異なり、勃興凋落を繰り返しその版図を変化させている。
「ところで、ルヴァルスタン皇国の名前は何でそのまま残ってるんですか?」
「先々代の魔王もいろいろと考えたらしい」
「ふむ」
ためを作る魔王。
「だが全部却下されたらしい。ダサいからと」
「例えば?」
「魔王ラグドスを崇める神聖王国とか」
先々代はラグドスって言うらしい。神聖とか真逆じゃないかと思わないでもない。
「ひれ伏せ魔王国とか?」
なぜ疑問形?
「人類殲滅帝国とか?」
「壊滅的に名前を考える能力が無い事が良くわかりました」
「だろ? しょうがないので元の国名をそのまま使わせてもらってるわけだ」
それならばしょうがないと、ルヴィスと魔王はお互い深いため息をついた。
「さて、本題だ」
随分と長い前奏だった。
用意されたお茶を飲む端からメイドがお代わりを入れてくるため、ルヴィスのお腹はちゃぽんちゃぽん言っている。
魔王もだいぶ飲んでいるはずだがあまり気にしていないようでメイドに言ってお茶のお代わりを貰っている
「魔族十二使徒について説明しよう」
「よろしくお願いします」
少し口を湿らせた魔王は説明を始める。
「約五〇〇年前に魔王軍がルヴァルスタン皇国を占領したことは伝えたと思うが、その時付き従っていた魔族の中で皇国の占領により寄与した五人の魔族に魔王は爵位と領地を与えた。十二使徒の中でも原初の五氏族と呼ばれる魔族たちだ」
ルヴァルスタン皇国に領地を持つ五氏族。
北方領を預かるベルギスタン家
南方領を預かるカールストン家
西方領を預かるロンバルティア家
東方領を預かるラング家
そして中央魔王領内に飛び地として存在するファウマス家
「この五氏族の領主、あるいはそれに類する者が十二使徒の一部を務めている」
腐土の狂気:ルイ・オーベル・ベルギスタン伯爵
槐石の骨士:ヨアル・カールストン侯爵
天外の爆炎:マドリー・ローズ・ロンバルティア伯爵夫人
氷水の獣王:デイ・ラング子爵
紅血の宝石:セル・ファウマス
「セル・ファウマスさんだけは爵位は無いんですね」
「まぁ、元々は有ったんだが返上したんだ。あやつは特別だからな…」
特別とは何であろうか、ルヴィスの疑問をよそに魔王の話は続く。
「そして、この五氏族以外に七名、魔王軍の中でも指折りの実力者がいる」
皇国宰相:ハーベルト・スティックマイヤー
魔王直轄の近衛隊軍団長:ピルス・ロイ
魔王軍第一軍軍団長:タン・ヌイ
魔王軍諜報部隊隊長:ロッソ・ブロン
賢者:オルド・ラボード
役職無し:コッポ・コッポル
役職無し:ロッコ・コッポル
「なるほど。ところで此方の七名は二つ名見たいなモノは無いんですね」
五氏族とやらはやたら仰々しい二つ名が付いていたが、此方は役職名だけで呼ばれている。
「うむ、まぁな。五氏族の二つ名は、あれだ。先々代の魔王が付けたものだしな」
「あー、はい…」
ラグドスのネーミングセンスが最悪だとルヴィスの脳内にはインプットされた。
「五氏族の各々も大変気に入っていて、家督を継ぐ際には二つ名も継承される。そのため二つ名と現実の力との乖離も発生していて、氷水の獣王と呼ばれるラング家の現当主デイ・ラング子爵は氷水系の魔法は使えなかったりする」
ルヴィスは思わず失笑する。
「五氏族もたいがいですね!」
「古い付き合いだからねぇ、お互い中悪いんだけど」
「悪いんですか」
「領地が隣り合ってるところとかもう最悪だよね、しょっちゅう喧嘩して境界線動かしてる」
「あー、なるほど」
たかが喧嘩で境界線動かすとか、物騒な喧嘩のようだ。
「とりあえず、これが魔族十二使徒と呼ばれている現在の魔王軍の中心だ。まあ、しばらくルヴィス君が彼らと交流を持つことは無いだろうが」
「そうなんですか? そう言えば私の職場は雑用係との事でしたが、ここはどういう所なんですか?」
謁見の間にて魔王に告げられたのは、雑用係に任命するとの事だった。
さすがに名前の通りではないだろう。
魔王直轄との事なので何か重要な作戦に関わる秘密部署かもしれない。
「うむ。魔王軍に関わる雑用をやって貰う」
「雑用?」
ルヴィスは首を傾げて尋ねる。
「雑用」
頷く魔王。
もう一度聞いてみたが、ルヴィスの空耳ではなかった。
「そうですか。元勇者である私の新しい仕事は雑用ですか」
確かに魔王から転職を持ち掛けられた際に仕事内容の話は無かった。
「だって仕方ないじゃない、ルヴィス君今なんの力も無いじゃない?」
確かにルヴィスの光の力は封印されていて、今はただの人になり下がっている。
「闇の力とか持ってればもう少し手伝って貰えることも有ったんだけどさぁ、何もできないじゃない?」
「返す言葉もない…」
「まあ大丈夫、雑用係には先輩もすでに何人かいるし、楽しい職場だよ……多分…」
魔王は目線をそらし「多分」と力なさげに言った。
これ絶対ダメな職場、ルヴィスの心に不安が募る。
「なんか不安しかないんですけど…」
「そんな不安そうな顔しないで、大丈夫、いい職場だよルヴィス君」
慰めてくれる魔王、肩書に似合わず優しいようだ。
「ねえ、君もそう思うよね」
後ろに控えるメイドに声を掛ける。
「楽しかどうかは私には判断できませんが、いろいろと重宝させてもらっております」
慇懃に答えるメイド。
「ほら、ほらね! 大丈夫だって!」
「分かりました、分かりましたよ。事前に仕事内容を確認していなかった私も悪かったですしね。雑用係をきっちりと務めさせてもらいます」
「そうかー、それは良かった。頼むよルヴィス君」
心底ほっとしたように破顔する魔王。
「詳しい仕事内容とか、その他生活の事は同僚になる子に説明して貰うようにもう話し通しているから。それじゃ後はよろしくね!」
ニコニコと笑いながら魔王は部屋から去って言った。
最後の言葉はメイドにかけたものらしい。
部屋に残ったメイドがお辞儀をしながら一言。
「それでは雑用係の職場にご案内させていただきます」
無表情にそう言うと、部屋の外へルヴィスを促した。
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