main episode 1 お仕事は雑用係
第1話 勇者の転職
◆統一皇王紀1490年 ルヴァルスタン皇国 王都ルヴァル
「と言うわけで、こちらに居るルヴィス君が我が軍に参加してくれることになった」
魔王軍の中枢を纏める実力者たちが集ったバンハース・ルヴァル城の謁見の間に魔王の言葉が響き渡った。
ここはルヴァルスタン皇国の王都ルヴァル。
バンハース・ルヴァル城は、王都ルヴァルに広がる街並みの北側の端に聳え立ち、大理石をふんだんに盛り込んだ石造りの王城である。ただしその外観においては豪華さを省き、質実剛健のみを追求した無骨な容姿をしている。
謁見の間に集うは魔王軍の実力者のみ。
魔族十二使徒と呼ばれる彼らは強靭な精神力を誇り、何事にも動じず、例え人族への無慈悲な攻撃を行う際も眉一つ動かすこと無く遂行が可能である。
しかし、今その謁見の間に集った魔王軍の中枢を担う魔族の十二使徒すべての思考が一瞬止まった。
強靭な精神力はしかし今この場では何の役にも立たなかった。
そんな中、周りの空気を読むことなく一人の人物が魔王の陰から現れ、一同の前に進む。
「初めまして、…ではない方もおられますが、改めましてご挨拶を。私、ルヴィス・アルドナスと申します。人族で元々バルベルト王国で勇者をやっておりました。故あってこの度魔王軍に転職することになりました。非力なる身でどこまでお役に立てるか不安ではありますが、精いっぱい魔王軍の為に働く所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします」
中心の玉座に座る魔王の横で、斜め四十五度の角度できっちりとお辞儀をする。
元勇者ルヴィスは中肉中背で筋肉質とまではいかないがそれなりに体格が良い恰好をしている。ブラウンの頭髪はそれほど長くなく、今日の為に整えたのか何か油で固めたような形で髪形を整えていた。
服装に関しては民間で伝えられているような伝説の武器防具を纏ってはおらず、絹で織られた簡素なズボンと上着を着ていた。
やや早口で、硬い口調になっているのは緊張のためか。
ルヴィスは笑顔を張り付かせてながら周りの反応を待つ。
「…は?」
数瞬の沈黙の後、居並ぶ魔族の間から間抜けな声が漏れた。
ルヴァスは冷や汗により前髪を張り付かせながら慌てて手を振ると、笑顔を浮かべて付け足す。
「あ、そうそう。私の名前のルヴィスと、王都ルヴァルってなんか似てますよね。これって運命なのかなとこちらに来る際におも…」
ルヴァスの発言を遮り一人の魔族が発言する。
「いやいや、何を、何を仰っているのか。魔王様、こやつは…、こやつは先の戦いで散々我が軍を苦しめた、あの勇者本人ではないか!」
それに追随するように他の魔族からも反対の声が上がる。
「その通り、最前線であった我が軍にどれだけの被害が有ったか知らぬわけではありますまいな」
「勇者は魔王様が打ち倒したのでは無かったのか、何故ここに居るのだ!」
ルヴィスの発言を遮りながら、語気を強め怒りをあらわにする幾人かの魔族。その目は勇者を睨みそのまま射殺さんばかりの鋭い視線を向ける。声を発しないものの、半数の魔族は顔を顰め同じような反応を示している。
そんな中、鈴の様な声が謁見の間に響く。
「そないなこと言うて、あんさん所が弱かっただけちゃうん?」
見ると軽薄そうな笑みを浮かべながら、集まった魔族の中で一番背の小さな少女が他の魔族を睥睨している。
長い黒髪を腰まで垂らし、東方伝来と思われる装束に身を纏った少女はその赤い唇を歪めて薄く笑う。
彼女の名はピルス・ロイ。魔王軍の近衛隊軍団長を務めている。
「ふざけるな、この小娘が。私の治めるカールストン領はバルベルト王国と国境を接する最前線。常に戦場に身をさらしその脅威を避け続けるわららの軍が弱いなどと迷いごとを言うではないわ」
「あらあら、嫌やわぁ。国境線の位置を守るだけで精一杯で、ちーとも領土を拡大できてないお人がよう言うわぁ。うちら魔王軍の目的は『世界の統一』。そこのところ分かっとりますか」
「くっ小娘、その減らず口を叩き切ってやろうか!」
少女の煽りに激高する一人の魔族。恰幅が良く、貴族然とした豪華な装飾を施した服装に身を包むその姿は、周りの魔族より一回り以上巨大でその威圧感で少女を見下す。
彼の名はヨアル・カールストン侯爵。魔王国南方の地を治めるカールストン家領主にてルヴァルスタン皇国五氏族の一人でもある
ルヴァスをよそに二人の間に一触即発の空気が宿る。
そんな空気を一人の魔族が吹き飛ばした。
「やめよ、仲間内で争うでない。この件は魔王の名に於いて発令された決定事項だ。何者も異を唱えることは許されん」
「し、しかしオルド卿」
「くどい!」
オルドと呼ばれた老人が手振り言葉を遮る。
なおも言いつのろうとするカールストン侯爵に対し、オルド老が睨みをきかせる。
新たな火種が生まれようかと言う空気を吹き払うかのように魔王が口を開いた。
「よい、オルド。皆の不満も良くわかる。今回の件は余の独断で決めたことではあるが、これだけは信じて欲しい。この決断は決して魔王軍に不利益となるものではないと」
魔王からの直々の言葉。その言葉は重く、各々の心に響く。
様々な反応を示す中、不満を持っていた魔族の面々も不承不承頷く。
「まあ魔王様直々の命令なら仕方ないけど、しっかし大丈夫なんですかい。あの勇者を飼うなんて、獅子身中の虫にならなければ良いけど」
「その点は心配ない。ルヴィス君、右腕を掲げてくれるか」
当然の疑問に魔王は即答する。
ルヴィスは魔王の言葉に頷くと右手の甲が皆に見えるように掲げる。その右手首には黒い文様が浮かび、そしてそこから延びるように手の甲へ向かって黒い模様が伸びでいた。手の甲に到達した文様は複雑な幾何学模様を形成し、元ある痣を覆い隠すように展開されている。
「この通り、我の封光魔蝕の呪いの効果にて勇者の光の力を完全に封じ込めている。光の加護のない勇者はただの人以下の存在となっておる」
各所でどよめきが起こる。
「なるほど、確かにワシの魔眼を持ってしても勇者に光の力は感じられないのぅ」
「確かに噂とは全然違ってよわっちそうだよな、勇者」
「今ならさっくり殺せそうだな」
「封光魔蝕の呪いを効率よく使えれば、今の戦いも有利に働くのでは」
などなど、時折物騒な発言も混ぜながら謁見の間は騒然となる。
「魔王様、勇者を我らが魔王軍に引き入れる事は納得はできないまでも理解いたしました。して、この勇者、どちらの軍へ配属するつもりでございましょうか」
十二使徒の重鎮の一人、宰相スティックマイヤーが誰しもが気になっている質問を発した。
「ふむ、その件についてだが」
魔王は集まった十二使徒を順に見やる。
そっぽを向き目を合わせない者、おもしろそうに眼を輝かせる者、目を閉じ熟考する者、様々な反応を返す十二使徒に向けて魔王は告げる。
「勇者ルヴィスはどの軍にも所属はさせない。余直轄の組織として、雑用係に任命する」
そして勇者は魔王軍の雑用係に転職した。
◇ ◇ ◇
魔王や勇者が退出した後、謁見の間には三人の魔族が残っていた。
一人は先ほどカールストン領を治める魔族をからかっていた小さな少女。
名はピルス・ロイ。
魔王幹部でも珍しく、人族の血が入った魔族と人族のハーフ。治める領地は無く、魔王直轄の近衛隊軍団長を務めている。
捉え処がなく、常に人を小馬鹿にしたような態度をとるため魔王軍の中でも敵が多く、気に入らない者には常に喧嘩を吹っ掛ける悪癖がある。
一人は宰相スティックマイヤー
魔王軍の中にて、魔王に次ぐ実質ナンバーツーの存在である。ルヴァルスタン皇国の国家運営を一手に担う剛腕の持ち主であるが、常に冷静沈着、寡黙で知られその表情からはどのような感情も読み取れない。
そして最後の一人は、先ほどの議場にて沈黙を守っていた深紅の双眸に漆黒の髪を腰まで伸ばした魔族の女性。
名はマドリー・ローズ・ロンバルティア
ルヴァルスタン皇国ロンバルティア伯爵夫人であり、十二使徒の一人。ちなみにロンバルティア伯爵は十二使徒ではない。その物静かな態度からは想像もつかないが、地上のすべてを焼き尽くす業火をその身に宿す、爆炎の魔法使いでもあり、十二使徒の中でも指折りの破壊魔である。
三人は玉座の前に移動し周りに誰もいない事を確かると話を始める。
「先の勇者との攻防にて魔王はんがその力の大半を失った時はどうなるかと思いましたが、これはまた予想外の方向に進んでいきそうやわぁ」
「何問題はない。多少のイレギュラーがあるが、魔王様が生きておられるのであればどうとでもなる」
「まぁそやけども、それを言うたら世話ないわ。マドリ―はんはどう思われます?」
少女にマドリ―と呼ばれた女性は、無表情のまま小首を傾げたポーズでか細い声で答える。
「彼、は、ほんとう、に、ゆうしゃ、なのでしょう、か」
「魔王はんが言うならそうなんちゃうん?」」
少女があまり興味がなさそうに答えた。
「彼は勇者だ。それもまがい物ではない純潔の、な」
「純潔…」
「最近まがい物が増えてきたみたいやしなぁ。そっちやったらめんどくさくなるところやった」
「流石にそれは魔王様も分かっているだろう。逆に純潔だからこそ取りこんだとも言える」
腕を組み意味深につぶやく宰相。
「そこまで理解できてるのが何人おるんやろかね」
「真実を理解していなくても、凡人でも見える範囲で状況が揃いつつある。魔王様が力を失い、そして現れた元勇者の存在」
「彼ら、が動く、には、十分な、状況が揃ってる、ね」
すべてを見透かしたように宰相はつぶやく。
その他二人も同様に今後の状況を見越していた。
「いい加減、前回の戦いの時はなーんもでけへんかったから消化不良でたまらん。さっさと動くなら動いてほしいわぁ。そしたらわっちも全力でいけるのに」
「彼らにも準備がある、し。あと、半年くらい、に動きがある、かと思い、ます、ね」
「ながいわー、半年もながいわー。今すぐやっちゃあかんの?」
少女は分かりやすく駄々をこねる。
ただのパフォーマンスであり、本気で駄々をこねているわけでは無い事はここに居る全員が分かってた。
「こちらの準備もある。イレギュラーなあの勇者の様子も見なければならん。迂闊な行動は控えよ」
「しゃーない、しゃーないのー。其れならわっちも十分準備させてもらうわぁ」
「わたし、も。ところ、で、何人くらい出るか、な?」
マドリ―が首をかしげる。
「確定は三人。四人が様子見。わしらを含めた四人は此方側だな」
「あと、一人、は?」
宰相は珍しく困った表情を浮かべ、一人の人物を思い浮かべる。
「あいつは何でも有りだからな、正直分からん」
「せやなー。あの子だけは今だ分け分からんわぁ」
少女はしかし上機嫌に笑みを浮かべると、ペロリと赤い舌をのぞかせる。
「それにしても楽しみやわぁ。長く退屈な時間が終わって、やーっと暴れられるんやなぁ」
三人はそれぞれ分かれ自分のいるべき場所へ帰っていた。
静かに火を落とした謁見の間にいつの間にか一匹のスライムが姿を現した。
誰に気づかれる事無く静かにその場に佇んでいた。
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