勇者の転職先は魔王軍の雑用係
大鴉八咫
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第0話 勇者VS魔王
◆統一皇王紀1490年 魔王城
「ふはははは、良く来たな勇者。待ちわびたぞ」
「魔王カルディナール!」
伽藍洞の広場に響く声。壁、天井に響くその声はより音量を増し増幅される。
ここは魔王城内の地下にある闘技場。そこにこの世界の最大の脅威、魔王カルディナールが一人待ち構えていた。
「ふっ、よく逃げ出さなかったな。いつ逃げ出しても良いように城の守りは放棄しておったのだが」
「お前らのような腰抜けじゃないからな。そちらこそ私を素通りさせて良かったのか?」
勇者は魔王城にやってきてからこれまで誰にも会うことなく此処まで平原の野を行くが如く移動してきた。
まるでそれは勇者を小馬鹿にするかのようにただの一人、ネズミですら相対することは無かった。
そのお陰もあり、勇者は全くの疲れも感じず、傷すら付かずに魔王と相対することとなった。
対峙する両雄。
今この場には勇者と魔王、ただの二人しか存在しなかった。
「我の所に来るまでに負傷したから一騎打ちに負けた、などという言い訳をさせるわけにはいかぬからな。貴様ら光の使徒共は徹底的に叩き潰す必要がある」
「その言葉そのまま返すぞ! 私を無傷でここに呼んだこと後悔させてやる」
勇者は魔王を見据えたまま装備する剣と盾を構える。
それは聖女ラーファにより光の加護を受けた聖剣セイクリッドと、聖なる盾ホーリーシールド、勇者のみ装備を許された聖なる武具である。
闇をつかさどる魔王にこれほど効果的な武具は無いだろう。
勇者が武具を構える様子を見せるが、しかし魔王自身は身を構えず相手を見据え腕を組んだまま動かない。
動く気配のない魔王を見据えたまま、じりじりと間合いを詰めるていく勇者。
暫しのにらみ合いのすえ、剣の間合いに入る寸前で勇者は大きく一歩を踏み出し必殺の一撃を放つ。
「聖光斬撃!」
それは勇者の放つ必殺の一撃。
勇者の持つ聖剣セイクリッドから溢れる聖なる光の奔流が魔王を襲う。
あまりの剣速の速さに剣の軌道の空間に歪みが生じる。その空間の歪みは見るものを幻惑しその剣筋を捉えづらくする。
しかしながら魔王はその場から動くことなく事も無げに剣戟を片手で受け止めた。
「こんなものか、当代勇者の力は。少し失望したぞ」
聖剣をつかんだその手には一筋の傷もない。
魔王は力を入れた風もなく片手に握っている剣を振り払うと、体勢を崩した勇者に向かってその拳を突き出した。
闇の闘気を纏う魔王の拳が勇者に向かって繰り出される。
通常なら鋼をも貫くその突きはしかし、鈍い金属音と共に勇者の持つホーリーシールドに阻まれた。
「甘いぞ魔王。貴様の動きは見切っている」
「言うな勇者。ならば貴様にこの攻撃は見切れるかな!」
容赦のない魔王の連撃が勇者を襲う。
拳突を発するたびに、その拳圧により圧縮された空気の塊が勇者を襲う。
紙一重でその拳突自体は避けるが、圧縮された空気の塊が勇者の体に当たりかすり傷を与えていく。
十、二十と拳突を重ねる魔王。その圧力に押されたように見える勇者ではあったが、その実冷静に魔王の動きを見極めていた。
魔王の拳を受け、往なし、避ける。
魔王の攻撃はかすり傷こそ勇者に与えるが、致命傷になる様なダメージは一切受けていなかった。
「はぁっ!」
拳突の合間に空いたわずかな隙を見逃さず、勇者はホーリーシールドに全身の体重を預け魔王に体当たりを行う。
突然の体当たりに体勢を崩した魔王の拳は力が入らずに勇者の盾に阻まれる。
そのままの勢いで勇者は一歩魔王に向かい踏み出す。
「ぬぅ!」
たたらを踏む魔王。
そこにできた僅かな隙を見逃す勇者ではない。
一瞬で聖剣セイクリッドに光の力を貯めると、鋭い斬撃を間髪入れずに解き放つ。
「聖光斬撃!」
光の奔流と共に吹っ飛ぶ魔王はそのまま闘技場の壁に向かって吹き飛ぶ。ドンっという鈍い音と共に壁に激突する魔王。そのままもうもうと立ち込める土煙が魔王の姿を覆う。
会心の一撃の手ごたえを感じた勇者ではあったが、しかし気を緩めることなく再度武器を構えなおす。
「やるじゃないか勇者、今のは少々効いたぞ」
土煙の中から姿を現す魔王。しかしその姿は土埃で汚れた程度で大きな傷等は見られなかった。
「はっ、見た目ピンピンしてるのに何を言ってるのか」
こんな事は分かっていたと言わんばかりに肩を竦める勇者。
「いいぞ、我はこういう戦いがしたかったのだ」
「私はさっくりと終わらせたかったんだけどね」
余裕の笑みを浮かべる魔王に、冷や汗を浮かべる勇者。
事実楽しそうな魔王は軽く準備運動を行うように両腕を回すと笑顔を見せて勇者の方へ歩き出す。
心底嫌そうな顔をした勇者は地に付けた足にわずかに力を籠めると魔王がやってくるのを待ち受ける。
そして何方からともなく攻撃が繰り出され、戦いが再開される。
いつしかその攻防は限界を超え、常軌を逸したレベルまで膨れ上がる。
ホーリーシールドでの防御をベースにし、一瞬の隙を見逃さずに攻撃を穿つ勇者。
己の拳、脚を使った肉弾戦を得意とする魔王は、主導権を奪う事を目的として攻撃を繰り出していく。
お互いに宿る光の加護、闇の瘴気を纏いながら一進一退の攻防を繰り広げる。
一瞬の隙が致命傷につながるためか、大きな詠唱を伴うような大魔法の類は一切ない。
鉄壁の防御を見せる勇者であったが、無尽蔵に体力があるわけでもなく、少しずつではあるが盾を持つ左手に痺れが出てくる。
一方魔王の方もそんな勇者の状況は理解しているが隙をつくまでには至らない。
すべてを超越したが故の、地味な攻防が続く。
その一撃が死へと至らしめるような攻撃をお互いが防ぎ、躱す。
いつしか観客のいない闘技場はその攻防の激しさにより、地に穴が開き、観客席が削れ、壁が崩壊していた。
しかし二人の戦いは終わらない。
いつまで続くか果てしない攻防を繰り返す両雄。
いつしか夜が明け、朝日が昇る頃となるが二人は今だボロボロに成りながらも戦闘を続けていた。
「此処まで我を苦しめるとは。いいぞ勇者、それでこそ我が求める者だ!」
「ごちゃごちゃと五月蠅い奴だ。魔王、そろそろ決着をつけようか!」
勇者の掛け声とともに繰り広げられていた攻防が一瞬止まる。
両雄が向かい合いそして目線を交わす。
「そうだな勇者。そろそろ決着を付けようか。この方法は使いたくは無かったが仕方がない」
そう言うと魔王は自身の右腕に力を籠める。
魔王の体内より放出された闇の瘴気が右腕を伝い、魔王の右手に集まり始める。
いつしかその瘴気が掌の上で丸いボール型に成型される。
「何を狙っているか知らないが、私は貴様を切り伏せるだけだ!」
勇者は左手に据え付けていたホーリーシールドを外し放り投げる。
そのまま両手で聖剣セイクリッドを構える。
「はぁっ! 聖なる光よ、我がもとに集まり、暗黒を滅する力となれ!」
勇者が聖剣セイクリッドを頭上に掲げると、その刀身が輝きを増し勇者の体を覆いつくす。
光と闇の膨大な力の奔流が闘技場に渦巻き、大地を駆け抜ける。
入ったもの全てを崩壊させるような力の奔流がこの場に渦巻く。
両雄の力が貯まり緊張が高まったある一瞬、この場に静寂が宿った。
緊張の糸が切れる瞬間、先に動いたのは勇者の方だった。
両腕で掲げる聖剣セイクリッドを大きく振りかぶると、魔王へ向かい全力で振り下ろす。
「うぉおおおおおぉ、聖光ぅぅぅ斬撃いぃぃぃぃ!」
勇者のすべての光の力を宿したその剣戟は膨大な光の奔流となり魔王を襲う。
剣先が魔王に到達すると共に刀身に宿った光の奔流が一か所に集約し剣先に光が凝縮される。
しかしその聖剣セイクリッドの剣先は魔王の身体までは届かなかった。
なぜなら魔王が自身お左手を突き出しその剣先を受け止めていたのだ。
「魔おぉぉぉぉお!」
「勇者ぁあああぁ!」
勇者は渾身の力を聖剣セイクリッドに込める。
聖なる光が魔王の身体を侵食し始める。
左腕が光の奔流に侵食され、その体内にまで入ろうとした刹那、魔王が動いた。
「勇者ぁぁ! この、時を、待っていたぞぉ!」
闇の瘴気を貯めた魔王の右手が勇者の右手首を捕まえる。
魔王は捕まえた勇者の手首に向けてその力を開放する。
「この勝負、我の勝ちだ! 封光魔蝕!!」
闇の瘴気が勇者の右手首から手の甲へ侵食を開始する。
右手甲に描かれた聖なる紋章、勇者の印。
その紋章をかき消すように魔王の瘴気が黒い文様を描く。
「貴様の聖なる力、封印させてもらう!」
光がはじけ、闇が辺りを覆う。
勇者の右手の甲にすべての魔王の作り出した闇の瘴気が収束し不気味な文様を描き出した。
それと同時に勇者の聖なる光の力が無くなり、聖剣セイクリッドの輝きも失われた。
「くっ」
膝をつく勇者の顔には余裕が無く、脂汗がにじむ。
そんな勇者を見下ろす魔王もしかしながら満身創痍の装いで、失われた左腕を庇う様にしてその場に立っているのがやっとの様子であった。
「くっ、光の力が無くなった今、私はただの人と同レベルとなってしまっている。しかし、最後に貴様に一矢報いる事はできる!」
聖剣セイクリッドを支えに立ち上がろうとする勇者に向かい魔王は言い放つ。
「諦めよ勇者よ。貴様にはもう力は残っておるまいて」
勇者が杖にする聖剣セイクリッドを蹴り飛ばすと勇者は尻もちをつく。
悔しさに顔を顰める勇者は近づいてきた魔王を見上げる恰好になった。
「くそっ、くそっ。私がここで諦めたら、送り出してくれた王国の人々に申し訳が立たない」
魔王はそんな勇者に近づくと、いっとき目を閉じ思案深げな顔をする。
「勇者よ、貴様に話がある」
勇者に向かって手を差し出す魔王はゆっくりと口を開いた。
「すべての決着が付いた今だからこそ言える事だ」
そして魔王は驚愕の言葉を発する。
「我が軍で共に働かないか?」
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