信頼された

元気な児童たち。

スクールバスの中では、定期的になにかしら事件が起きる。


俺らが乗るスクールバスの運転手。山本さんは声が小さくて口下手だった。


校長先生は、山本さんと話しても出来事の詳細が掴めない。

だから保護者からの電話に対応できずイライラしていた。


「渡部君。ちょっといい? 聴きたい事があるんだけど」

石本先生は、スクールバスで何かあると必ず俺に詳細を聴きに来た。


どんな小さなトラブルにも巻き込まれたくない聡は、ことごとく石本先生を避けていた。聡の気持ちは理解出来る。


俺は石本先生の質問にちゃんと答えた。

理由は怖かったから。

だが、『先生の役に立ちたい』との思いもほんの少しだけあった。

理由は自分でも分からない。



知らないお婆ちゃんをバスに乗せたとき。


「川崎さんと品末さんを乗せる時に、知らないお婆ちゃんが乗ってきちゃったのね。路線バスと間違えて。それで山本さんが行き先を聞いたらバスのルートの途中だったから、そこまで乗せてあげたのね。なんだ、いいことしたんじゃない。何も問題ないわね」


先生は「どうもありがとう」と言って足早に去る。


帰りのバスが30分遅れて到着した時。


「えっっ? 宗政君と柴川君が喧嘩して柴川君が宗政君の鞄をバスの窓から外に投げたの? まったく、しょうがないわね。で山本さんはどうしたの?

そうよね、そんなにすぐに止まれないわよね。バスを止めてから6年生だけ降りて探したのね。草むらだったの。それでは探すのに時間かかるわ。まったく本当にけしからんね柴川と宗政は。どうもありがとう」


バスがトラックと接触した時。


「窓から手を出した子がいたのね。山本さんがめずらしく怒鳴ったの。あっっ、あの狭い道路でね。それは危険ね。それでも手を出し続けてたから、山本さん緊急停車したのね。で後ろから来た大きなトラックが、バスをゆっつくり避けて通る時に接触したのね。よくわかったわ。ありがとう」




3学期。

もうじき卒業式の練習が始まる。


卒業を間近にして、俺は石本先生から信頼されるようになった。

信頼されて悪い気はしない。

だから少しだけ嬉しかった。


それでも、俺は石本先生を好きだったわけではない。


あのドライブ以来、他の児童よりは、おそらくちょっとだけ距離が縮まった。

それでも厳しい校長先生。

話す時はかなり緊張した。


でも、石本先生は俺に深い印象を残した。


厳しい。怖い。それ以外の何かの印象。


俺は長い間、それが何なのか理解出来なかった。



3月。桜のつぼみが大きくなり始めていたのに雪が降った。


俺は、小学校を卒業した。

ドライブを共にした、聡と一緒に。

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