翌日

月曜日。

一足遅く乗ってくる聡とスクールバスで会う。


「昨日は疲れたな」


「おう、俺なんか家帰ったらバタンキューよ」

聡がそう言った。

あれだけ帰りの車中で寝ていた聡。神経が相当疲労したのだろう。ひょうきん者だが、案外気を使う性格だ。


スクールバスが学校に着く。

校長先生がいつものように校門で児童に挨拶をしていた。


『昨日のお礼を言わなくちゃ』

緊張しながら石本先生に近づく。


「おはようございます」「おはようございます」


俺と聡の挨拶に「おはようございます」といつもと変わらない校長先生の挨拶。


全ての児童に対して一定の笑顔で 挨拶するいつもの校長先生。ここでは全ての児童が平等。一切の私情は無し。信念にも似たその雰囲気に、俺たちは「昨日はありがとうございました」の言葉がどうしても出なかった。




昼休み、担任の山西先生が俺たち二人をまとめて呼んだ。

「おい、渡部たち。校長先生がな、面接教室に来るようにだって。一人ずつだそうだ」


校舎二階の一番奥に、普段使われていない教室がある。そこは面談に使われることが多いことから面接教室と呼ばれていた。


「何ごと?一人ずつって、おい聡、なんだと思う?」


「知らね。もう俺、いやだわ」

項垂れる聡。


聡の父親は良く言えばたくましい。でも見たままを言えば、中堅のチン〇ラ。

暴〇団に入っていないのは確かだが、とにかく怖い。聡の家で遊んでいると、時々昼間でも父親が突然帰宅することがある。聡は「やべー親父が帰ってきた」そう言って階段を駆けおり、玄関で「おかえりなさい」と直立で出迎える。しかしその後「おい聡、ちょっと来い」と少しどすの利いた声で呼ばれる。そうなると遊びに来ていた俺は静かに玄関から退出する。家の中からは怒鳴り声が響く。

聡曰く、父親の気分次第で怒られるそうだ。


それが理由で、聡は呼びだ出されることそのものに抵抗感があるのだ。

しかも今回は校長先生。


俺が先に面接教室へ向かった。


ノックする。

「どうぞ」

明るい声だ。


教室に入ると石本先生が立っていた。

挨拶をする間もなく石本先生が俺に聞いた。


「渡部君。昨日、飴の袋持って帰った?持って帰ったならいいの。だけでど一応聞こうと思って」


昨日、半日共に過ごしたした児童に対して、一生懸命笑顔で話そうとしているのが分かる。


「いえ。持って帰ってません」


「あっ、そう。それならいいの。車の中に見当たらなかったから聞いてみたの」


『もしかして、飴を持って帰ったかどうかで呼び出されたの?』

『たったそれだけのことで?』

『たかが飴で?』


『無断で持って帰るようなリスクを冒すわけないし、先生の勧めでちょっと無理して食べた飴。そんな飴を持ち帰る理由など、微塵もない』


『あれだけ揺れた車内。おおかた、助手席か運転席の下にでも潜り込んでいるに違いない』


呼び出されたことが不満だった。

教室を出た俺はショックを受けていた。



聡が不安そうに立っていた。

「何だった?」


「飴持って帰ったか?だって」


「えっ?なに?」


聞き返した聡に、それ以上答える気にならなかった。

くだらなすぎて。



「なんか、疑われた感はんぱねーな」

面接教室を出てくるなり、すぐにぼやいた聡も当然持ち帰っていなかった。



昨日。少し距離が縮まったように感じた石本先生。


『でも、食べかけの飴の袋を無断で持ち帰ったか、そうでないかをチェックする。

細かくて、やっぱり怖い先生だったんだ』


赴任早々。男子児童をビンタをしている先生が脳裏に蘇る。


通常、校長先生は職員室か、校長室に児童を呼ぶ。

でもよほどのことがないと生徒を呼び出さない。呼び出されることは怒られることを意味する。


面接教室という場所。

先生が立って待っていたこと。

普段より優しい声。

最善の気遣いだったことは子供ながらにわかる。


でもそこは校長先生だ。児童が呼びだされれば、たかが飴でも大きなことに感じてしまう。


石本先生はそれ以上追及しなかった。

本当に『ちょっと聞いてみよう』と思っただけだったのだろう。



でも先生との距離は元に戻った。

たかが飴で。

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