ドライブは命がけ

校長先生の運転は、しばらくすると落ち着いてきた。


最初は信号で止まるたびに、発進できるのか不安だった。


どうやら3人乗車で走るのは始めただったようで、勝手が違ったのだ。

自動車は重さで運転の感覚が変わる。


慣れると、信号の停止と発進は問題なく出来るようになった。


不安が少しだけ取れた俺は、やっと聡の顔を見た。


聡も俺の顔を見た。お互い、ニヤッとした。



しばらくすると、校長先生をほんの少しだけ身近に感じられるようになった。

時間を共に過ごすとは不思議なことだ。校長先生と言うより、「石本先生」に気持ちが変わった。


石本先生が口を開いた。

「今日は海に行こうと思うの。勝方なんてどうかな」


ここから2時間はかかる。

石本先生は、思い切った計画を立てていた。


俺たちは「は、はい」としか答えられなかった。


「あのね、両脇に飴があるでしょう。どうぞ」


乗車した時から気になっていた。大きな飴の袋が両脇に一袋ずつ。


知っていた。お婆ちゃんが好きな飴だったから。

緑や黄色や赤や青。色々な色の大きな飴が入っている。でもどれを舐めても全部同じ味のやつ。


石本先生の気持ちだったんだろう。

一袋ずつ用意されていた。


「ね。どうぞどうぞ、舐めて」


しきりに勧めるので、俺らは飴を舐めた。

やっぱりお婆ちゃんの味だった。


秋晴れの日曜日だからか、道路は渋滞していた。


石本先生は、アクセル全開で走り出すことしか出来ない。

そしてブレーキを思い切り踏んで停まることしか出来ない。


渋滞は、アクセル全開、ブレーキ思いっきり。の連続だった。


ブオーーーン キッッ  ブオーーーン キッツ

エンジン全開とブレーキの音が交互にけたたましく鳴る。


歩道を歩く人が、『何事か』と言わんばかりにこちらを見ている。


聡は、走り出すたびに「オワーーー」と声を出した。前の車にぶつかりそうだったからだ。そしてブレーキの度に前の座席に頭をぶつけ「ウッツ」と言う。


俺は必死につかまり、耐えていた。

『これがいつまで続くのだろう』


「あら……だいじょうぶかしら。どうしよう」

石本先生の不安そうな声。


前方を見ると、急ではないが、なだらかでもない長い登り坂。渋滞は続いている。

坂道発進の連続だ。


石本先生の覚悟を感じる。


サイドブレーキを上げて、アクセル全開!!!


サイドブレーキを外す。


ブウオオーーーーーーーンと音を立てながら車は後ろへ下がる。


「ウオアーーーー先生!!!」

俺は思わず叫んだ。


後ろの車がプッツプッーーーーとクラクションを鳴らす。


ぶつかる寸前で停まる。


命がけだ。


後ろの車はかなり間隔を空けた。

危険を感じたようだ。


石本先生は必死。

その後、なんとか坂道発進の感覚を掴んでいった。


坂を上がると、右側に海が見えた。


「ほら、海よ。海」


先生の声に、「ほんとだー」と聡が力のない声で答えてくれた。

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