一章 3 角やら武器屋ら 1
そこは空気の重い場所だった。
ガラス張りの書類棚に、数台のオフィスデスクが置かれ、一見すると事務所のようだ。
背の低いテーブルとそれを挟むよう二人掛けソファが配置されて、簡易的な応接スペースも作られている。
しかし、使用された様子は見られない。
六方を囲う壁たちは、コンクリート打ち放しで、窓にもシェードが掛かっている。
「本日はこれで全てですが、いかがでしょう」
その中、ソファに座った女性が、声を響かせた。
二十代半ばから後半と言ったところか、厚手の服装で身を統一している。
向かいには大柄な男が座っていた。
余計な動きをせず、隙が無い。決して強面ではないものの、無表情も相まって、ただならぬ雰囲気を纏っている。
これだけなら、面接か面談、もしくはただの会議か商談に見えたかもしれない。
だが、隙間なく机に敷き詰められた刃物や拳銃の類が、面接や面談などではなく、『ただの』会議や商談でもないことを表していた。
眼前の武器を代わる代わる手に取り、男は感触や重さを確かめる。その中でも銃の一つを何度も握り、満足そうに頷いた。
「銃の魔力消費が向上して、全体的に使いやすくした感じですかね」
「はい。前回、ご指摘頂いた通り、省ける場所は全て省いて軽く作りました。結果、他の機構に取られなくなったので、魔費も上がっています。ただ、魔力吸収機構も取り除いてい待ったので、威力は下がっています」
臆せず銃の解説をする女性──エマをよそに、男は早くも刃物類へと視線を変えていた。
「ナイフに機構は付けなかったんですか? 前にそちらから提案されましたよね。魔力で魔力を無効にするとかなんとか」
「いや、あれは……、その……」
「何か問題が?」
男が訪ねてなお躊躇いを見せた後、エマは気まずそうに視線を逸らしながら、先を続け始めた。
「失礼を承知で言わせていただくのですが、現段階では、皆様では扱えないと判断いたしました。もちろん、ミヤモトさん、あなたも含めてです」
「その理由は?」
ミヤモトと呼ばれた男は、エマの発言にも憤ることもなく理由を尋ねる。
その様子に、エマは息を小さく吐いてから男を正視した。
「皆様が狼の半獣だけで構成された狼堂会だからです。これはどうしても魔費が悪くて、半獣種の場合、平均数秒で魔力欠乏に陥ります」
申し訳なさそうに顔を下に向けるエマに、ミヤモトは淡々と話を続ける。
「それなら、仕方ない。ですが、データがあるということは試作品があるはずですよね? 持ってきてないんですか?」
「一応、ありますが……」
「見せてもらっても?」
「はあ……」
エマが足下に置いていたジュラルミンケースに手を掛ける。並んだ武器を少し片付け机に置くと、ミヤモトに見えるようケースを開けた。
ケース内部に張り付けられたスポンジの上に、一振りの小さなナイフが置かれている。一見すると何の変哲も無く、それ相応の店であれば、どこだって売っていそうだ。
「触らないで下さ……い?」
エマが言い終わるより早く、ミヤモトはナイフを手にしていた。
「おお……」
想像を超える魔力の消費に、手放したい本能と落としてはならないという意思がせめぎ合う。さらに魔力消費に伴い抜けていく力をどうにか集め、ミヤモトは腕を小刻みに震わせながらも、優しくケースへナイフを戻した。
「これは……」
「触らないでくださいと言おうとしたんですが……。試作品なので自動的に魔力を吸い続けてしまうんです。刃はもちろん、柄に機構部が入っているので、何処も直接は持てません……」
「……相当、持って行かれたな」
疲弊した様子のミヤモトが、毛深くなった自らの手を見下ろし呟く。
「すみません……。ですが、性能は良いはずです」
言うが早いか、エマは懐よりシュマーフォを取り出した。数多ある機能の中から簡易魔力濃度計を探し開くと、ナイフの上空へかざすように持っていく。
シュマーフォが魔力によって動く性質を利用したこの機能は、透かした先の魔力濃度を分光スペクトル──いわゆる、虹の七色によって表すものだ。魔力濃度が高ければ赤色が、低ければ紫色がシュマーフォの中に映る景色へ重ねられる。
そして、肝心のナイフはといえば──もはや黒と呼ぶに相応しい紫色を纏い、刃など完全に見えなくなっていた。
「これはすごいね」
「はい。獣化するだけのことはあります」
「ですので、もう少しお時間をいただければ……」
そこで二人はお互いが相手以外の声に対して返事をしたことに気付く。
声がした方へ二人が目を向けると、やや老齢な男が立っていた。
白髪でこそあるものの、覗く身体は筋肉質で、姿勢に衰えも見られない。柔和な笑みを浮かべているが、ミヤモト同様、隙のない印象だ。
「会長!」
「トウドウ会長!」
「やあ、武器商。いつもご苦労だね」
ミヤモトからの最敬礼をやや恥ずかしそうに手で制したトウドウは、軽い挨拶とともに部下の隣へ腰を下ろす。
「例の新作かね」
「はい。その試作品なんですが……」
「なるほど。ところで、ミヤモト。今回はどれを買うんだね?」
話半ばでの収入に関わる質問は、蚊帳の外へ弾かれたエマを緊張させる。
「そうですね……。全種を十から十五ほどでしょうか……。よろしいですか、会長」
「いいんじゃないかね。それじゃあ、武器商。全種類頼むよ。予備で二十ずつ貰おうかね」
「全種ですね! ありがとうございます! では、このまま受け渡しを……。え? 二十?」
通常、全種類買って貰えれば最高の結果だ。
けれど、今回は、後ろについた思わぬ数字に、エマは思わず聞き返してしまう。
「私はミヤモトを信頼しているからね。武器商、頼めるかね?」
「え? ああ……。は、はい! もちろんです! ありがとうございます!」
未だかつてない発注に、エマの思考は少し止まってしまっていた。
──一体、いくらの収入になるんだ?
再開した頭の中でエマが計算を始めると、トウドウはにこやかに眼前のナイフを指さした。
「それと、これ。持ち手だけうちのミヤモトが持ちやすい用に改良できるかね?」
「それは、はい。大丈夫ですが、使えないと思いますよ?」
「いいから、いいから。それで、お代なんだけどね……」
──来た……。
エマの背筋が自然と伸びる。
毎回訪れるこの瞬間が、彼女にとっては悩ましい。
何せ彼女は、正規の武器商ではないのだから──
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