第40話、ギルドの受付嬢。

「──受付ナンバー75番さん、ええと、エカテリーナ=ハプスベルグさんですか…………まるで、どこかの王族のようなお名前ですねえ?」


「はあ、よく言われます」


「それで、あなたが、うちのギルドの受付嬢を志願した、動機は何です?」


「あ、はい、もちろん昔から、冒険者ギルドで働きたいと思っておりまして、中でも冒険者さんと直接顔を合わせて、そのサポートに力を尽くす、受付嬢に憧れてきたからです」


「……う〜ん、ありきたりだなあ」


「え?」


「あ、いや、こっちの話です。──それよりも、受付嬢になるに当たって、何か特技や、特殊な事情は、お有りですか?」


「……特技ですか? 一応幼い頃より、ピアノを習ってきましたけど。『特殊な事情』というのは、一体どのようなことなのでしょうか?」


「ピアノって、何言っているんだよ、もうちょっと、ギルドに関係のある、特技はないのかよ⁉」


「ええー⁉」


「特殊な事情ってのもなあ、ほら、いろいろとあるだろうが? 父親も冒険者で、モンスターに殺されていて、受付嬢をしながら、父親のかたきを討ってくれそうな冒険者を探しているとか、自分自身もかつて腕利きの冒険者だったけど、ゆえあって今は、ごく普通の受付嬢に身をやつしているとかさあ」


「ちょっと、面接官殿? さっきから何を、三流戯作のようなことばかり、おっしゃっているのですか? 夢見がちの女子大出の、就職希望者であるまいし」




「その夢見がちな、現代日本からの『転生者』の希望に添わなければならないから、俺たちギルドの上層部は、苦労しているんじゃないか⁉」




「──っ。『現代日本からの転生者』、ですって?」


「おいおい、知らないのかよ? 『転生法』が施行されて以来、全異世界を挙げて、現代日本からの異世界転生を促進するために、異世界そのものの在り方を、現代日本人好みに作り替えるために、抜本的な改革が行われていることを?」


「な、何ですってえ⁉ 確かによその世界の方に、この世界を存分に楽しんでいただくことも必要かと思いますが、そのために異世界の在り方自体を、いかにも非現実的な歪んだ形に変えてしまっては、本末転倒と言うものでしょうが⁉」


「ちっ、やけに世間知らずなやつだな? ……なになに、履歴書によると、生まれてからずっと学校にも行かず、すべて家庭教師から教育を施されていただと? 一体どこの貴族か大商人の、箱入り娘なんだよ?」


「……人の家庭事情に、余計な詮索はしないでください」


「じゃあ質問を続けるがな、ギルドの受付がすごく混雑していて、トラブルも少なからず発生している真っ最中に、あからさまに『転生者』と思われる新規登録者が現れて、君につきっきりで世話をしてくれと頼まれたとしたら、どういったふうに対応するかね?」


「はい、確かに、この世界に来られたばかりの転生者の方には、できるだけ親身になって対応すべきかと思いますが、ギルドの受付は新規登録だけをやっているわけにはいかず、しかも現にいろいろとトラブルが発生しているともなれば、まずそちらの解決こそが急務なのであって、転生者への対応は適当なところで切り上げるべきかと存じます」


「なあに、言っているんだよ⁉ 他のやつらとか、業務とか、トラブルとか、どうでもいいんだよ! 転生者が君のことを頼りにしているのなら、他のすべてをうっちゃってでも、転生者のお世話をすべきだろうが?」


「そんな! 転生者ばかり優先していれば、他の冒険者の方に対して示しがつかないし、ギルド自体の信用を落としてしまいます! それでなくても、他の業務をおざなりにして、転生者のお世話ばかりにかまけていたら、ギルドの運営自体が立ち行かなくなってしまうではありませんか⁉ いくら『転生法』によって転生者を優先することが指導されているからって、やり過ぎでしょうが⁉」




「それは、現代日本からの転生者こそが、『主人公』であり、その他の人間なんて、我々ギルドの職員も含めて、単なる『脇役』過ぎないからさ。脇役が主人公の引き立て役として犠牲になるのは、当然のことだろう?」




「──なっ、あくまでも転生者だけが『主人公』で、ギルドの職員も含めてこの世界の人間が『脇役}に過ぎないなんて、本気でおっしゃっているのですか⁉」


「……何度も言わせるな、それが『転生法』の定めるところであり、すべての異世界の意思というものだ」


「何が世界の意思ですか⁉ そのほうがあなたたち、大手ギルドの上層部の人間にとっては、都合がいいからでしょうが! ──もういいです、こんな現代日本にばかり尻尾を振って、自分の同胞たちを大切しないギルドなんて、就職したくはありません!」


「ふん、『転生法』のことも知らないような、世間知らずなんか、こっちでお断りだよ。そんなに受付嬢になりたいのなら、こんな王都の大ギルドではなく、どこか片田舎の弱小ギルドにでも就職するんだな!」




「──ああ、それもいいですね! むしろ、あなたのような方が運営している、この世界の生粋の冒険者たちのことを第一に考えられずに、権力者にごますりばかりしている、エセギルドなんかにお世話になるよりは、よほどましでしょうよ!」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 それから数ヶ月ほど、のちの話であった。


 王国の辺境地帯の片田舎にある、弱小ギルドの出張所が、主に現代日本からの転生者上がりの冒険者たちから大人気となり、連日大賑わいの活況を呈しているというのだ。


 何でも、今年の春に新たに採用された受付嬢が、実は王家の三番目のお姫様だったのであり、幼い頃から『冒険者の物語』を愛読してきたために、身分を偽ってでも冒険者ギルドの受付嬢となり、冒険者たちの──ひいては、この国の住人たちのために働きたいと、王様や王妃様の反対を押し切って、くだんのギルドに就職したのだそうだ。




 もちろんこのような、Web小説そのままな『裏事情プロフィール』を、『訳ありヒロイン』大好きな転生者たちが見逃すわけがなく、ついにはギルドの業務に支障を来すまでに、毎日が大賑わいになったそうな、めでたしめでたし♡




「──何が、めでたしよっ! ギルドの仕事の邪魔ばかりするんじゃない! この色ボケ転生者どもが!」




「「「今日も『ご褒美』の罵声、ありがとうございます、王女様♡♡♡」」」




「──もう、嫌あっ! むしろこいつらこそを、転生法で規制してよお!」




 ……残念ながら、『転生法』は何よりも、転生者の利益を守ることこそを第一義としておりますので、彼女の苦難はこれからも続いていくことでしょう。めでたしめでたし♡

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