第29話、ざまぁ。

「……ええと、わたくしが今回のイベントの司会というかコーディネーターの、某異世界の転生局転生法整備課勤務の、平課員でございます。今私の目の前の整備課内の応接用ソファには、今回のいわゆる『ざまぁ』イベントにおける『主人公』氏が、かつて所属しておられたギルドのリーダーさんと、やはり同じく『かつて』が付く幼なじみ兼恋人さんが、仲良く並んで座っておられるのですが、お二人は『主人公』氏をギルドから追放された後、一体どのようになされていたのですか?」




「「──結婚しました♡♡♡♡♡」」




「……おおう、いきなりそう来られましたかあ。しかも何の屈託のない、満面の笑みで。なんか、違うコーナーになってしまいそうなんですが、司会を桂○枝師匠あたりに交替した方がよろしいでしょうかねえ。──それじゃあ、今現在はご夫婦で、ダンジョンに潜ったりして、冒険者業をこなしておられるのですか?」


「──あ、いえ、俺たち、五年ほど前に、『あいつ』を追放してすぐ、ギルドをたたんでしまったんですよ」


「ええっ、そうだったんですか? 何でまた、そんな……」




「……気がついたんですよ、俺たちにとって、『あいつ』がどんなに大きな存在だったか」




「うわっ、すごい切なそうな表情で、遠い目なんかして、何その芸術賞的演技力は⁉」


「……そうよね、ギルドいち頼りになる切り込み隊長としてはもちろん、私たちにとっては、友であり仲間であり、そして恋人として、失って初めてわかる、なくてはならない存在だったのよねえ」


「──かつて自分たちが追放した相手に対して、ちょっとばかり罪悪感を感じるとかいうレベルではなく、むしろ『全肯定』、だと?」


「ああ、本当は俺なんかに、ギルドのまとめ役なんか務まらなかったんだ。ムードメーカーであり、俺にとっては誰よりも勝る、腹を割って何でも話すことができた、かけがえのない相談役アドバイザーであったあいつこそが、真のギルドのかなめだったんだ」


「……それを私たちったら、目先の欲に目がくらんで、彼のことを追放したりして、なんて愚かだったんでしょう」


「だからこそ、罰が当たったんだよなあ。やつの抜けた後のギルドは、完全にガタガタになっちまって、クエストもろくにこなせなくなり、みんなの心もバラバラになって、一人抜け二人抜けと、だんだん人数が減っていき、最後には俺たち二人だけになってしまったからな」


「そ、そうだったんですか………でしたら、お二人は今、何をやっておられるのですか?」


「あ、はい、あはは、少々恥ずかしい話なんですが、冒険者稼業自体も二人そろって、すっかり足を洗ってしまいましてねえ」


「えっ、そうなんですか?」




「はい、今はこの人と二人で、私の生まれ故郷の村に帰って、畑作業の傍ら、魔物や害獣退治とか、普通の村人さんでは手の出ない険しい山に自生している薬草採りとかの、『何でも屋』を営んでおりますの」




「…………ええと、それはまた、思い切った『ジョブチェンジ』をなされたもので……………………あっ、そういえば、奥さんの実家だということは、当然幼なじみである、『主人公』氏の実家でもあるのでは⁉」


「ええ、そうなんですよ」


「それってまずくはないですか? 何かの拍子に、里帰りしてきた『主人公』氏と出くわしたり、そうでなくても、彼のご両親だっておられるのでしょう?」


「あは、大丈夫ですよお、彼のご両親とは、幼い頃から家族ぐるみでお付き合いしていて、今でも娘同然にかわいがっていただいてますし。それに──」


「それに?」


「『彼』ったら、私たちのギルドを追放されて以降、皆さんご存じのように、此度晴れて魔王を討伐して、『英雄』の称号を得るまでの間、一度も村には帰ってはいないんですよ」


「ええっ、確かにこれまでは『勇者』として、何かと忙しかったでしょうが、魔王を倒してすでに半年もたつというのに、一度もご両親やご親戚の皆様に、顔を出しておられないんですか⁉」


「……ほんと、あいつ、何考えているのやら。そもそも、すごくいい村じゃないか? 何で飛び出したりしたんだろうな?」


「小さな頃から、何かと夢見がちだったからねえ、『僕絶対に、勇者になってみせるよ!』とか言っててねえ。──まあ、私も人のこと、言えないけどねw」


「いや、それを実際に叶えてしまうんだから、やっぱり大したやつだよなあ」


「それでも、一度でいいから、村に顔を出すべきだと思うの。おじさんやおばさんも、口では不満を言ったりはしないけど、何だか寂しそうにしているし」


「まあ、『英雄』としては、魔王退治が終わってからも、何かと忙しいんだろう。聞くところによると、近々隣の国の王女様との結婚も控えているそうだし」


「ああ、そういえば、そうでしたね。だったら、ご結婚の後にでも、ご実家のほうにも、お帰りになるのでは…………って、ちょっ、、一体どこから入ってきたの⁉」




「──ねえねえ、今日これから、勇者様に会えるんだよねえ⁉」


「隣のお国の、お姫様も一緒って、本当?」




 一体どこに隠れていたのか、テーブルを挟んだ向かい側の、かつての『NTR』ご夫婦の影から、ひょっこりと姿を現す、非常によく似通った顔形をしている、年の頃四、五歳ほどの、男の子と女の子の二人。


「……えっ、もしかして、その子たちって」


「はい、恥ずかしながら、うちの子ですの」


「双子なんだ、よく似ているでしょう?」


「え、いや、ええっ⁉ 『主人公』氏が追放されたのが、今からおよそ五年前だから、計算が合わないのでは?」


「……で、ですから、私たち、『彼』を追放する前から、その」


「大体俺たちが結婚したのも、『できちゃった婚』ですから」


 ──あ、そうか。むしろ『NTR』ペアとしては、計算に合致しているとも言えるのか。


「ねーねー、そんなことよりも、勇者様は、まだあ?」


「私は、お姫様のほうに、会いたいなあ」


「こ、こら、あなたたち、ちゃんと大人しくしなさい!」


「そうだぞ、転生局の人だって、お仕事でやっておられるんだから、無理を言っては、駄目だぞう?」


「「えーっ⁉」」


 大人たちの複雑な事情なぞ少しも忖度することなく、好き放題言い出す子供たち。


 それを口先ではたしなめながらも、同じような期待に満ちた目線を向けてくる、親たち。




 ……さあて、困ったぞお。




 実は、『主人公』氏とその婚約者であられる隣国のお姫様については、さっきから隣の部屋でスタンバってもらっているんだけど、これって本当に『ざまぁ』ができるの?


 この『NTR』コンビの二人って、ギルドを解散し冒険者稼業すら辞めて田舎に引っ込んでしまったという、『英雄』なんかに比べれば、完全に『負け組』のはずなのに、けして負け惜しみとかなんかではなく、心底むちゃくちゃ幸せそうじゃん。


 こんな堅実で理想的なご夫婦を目の当たりにさせられたんじゃ、『魔王を倒して英雄の称号を得てお姫様をお嫁さんにもらいました〜』なんて、いかにもならではの妄想タワゴトとして、「なに、人生というものを舐めた、馬鹿げたことばかり言っているんだ?」と、たしなめられたっておかしくはないぞ?


 ……こりゃあ、『主人公』氏も、出るに出られないだろうなあ。




 本日の、教訓。




 何が『幸せ』なのかは、人それぞれなんだから、他人に『ざまぁ』をしようだなんてことなぞ考えずに、一心に『自分自身の幸せ』こそを追い求めた者こそが、『真の勝ち組』というものだったりするのかも知れませんね。

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