第28話、NTR。

「──というわけで、今ここにお越しの、ギルドリーダーさんと主人公の幼なじみ兼恋人さんには、NTR不倫関係になっていただきます」




「「何でだよ⁉」」




 ──どうも、久方振りの、某異世界の転生局転生法整備課勤務の、平課員です。


 今私の目の前の整備課内の応接用ソファには、今回の『NTRイベント』における『主人公』氏が所属しているギルドのリーダーさんと、幼なじみ兼恋人さんが仲良く並んで座っておられるのですが、、『今回のイベント』の趣旨を丁寧に説明して差し上げたというのに、肝心のお二方のほうは、憮然とした表情を隠そうともしなかった。

「……何でって、私の話を、ちゃんと聞いておられたのですか? 今回の『NTRイベント』の主人公氏は、実はこれまでの彼自身ではございません、我が転生局の調査によれば、つい最近、何と現代日本からの転生者に憑依されてしまわれたのです」

「「──‼」」

 さすがに予想外であったのか、驚愕に目をむくお二方。

「あの人が……」

「あいつが……」

「それでですねえ、『NTRイベント』を開催したいっていうのは、実は主人公氏ご自身のご要望だったりするんですよ」


「「何でだよ⁉」」


 しんみりとしていたムードが台無しですが、事実だから仕方ありません。

「実はWeb小説の主人公にとって、NTRネトラレはステイタスのようなものなのです。最も信頼していた仲間であり親友でもあった、ギルドリーダーや勇者に、幼なじみや恋人や婚約者や妻をNTRネトラレてしまい、おまけにギルドすらも追い出されて、絶望の淵に陥りながらも、実は異世界転生する時もらった、一見役立たずと思われていたスキルが、使い方によっては無敵のチートであることが判明し、それを使って大活躍するうちに、新たなる仲間や友や恋人を得ていき、最終的には魔王退治等を果たし英雄となり、返す刀で自分を裏切ったギルドリーダーや元恋人に盛大なる『ざまぁ』をするというのが、現代日本のWeb小説における、一大人気トレンドとなっているわけなのですよ」


「「すげえ屈折して陰湿なトレンドだな、おい⁉ 自分のほうで友や恋人から裏切られるのを望んでおいて、後から復讐するとかな!」」


 いかにもあきれ果てた表情で、すかさず突っ込んでくる、お二方。

「あはは、そのお気持ちもわからないでもないんですが、ほんとこれって、すごい人気なんですよ、実際に異世界転生をされる方にとっての最大の参考文献となっている、現代日本のWeb小説界で、タグに『NTR』とか『追放』とか『ざまぁ』と付けるだけで、すぐにPV1000アクセス達成も不可能ではないと言われているくらいだし」

「……本当に大丈夫なの、現代日本のWeb小説界」

「……いや、もうすでに、手遅れかもしれん」

 失礼な!

 大丈夫ですよね、現代日本のWeb小説界? なんか『セバスチャン』だか言う、新しいサイトもできたことだし。……あ、いや、『センバヅル』だっけ?

「とにかくですねえ、『NTRネトラレ』をやられてこそ、むしろ後々主人公として輝くことができるのですよ。それに外見はともかく中身は以前の彼ではなくなっているのだから、別に恋人や友として、義理立てする必要もないじゃないですか?」


「そんな! たとえ中身は違えど、あの人であることには間違いありません! それなのに目の前で裏切って絶望の淵に陥れるなんて、私にできるものですか!」


 ──おおっ!

 涙に潤んだ瞳にて、悲痛に叫ぶその姿には、嘘偽りなぞ欠片も感じられなかった。

 ……そうですか、そこまで主人公氏のことを、本気で愛してらっしゃるのですねえ。

 これじゃあ、あまり無理強いすると、こちらが『悪役』になってしまうだけではないですか。

『冷血の転生局』の局員らしからぬためらいを感じていると、ギルドリーダー氏が恋人嬢よりも更に真摯な表情で、名実共にガチの本音を激白し始めた!




「──そうだぞ! あいつを裏切ることなんかできるものか! しかも、あいつのためとはいえ、の人間を抱けだと? そんなのまっぴら御免だ! いやむしろ、中身が入れ替わっている、今こそチャンスではないか! 異世界まで転生してくる物好きだ、『ボーイ同士の刺激的なラブを経験してみないかい♡』と誘ってみれば、案外OKしてくれるかもしれんぞ?」




「「──⁉」」




 ギルドリーダー氏いきなりのカミングアウトに、恋人嬢どころか私自身すらも、ドン引き☆デス。

「……あなた、あの人を見る目が、何だかおかしいと思っていたら」

「その通り! むしろ俺はおまえから、あいつを『NTRネトリ』たいと思っていたのだ!」

「なっ⁉」

「どうだ、転生局、現代日本のWeb小説界では、『NTR』が流行っているんだろう? いっそこの路線で行ってはいかがかな?」

「──どの路線だよ⁉」

「ガチの『さぶ系NTR』とか? 例えば、とある異世界の城下町の片隅に突然、女性客お断りの『居酒屋さぶ』という店が、忽然と現れてだな──」

「現れねえよ! 何だよ、『女性客お断りの居酒屋』って、ゲイバーかハッテンバかよ⁉ 一応、お馴染みのBLとか、ド耽美的少年愛とか、基本的に女性読者向けなのは、たとえR18でもOKかと思うけど、ガチの男性向け『さぶ』はヤバ過ぎるよ⁉」


 あまりに予想外の展開に、頭を抱えるばかりの私を尻目に、つかみ合いの争いに発展しているお二方。


 ……まさか、『NTR』がこんなにも奥深くて、下手に取り扱いを誤れば、人の醜き争いを呼ぶものだったとは。


 これは転生局員としては、更なる修練が必要なようですね。


 そのように心に誓いながら、今回における『NTRイベント』の、現実の異世界においての実行については、時期尚早として棚上げすることを決定するのであった。

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