第22話、あなたの異世界転生作品は、本当にオリジナルですか?

「……司祭さん、現在の俺の『心の中の織田信長状態』が、異世界転生みたいなものだという話だけど、それにしては、ちょっと違いが大きすぎるんじゃないのですか?」


「はあ?」


 前回に引き続き、私ことヘルベルト=バイハンが首席司祭を務めております、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会の告解室にて。

 一応相談者であられる、今や大陸南部全体に版図を広げつつ若き国王、アレク=サンダース陛下が、以前より頭の中で聞こえていた、別の世界の高名なる武将にして政治家でもある『織田信長』の声は、異世界転生と同じシステムでもたらされたものであり、しかも極論すればアレク陛下ご自身の妄想のようなものに過ぎないので、『信長の声』によってもたらされた偉大なる功績の数々も、実はすべてアレク陛下ご自身の、奇抜な発想と不断の努力のたまものなので、何ら恥じる必要なぞないことをご理解いただけたはずなのですが、やはりこのような常識の埒外にあることをいきなり聞かされても、すぐにすべてを納得できるわけがなく、いろいろとご不審な点を抱えられておられるようであった。


「……ええと、違いが大きいとおっしゃいますが、一体どのような点についてでございましょうか?」

「ほら、普通だったら『異世界転生』状態になってしまえば、生粋の異世界人が原則的に、完全に現代日本人になり切っているではないですか? それに比べて俺の場合は、あくまでも完全にこの世界の人間のままで、時たま『織田信長』という、精神体だけの『転生者』もどきの声がするだけでしょう? とても『集合的無意識とのアクセス』という、同じシステムによってなされているとは思えないのですが?」


 ……ああ、なるほど、そういうことですか。


「確かにWeb小説においては、現代日本人の精神体が、完全に異世界人を乗っ取るといったものばかりで、一つの身体の中で二つの精神が同居するといったパターンは、極めて希ですけれど、実はなのです」


「え? 話は逆って……」




「むしろあなたのように、二つの精神だか人格だかが同居しているほうが正しくて、完全に現代日本人の人格に乗っ取られるほうが、本来なら『特殊事例』であるべきなんですよ」




「──なっ! そ、そうだったのですか⁉」


「だって、集合的無意識とのアクセスによってもたらされるのは、自分以外の人物の、単なる『記憶や知識』でしかないのですよ? 何も本人の精神や人格が丸ごと転生してきて、『自分という存在アイデンティティ』を完全に乗っ取られてしまうわけではないんですよ? それなのに精神的には完全に現代日本人になり切ってしまって、現代日本人としての考え方しかできなくなるなんて、どう考えてもおかしいのですよ。それに対して、現在のあなた様のように、あくまでも基本的にはこの世界の人間そのままで居続けて、集合的無意識とのアクセスによって得られた『記憶や知識』のほうは、『織田信長』という形で時たま口を出してくるくらいが、むしろちょうどいいのです」


「ええー、あの『織田信長』方式こそ、異世界転生そのものにおいても、正しい在り方だったわけなのですか⁉ だったら、ほとんどのWeb小説における、完全に現代日本人そのままの、異世界転生者たちはどうなんですか? 彼らが間違っているというのなら、そもそも異世界転生というシステムに、集合的無意識論を当て嵌めようとした、本作の考え方こそが間違っていたんじゃないのでは?」


「私の知る限り、論理的かつ現実的に異世界転生を実現するには、集合的無意識論や量子論に則る以外は、方法は無いと思うんですがねえ。それにね、これは何度も申しておることですが、そもそも異世界転生なんてもの自体が実際に行われているわけではなく、集合的無意識を介して『他の世界の他の人物の記憶と知識』という、いわゆる『前世の記憶』に該当するものが与えられるだけなのであって、すべてのWeb小説においても、『転生主人公』を現代日本人そのままに描写するのではなく、あくまでも『前世の記憶を持っている生粋の異世界人』として描写すべきなのですよ」


「……ああ、うん、何となくわかります。本来の転生モノってそもそもは、ほんのちょっぴり『前世の記憶』を持っていて、それがピンチの時に役に立ったり、初めて会う人物に既視感があって、そいつが『善人を装った悪人』であることを何となく察知して、後々難を逃れることができたりする──ってな感じの作品が多かったんだけど、もう最近ではある意味『お約束』として、『現代日本人がトラックにはねられて女神様の御前に招かれてチート能力をもらってそのまま現代日本人の記憶を保った状態で異世界に行ってしまう』って話ばかりで、本来の『転生』とか『生まれ変わり』とかと、まったくかけ離れた内容になってしまっていますよね」


「赤ちゃんとして生まれ変わる作品だったら、まだまだ辛うじてその精神を残しておりますが、もうね、『おっさん』が主人公のやつときたら、なんかいきなり『裸のおっさん』が異世界の街中に現れてね、それ以降も完全に現代日本人そのままでいながらも、御都合主義的に魔法とか使えて、ハーレムを構築していくってのばかりが流行っていますけどね。それって『転生』でなくて『転移』でしょうが? 別に裸だったら『転生』ということになるわけではないでしょうが? 勝手に『マイルール』を作らないでください!




 ──いいですか、すべてのWeb小説家の皆さん!




 これから以降、『異世界転生』作品を書こうと思われているのなら!


 基本的に『転生主人公』は、生粋の異世界人にすること!


 そしてあくまでも『付加要素トッピング』として、『現代日本人としての前世の記憶』があるだけに留めること!


 いいですね? ちゃんと赤ちゃんの頃から異世界で育ってきた、生粋の異世界人をベースにするのですよ⁉ いきなり街中に『裸のおっさん』なんか、出現させては駄目ですよ!


 それから、以下は、【努力目標】!


 まず何よりも『前世の記憶』は、あくまでも『あやふやなもの』にすること!


 何度も申しますけど、転生者といえども、現代日本人そのままというわけじゃないんだから! それなのに完璧な前世の記憶とか、一部の『悪役令嬢』系の作品みたいに、完璧な『ゲームの知識』なんて持っていたら、おかしいでしょうが⁉


 そしてそれは『転生主人公』が成長するに従い、徐々に『忘れ去っていく』こと!


 何度も申しますように、『転生主人公』は、まるっきり現代日本人というわけではないんだから!


 よって『前世の記憶』と言っても、言わば『夢の記憶』のようにあやふやなものに過ぎないのですよ!


 そこのあなた! 『夢の記憶』なんてものを、ずっと覚えておいたりできますか⁉ できないでしょうが!


 転生者にとっての、『前世の記憶』も、同じようなものなんですよ!


 普通に異世界において、日々様々な問題にぶち当たって、必死に生きている異世界人が、『前世の記憶』などと言った、本当にあったことかどうかなんて、異世界人として転生してから以降では確かめようの無いことを、いつまでも後生大事に覚え続けているわけがないでしょうが⁉


 ──いいですか! すべてのWeb小説家の皆さん!


 いろいろ言ってきましたが、一番大切なのは!




「異世界転生なぞ、けして当たり前に起こり得るもの、のだ!」、ということなのです!




 あなたたちは、先行作品が山ほどあるから、読者の皆様がすでに受け容れておられるから、異世界転生というものを、『実現できて当たり前』として、作品を創っておられるでしょう?


 それが、そもそも、大間違いなのです!


 そんなんだから、どこかおかしな作品ばかり、乱造するはめになるのですよ!


 一度ちゃんと、「異世界転生なんて非現実的ものは、本来なら実現不可能なのだ」という、『常識的考え』に立ち戻ってください!


 そしてその後に、「その非常識な現象を、いかにすれば実現することができるのか?」という方法論を、あくまでもで、考えてみてください!


 そうすれば、けして先行作品の劣化コピーなんかじゃない、あなたご自身のオリジナルとしての、誰もが納得できる、真に素晴らしい、異世界転生作品を、創ることができるでしょう♡


 ──以上!」











「……うわあ、司祭さん、本当に大丈夫なんですか、これって?」


「ええ、少なくとも間違ったことは申しておりませんし、本作も先行作品なんて完全に無視して、あくまでも独自の視点と考え方によって、作成されておりますからね」


「しかし、俺のちょっとした疑問が、Web小説界全体における、異世界転生作品の存在理由レゾンデートルすらも左右しかねない、根源的問題にまで発展するとは……」


「いやむしろ、すべての異世界転生系作品は常に、そういった根源的な問題意識にこそ基づいて作成されるべきなのに、現行のほとんどの作家の皆様が、単に先行作品の『お約束』に基づいてのみの作品づくりを続けられているから、先行作品のたった一つにでも重大な瑕疵が見つかるだけで、すべての転生系作品が瓦解しかねないのですよ」


「……まあ、そうなってしまってからでは遅いので、誰かが悪役になってでも、口を酸っぱくして、危機感を煽り続けるべきでしょうが、果たして今回のエピソードだけで、どれ程大勢の敵を作ってしまったのでしょうね?」


「あはははは、まあ、それすらも、ありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生を司っている、『なろうの女神』様のしもべたる、我々聖レーン転生教団の信徒の宿業のようなものですので、どのようなそしりについても笑顔で受け容れる所存でございますよ。──ただし、ご自分の意見が正しいと思われるのなら、本作のように、その論理基盤というものを、明確に表していただかねば、お話になりませんけどね♡」

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