第21話、頭の中で織田信長の声なんかが聞こえだしたら、慌てずに転生教団の神父さんに相談しましょう。

「──前から思っていたのですが、頭の中に神様だか悪魔だかが住み着いて、自分以外の声が聞こえてきて、あれこれと指図してくる状況って、実際どうなんですか? 頭の中までそんな状態ではプライバシーがまったく無くなるし、四六時中あれこれとしゃべられるのもウザいし、そして当然思考も全部読まれてしまうので隠し事の一つもできないし、挙げ句の果てにはすべては自分自身の妄想ではないかと、己の正気を疑い始める始末だしで、まったくもって取り憑かれた側としては、日常生活を平穏に続けていく上からも、完全に邪魔なだけの存在であり、しかもそんな代物なぞどう考えても、とても現実的ではなく、SF小説やライトノベルやWeb小説の中だけに存在することが許された、単なる非現実的設定に過ぎないんじゃないのですか?」




「いやいやいや、いきなり相談事そのものを、全否定しないでくださいよ⁉」




 ここは私ことヘルベルト=バイハンが首席司祭を務めております、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会の告解室でございますが、せっかくこちらが相談事に対する心からの所見を述べたというのに、相談者のアレク=サンダース氏からは、すぐさま不満極まる表情で突っ込まれてしまったのでした。


 何でも大陸の東西の中間部の海に面した南端に位置する、某小国の王子である彼の頭の中には、ある日突然、『織田おだ信長のぶなが』を名乗る謎の精神寄生体(?)が住み着いて、事あるごとに武将もののふとして──そして支配者としての、理想的な在り方について指図してきて、確かにその通りに従えば従うほど立身出世を果たしていき、王子としての廃嫡の危機を乗り越えたかと思えば、急死した父王の跡目争いを権謀術策で勝ち残り、晴れて国王となってからは斬新な政治経済的施策と、見事な軍事的戦略や戦術により、周辺諸国を圧倒して、今や大陸南部全体に版図を広げつつあると言う。


「……しかし、最近になって、何だか怖くなってしまったのですよ。このままこの『織田信長』を名乗る、『心の声』に従い続けることが。確かに『信長』のお陰で、本来王族であること自体を剥奪されるはずだった俺が、今や大陸南部に覇を唱えんとする、一大勢力の旗頭となれたことには、感謝の念に堪えませんが、それを達成するために、自国敵国を問わず、数多くの人々の命を奪ってしまいました。本当はそんなことはしたくなかったのですが、『信長の声』に従う限りは、けして避けることができなかったのです。──ねえ、司祭様、このまま『信長』に従い続けて、本当に大丈夫なんでしょうか? 『彼』は本当は、俺をこの世の災厄の具現たる、『魔王』にでも仕立て上げようとしているのではないでしょうか?」


 心の底から、不安そうに訴えかけてくる、不幸にも『織田信長という職業に無理やり就かされてしまった』王子様。

 だから私は、彼を安心させるために、

 ──とんでもない、驚天動地の『真実』を開陳した。




「ご心配なく、『職業』としての──じゃなかった、『寄生生命体』としての『織田信長』なんて、実際に存在したりすることはなく、すべてはあなたの妄想のようなものに過ぎないのですから」




「………………………………は?」

 何を言われたのか、わからなかったのか、口をあんぐりと開けて、完全に言葉を失うアレックス氏。

 しかしそれはほんの数秒ほどの話で、すぐさま我に返り、私へと猛然と食ってかかってくる。

「いやいやいや、何ですか、『妄想みたいなもの』って、こんなに鮮明に『声』が聞こえてくると言うのに。だったら俺って完全に、頭のおかしい人じゃないですか⁉」

「だって、いきなり『織田信長の声が頭の中で聞こえ始めた』とか言われたら、『頭の病院』をご紹介する他は無いではないですか?」

「──現代日本みたいな『完全なる現実世界』ならそうだろうが、ここは異世界転生が普通に行われている、剣と魔法のファンタジーワールドなの! 不思議現象を『妄想』の一言で片づけたりしたら、むしろ駄目な世界なの!」




「だから私は、異世界転生などというもの自体が、妄想のようなものに過ぎないのだと、申しておるのですよ」




「おいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ この作品どころか、すべてのWeb小説そのものを、全否定するようなことを言うんじゃないよ!」




「全否定? いえいえ、むしろ私は、あなたの『生き様』というものを、全肯定しているのですよ?」

「……何だと? 俺の生き様の、全肯定だって?」




「かつてあなたは、こう思われたのではないですか? 自分の人生も自分の国もこの世界そのものも、と。このままにしておいたら、絶対に駄目なのだと。王侯貴族は腐敗していて、政治経済システムは全然効率的ではなく、このままでは民草は飢え続け虐げられるばかりで、そのうち大反乱でも起こりかねないと。──なのに、あなた自身は、民や世界そのものを救うための力を持たず、何の役にも立たないと」




「──っ」




「だからあなたは、こう願ったのでしょう。──力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい──と。そしてその飽くなき渇望こそが、あなたの中に、『織田信長』を生み出すことになったのですよ」




「……え」




「それというのも、実は『別の世界や別の時代の自分以外の人物の記憶や知識』を手に入れることできる、唯一の手段がございましてね、まさにそれこそが異世界転生そのものをも実現させる唯一の手段である、『集合的無意識とのアクセス』なんですよ」


「集合的、無意識って……」


「現代日本におけるユング心理学で言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくる、世界の垣根すらも越えた全人類共通の超自我的領域であり、一握りの歴史的天才や英雄のみがたどり着くことができるという、文字通り『神の奇跡の領分』ですが、けして非現実的な代物ではなく、天才や英雄ならではの『閃き』のようなものであって、何が何でも己の願望を成し遂げようと、たゆまぬ努力を重ねていった末に、あたかも『勝利の女神』からその努力を認められたがごとく訪れる、『最後の閃き』──それこそが集合的無意識なのであり、まさしくあなたの場合はそれが『織田信長としての記憶や知識』だったのであって、彼の類い稀なる天才的軍略や政治的手腕を手に入れることができたからこそ、吹けば飛ぶような小国だった祖国の政治経済体制を見事に立て直し、周辺諸国を武力で圧倒し、今や大陸南部に覇を唱えられるまでになられたのですよ」




「──‼」




「だから、あなたはむしろ、誇っていいのですよ。先程申しました、『勝利の女神』様──ありとあらゆる異世界のありとあらゆる異世界転生を司る、『なろうの女神』様から、類い稀なる歴史的武人であり政治家である『織田信長』を異世界転生させる際の、最もふさわしい『受け皿』として認められたのですから。──そう、恐れることなぞ、何も無いのです。現在あなたが手にしておられる、『織田信長としての政治的軍事的手腕』は、すべてあなた自身の努力によってもたらされた、あなた自身の成果であり、それを認めた『神の恩寵』そのものなのですから」

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