第14話、居酒屋。
「──というわけで、ここにお集まりの、王侯貴族の皆様を始め、上級聖職者の方、騎士団関係の方、徴税役人、街の顔役、その他もちろん、何かと訳ありの老若男女の皆様には、このたび首都の街外れにオープンいたします、現代日本でお馴染みの、『居酒屋』を順次訪れて、最初は乗り気でなかったり、侮っていたり、下手するとお役目上営業をやめさせようとしていたくせに、いかにもチープなチェーン店ならではの、元の材料がまったくわからないほど加工された、『安かろうまずかろう』な三流料理を一口食べた途端、完全に魅了されてしまって、それから以降はそれぞれ己の立場を度外視して、あたかも
「「「何でだよ⁉」」」
──どうも、毎度お馴染みの、某異世界の転生局転生法整備課勤務の、平課員です。
いつものように転生局の大会議場にお集まりいただいた、上記のごとく王侯貴族等の上流階級を中心にした方々なのですが、私がこれまでになく懇切丁寧にご説明申し上げたというのに、やはり上流階級だけあって、『居酒屋』などという大衆向けサービスに迎合するのは、プライドが許さなかったのか、こちらになだめる暇も与えずに、次々に抗議の声を上げていく。
「──そもそも不思議なのは、なんで我々王侯貴族が、大量生産された規格品である、民衆レベルの居酒屋料理なんかに、一口食べただけで魅了されなければならないのだ⁉」
「何か中毒性のある、危ないクスリでも入っているのではないのか?」
「まあ、現代日本のジャンクフードには、元々中毒性があるからな」
「だからあ、そもそも我々上流階級の人間に、ジャンクフードなんか、食べさせるなって言ってるんだよ⁉」
「どうせあちらの世界の料理を再現するのなら、そもそも現代日本なんかではなく、本場フランスやイタリアや中華の高級料理にしろよ!」
「居酒屋料理なんて、あくまでも一般庶民のためのものだろうが⁉」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、お大尽様よう!」
「今のは庶民階級として、聞き捨てなりませんぜえ?」
「俺たち下級騎士は、何よりも身体が資本なんだ!」
「それなのに、原産地も原材料も定かではない、わけのわからない加工品だらけの、全国チェーン型の居酒屋なんて、まっぴら御免だぜ!」
「それに大体そういった店って、店員が学生アルバイトであるのはもちろん、店長ですら『雇われ』でしょう?」
「そんな底の浅い人間を相手にして、どうして私たちのような、壮大でドラマチックな背景事情を抱えた悲劇のヒロインたちが、差し出された料理を一つ口にしただけで、涙ながらに感動して、完全に心を開き、常識的に他人に話すことなんてあり得ない、自分の重い身の上話をすべてしゃべりだして、挙げ句の果てにはそのまま常連客になってしまうことなんて、あるはずが無いじゃない⁉」
「そうよそうよ!」
「私たち、異世界の訳あり
「それに何と言っても、たかが現代日本の大衆向けチェーン店である居酒屋を、この異世界に再現するためだけに、どれだけ手間暇かけておるんだ⁉」
「何せ、この世界と現代日本との『文化』自体が、その発達レベルも方向性も、まったく異なっておるというのに、高級レストランなんかよりまして、庶民の生活に根ざしている『居酒屋』なんて、再現しようとすること自体が狂気の沙汰だろうが⁉」
「結局、中世ヨーロッパ並みの文化レベルとされているこの世界においては、電気ガス水道等の基本的インフラは、すべて魔法等の反則的手段に頼らざるを得ないし」
「そもそも生態系が異なっていたりしたら、料理の素材や調味料を手に入れること自体が不可能になるのではないのか?」
「言っておくが、日本の関西のどこかの街の居酒屋の入り口だけが、この世界に繋がっているとかは、無しだからな?」
「これは前回の『自衛隊』の回で、口を酸っぱくして言ったが、現代日本における物理法則に則れば、複数の世界間を物質がそのまま転移したり、東京の23区のど真ん中当たりに『次元の裂け目(w)』なんてものがあって、軍隊や居酒屋が別の世界に行けたりするなんてことは、絶対にあり得ないんだしね」
「別の世界に転移していて、元の世界の電気や水道がそのまま使えるなんて、御都合主義にもほどがあるだろう?」
「別にそこまでして、異世界を舞台にしなくても、普通に現代日本においても、『居酒屋人情物語』はできるだろうが?」
「何でどいつもこいつも、論理的に完全に間違っているのに、異世界で『居酒屋人情物語』を無理強いしようとするんだ?」
「誰でも書ける『居酒屋人情物語』も、異世界を舞台にすれば新鮮味が出て、他の作品と差別化がはかれるからかのう?」
「いやむしろ、Web小説界においては、あまりにも類似作品が乱造されて、今や読者様からも、完全に飽きられている状態ですぞ?」
「じゃあ、やっぱりアレだ、『現代日本人の優越感』をくすぐることによって、読者様のハートをガッチリ掴むという、もはや使い古された姑息な手段だ!」
「その場合、異世界転生者が誇るの日本文化が、チープであればチープであるほど、効果が大きいですからね」
「読者様としては、『あはははは、こんな現代日本ではありきたりの居酒屋料理に対して、異世界人の王侯貴族のやつらときたら、あんなに大仰に感動しやがって、何てチョロいんだ!』と、上から目線でしたり顔になってこそ、ほんのひとときとはいえ、普段のヒキニートの社会不適合者としての、絶望的な現実世界の憂さを晴らすことができて、ますますWeb小説やネトゲの闇にのめり込んでいくことになるのですからね」
「現代日本のWeb作家としては、まさしく思うつぼでしょう」
「そんな馬鹿げたことに、何で我々異世界の王侯貴族が、つき合ってやらねばならぬのだ⁉」
「──おい、転生局の小役人! 我々の言っていることに、何か間違いがあるか?」
「いつものように、言い逃れできるものなら、やってみろ!」
そのように、言いたいだけ言い終えるや、全員揃って、私のほうへ糾弾の目を向けてくる、この国の身分を超えた、『居酒屋絶対反対同盟』の方々。
そんな、王侯貴族すらも超えた全異世界的絶対権力機関である、我が転生局に真っ向から反旗を翻した、哀れな愚民どもに対して、その時私はむしろ慈愛に満ちた笑みすらもたたえながら、おもむろに口を開いた。
「ええ、すべては皆様のおっしゃる通りです。よって我々転生局としたら、『それだけわかっているのなら、四の五の言わずに、黙って命令に従え、この
「なっ⁉」
私のあまりの言いように、顔色を変えて絶句する、哀れな
「居酒屋の異世界進出の目的が、現代日本人の優越感をくすぐるためですって? ええ、まったくその通りです。だからあなたたちは何も文句を言わず、すべてのプライドを捨てて馬鹿面を下げて、居酒屋のチープな出来合い料理に舌鼓を打ち、常連客として三流人情物語を演じていけばいいのです。──なぜなら、それこそが我らが『転生法』の、望むところなのだから。そう、何度も何度も言うようですが、『転生法』の最大の主旨は、現代日本からの転生者様の、異世界における利益こそを何よりも優先して、現代日本人としての優越感をくすぐり、これからもどんどんと、現代日本からの転生を促していくことなのですからね♡」
そんな今更ながらの、私の至極当然の(異)世界の真理を聞くや、ようやく我に返ったお歴々が、我も我もとわめき立て始める。
「き、貴様あ、たかが小役人のくせに、我々王侯貴族に、何という暴言を⁉」
「今すぐ転生局に手を回して、首にしてやるからな!」
「それも物理的に、断頭台送りという意味でな!」
「何でも『転生法』と言えば、みんなが従うと思うなよ⁉」
「そんなふざけた悪法、今からでも撤廃してやる!」
「たかが
「「「うっ⁉」」」
泣く子も黙る、あらゆる異世界のあらゆる異世界転生を司る、文字通りの『転生教団』の名を出すや、一斉に言葉に詰まる、お歴々。
「──そうなのです、すでに我々は『転生法』によって、現代日本からの転生者を全面的に受け入れると決めたのです。よって、仮に『居酒屋』のやみくもな異世界進出によって、全異世界の食文化を始めとする、産業構造や文化そのものが大打撃を受けようが、原材料不明の加工食品や化学調味料によって、大勢の異世界人が健康を損ねようが、笑って甘受しなければならないのですよ」
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