第13話、自衛隊。
「──帰れ」
もはやお馴染みの、某異世界の転生局内に設けられた、大会議場にて。
現代日本からわざわざ来たという『自衛隊関係者を名乗る転生者』を始めとして、大陸各国の軍の責任者が居並ぶ中で、転生局側の代表者である私こと、転生局転生法整備課勤務の平課員が開口一番発した、あまりに予想外の『拒絶の言葉』に、あたかも惑星自体が静止したかのように、この場のすべてが沈黙に包まれてしまった。
最も衝撃が大きかったのは、当然のように自衛隊派兵が認められるだろうと思い込んでいた、転生者ご本人で、本来真っ先に私に対して猛抗議すべきところであろうに、言葉一つ発することできずに、ただ顔面全体を真っ赤にして、酸欠の金魚みたいに口をパクパク開閉するばかりであった。
その代わりに次々と口火を切っていったのは、やはり衝撃のほどは大きかったはずだが、自分たちの意に添った発言だったこともあり、比較的早く我に返ることのできた、異世界側の軍事関係者のお歴々であった。
「……驚いた」
「まさか転生局が、自衛隊の進駐に、反対の意を示すとは」
「てっきり転生局は、転生者の言うことなら、何でも無条件に聞くものと思っておったぞ」
「少々メタっぽいことを言わせてもらえば、確か『自衛隊』モノって、現代日本のWeb小説界屈指の、人気ジャンルじゃなかったのか?」
「転生局としては、自衛隊の異世界進出を諸手を挙げて大歓迎して、全力でバックアップするほうが、むしろ当然の行動と思うんじゃがのう」
「何せ現代日本の軍事技術の粋を集めた自衛隊が、異世界における人間やモンスター等の諸勢力を圧倒することで、現代日本人の優越感をくすぐるところこそが、『自衛隊』モノの醍醐味だからな」
「何よりも『転生者』や現代日本自体の利益を優先することを主旨とする、転生局の判断としては、まさしく予想外すぎて、わしらとしても喜びよりも驚きや戸惑いのほうが大きくて、いまだ自分の感情を持て余しておるぞ」
「わしらすら、こうなのじゃ。てっきり全面的に賛成されると思っておったろう、そこな自称『自衛隊関係者』の転生者氏のショックのほどは、いかばかりなものか……」
むしろ最後には、自衛隊側に同情的意見さえも飛び出して、ようやく発言を終える、異世界側の軍事関係者たち。
その屈辱的台詞に、やっとのことで硬直状態から解き放たれ、顔全体を怒りのあまりどす黒く染め上げて、私に向かって声高に食ってかかってくる、自称自衛隊関係者。
「ふ、ふざけるな! 異世界への自衛隊の進駐は、日本政府及び異世界転生関係者、全体の総意なんだぞ⁉ それを現代日本からの異世界転生を推進すべき、転生局が拒否するとは、何事か⁉」
座席から立ち上がり、大仰な身振り手振りで声を張り上げる様は、力だけがすべてと勘違いした、時代遅れの軍人根性の醜悪さの極みであった。
だから私は、大きくため息をつきながら、道理を知らない馬鹿でもわかるように、懇切丁寧に説明をし始めた。
「……あのですねえ、何事も何も、そもそもあらゆる意味から、自衛隊を異世界へ派兵すること自体が、絶対に不可能なのであり、よって我が『転生法』においては、自衛隊そのものを、法の適用対象から完全に除外しておるのですよ」
何を言われたのか、わからなかったらしく、口をあんぐりと開けて、またしても静止してしまう、自称自衛隊関係者。
……ったく、脳筋は、これだから。
「き、貴様、何と言うことを⁉ それではまるで、すべての自衛隊系のWeb小説が、まったくの事実無根のでたらめばかりを書いてるだけのホラ話だと、言っているようなものじゃないか⁉」
「はい、そうですけど?」
「──なっ⁉」
私の即答に、もはや自称何たらだけでなく、この場の全員が、驚愕一色に染め上げられる。
「無礼者めが! 訂正しろ! さもなくば、その暴言の正当性を、この場で証明して見せろ!」
「──無礼者だと? いい加減にしろよ、この時代錯誤の権威主義者が! 私の言葉を証明しろ? いいだろう、簡単なことだ。あのなあ、おまえらの現代日本には、『質量保存の法則』という絶対原理があって、たとえ氷が溶けて無くなったように見えても、実は液体や気体に変わっただけで、その総質量が変わらないように、突然戦車や戦車兵がその世界から消えて、戦車一台分や人間一人分の質量が、跡形もなく消滅してしまうことなんて、物理上絶対あり得ないんだよ! つまりSF小説やライトノベルなんかで当たり前のように行われている、瞬間移動やタイムトラベルや異世界転移なんていう代物は、絶対実現できないのであり、いわんや自衛隊を異世界や戦国時代に転移させることなんて、絶対に不可能なんですう〜。わかったか、この能なし自称自衛隊関係者めが!」
「……現代日本には、しっかりと物理法則が作用しているから、自衛隊が異世界に行けないだと? だ、だったら、まさしく貴様らが管轄している、異世界転生はどうなるんだ⁉」
「複数の世界間を物理的に移動する『転移』に対して、あくまでも精神的な事象である『転生』のほうは、極論すれば、ただの異世界人がとち狂って、自分のことを現代日本人の生まれ変わりだと思い込んでいるだけとも言い得るので、リアリティ的何ら問題ないんだよ」
「なっ、異世界転生が、『単なる異世界人の思い込みかも知れない』からこそ、むしろ
「それはあくまでも、おまえら現代日本人の視点に立った意見だろうが? 私たち異世界人の立場に立てば、現代日本のほうが異世界であり夢物語になるんだ。そんな夢物語を、異世界人がどのように妄想しようが、こっちの勝手だろ?」
「し、しかし、自衛隊が他の世界に派遣される作品は、かの半村良大先生の『戦国自衛隊』以来、現代日本の出版界において認められた、れっきとした売れ線ジャンルなのであり、それを否定するということは、出版界自体を否定することになるんだぞ⁉」
「うん、論理的に間違った作品の、そのまた劣化コピーを野放しにしている出版界なんて、いくら頭ごなしに否定されようが、仕方ないと思うけど?」
「「「──貴様には、怖い物は、無いのか⁉」」」
……あれ、自称何たらだけでなく、この場の全員から、総ツッコミを食らってしまったぞ?
おかしいなあ、別に間違ったことは、言っていないはずなのに。
「ついでだから言っておきますけど、私が『自衛隊の異世界派兵』なんていう考え無しの暴挙を、絶対認められないのには、他にもいろいろとけして見過ごせない理由があるんですよ。まず何よりも、あなたたち現代日本人は、結局のところ前の大戦から、何も学ばなかったようですねえ? 戦争で一番大切なのは、強い武器を持つことでも、それを振りかざして勝ち続けることでもなく、何はさておき『兵站』と呼ばれる、戦争を遂行するために必要な、各種物資の十分なる供給体制であり、円滑なる輸送経路の確保なのであって、そしてその延長線上としての、勝ち負け以前に、『いかに戦争という異常事態を長期間にわたって耐え忍ぶことのできる、国家体制をつくり上げることができるか?』なんですよ。第二次世界大戦でもそうだったでしょう? とにかく強い軍隊と強い武器さえ作れば戦争に勝てると、『兵站』に関してはおざなりにして、闇雲な突撃ばかり繰り返したドイツや日本は、結局最後には負けてしまい、劣勢時においてもひたすら耐え忍び、兵站こそに力を入れて、馬鹿な突撃主義のドイツや日本が疲弊するのを待ち続けて、機が熟するや初めて全力で攻勢に出たからこそ、アメリカやソビエトやイギリスのほうこそが、最終的にあの過酷極まる総力戦を制することができたんじゃないですか? それなのに、よりによって異世界とか戦国時代とかに転移したりしたら、他の国に遠征する場合よりも、武器弾薬や燃料や食料その他の確保が、絶望的に困難になって、自衛隊としての作戦行動なんて、まともにできるはずがないでしょうが? ──それから最後に、一番重要なことを言っておきますから、是非とも肝に銘じてください。あなたたち自衛隊関係者は、異世界というものを舐めすぎなんですよ。ファンタジーワールドである異世界においては、物理法則すら無視することが許されていて、別に魔法の威力に上限を設ける必要は無いので、一発で陸上自衛隊一個師団を消滅させる大魔法を余裕でぶっ放すことも許されているんだからして、自衛隊が異世界に来ることについては、あらゆる意味からまったく意味が無く、まともな頭をしたWeb作家なら、普通構想段階でボツにするのが当たり前なんですよw」
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