第11話、ダンジョンに宝箱は必要か?
「──それではあなた方は、我々当局側からの申し入れを、受けることはできないとおっしゃるわけですね?」
「ああ、こんなこと、どう考えても理不尽だ。そっちでちゃんと、責任を持ってやってくれ!」
ここは、もはやお馴染み某異世界の、転生局転生法整備課に隣接して設けられている、大会議室。
転生局員として唯一この場に立ち会っている、議長席の私こと平課員の前には、何と数十名ものスケルトンやオークやコボルト等の、全国に広く分布している各ダンジョンの代表者が、雁首を揃えて座していた。
ただでさえ強面のモンスターたちが、更にいらだちを隠さずこちらを睨みつけているとなれば、普通の人間であったら泣きながら命乞いをするところであろうが、しかし今回の会合における当局側の人間としては、まさしく賃金等の労働条件を巡る労使交渉のごとく、けして安易に妥協することは許されず、対面の人外連中に対して、常に上から目線での冷然たる態度を崩すことはなかった。
──それほどまでに、今回の議題ときたら、下手すると、異世界の存在意義すらも崩壊させかねない、とても重要なものだったのである。
もはや堪りかねて、奇しくも、人とモンスターの両方共が、本心からの叫びを、まったく同時に吠え立てた。
「「「──何でダンジョンの中には、いかにも不自然に、金貨とか宝石とか武器とかが入っている、これ見よがしな宝箱なんかが、あちこちにばらまかれているんだよ⁉」」」
それはまさに、渾身の絶叫であった。
「──いやね、私は転生局の一員として、できるだけ現代日本からの転生者の皆様の意向に従おうと思っておりますよ? それでも、この『宝箱』だけは、どうしても認められないんですよ!」
「その気持ち、よくわかるぜ! どう考えてもおかしいよな? 俺たちのようなモンスターがうろうろしているダンジョンの中に、ピカピカの宝箱が、数え切れないほど置かれているなんて!」
「そんな高価な財宝や有用な武器が入っているのなら、冒険者が見つける前に、俺たちモンスターが手を出さないはずがないだろうが?」
「もちろん、中身も問題だが、それよりも摩訶不思議なのは、
「そうそう、だから何で、宝箱なの?」
「そもそも、誰が何の目的で設置したの?」
「え? それは当然、モンスターさんでしょう?」
「いやいや、俺たちモンスターは、普通宝箱なんて使わないから」
「……そういや、いつからだっけ、ダンジョンの中に、宝箱なんて見かけるようになったのは」
「それがよう、どこのダンジョンの長老様に聞いても、『気がついたら見かけるようになった、それがいつからかは、まったく覚えていない』って、口を揃えて言うんだよなあ」
「えっ、長老連中も、知らないわけなの⁉」
「……ちょっと、
「「「…………………………」」」
スケルトン氏の、何気ない一言により、一斉に黙りこくる、人とモンスター集団。
特に当の本人に至っては、まるでダンジョンの中で骸骨のオバケにでも出くわしたような、真っ青に染まった
「……み、皆さん、とりあえず、宝箱自体の
「そ、そうだな、それよりとっとと、本題の決着をつけようぜ!」
──今回の、本題。
それはまさに、非常にやっかい極まりないものであった。
そしてだからこそ、交渉開始からすでに数時間がたつというのに、現在完全に会議が紛糾していたのだ。
もちろんそれは、先程から話題に上っている、『宝箱』に関することであるのだが、要は宝箱の設置を、ダンジョンに住まうモンスター側と、冒険者を擁する人間側との、どちらが行うべきかが、争われていたのである。
何せ、たった一つ設置するだけでも、その中身として、金銀財宝や伝説の武具等を必要とするのである。その必要経費たるや、どれ程の天文学的数字になるのか、想像すらできなかった。
もちろん本来なら、宝箱は基本的に自然に出現するものであるから、経費は要らないはずなのだが、最近の転生冒険者たちの乱獲により、自然出現する頻度での供給では、全然需要に追いつかず、これでは異世界にとっては大切なお客様である、転生者の不満を呼びかねないとして、『転生法』において、不足分は人為的に補充すべしと、定められてしまったのだ。
──そうなると当然、『誰が』補充するかが、問題となるわけである。
我々転生局を始め人間側からすれば、宝箱はダンジョンの中に存在するものだから、当然モンスター側で用意すべきだと主張するものの、
それに対するモンスター側の、「それは文字通り、『盗っ人猛々しいというものだろうが?」「おまえらは、盗みに入ったお金持ちに対して、めぼしい獲物が見当たらなかったから、次に来るまでには、もっとましなものを目につくところに用意にしとけと、言っているようなものなんだぞ?」との反論は、非常に理に適っており、返す言葉は無かった。
だからといって、役所の人間が、自分の非を認めることは許されないのだ。
万が一にも、
かように、公務員はクソ野郎ばかりであった。
しかし、クソはクソで、退くことのできない闘いがあるのだ。
そのように、全面的にクソな役所側がまったく譲歩しないために、会議が完全に行き詰まっていたところ、いかにも心底疲れ果てたといった感じの声を上げる、モンスター側のリーダー格のオーク氏。
「……なあ、考えてみれば、そもそも宝箱なんて、必要無いんじゃないのか?」
「「「──‼」」」
その瞬間、その場の全員が、落雷を受けたかのような、衝撃を感じた。
それはまさに、『目から鱗』の、一言であった。
「そうだ、そうだよな!」
「まったく、盲点だったぜ!」
「元々『存在すること』自体が、おかしかったんだしなあ!」
「そんなものは、『どう存在させるか?』では無く、むしろ『存在させない』ことこそが正解だったんだよ!」
「はは、俺たちって、何て馬鹿な言い争いをしていたんだろうな!」
「正解は、すぐ目の前に、あったというのによ!」
「違いねえ!」
「「「わはははははははは!」」」
大会議室中に鳴り響く、会心の笑声。
そして、思いがけず難題かと思っていたものがあっさりと解決したことにより、気をよくした私たちは、引き続いてごく自然に、忌々しき『宝箱ディスり大会』へと移行する。
「大体がさあ、ダンジョンの中に宝箱を設置しようと考えること自体が、おかしいんだよ!」
「これもすべては、現代日本のWeb作家どもが、『ゲーム脳』だけで、異世界系の作品を創るからだよな!」
「何であいつら、『ゲーム脳』だけで小説を創ろうなどいう、恥ずかしい真似が、平気でできるんだ?」
「こっちとしては、いい迷惑だよ!」
「あいつらにとっては小説の中の異世界に過ぎないだろうが、俺たちにとっては、紛う方なき『現実』なんだからな!」
「そもそもゲームの中に『宝箱』が登場したのも、限られたリソースの中で、できるだけ多くのものを表現するために、物事のすべてをシンプル化しなければならなかったので、プレイヤーにボーナスを与える場合、その在処を『宝箱』としてわかりやすく『シンボル化』しただけの話であって、それを別にリソースの限界なんて考える必要の無い、文字だけで無限の大宇宙そのものすらも表現可能な小説において、宝箱なんてものを登場させる意味があるかどうか、一度でもちゃんと考えてみたことのあるWeb作家が、一人でも存在しているのか⁉」
「……もう、ほんと、心の底から、お願いいたします! すべてのWeb作家の皆様、これ以降は是非とも、ゲーム脳だけで小説を書くのは、お控えなさってください! でないと、我々登場人物が、非常に苦労するばかりですから!」
「──というわけで、すべての異世界の先陣を切って、我が国においては、すべてのダンジョンから、すべての宝箱を撤廃することを、ここに決定しようではないか!」
「「「異議なーし!!!」」」
そして大会議場中──いや、転生局中に響き渡る、怒濤のような拍手喝采。
──まさに、その刹那であった。
「……あはは、そ、そうですね、わかりました、皆さんのおっしゃる通りです、私なんか必要ないですよね? 私一人が消え去れば、すべては丸く収まるんですよね!」
そう言って、一人席から、立ち上がった(かに見えるように上蓋を開けた)のは、
「……宝、箱?」
「いや、違う!」
「お、おまえは──」
「「「ミミック!!!」」」
そうそれは、ダンジョン内特有の、『宝箱に擬態した』モンスター、ミミック氏であった。
「……宝箱になりすまして、冒険者を襲うことを生業としている我々は、ダンジョン内に本家本元の宝箱が無くなってしまうと、存在理由自体が無くなってしまいます。──しかしだからといって、そんな個人的理由によって、皆さんにご迷惑をおかけするつもりもございません。そう、私一人が消えればいいのです! み、皆さん、これまでどうもお世話になりました! さようなら‼」
そう泣き叫ぶように言い放つや、どこかの作品の影響か、異様に素晴らしい美脚を生やして、瞬く間に走り去ってしまうミミック氏。
「「「…………」」」
後に残るは、重苦しい沈黙ばかりであった。
……しまった、ミミック氏のことを、すっかり失念していた。
これじゃ、会議のとりまとめ役としては、失格である。
だから私は、オーク氏に向かって、次のように口火を切った。
「……これはとても、宝箱の全面撤廃案は、採用できませんねえ」
「あ、ああ、そうだな」
「それでですね、ちょっとご提案が、あるのですが?」
「ほう?」
「とりあえずここ当分は、宝箱の設置に関しては、我々転生局のほうで行わせていただきます」
「……いいのか?」
「その代わり、ダンジョン内で自然に生まれた宝箱があった場合は、それをそのまま放置しておかずに、ある程度の数を間引いて、どこか冒険者がけして立ち寄らない場所にでも、保管しておいてください」
「ふん、何とも面倒なことをさせる、理由は何だ?」
「同時にうちのほうでも、転生者を含む冒険者たちに対して、円滑なダンジョン探索を末永く続けるためにも、宝箱を獲得することを、できるだけ抑制していただくつもりです。そうすればそのうち自然発生分の宝箱だけで間に合うようになり、余計な出費も抑えられるかと思いますので」
「……そんなにうまく行くとは思えぬが、協力はしよう。その案に従えば、少なくともこれまで通りに、ミミックの居場所を確保することができるからな」
「ええ、むしろミミック氏の数が多いほうが、本物の宝箱のレア度が上がって、『宝探しゲーム』的には、これまでよりも盛り上がりそうですしね」
「……ふふ、何だかんだ言っても、貴様も『ゲーム脳』のようだな」
「まさか、現代日本のWeb作家でもあるまいし」
「「あはははははは」」
今度こそ間違いなく、心からの笑い声が、その場に響き渡っていく。
すっかり気をよくした私は、目の前の笑顔のモンスターに向かって、最後にこう付け加えた。
「それでは次回は、『ダンジョンコア』について、話し合いましょう♡」
「──それも、現実には存在していないよ! この『ゲーム脳』が⁉」
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