第8話、魔王は、美少女に限ること。

「──えっ、あなた様が、魔王陛下、ご本人であられたのですか⁉」


 その時私こと、聖レーン転生教団、転生法関係渉外担当特務司祭、ニーナ=ドンブンブンは、目の前の男性の自己紹介を聞くや、失礼にも思わず声を上げてしまった。


 短い茶髪に縁取られた、彫りが浅くいかにもおっとりとした穏やかな顔つきに、質素な白のシャツと黒のズボンに包み込まれた、長身ではあるものの男性にしてはやけにほっそりとした体躯。


 二十歳そこそこの若さも相俟って、普通の人間の大学生…………いや、何だか頼りなくぱっとしない雰囲気から、むしろ『浪人生』であるようにも、見誤りかねなかった。


「……ええ、よく言われます、人間ヒューマン族の大学生か、浪人生にしか、見えないと」


 あたかも私の内心に呼応するように、いかにも気恥ずかしげに自嘲する、目の前の文字通り数万数億の魔族の頂点の男。

 ──ヤバっ、さすがは腐っても魔王、私の心、読まれている⁉

 ……いや、それはないか。

 あの、猛々しき魔族の王というよりも、現代日本のヒキニート一歩手前の、弱々しい雰囲気からして、普段から周囲の人たちから自然にそのように言われ続けて、今やすっかりあきらめきって、自分自身でも認めてしまったというところであろう。

 とはいえ、これから円滑な『渉外』を行うためにも、そんな素直な感想きもちを、表に出すわけにはいかなかった。

「い、いや、でも、五年前の、ダビト平原での人間ヒューマン族との大会戦での、魔王陛下の獅子奮迅の闘いぶりについては、いまだ我々教団においても、語り草でございますよ?」

「……あー、それって、父のことですねえ」

「えっ、あ、そ、そうだったのですか⁉ こ、これは失礼! …………あ、そういえば、そのお父上様は?」

 思わぬ失言をごまかそうと、何も考えずに、矢継ぎ早に言を紡いだところ、

 ──むしろそれこそが、大失言であったのだ。




「父は去年、亡くなりました。人間ヒューマン族の国で、母と一緒に」




 ──‼

 いかにも悲痛な表情でうつむいてしまう、若き魔王陛下。

「も、申し訳ございません! 私自身人間ヒューマン族でありながら、何という無神経なことを!」

「……へ? 人間ヒューマン族でありながらって………………あ、いえ、別に父たちは、人間ヒューマン族に、武力を振るわれたとか、暗殺されたとかでは、ありませんよ?」

「は?」

人間ヒューマン族の国と言っても、そこの王女だった母にとっては当然慣れ親しんだ生まれ故郷に過ぎず、我が魔族国にとっても友好国であり、父たちはただ単に『いくさも済んだし、46回目の新婚旅行じゃ!』と言うことで、観光に赴いただけですので」

「……観光?……新婚旅行?」

「そこで不幸なことにも、ツアー会社手配の景勝地循環バスが、大事故に見舞われてしまいましてね」

「…………え? あの伝説の武闘派の大魔王様が、観光旅行中に、バス事故で?」

「父の死に様としては、あまりにふさわしくないでしょう? ──だからですね、外に漏れると、魔族全体の沽券に関わるということで、最高機密として、他の国の方にはまったく知られてはいないのですよ」

「………………そんな、『口外したら、命は無いと思え!』な、ちょーヤバイ秘密を、まさしく部外者である、この私に明かしてもいいんですか⁉」

「うん、転生教団の特務と言えば、職務上の秘密は絶対守ってもらえるらしいからね。──たとえ、凄絶なる拷問を受けようとね」

 ──っ。

 この人、我々特務員が、『拷問するのもされるのも大得意♡』な、教団の闇の部隊であることを、完全に見抜いている⁉

 ……さすがは、魔王、蛇の道は蛇ね。危うく見かけに、騙されるところだった。

 そのように私が内心で戦々恐々としているのよそに、構わず話を続けていく魔王様。

「ええと、それで肝心のご用件は、一体何なのでしょうか?」

 ──あ、いけね、すっかり忘れていた。

「……今までの流れからしたら、少々言いにくいのですが、例の『転生法』に関することなんですよ」

「ほう、『転生法』ですか? やはりあれには、私のような魔王や魔族に対する、規制項目もあるわけでしょうか?」

「ええ、実はですねえ……」

「ふむふむ」




「──すべての異世界において、今後一切、『美少女』以外の魔王は、認められなくなってしまったのですよ」




 一瞬にして、あたかも時が凍結してしまったかのように、完全なる沈黙に包み込まれる、魔王城最奥に所在する、いわゆる『魔王陛下の謁見の間』。

 そしてしばらくたってから、ようやくどうにか口を開く、魔王様。

「……ねえ」

「は、はいっ」




「──その『転生法』を作った人って、馬鹿でしょう?」




「──返す言葉も、ございません!!!」




 すかさず全力で土下座して、私は叫んだ。

 ……だってまだ、死にたくないもんね☆

「で、でもですねえ、これもすべて、現代日本からの転生者の方に、快く勇者となることを承諾していただいて、魔王退治に赴いてもらうためなんですけど?」

「……ふむ、確かに勇者の方に討伐に来てもらわないと、我々魔族の存在意義自体がなくなってしまいますよねえ」

「そ、そうなんですよ! だからこそ失礼かと存じながら、このようなお願いをいたしておりますわけでして!」

「あ、でも、転生勇者の方が、女性だった場合は、どうするんです?」

「──全然OKです! むしろそのカップリングで、ご飯三杯いけます!」

「…………」

「あっ、そんなさもあきれ果てた表情で、無言にならないで⁉」

「う〜ん、とはいえ、いきなり女の魔王にしろと、言われてもねえ……」

「例えば魔王様ならではの、強大な魔力で、TS美少女化なされるとか?」

「僕は人間である母のほうの血が濃くて、魔法全般が苦手なんですよ」

「え、そんなんで、魔王なんかなさっていて、本当に大丈夫なんですか⁉」

なんか、僕って、現代日本のゲーム脳的基準からすると、『知謀系』の魔王に当たるそうなんですよ」

「むしろ、そっちのほうが怖そうだな、おい⁉」

「いっそのこと、この比類無き頭脳を使って、『転生法』賛成派勢力を、一切合切根絶やしにしてしまいましょうか?」

「もうそれが一番正しいような気がするけど、やめてください! 一応私めも、『転生法』賛成派勢力の一員ですので! 何卒! 何卒! ここは一つ穏便に! ──あ、そうそう! 魔王様には、妹様やお姉様や御従妹様とかは、おられないんですか⁉」

「まあ、妹が一人、いることはいるんですけどねえ……」

「妹さん⁉ いるの⁉ いいではないですか、この際、妹さんが魔王で! 新妹魔王がどうとかこうとかで!」

「もうおまえ、帰れよ!」

 そんなふうに私たちが、あれこれ言い合って、騒いでいた、

 まさに、その刹那。




「──お兄ちゃあん、お話、もう済んだ?」




 突然、謁見室の扉が開かれ、飛び込んでくる、小さな人影。

 年の頃は四、五歳ほどか、まだ少女とも言えない幼く小さな肢体を、現代日本においてはネオゴシックと呼ばれる、シックな漆黒のワンピースドレスに包み込み、つややかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、まさしく人形そのものの端整で小作りの顔の中では、黒水晶の瞳がとてつもなく愛らしく煌めいていた。


 ──うおおおおおおっ! 『黒髪ロング』だ! 『黒髪ロング幼女』様の、ご登場だあああああああ!!!


 私の脳内の『漢』の部分が、猛々しく咆哮しているとも知らずに、そのまま一直線にひた走り、玉座の魔王様へと飛び込むように抱きつく、謎の幼女ちゃん。

「こら、ヤミ、お仕事中は、ここに来ては駄目だと、何度も言っているだろうが?」

「だってえ、お兄ちゃん、お話読んでくれるといったのに、待ちくたびれたんだも〜ん」

「……しょうがないなあ、いつも一緒にいる、お付きのメイドさんは、どうしたんだ?」

 何とも、微笑ましい兄妹の会話に、こちらまで、何だかほっこりとする。

 ──しかし私はその時、彼らがあくまでも、魔王の兄とその妹であることを、すっかり忘れていたのである。

 あまりにもあっけなく、幼女の真珠のごとき小さな唇から放たれる、衝撃の台詞。




「うん、あいつ、殺した」




 は?

「……まったく、かい? これでもう、45人目じゃないか?」

「だ、だって、あいつ、お兄ちゃんに、色目を使っていたんだもの!」

「あはははは、だからそれは、おまえの思い過ごしだと言っているだろう? 僕のような出来損ないの魔族が、女性から好かれるわけが無いじゃないか?」

「もうっ、お兄ちゃんが、そんな甘い考えだから、あたしが苦労しているんだからね!」

「はいはい」

「ちょ、ちょっと、いきなり抱きしめたりして、ごまかそうとしないでよ⁉ …………きゅ〜♡♡♡」

 一見和やかそのものの、兄妹のじゃれ合い。

 しかし私にはそれがなぜだか、邪悪極まりなく見えたのであった。

 ……それに、よくよく見てみると、彼女のワンピースのあちこちに、どことなくが、にじんでいるような気もするしね。

 そんな私の内心の恐懼を知ってか知らずか、不意にこちらへと振り向く、幼い瞳。


「……それで、おまえは、何なんだ? そんなシスターなんかのコスプレをして。どんないかがわしい店の、出張デリヘルサービスなんだ? 薄汚いメス豚めが、お兄ちゃんに近づくと、殺すぞ?」


 ──ちょっ、誰がコスプレで、デリヘルよ⁉

「こらこら、あの人は本物の、転生教団のシスターさんで、ここにはお仕事でいらっしゃっているんだよ?」

「ええー、本当? お兄ちゃんに、色目とか使っていない?」

「使ってない使ってない、たとえ使っていようと、宗教の人を殺しては駄目だよ?」

「何でえ?」

「宗教のやつらは戦争になると、間違いなく最後の一人になるまで、立ち向かってくるからね。この大陸中にはびこっている、転生教の信者を根絶やしにするなんて、面倒臭いだろう?」

「だったら、ヤミの力で、一発で吹き飛ばしてあげるよ!」

「だから、おまえの、巨大隕石落下クラスの破壊魔術を実行したら、この星の自然環境自体が激変して、人間どころか、我々魔族やモンスターまでもが、全滅してしまうってば!」

「ふうん、人間なんて、弱っちいそうだけどなあ……」

、と思えばいいんだよ。あいつら、いろんなところに隠れていたり、どこかに卵を産み付けたりしていて、皆殺しにしたと思っても、次から次へと湧いて出てくるじゃないか、人間だって同じようなものだよ」

「わあ、人間て、ゴキブリみたいなものなんだ。ますます滅ぼしたくなったなあ」

「だからって、おまえの『惑星破壊砲』を、軽々しく使っちゃ駄目だよ、ヤミえもん?」

「うん、わかった、あたし、我慢する!」

「よしよし、いい子だ、あはははは」

「うふふふふ」

 朗らかに笑い合う、仲良し兄妹。

 ──いやいや、ちっとも笑えないよ! 今や私の背中は、冷や汗の洪水だよ! 一歩間違えば、大惨事だよ! 第三次聖魔大戦だよ!

 そのように、内心であらぬ事を叫び続けている私のほうへと振り向き、いかにも優しげな笑顔を、声をかけてくる魔王様。

「どうです、これでおわかりになったでしょう?」

「え、ええ、妹さんに魔王になってもらうのは、どうもご無理なようですね」

 ほんと、いろいろな意味でな!

 ──となると、もはやここには、用は無いか。

「……では、私めは、これにて失礼いたします」

「お役に立てなくて、申し訳ない」

「あ、いえ、ちゃんと事情を説明して、私のほうでうまく取り計らっておきますから」

「何から何まで、申し訳ございませんねえ」

「いえいえ、これが仕事ですから」

 そう言うや、逃げるようにして、その場を後にする、尼僧シスターな私。

 それを兄の腕の中で、勝ち誇ったように見送る、シスターな幼女。

 ──否。




 その時の彼女は、まさしく、『女の顔』をしていたのだ。




 ──何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ何よ!

 私はまさしく、ただ本能こころに従うかのように、全力疾走をし続けた。




 ──さすがは、魔王城! またものすんごい逸材を、隠し持っていたものよね♡♡♡




 大体が、あの魔王さんご自身を一目見た時点で、びっくらこいたんだから。


 何あの、とても野蛮な魔族の頭領とは思えない、中性的な色香は⁉


 確かに、魔王としてはいかにも貧弱で、とても頼りなく見えるけど、


 むしろそこがいいのよねえ〜、なんか陰があって、妖しくて!


 身だしなみに全然気を遣っていないようだから、一見浪人生なんかに見えるけど、


 あれって、ちょっときちっとした格好をするだけで、そこら辺のホスト顔負けの、超絶美青年になるぞ、間違いなく!


 ……たぶん、それを邪魔しているのが、あの妹ちゃんなんだろうなあ。


 なんか、お兄ちゃんに対して、独占欲が強いと言うか、近親相姦上等の、ヤンデレサイコブラコンというか。


 もうね、幼女にして、ヤンデレでもあるってだけで、普通のブラコンには無い、サイコな魅力爆発だというのに、マジで人間じゃないわけでしょう?




 ──つまり、殺せるのよ、ガチで、お兄ちゃんにまとわりつく、害虫オンナドモを!




 現代日本のサブカルにおいては、あくまでも妄想シーンや、あえて表現をオーバーにしたギャグシーンでしか見かけなかった、ヤンデレ『サツバツ』シチュエーションを、本当に展開することができるのよ!


 何この、おいしすぎる、天然素材は⁉


 もはや、『すべての魔王の美少女化』なんて、目じゃないじゃない!


 むしろ我が教団は、これからは彼女こそを、全力でプッシュしていくべきだわ!


 例えばそう、あえて美少女の勇者ばかり送り込んで、妹ちゃんに返り討ちさせるとかね♡


 ……そうなりゃ、まず最初に、肝心の妹ちゃんの『キャラ付け』が、何よりも急務よねえ。


 う〜ん、そのままズバリの『幼女』でもいいけど、何でもアリの魔王の妹の幼女という、セールスポイントを強調するとしたら、『魔幼女』? 『幼魔女』? …………なあんか、しっくりこないわねえ。


 ──そうだ!


『ようじょ』は『ようじょ』でも、『幼女』ではなく、『妖女』にしたら、どうだろう⁉


 人外という意味はもちろん、『幼くも、妖しいエロスと狂気』という意味も込めての、文字通りの『あやしの女の子』!


 ──うん、いい! いい! いい感じじゃん!




 ようしこれからは、作内シリーズ、『妖女ちゃん♡戦記』の始まりよ♡♡♡

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