第7話、魔法使いの条件。
「──というわけで、すでに結婚されている方はもちろん、何らかの異性交遊があられる方は、魔導師とか魔術師等も含む、いわゆる『魔法使い』としての資格を、一切剥奪いたしますから」
「「「何でだよ⁉」」」
──ドーモ、毎度お馴染みの、某異世界の転生局転生法整備課勤務の、平課員ッス。
前回、聖レーン転生教団の、生意気な小娘司教に完全にやり込められてしまったので、やさぐれてるッス。
よって、転生局の大会議場にお集まりいただいた、宮廷魔導師長閣下を始めとする、官民問わぬいわゆる『魔法使い』の方々が、私の発言に愕然とした表情をしていようが、別に気にしないッス。
──しかし、魔導師長たちにとっては、黙って頷くことなぞ、到底できないようであった。
「いやいやいや、何を言っているのかね、君は⁉ たとえ役所の人間であろうと、そのようなプライベートなことに口出しして、許されるわけがないだろうが⁉」
そんな至極御もっとなご意見に、うんうんと頷く、魔法使い一同。
しかし私は、情け容赦なく、一刀のもとに斬り捨てる。
「残念ながらこれは、『転生法』に記載されている、決定事項ですので」
「「「──また、それかよ⁉」」」
……うん、これはわかるな、私も他人から言われたら、そう突っ込むもん。
しかし今回の私はれっきとした体制派であるゆえに、文句は言わせないぞ、この愚民どもめが!
「な、何で、異世界転生関係の取締法である『転生法』が、我ら魔法使いの至極微妙なる個人情報に干渉してくるのかね⁉」
「「「そうだ! そうだ!」」」
正論でもって、お役人様に盾突こうとする、魔法使いたち。
……チッ、正論で物事が済めば、私もこんな苦労はしていないんだよ⁉
「皆さんは本当に、『転生法』の趣旨というものを、わかってらっしゃるのですか?」
「『転生法』の趣旨って、そりゃあ、異世界転生の適切な実行や、各異世界における転生者の、規律正しい行動を図るものじゃろうが?」
「──20点ですね、それはあくまでも、異世界側の利益を中心にした側面に過ぎません。『転生法』はむしろ、転生者の皆様が気持ちよく、異世界転生ライフをお楽しみいただくためにあることを、お忘れなく」
「うぐっ…………何かと言えば、『転生者のため』って、聞き飽きたわ! もはや異世界は、現代日本人の植民地にでも成り下がっているわけなのか⁉」
「否定はしません」
「「「否定しろよ⁉」」」
いやだって、Web上に腐るほどある異世界転生モノって、どれ読んでも、クソ現代日本人のクソ主人公が、異世界の事情なぞ少しも勘案することなく、好き勝手やってるのばかりじゃん。今や異世界なんて完全に、現代日本人のための、植民地かレジャーランドじゃん。
「それで、何で我らが異性交遊を一切行わないことが、『転生者のための快適な異世界ライフ』とやらに関わってくるのじゃ⁉」
「ああ、現代日本には、『魔法使い』に関する、有名な迷信があるんですよ」
「……迷信、じゃと?」
「ええ、迷信というよりも都市伝説の類いかも知れませんが、何でも30歳まで異性との関係をまったく持たなければ、魔法の才能どころか身の内に魔導力が一切無い、現代日本人であろうとも、誰もが『魔法使い』になれるそうなんですよ」
「「「………………………………は?」」」
一瞬、完全に呆気にとられる、ホンマモンの『魔法使い』たち。
しかし、すぐさま我に返るや、
「「「いやいやいやいやいやいやいやいや、そんな馬鹿な⁉」」」
声を揃えて、猛抗議し始めた。
「何が、『誰でも30を越えたら、魔法使いになれる』だ⁉」
「そんなもの、迷信どころか、悪質なデマでもあり得ないわ!」
「現代日本人の皆様だって、本気で信じているものですか⁉」
「何でそんな、何の根拠もない戯言を根拠にして、我らのプライベートライフが、制限されなくてはならないのだ!」
次々にもっともらしい正論でもって、鋭く反駁してくる、老若男女の魔法使いたち。
そうだ、こいつらは、知らないのだ。
──むしろ正論こそが、人を傷つけると言うことを。
「だまらっしゃい! 貴様らに、転生者の皆様の、心の底からの哀しみと悔しさが、理解できるとでも言うのか⁉」
「「「ひっ⁉」」」
まさしく鬼の形相で叩きつけた、私の大音声に、一斉に悲鳴を漏らす、魔法使いたち。
「いいか、よく聞け!」
「「「は、はいっ!」」」
「そもそもだな、わざわざ自分の生まれ故郷を捨てて、異世界転生なんてしてくるやつらなんて、現代日本においては、ヒキニートの社会不適合者ばかりで、当然『非モテの極み』だったんだよ!」
「「「……はい?」」」
「もちろんそんなやつらが、30を越そうが、40を越そうが、異性と関係を持つことなぞ、到底あり得ないだろう」
「「「へ、へー?」」」
「そんな彼ら彼女らの、唯一の心の支えこそが、さっき言った、『30まで異性に縁がまったく無ければ、君も魔法使いになれるよw』という、哀しい都市伝説なんだよ!」
「「「哀しい、と言った⁉ 引用の台詞の最後に、『
「もちろん彼ら彼女らだって、こんなもの単なる迷信もどきの、人を馬鹿にしたデマであることはわかっているんだ! それでも、30を越そうが40を越そうが、毎年クリスマスには一人寂しく売れ残りの割引ケーキをぼそぼそ食べている彼ら彼女らにとっては、まさにこれだけが唯一と言っていい、精神的支柱だったんだよ⁉ 『……いいの、私には恋人なんていなかったって。だって私、30を過ぎたら、魔法使いなるんですもの!』とか何とか言って、自分自身を慰めていたんだよ!」
「「「──哀しい、哀しすぎる!」」」
「それを何かの拍子で、異世界転生なんかしてしまって、実際に本物の『魔法使い』に出くわしてみたら、30にならずとも普通に魔法を使えていて、しかも当たり前のように異性とつき合っている姿を見た時のショックのほどが、貴様らにわかるとでも言うのか⁉」
「「「──いやいやいや、待って待って、そこの論理の飛躍の仕方がおかしい!!!」」」
「……何だ、どこがおかしいとでも、言うつもりなんだ?」
「だって、その方たちって、晴れて異世界転生をなされたんでしょう?」
「ああ、そうだな」
「それで女神様なんかに願いを叶えてもらって、勇者とか大賢者とか司書の女の子とかに、なれているわけなんですよね?」
「まあ、大体のパターンは、そんな感じだな」
「だ、だったら、もうすでに本懐を遂げているようなものだから、もはや魔法使いになれるかどうかなんて、関係ないのでは……」
「馬鹿野郎ッ!!!」
「「「──ヒィ⁉」」」
「そんなことくらいで、深く傷ついた心が、癒やされるとでも思うかのか⁉ 貴様はネトゲで大活躍することによって、現実世界の絶望が、そして過去の忌まわしき記憶が、少しでも軽減されるとでも言うのか⁉」
「「「……え、異世界って、転生者にとっては、ネトゲみたいなものに過ぎないの?」」」
「非現実的な世界と言う意味では、同じようなものだろうが?」
「「「いえ、現実です! 私たちはちゃんと、現実の中で生きています!」」」
「やかましい、魔法使いが、現実を騙るな! 他にも勇者とか魔王とか悪役令嬢とかおっさんとかがいて、一体どこが現実なんだよ⁉」
「「「だ、だって、そもそも剣と魔法のファンタジーワールドですから! それに『おっさん』は、普通に現代日本にもいるのでは?」」」
「自分で、『ファンタジー』とか言っている時点で、非現実なんだよ⁉ それにWeb作品に出てくるおっさんたちなんか、全部非現実的なやつらばかりじゃないか!」
「「「……うっ、否定できねえ」」」
「とにかくだ、貴様ら魔法使いたちが、異性とイチャイチャしたりしていたら、転生者たちのトラウマを刺激するんだよ! それこそ『戦略魔法師』レベルのチート能力を秘めている転生者たちが暴走してしまったら、国一つぐらいなら軽く滅びてしまうぞ?」
「「「そんなこと言われて、我々にどうしろと?」」」
「詳しいことは『転生法』に記載されているが、基本的なところを簡単に述べると、既婚者や異性交遊経験のある者は、魔法使いとなることを全面的に禁止。そうでない非モテの陰キャどもは、30歳を越した時点で『魔法使い』に、更にそれからまた30年間異性との交渉まったく無しに、60歳に達した時点で、『大魔法使い』に認定する!」
「「「そんな、むちゃくちゃな! むしろなりたくないよ、大魔法使い!」」」
「異論は、許さん! これはすでに聖レーン転生教団も了承済みであり、逆らう者は、非転生主義的異端者と認定して、厳罰に処すとのことだ!」
「「「何それ、『魔法使い』を、『魔女裁判』にかけるわけ⁉」」」
「文句なら、教団や、転生法を定めた、この国のトップに言え!」
「……あ、あのう」
「何だ、妙齢の御婦人の、魔法使いさん?」
「すでに結婚をしている者は、どうなるのでしょうか?」
「原則上魔法使いを名乗れなくなるが、魔法を使う職業にまったく就けなくなるわけではない。今回に限り、司祭以上の上級法術師として、教団のほうで引き取ってくれるとのことだ」
「し、司祭って、小さな教会だったら、最高責任者ではありませんか⁉」
「我々だって、仮にも『魔法使い』と呼ばれるほどに、魔法を自由自在に使いこなせる方の価値は、十分わかっているつもりだ。他には軍においても、少尉以上の士官としての、再雇用を募集しているそうだ」
「新兵で少尉なんて、まるでキャリア組扱いじゃないですか⁉」
「私たち為政者側も、ちゃんと考えているってことですよ。こんな理不尽な『転生法』に無理やり従わせているのだから、それなりの保障はいたします。──まあ、ここのところは『お上』に反抗的な態度をとったりせずに、できるだけうまく立ち回ってください。いくら剣と魔法のファンタジーワールドといっても、こんな異常な状態が、いつまでも続くはずがありません。今しばらくの辛抱ですよ」
そのように私がこれまでの高圧的な口調を改め、むしろ親身に慰めるように言えば、なぜか苦虫を噛み潰したような表情となる、魔法使いたち。
「「「──同情感謝するが、当の転生局の職員である、おまえが言うな!!!」」」
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