第6話、教会で復活。

 ──どうも、毎度お馴染みの、某異世界の転生局転生法整備課勤務の、平課員です。


 今日は珍しくも外回り中ですので、転生局以外の場所からお送りいたします。


 今回お伺いしているのは、この国の首都にある、聖レーン転生教団の、某教会です。




 ──聖レーン転生教団。




 それはまさしく、異世界転生推進派の、最大の擁護団体であり、押しも押されもしない、全異世界的統一宗教組織であった。

 ──いやむしろ、影ながら、全異世界における現代日本からの異世界転生を促進し、各異世界の為政者に転生法の制定を半ば強引に推奨し、現在においても各種の政治経済団体を裏から操っている、文字通りの『すべての黒幕』的存在と言えた。

 とはいえ、表向きには、不慣れな異世界において何かと不自由している、転生者たちの全面的サポートを担ってくれている、頼れる全異世界的組織で、衣食住を始めとする基本的な生活面の援助に始まり、資金や武器や防具の提供に、クエストの依頼等を与えてやることで、転生者たちの異世界における様々な活動の円滑化をはかっていた。

 よって当然、我々転生局との関係性も密接なものとなり、場合によっては転生局の職員と教団の聖職者が、協力して転生関係の問題に当たることもあった。


 ……実は今この時、私のほんの目の前にも、純白の法衣をまとった、一人の女性司祭──いわゆるシスターさんがおられたりします。


 年の頃は十五、六歳ほどか、緩やかなウエーブのかかったセミロングのブロンドヘアに縁取られた端整な小顔は、いまだ幼い愛らしさを感じさせるものの、ほっそりと均整の取れた肢体の白磁の肌は、すでに女らしいつやめかしさを見せつけていた。


 そして、いかにも純真無垢なる煌めきを放っている、サファイアのごとき青の瞳。


 驚くことに、こんな可憐なシスターさんが、実は教団でも指折りの『召喚師』で、これまで勇者や大賢者等を含む、数えきれないほどの転生者を召喚しているそうであった。

 ──それで、そんな高位の術者がおられる教会に、何の用でお伺いしたかと言うと、


「では、シスターさん、今日は『教会での復活』の実演、よろしくお願いいたしますね」

「はい、わかりました。好都合にも──と言うと、聖職者として不適切ですが、何とつい先程、この教会のほど近くのダンジョンにて、教団がご依頼したクエストに臨んでいた転生冒険者の方が、不幸にもモンスターに襲われ命を落とされたとのことですので、これより術式を一通りお目にかけられるかと存じます」

 そうなのである。


 何とこの教会においては、現代日本のRPGゲームなんかでお馴染みの、いわゆる『教会での復活』なるものを、実際に行っていたのだ。


 何でゲームならではのイベントを、異世界とはいえれっきとした現実世界で、わざわざ余計な手間をかけて行っているかと言うと、もちろん第一義には教団における最大の任務である、転生者のサポートしての蘇生行為であるが、それに付け加えて、こういったまさしく『ゲームならではのイベント』を、剣や魔法の世界ならではの超常の力で実際に行うことで、現代日本人の興味を引き、この世界への転生希望者の増加を促すためであった。


 さすがは、聖レーン教団。

 ちゃんとサポート役としてやることはやりつつ、同時に営業活動も行い、異世界転生の促進を図るとは。


「……しかし、いくらこの世界が剣と魔法のファンタジーワールドといえども、ゲームのギミックを完全に再現するのは、かなり無理があるのでは?」

 そんな私の至極当然な懸念の言葉に対しても、目の前の神のしもべのにこやかな笑顔が曇ることはなかった。

「うふふふふ、まあ、ご覧になっていてください。異世界転生というものを他の何者よりも、深く理解し尽くしている我が教団においては、転生に関することでできぬことなぞ、一切ございませんので。──それでは、いよいよこれより、『儀式』を始めることにいたしましょう」

 そのように自信満々に言い放つや、祭壇のほうへと向かうシスター。

 そこには大きな棺が一つだけ置かれており、彼女はその前へと跪く。

「……ええと、冒険者のご訃報が届けられたのはついさっきですので、当然その中は空ですよね?」

「さあ、どうでしょう? 一応、、と言っておきましょうか」

「はあ?」

 いかにも思わせぶりな台詞で煙に巻く、意外にも茶目っ気にあふれた笑顔。

 そうこうしているうちに、大勢の冒険者風の装いをした男たちが、この儀式の間の入り口から駆け込んできた。

「あの方たちは?」

「我が教団の、特に冒険者を生業なりわいになされておられる、信徒の方たちでございます」

「皆さんそれぞれ、結構な大荷物を抱えられていますね。各種の剣等の武器に、各種の鎧等の防具に、後は普通の衣類や食料等の生活用品ですか? まるで冒険者個人の全財産って感じですけど……」

「そうなのです、あれって、普段身につけておられる衣類や鎧兜や武器一式に、空間魔法を利用したポータブルの『格納庫』に収納している、予備の鎧兜や武器や生活用品などなど、でございます」

「──おお、そこら辺もゲーム同様に、便利にできているわけですね? つまりこれら一式は、お亡くなりになった冒険者の所有物ということで?」

「はい、教団のほうで直接召喚した冒険者の方には、もれなく全員にサポートとして、同じく冒険者の教団員がパーティとしてついて回り、不幸にもクエスト途中でお亡くなりになった場合には、こうして装備品を回収してこの教会に届けるシステムとなっているのです」

「ほう、ゲームでは一瞬で行われることを、いちいち人手を使って再現しているのですか?」

「まあ、魔法──我が教団では『法術』と言うのですが、それを使ってよりゲームの仕様に似せることもできますけど、人手を使ったほうが取りこぼし等が無く、確実ですからね」

「──あ、でも、肝心の冒険者のご遺体は、いまだ運び込まれていないようなのですが?」

 そうなのである。

 何しろ『復活の儀式』であるからして、何よりもまず『死者ご本人』がおられないと、話にならないはずであった。


「まあ、見ておられてください、これからが儀式の本番ですので」


 しかし聖なる美少女司祭様のほうは、これが当然の仕儀と言わんばかりに、そのまま目を閉じ両手を組み、空っぽのはずの棺に向かって、お祈りを始めてしまう。

 ──とはいえ、そこはさすがに、教団きっての召喚師。

 このような教会の儀式の間で、聖衣をまとった貞淑なる乙女が、一心不乱に祈りを捧げる姿は、まさしく一幅の宗教画そのものであった。


 本当にそのうち、空っぽだった棺の中から、死者が甦ってくるものと、信じられるほどに。


「……終わりました」

 そう一言つぶやくや、ゆっくりと立ち上がり、改めて棺に向かって、そのしなやかな両腕を差し伸べる、転生の専門家プロフェッショナルのシスター様。




「──さあ、目覚めなさい、教団が招きし、冒険の徒よ!」




 その力強いことだまに満ちあふれた呼びかけの台詞とともに、何と空だと思われた棺の蓋が内側から開けられて、何者かがおもむろに起き上がり、その姿を現した。

「…………ここは?」

 あたかも深い眠りから今し方目覚めたかのような、低くしゃがれた声音。

「我が転生教団の、いわゆる『復活教会』です。あなたはダンジョン攻略中に魔物に襲われて、命を落としてしまったのですよ」

「──えっ、俺って死んだの⁉」

「ご安心を、すでにこうしてこの教会で、わたくしが教団の秘儀を使って、生き返らせて差し上げましたから。さあ、ご自分の姿を、ようくご覧になってください!」

 その言葉に促されて、そこで初めて自分の身体を見下ろす冒険者。


「………………は? な、何で俺、真っ裸なの? ──つうか、女になっているじゃないか⁉ どういうことなんだ、一体!」


「申し訳ございません、生憎『受け皿』希望の信者が、その方しかおらなかったのです。あなた様のお命を取り戻すには、一刻も早く儀式を行わなければならなかったので、こうする他には仕方がなかったのです」

「……そりゃそうだろうけどよう、これから俺は女の身体で、冒険者稼業をやらなければならないのかよ?」

「ご心配には及びません、その方の剣技は教団指折りですし、あなたの前の『憑坐イレモノ』よりも魔導力がお強いから、行使できる魔法スキル等も増やせますよ?」

「何だ、それなら話は違うぜ! まあ、女の身体になるのも、たまにはいいだろう。これぞ『TS転生』ってわけだ♡」

「正確には、『転生』ですけどね」

 何やら意味深な言い直しをするシスターであったが、興奮しきっている冒険者の耳には届いていないようであった。

「それで、この身体ですぐに、ダンジョン潜りなんかはできるのか?」

「いえ、新しいお身体に感覚を慣れさせるためには、少なくとも四、五日は『慣らし運転』をやっておいたほうがよろしいでしょう」

「ああ、わかった、そうするよ。いひひ、その間はじっくりと、自分の新しい身体を調査しなければなあ♡ ──ところで、ここって『復活教会』らしいけど、やっぱり代金として、所持金の半分を収めなきゃならないわけなのか?」

「お金に限らずあなたの全財産は、元々教団のほうで支給したものですので、その必要はございません」

「そうでしたそうでした、何から何まで『至れり尽くせり』で、大助かりでございますよ」

「それだけあなたたち『転生者』には、期待をしているわけなのです。これからも後顧の憂いなく全力をもって、クエストに挑戦チャレンジなさってください。──『命のスペア』のほうは、ちゃんと取り揃えておりますからね」

「へへっ、頼りにしているぜ、可愛いシスターさん♡」

「──まっ、か、可愛いだなんて、お口のうまいこと!」

「ほんとほんと、そのうちデートしようぜ?」

「わ、私はこれでも、れっきとした聖職者です! ──というか、あなたも今や、女性になられているのですよ⁉」

「へっ、そこに愛さえあれば、聖職者とか女同士とか、関係ないね! ──じゃあ、またなあ〜」

 そう言うや、まさにこの世の春といった感じで、スキップしながら立ち去っていく、たった今生き返ったばかりのTS冒険者。

 彼(女?)の姿が完全に見えなくなった後で、シスターの真珠のごとき可憐な唇からこぼれ落ちた、ほんの小さなつぶやき声。




「……ふっ、どうせ現代日本にいた時には、ヒキニートの穀潰しだったくせに、図に乗って」




 それは、まるで別人であるかのような、昏い笑顔であった。

 しかし今の私には、そんな彼女の予想外の豹変の姿を、気にする余裕なぞ、微塵もなかったのだ。

「………あの」

「うん、何でしょう? 転生局員さん」

「今のは一体、何なのです?」

「何がって、あなたがご覧になりたがっていた、『教会での復活』の儀式ではありませんか?」

「で、でも、冒険者ご自身のお話では、復活以前とは性別が違っているとか…………これって、別人になってしまったわけですよね? 何で元のご自身の身体で、復活なされないのですか?」




「そりゃそうでしょう、一度死んだ人間を甦らせることなんて、魔法を使おうが法術を使おうが、できるわけがないじゃないですか?」




 ……何……だっ……てえ……。

「い、いやでも、まさにそれをやるのが、この『復活の儀式』じゃなかったんですか?」

「だから復活させて差し上げたでしょう? さっきの儀式は具体的に申しますと、ダンジョン内で死んでしまった冒険者さんの脳みそに、『現代日本からの転生者としての』を、召喚師である私がいわゆる集団的無意識を介してそっくりそのまま、さっきまで棺の中に収まっておられた教団の女性信徒の脳みそに、わけなのですよ。──まあ、難しいことを抜きにして、現代日本のWeb小説風に言うと、まさに召喚師ならではの力を使って、『転生』させたようなものなのです」

 ……な、何だ?

 転生者としての記憶と知識がインストールされていたとか、集団的無意識とかって?


 ──いや、問題は、そこじゃない。こんないかにも人を煙に巻くような『学術用語』なんて、後で課長あたりにでも聞けばいい。


 そんなことよりも、今問いただすべきなのは──

「ちょっと待て、『再転生』させたってことは、あの冒険者さんのこれまでの身体のほうは、現在どうなってしまっているのです⁉」

「もちろん、今頃ちゃんと回収して、手厚く葬っていることと思われますけど?」

「……何だよ、それって。その人も、今の女性の身体の本来の持ち主も、教団の敬虔なる信徒なんだろう? それをあんたたちは教団の都合で、あたかも『ゲームの残機コマ』であるかのように、使い潰しているわけなのかよ⁉」

 もはや堪えきれずに、幼い少女に向かって声を荒げる、いい年をした大人。

 しかし当の女性司祭は、しれっと言ってのける。

「そうですよ? それが何か問題でも?」

「何か問題って──」




「あらあら、忘れてもらっては困りますよ? 我が聖レーン転生教団の最大の悲願は、現代日本からの転生者とこの世界の人間とを、最も理想的な形で融合させて、神にも等しき『新たなる人類』を生み出すことなのです。そのために志を同じくする教団の信徒を何人犠牲にしようが、彼ら自身も本望というものでしょう」




「──っ」

 ま、まさか、かつて転生教団の手で、ドラゴンの卵に現代日本人の狡猾な魂を転生させて、最凶最悪のモンスターを生み出したように、異世界人の胎児に現代日本人の魂を転生させて、まったく新しい人間を生み出さんとする、『人類雛形計画』の噂は、本当だったのか⁉

 そのように私が驚愕のあまり言葉を失っている間にも、更に追い打ちをかけてくる、いまだ子供同然の少女。

「ところであなた、現代日本の言語やクリスマス等の催し物を積極的に取り入れている、現在の『転生法』施行状態を、『まるで敗戦でもしたようだ』とか何とか、おっしゃっているそうですね?」

「──っ。な、何で、それを?」

「いえね、転生法整備課の職員としては、少々認識が甘いのではないかと、思いましてね」

「……甘い、だと?」




「だって、いまだすべての異世界は、現代日本からの、『侵略』状態にあるのですもの」




 ──‼

「魔王退治や内政改革とかならまだしも、安い労働力が欲しいとか、ちょっとおだてれば最新の科学技術等を披露してくれるお調子者を支配下に置いておきたいとか、そんなどうでもいいことのために、わざわざ『転生法』なんて作って、よその世界の人間を受け入れようなんて、正気の沙汰とは思えませんわ。考えてもみてご覧なさい、地方貴族の八男坊や下級役人の本好きの娘が、実は現代日本からの転生者であったりする場合を。それはまさに、親御さんなどのご家族を始めとして、地域社会やその他政治勢力や経済組織にとっては、侵略以外の何物でもないではありませんか? これが蜘蛛やスライムとかの動植物やモンスターにまで至ったら、もはや生態系丸ごとの乗っ取りに他なりませんよ? そのような狂った法律を成立させて施行している転生局の職員さんが、本当に我々転生教団のことを批判できるのですか? ──ふふふ、やめておきましょうよ? 我々はみんな、これまで無数に行われてきた現代日本からの異世界転生によって、とっくに本来の価値観を破壊されて、狂ってしまっているんですから、狂人が同じ狂人のことを糾弾しても、何の意味もありませんよ?」

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