第3話、クリスマス。

 その日もいつものように、某異世界の『転生局転生法整備課』勤務の平課員である私は、直属の上司である課長から、とんでもないことを通告された。


「喜べ、ついに我が国でも、『クリスマス』を行うことになったぞ」


「……はあ?」

「もちろん、『クリスマス』だけではない。『ヴァレンタインデー』も『ハロウィン』もだ」

「ちょ、ちょっと待ってください、それって現代日本ならではのイベントのことですか?」

「もちろん、そうさ。『異世界転生』通の君なら、別に説明はいらないだろう?」

「いや、いりますよ。その三つって、宗教関係か、少なくとも土着の風習に基づいたものでしょうが? 宗教観や社会風俗がまったく違うこの世界においては、あまりにもミスマッチではないのですか? ──つうか、元々モンスターがうようよいるこの剣と魔法のファンタジーワールドで、ハロウィンなんか催す意味があるんでしょうかねえ?」

「……あのなあ、そんな屁理屈いらないんだよ、まずはイベントを行うことが大事なのだ」

「へ、屁理屈って、一応宗教的儀式なのに、そんないい加減なことでいいのですか?」

「どのみち、、行わなければならないのだぞ?」

「何らかの形で、毎年のように、って……」

「現代日本におけるWeb小説の異世界転生モノって、大体が毎日のようにして新作を連載しているから、クリスマスやヴァレンタインデー等の各種記念日には、その日にまつわる【特別編】や【番外編】を投稿することが多いのだが、当然異世界にはそんな記念日は無いので、各Web作家が各作品ごとに、異世界においても同じ日に似たようなイベントがあるようにでっち上げるものだから、いつの間にか各異世界の12月24日とか2月14日には、『クリスマスもどき』や『ヴァレンタインデーもどき』のイベントが、それぞれの世界ごとに催されるようになっていて、収拾がつかなくなってしまっているんだよ」

「……え、それってつまり、全異世界的に共通して、12月24日には『クリスマス』を、2月14日には『ヴァレンタインデー』を、催すことが決定したってことですか?」

「うむ」

「な、何で、各異世界の実情を無視してまで、現代日本の宗教観や風俗に合わせなければならないんですか⁉」


「──それは当然、異世界転生者の皆様に、気持ちよく各異世界に、異世界転生していただくためだよ」


 ──っ。

 つまりは、自分たちの精神的支柱とも言える、宗教観すらも犠牲にしてまで、転生者に媚びなければならないと言うのか⁉

 ……いや、言うんだろうなあ。何せそのための、『転生法』だからなあ。

「おいおい、そんな悔しそうな顔をするなよ。大丈夫だって、これらは三つとも、当の現代日本においても、単なる『お祭りイベント』として催されているんだから」

「はあ? お祭りイベントって……」

「以前の大戦争で日本が敗戦した際に、戦勝国から、宗教、文化、スポーツ、娯楽等々、欧米の生活様式が大量に持ち込まれたんだが、それは別に日本古来の宗教や文化を阻害するものではなく、むしろ最初から『お祭りイベント』として、日本人に心から受け容れられ親しまれるようにはかられていて、日本側の為政者や各種経済勢力の後押しもあり、現在ではすっかり日本における、『季節ごとの風物詩』として根付いてしまっているのだよ。今回の各異世界における『移植』についても、同じような形で行われることが推奨されているんだ」

「──いやむしろ、そんな搦め手での『浸透手段』のほうが、よっぽど危険なのではないですか⁉ このままじゃ、各異世界がすべて知らず知らずのうちに、現代日本文化に完全に染まりかねないではありませんか!」


「別にいいではないか、すでに我々は、『転生法』の成立をもって、現代日本からの『転生者』を、全面的に受け容れることを決定しているのだ。彼らを受け容れるということは、彼らの世界の生活様式や文化や宗教を受け容れるも同義だろうが?」


 ──くっ。

 何かと言えば、二言目には、『転生法』、『転生法』、言いやがって!

「……何か聞いていると、まるで我々は実際に戦争をしたわけでもないのに、現代日本に『敗戦』してしまっているみたいですね」

 私はせめてもの抵抗として、そんな皮肉を言ってみた。

 しかし、面の皮の厚さには定評のある、海千山千の課長殿には、まったく通用せず、その巌のような表情が揺らぐことは、微塵もなかった。

 ──あくまでも、表面上は。

「ふっ、『敗戦』か、同じようなものだろう。ほとんどにおいて現代日本側からのみ、この世界へと一方的に転生してきて、しかもそのほばすべての輩が、この剣と魔法のファンタジーワールドにおいても、反則級のチート能力持ちばかりといった有り様なんだ。たとえ全体からすれば極少人数に過ぎないとはいえ、現在この世界にいる『転生者』たちが徒党を組んで武装蜂起すれば、我々なぞひとたまりもないだろうよ」

「……まあ、そりゃそうですよねえ。そもそも何で『転生法』は、そんな危険分子の流入を、促進なんかするんですかねえ」

「今更グチグチ文句を言っても、仕方あるまい。これまで個々の『Web作品』ごとにバラバラに行われていた『クリスマスもどき』イベントを、これからは統一して行えるんだから、手間が省けるではないか?」

「いや、その『統一版』の手配を行うのは他でもない、我々転生局転生法整備課の仕事なんでしょう?」

「それも最初のうちだけだよ。クリスマスもヴァレンタインデーもハロウィンも、この世界においても、すぐに『お祭りイベント』として定着するさ」


 ……そしてどんどんと、すべての異世界においては、『洗脳』が進み、まさしく戦後日本における急激な『アメリカナイズ』同様に、異世界人の『日本人化』が進んでいくわけか。


 おかしいな、そもそも『転生法』は、強大なチート能力を持つ『転生者』による物理的侵略を防止するために、異世界転生自体を法的に整備するために生み出されたはずなのに、まるで『精神的侵略』を促進しているように思えるのは、果たして私の気のせいであろうか?

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