第2話、奴隷制。

「──というわけで、我が国は本日から、『奴隷制』を施行することになったから」


 ………………………………は?


 その日、某異世界の、『転生局転生法整備課』勤務の平課員である私は、直属の上司である課長から下知された、あまりにも予想外の言葉に、直立不動の体勢のままで、あんぐりと口を開けた。


「……ええと、撤廃するのではなく、新たに施行するのですか? 奴隷制を?」

「失敬な! 何が撤廃だ! 何よりも自由と平等こそを国是とする我が国においては、建国以来一度たりとて、『奴隷制』などと言う馬鹿げた制度なぞ、存在した試しはないわ!」

「その馬鹿げた制度を、何で今更『新設』しようと、しているわけですか⁉」




「そりゃあもちろん、『転生法』で定められているからだよ」




 ──またそれかよ⁉

「いや、何で現代日本からの異世界転生者を受け入れるための整備法が、奴隷制の施行なんかを推奨するのです?」

「推奨ではなく、強制だ」

 なお悪いわ!

「……え、でも、確か現代日本には、奴隷制なんか無かったはずでしょう?」

「現代日本になくても、転生者にとっての、『自分が主人公になって活躍するためのパラダイスワールド』である、彼らの言うところの『異世界』であるこの世界では、まさしく『カクヨム』や『小説家になろう』等でお馴染みのWeb小説そのままに、奴隷制が存在しないとまずいのだよ」

「何ですか、たとえ剣と魔法のファンタジーワールドといえども、我々にとってはあくまでも現実の生活の場であるこの世界を、『パラダイスワールド』とは?」

「『パラダイスワールド』が嫌なら、『ゲームステージ』でもいいが?」

「もっと嫌ですよ! それよりも、何でワンパターンの三流Web小説みたいに、異世界には奴隷制が無いとまずいんですか?」

「そりゃあもちろん、三流Web小説のワンパターン的展開を、踏襲するためだよ」

「はあ?」


「つまり奴隷たちは、転生者たちに『主人公』として、存分にこの世界を堪能していただくための、『仕掛けギミック』のようなものなのだよ。Web小説における、ワンパターンのシーンを思い浮かべてみたまえ! 街中でネコミミやダークエルフの少女が、奴隷商から鞭打たれているのを見かけて、その世界における社会常識を完全に度外視して、安っぽい正義感と、現代日本における無力な引きこもりとしてのこの上なき劣等感の裏返しとしての歪んだ優越感とによって、なぜか都合よく存在しているこの世界のパトロン的存在の権力や財力や武力を笠に着て、奴隷商から奴隷少女を強引に引き取るという、お約束のイベントを!」


「その後で、『……わかっている、こんなものは俺のエゴによる、一時しのぎの偽善行為に過ぎないんだ。だが見ていろよ! いつかこの手でこの世界そのものをひっくり返して、奴隷制度を無くしてやる!』と、心で誓うところまでが、ワンセットですよねw」


「そのくせちゃっかりと、その奴隷の娘をなし崩し的に、自分のハーレムメンバーに加入させたりしてねw」


「……うわあ、こうして改めてみると、クズの極みですねえ、現代日本からの転生者って」

「だからあいつらは、奴隷制の撤廃どころか、むしろこのWeb小説的異世界に、自分に対して徹底的に従順である、奴隷少女を求めているのだよ。──それもどんな要求でも素直に応えてくれる、『性奴隷』をね」

「そんなクソ転生者どもの、穢らわしい欲望を満たすためなんかに、わざわざ我々の世界の社会システムまで変えて、『奴隷制』なんかを新設しなければならないのですか⁉」

「……仕方あるまい、これは『転生法』において、決められたことだ」

「でも、肝心の『奴隷』はどうするのです? 人間ヒューマンの一般市民はもちろん、他国のダークエルフや猫耳獣人ワーキャットなんかをさらってきて奴隷にしたりしたら、国際的に大問題になりますよ?」

 私の至極当然の疑問の言葉に、目の前の上司の男は、ほとんど表情を変えることなく、

 ──あっさりと、驚愕の言葉を宣った。




「別に問題ない、何せ奴隷のほうも、『転生者』を使えばいいからな」




 ……………………………………は?

「──いやいや、何ですかそれ⁉ 『転生者』の奴隷に対する、歪んだ正義感やハーレム願望を満たすために奴隷制を設けようというのに、『転生者』自身を奴隷にしては駄目でしょうが?」

「おや、課内きっての『異世界転生』通ともあろう者が、知らないのかい? 『転生者』には、最初から『英雄』であることを望む輩ばかりではなく、『成り上がり』願望や『不幸なヒロイン』願望にこそ基づいて、あえて異世界転生したばかりのスタート時点においては、『奴隷に身を堕とす』ことも大歓迎な輩も、大勢いることを」

「………あ。そ、そういえば」

「うんうん、それこそ最近腐るほど、目にしておることだろう。『おっさん』や『悪役令嬢』なんかが、無実の罪をでっち上げられて、奴隷に身を堕とすというパターンを。もちろん彼らには『転生者』としての、無敵のチート能力やずば抜けた知能や身体能力等を与えられているので、いつまでも奴隷階級に甘んじておることなぞなく、たちまちのうちに『下克上』を果たし、それまで自分を蔑んでいたやつらに対し『ざまぁ』して、盛大なカタルシスによって、読者を圧倒的に魅了してしまうって寸法だよ」

「そうでしたそうでした、むしろ『転生者』の皆さんには大人気でした、『奴隷からの成り上がり』パターンて」

「よって、奴隷制と言ったところで、何も問題は無いんだ。何せ転生者同士で、自給自足しているようなものだからな」

「あ、いや、やはり少々、問題はあるのでは?」

「ほう、何かね?」

「だって、それぞれの『転生者』の、『ハーレム要員入手欲』や『下克上願望』を満たすためには、その相手が自分と同じ『転生者』では駄目なのじゃありませんか?」

「ああ、そういうことか。いや、大丈夫。そもそもお互いに『転生者』同士であること自体を、秘密にしておくつもりだからな」

「はあ?」


「何せ『英雄』願望の『転生者』のほうは御多分に漏れず、現代日本においては、非モテのヒキニートの穀潰しだったのだし、『奴隷』のほうも、『おっさん』は冴えないアラフォーのブラック企業の社畜だったのだし、『悲劇のヒロイン』は乙女ゲーム厨の孤独な非モテのアラサーOLだったのだし、お互いの素性がバレたら完全に幻滅してしまって、すべてが台無しではないか?」


「……うえー、つまり外見上は美青年ヒーローと美少女ヒロインでありながら、その正体は非モテの陰キャ同士に他ならず、当人たちはそれを知らずに乳繰り合っているわけですか? もはや吐き気しかもよおしませんよ」




「うん、だから、この件については、絶対に秘密だからな? 何せ『異世界転生』物語は、夢と希望こそがすべてだからねw」




「……いやむしろ、夢も希望も無いような。どうしよう、これから先、『転生者』たちの『ハーレム展開』とか『下克上』の有り様を見せつけられても、素直に額面通りに感動したりうらやましがったりすることなんて、できなくなってしまいましたよ」

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