・本筋に関係ない話

第12話(+1)使い魔


 ソーン侯爵邸に帰って来たその足で、自室に荷物を置いて すぐ呼び出された談話室に向ったエミーリアは、そこで待っでいた義父と、彼の横に鎮座している黒猫とに対峙していた。


 主な話しは 在学中の報告なのだったが、彼女は侯爵と対話しながらも つい猫の方に視線が向いてしまう。


 「気になるかい」

 「え、はい。とても」


 正直な子だ。普通は否定するだろうに。

 ソーン侯爵は そう思いながらも、この儘 まっすぐ育って欲しいとも思う。

 この猫については もちろん彼女に全て任せる積りだが、少し話しておくべき事がある。


 「この猫は『使い魔』だ。君の護衛を担当する事になる。これは学校、高等部に通うようになってからも同じだ」

 「ずっとですか」


 「そう、ずっとだ。と言いたいところだが、これ等には相性があってね、性格的に合う者と 合わない者がいる。

 先ずは3日間 お試しだ。それで問題無ければ『ずっと』になるだろうな」

 「3日、お試し、ですか」

 呆然として猫の方を見る。眼を閉じてジッとしているのを見ると、まるで彫像のようだ。


 「その間、少しの間だが 侍女達は忙しいので、君の世話に掛かり切りになれない。

 リンデは ここの出身だが、家族はそうだから一緒に行くための準備が必要だし、他の者達は故郷に帰る事になるからね」

 「その間に、この猫と仲良くなれと、いう事ですね」

 ソーン侯爵は笑みを浮かべて、エニーリアの言葉を肯定した。

 「その通りだ」


 「この猫、『使い魔』という事は魔物、ではなく魔獣なのですか」

 「良く知っているね。

 そうだ。魔物ではなく、魔獣だ。間違えないように。

 魔獣は人間を襲わないし、とても賢い。この猫は喋る事も出来るそうだ。ただし『主人』になるには それなりの覚悟が要る。ちゃんと世話は出来るかな」

 悪戯っ気の滲む言葉だ。

 「覚悟って、どういう意味でしょうか」


 「うーん。この手の使い魔は情が深いんだ。一度 主人を決めたなら、十分な愛情を注いでやらないと ストレスで死んでしまう」

 「は、はい。分かりました、しっかり可愛がります」

 ピンと背筋を伸ばして断言するエミ―リアであった。


 「宜しい。では、外出する際は必ず連れて行くように。

 それと、これを見せれば人間と同じ扱いになるから、あらゆる施設に連れて入る事が出来る。誰も問題視する者はいない筈だ」

 侯爵はエミーリアに1枚のガードを渡した。


 それには 黒猫の仕様と写真、持ち主の写真がデータとして刻印されている。魔法具だ。

 たった3日間の試用のためとは とても思えない程の準備が出来ているようだ。


 エミーリアは それを受け取って、レニンの造ってくれた左腕の腕輪に収納した。


 「では、全ての用意が出来るまで1週間ある。町を見て回るのも良いし、この屋敷で遊んでても構わない。

 そうだった、この国にある公営図書館にだけは行ってはいけない。それくらいなら屋敷の図書室を利用する方がマシだ」

 「何故でしょうか」


 「ふむ、そうだな。この国には 酷く偏った考えを持つ者が多い。特に貴族なんだが、彼等が管理する図書館には読むべきモノは無い。

 学業の妨げにすらなり兼ねないので、そこだけは禁止だ」

 「分かりました。ここの図書館には行きません」


 「よろしい。では ゆっくり休むと良い。

 あっ、そうだった。名前、その猫に ちゃんとした名前を付けてやりなさい」

 「はい」


 ■■■


 部屋に帰って来たエミーリアは驚いた。

 さっき荷物を置くために 僅かの間だが入った部屋とは思えない程、居心地良くなっている。荷物も解かれ整理してある。


 「ふぁーっ。誰だろう、凄く気持ちい部屋になってる」


 小卓の上には小さな花瓶が置かれ、可愛い花が挿されている。

 ちらりと花に眼を移しながらベッドに転がって、それでも猫から眼を逸らす事が出来ない。

 彼女は言葉が通じるらしい その猫に話し掛ける。


 「ねえ、使い魔さん。何て名前が良いかな、私には ちょっと思い付かないのだけれど」


 大きな猫だ。外見は虹色の光沢を放つ漆黒のシャム猫である。

 本当に真っ黒で、黒豹のように皮膚に斑模様が残っているようでもないし、虎耳状斑こじじょうはんなどある筈もない。猛獣ではないのだから当然だが、少し心配になりそうな猫なのだ。。

 体長は150センチメートルくらいある。この世界では全体的に犬や猫のサイズが大きいのだが、それでも こんなに大きいモノは少ない。魔獣だからだろうか。

 手を伸ばして、そっと触れると、柔らかい体毛が とても心地よい。


 「では『ショゴス』と呼んで頂けますか」

 まさか返事が返って来るとは思っていなかったので 慌てて確認する。

 「ツォ、スォ、ソ……ゴス、ソゴスね。分かったわ」


 「い……ぁ、はい。『ソゴス』です。宜しく お願い致します」

 まぁ、仕方ない。と、そんな風情を醸し出す黒猫である。


 その時「くっ」と小さな音がしたが、エミーリアには聞こえなかったようだ。


 ショゴス。

 この世界には多分いないだろうが、知っている者かれすれば 余りにも有名な種族名。スライムの元祖のような存在である。

 その筈なのに、何故か エミーリアの『使い魔』となり、その地位に甘んじている。

 ただ単に ソーン侯爵が偶然出会った、と言うのも考え難い。

 ショゴスが魔獣、ましてや『使い魔』として売られている可能性は無く、それを許容する事も あり得ない。

 元奉仕種族で、主人に対し反乱を起こした経緯を持つ。そんなモノがエミーリアに接近して来たのだ。


 「私はエミーリア、こちらこそ宜しくね。ソゴス」

 「噂通りの方ですね。妖精達が騒ぐのも当然かもしれません」

 「妖精達?」


 「いえ、何でもありません。では、散歩にでも出掛けましょうか」

 「じゃ、行きたい所があるのだけれど、良いかな」

 「どこですか」


 「孤児院」

 「場所は どこですか」

 「知りません」

 猫が頭を抱える図。といのも中々面白いが、この場合の対応策は簡単である。

 「侯爵に場所を確認して来て頂けませんか。流石に場所が分からないと お供も出来ません」

 「そうだね」


 あっと いう間に身を翻し走り去る少女を見ながら、深い溜息を吐くショゴス改め、ソゴスである。


 「あなた達が求めるのは あのような方なのですか」

 何もない空間に向って声を掛けると、いらえがあった。


 「そうですよ。可愛いじゃないですか、彼女は素晴らしいわ。

 彼女の侍女が『屋敷』も入手してくれたようですし、何も問題無いでしょう」

 「それは『家守り』の感覚です。

 普通に考えて どうなのでしょうね。その侍女、ルビイさんですか、あなた方の存在に気付いていたのではありませんか」


 「確かに その可能性が高いですね。あの方は本当に鋭い。

 それと、今更ですよ。貴女が『普通』を求めるのですか。

 彼女が亡くなるまで、高々 百年にも足りません。少しくらい付き合って下さいな」


 「座敷童ワラシが そこまで気に入っているなら、私に反対する権利はありませんよ」

 人間なら赤面してい事ただろう。

 他の『家守り』もエミーリアを気に入っている。黒猫はというと、それは確かに満更でもない気分である。


 「良い子だと言うのは間違いなさそうね」


 ■■■


 「院長先生、お久しぶりです」

 エミーリアは その中年女性、小太りの 優しい笑顔をした女性に飛び付いた。

 いや、言葉通りに飛び掛かって抱き付いたのだ。


 「エミ?」

 「はい。お久しぶりです、お元気そうで何よりです。

 あ。これ、義父ちちからの預かり物です」


 黒猫、ソゴスは驚いた。余りの身軽さに、貴族にあるまじき その振舞いに。言葉だけ丁寧なのが妙に可笑しい。

 黒猫は 思わず笑顔が零してしまった。


 「あら、大きな猫さんね」

 「紹介します、私の『使い魔』でソゴスという名前です。一緒に行動するように言われています」


 「……そうなの。貴族は大変ね」

 「え?」


 ふむ、分かっていないな。

 彼女にソゴスが必要とされたのは『護衛』のためである。エミーリアは 自分が狙われている事を、全く自覚していないようだ。

 聞くところによる(情報源はワラシ)侍女達が始末した敵認定者数は200を超えると言う。ソーン侯爵も もちろん、その事を知っているし、使い魔を求めていた理由も そこにある。


 「貴女って、ちーっとも大きくなってないわね」

 「えーっ、1年半くらいで10センチメートルも伸びてるんだよ。凄いんじゃないかな」

 「でも、たった90センチメートルじゃない。大差ないわ」

 「90センチメートルもあれば 十分成長してると思うんだけどな」


 80センチメートルしか無かったのか。逆に驚くソゴスだった。


 どんどん言葉使いが 平民のモノに戻っていく。故郷に戻ると方言が復活するという、あの現象と似ている。

 彼女にとって この場所が故郷なのだろう。

 ふんわりと柔らかい雰囲気が漂っている。


 騒乱の中でし続けて来たソゴスにとっては とても羨ましい、しかし微笑ましい光景であった。


 時間が過ぎて、名残惜し気に帰宅の途についたのは、夕方になろうとしている頃だった。


 ■■■


 エミーリアが眠ったのを確認した後、場所を変えて、それでも目の届く範囲内で、同胞と連絡を取る。

 ショゴスは群体生物である、分離した者が別行動する事も可能だ。この世界で変化した彼女等は 直接分離体以外とは正確な経験共有が出来なくなってぃる。


 「大分派手にやってるようだけれど、大丈夫なの」

 ソゴスが 突然現れた小さい、男性成人のこぶしサイズ程の黒い軟性の球体スライムに問い掛けた。

 「もちろんよ。彼女、大人気だねぇ。今日だけで25体を始末したわ。証拠はスライム達が完全に消去したから大丈夫よ」


 黒いスライムは、ソゴスが直接分離体した個体だ。何をやったかは明確に分かる。報告の多くは、このスライムから分離した者達についてである。


 黒いスライムが言っている『スライム』とは、普通に存在する 水色スライムの事で 知能が低く、黒いスライムの制御下にある。


 「今、どうにも許せない変態がいたので、そいつを屋敷毎 燃やしているの。ちゃんと動機は作ってあるから問題ないよ。

 それにしても、貴女だけ名前を貰うなんてズルいな」

 「そ、それは、彼女が発音出来なかっただけで……。って知ってるくせに」


 「ふふっ。仕えるべき主人あるじが見つかって良かったわね。とても良い子だし、これで安心だね。

 やっと定住先が決まったような安心感があるわ」


 そう、元とはいえ奉仕種族、その名残は消えていない。仕えるべき相手を求め、他者に従うのは本能に近い。今回は良い主人に巡り合ったという事だ。


 「私にも感謝してね」

 ワラシが茶々を入れる、彼女も似たような性格をしているのだ。共感出来るのだろう。


 座敷童ワラシ。一見 黄色いヒーツ(ヒト)、ストレートで背の中半なかばまである黒髪と黒い瞳。奇麗な非対称アンシンメトリ3色柄のドレスを着ている。身長は 約150センチメートル。


 「ありがとう。良い主人を紹介してくれて」黒い猫と球体が 同じ言葉で謝意を述べた。

 「どう致しまして。私も 貴女達がいると安心だわ」


 少し離れた位置から3人は、エミーリアの寝顔を 飽きる事無く見続けている。

 夜が明け、彼女が目を覚ますまで このまま過ごす積りに違いない。


 人間ではない、ある意味 生物ですらない彼女達には、睡眠欲など無いのだから。


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