第11話(11)入学試験と卒業試験


 エミーリアが幼年部を卒業する事が決まったのは、5月になったばかりの頃だった。本来の卒業時期とは ずれているが、それには事情があった。


 切っ掛けは そう、初めて彼女が駄々を捏ねたのである「もう面白いモノが何も無い」と。


 侍女達も それを納得してしまう程度には、彼女の成績は良いと認識していた。

 イヤ、現実は この件については、それでも甘かったのだ。


 「エミーリアさんを初等部に編入させるのはだと判断致しております」


 リンデは、4月の初頭にエミーリアの編入試験申請書を提出しようとして、この言葉を突き付けられた。寝耳に水である。


 「どういう意味でしょうか。年齢的にも 成績も、問題は無いと思いますが」

 「いいえ、大いに問題があります。これを ご覧ください」


 示されたのは、成績票と試験結果の一覧であった。それが10枚あった。

 だがリンデには それが成績票だというのは分かっても、それが何を意味するのかが分からない。


 「……これは、どういう意味でしょうか」


 この女性教師は、副学長である。溜息を吐いて説明を始める。


 「それは 初等部第5学年から中等部第6学年までの、各学年主任が、本人には内緒で行った試験の結果です。

 つまり完全な 実力を測るための試験です。

 ご覧の通り『全学年、全教科』全試験 満点です」

 「……」

 リンデは困惑を隠せない。


 「……で、どうしろと」

 こんなにも成績が良いとは、思ってもいなかったのである。

 悪いとは露ほども思っていなかったが、こんな図抜けた成績だとは知らなかったのだ。


 「中等部の卒業試験を受けてください。同時、ではないですね。先に高等部の入学試験を受けて頂きます。

 もちろん 高等部の試験は、この学校内で受験出来ますので、第1本校まで出向く必要は御座いません」

 「高等部……ですか」


 「はい。問題なく合格すると確信致しております」

 「ですが まだ9歳です。低年齢が過ぎるのではありませんか」


 「大丈夫です。前例が、1件だけですが ありますので、ご心配には及びません」

 「とても喜ばしい事ですが、それに付いては 私には決定権が御座いません。

 親権を持っておられるソーン侯爵に、確認は なされたのでしょうか」


 「それが困った事に、連絡が取れないのです。

 しかし、彼女を中等部で終わらせるのは 何とも惜しいのです。是非とも進学出来るよう説得しようかと……」

 「分かりました。

 高等部の試験は受ける方向で進めてください。侯爵には こちらから連絡致します」


 この場にはルビイも同席している。どうしても確認しておきたい事があるという。

 リンデが退室した後 彼女は副学長と話をした。


 「貴女が、あの……」

 「はい。そこで確認したいのですが、南大陸第1本校では、一般人、侍女なのですが学内に立ち入る事は出来なかったと思うのですが」

 「あ、はい。でも貴女は問題なく入れますよ、その資格がありますので。保留であっても問題ありません」

 「他に者はどうでしょう」

 「残念ながら 学内に立ち入る事は出来ません」

 「やはり そうでしたか。

 あ、そうだ。第1本校には寮邸が無かったと思うのですが」

 「はい。土地の提供だけとなっています」

 「やはり。ところで、この学校の 貴族寮邸の事なのですが……」


 「そうですね 良いかも知れません、確かにあまり使われていませんから。辺所は学長に打診した後、という事で良いでしょうか」

 「はい。宜しく お願いします」

 「しかし、流石ですね。貴女の教育によって あそこまでの成績を収める事が出来るとは」

 「あ、それは違います。予定では幼年部は2年間通わせる積りでした。エミーリアは 私の予想以上に良い主人あるじだったようです」

 「あの子の実力だと……」

 「はい。しかも満点です、実力は測れていません、よね。

 では 寮邸の事、決しましたら連絡を頂けますか」

 「もちろんです。しかし、安価ではありませんよ」

 「分かっていますとも。では失礼致します」


 翌日、ルビイの元に副学長から連絡があった。

 「回答を得ました。問題ありません、詳細については……」


 ■■■


 「……と、言う事です」


 ここは 西王国ウェストンにある、東公国大使館の執務室である。談話用の卓子テーブルに広げられた成績票が10枚。


 「高等部だって? 幼年部に入って まだ1年半も経っていないというのにか」


 「学校側としては、本当は4月に卒業させたかったようです」

 「……」

 「侯爵に連絡が取れなくて、やむなく今月になったのです。

 お忙しくても、学校関係の書類は ご確認頂かないと困ります」


 今 侯爵邸では、執事5人が2年分(正確には1年と3箇月分)の、エミーリアの成績票を探している。

 次々に出て来たのは封書だった。未開封だったそれを開くと、とんでもないモノが現れた。


 まず 正規の成績票。

 その備考欄には『魔法科の授業単位・取得修了』と記されている。

 「これは……、どういう意味だ」

 「時間が空いたので『魔法科』を覗いた。とは、聞いていました。

 それの評価ではないかと」

 「いや いや。覗いただけで『授業単位・取得修了』とは ならないだろう」

 「確かに……、そうですね」


 別の封書には、もっと意外なものが入っていた。

 「えっ。『専門職・初級修業教室』って何だ」

 「あぁ、それも『時間が余ったので興味本位で受講した』と おっしゃっていました」


 「いや、これは『修了書』だぞ。それも『最優秀』とある。

 これが『興味本位で……』の結果だなんて、不謹慎というか何というか」


 どんどん積み上げられていく封書に呆然とする侯爵は、リンデに尋ねた。

 「一体、どんな教育方針で育てれば こんな事になるんだ」


 「あの方は、余った時間を有効に活用した。ただ それだけだと思いますが」

 「そう……なのか?」


 リンデも、ここに積み上げられた成績票には困惑していた。

 だが それを表に出してはエミーリアの不利になる(そんな筈は無いのだが)。と、そう思い当然のような顔をして応じたのだ。


 エミーリアは 高等部入学試験に合格し、初等部はパス、中等部の卒業試験にも当然ながら合格した。


 彼女と侍女達は7月から『東域アザストフィア汎国家総合教育学校・南大陸第1本校の高等部・一般科』に通学するため、南大陸に渡り学校指定の貴族寮用地に向かう予定である。


 この世界では、初等部(標準で8年間)が我々が知る義務教育の範囲であり、その第5学年以降の内容は それより少し高度である。

 中等部(標準で6年間)で高校と大学。高等部(標準で6年間)は大学院に相当し、最高学年の1年は研修期間となる。

 この高等部卒業が、一般的には 学業での最高学府を修了した事だと考えられている。

 大学(最低5年)は別格で、超国家的な研究機関である。

 ――と、無理に こじつければ大きな誤りはない。


 エミーリアは9歳で、高等部の学生となった。


 南大陸に向かうのは5月下旬の予定であったが、ソーン侯爵の「待った」が掛かった。

 「半年間延期にして、君達も一緒に東公国イーステンに来てくれないか。そして私の家族と会って欲しい。

 エミーリアの事を ちゃんと紹介する必要があるからな。新たに出来た義母や、義兄姉も紹介したい。来年1月の入学でも問題ないだろう」


 それに反対する理由は皆無だった。

 エミーリアは、そこで初めての家族と対面する事になるのだ。


 ■■■


 「レニン、ちょっと お願いがあるのですが」

 リンデがソーン侯爵にエミーリアの処遇について会談をしている頃、ルビイ達は分校にある寮邸に向っていた。転校するなら片付けをする必要があるからだ。


 「何かな」

 「寮邸なんだけど、持ち運び可能だよね貴女なら」

 「まぁ、確かに 空間魔法を応用すれば可能だけど、まさか持っていくの」

 「そのつもり。学校にも了解を貰っているし、ちゃんと購入手続きも済んでるわ」


 「まさか、それを自腹で払ったの」

 ロミリが驚いて口を挿んで来た。

 「まあね。今まで働いて来て、それなりに貯まっていたからね。どの道、これからも使う事は無いだろうから 丁度良かったのよ」


 レニンが話しがズレていくのを止めるため、ルビイに問うた。

 「それでも、何で私に依頼するの。貴女だって空間魔法くらい使えるでしょうに」

 「そうなんだけど、ちょっと問題があってね、私じゃ手に負えないの」

 「どんな大事なのよ、貴女に出来ないって」

 ロミリが再び口を挿む。呆れたような口調だ。

 「そうね。あそこには『家守り』がいるのよ」

 「えっ」「まさか あり得ない」


 そう、あの邸には、たった1年と少し住んだだけである。

 家守り妖精は、常識だと 100年を超える歴史ある家屋である事が前提で、そこに代々住む者の生活態度にも中々面倒な 彼等独自の基準があるらしい。

 それ等全てを満たした家にしか住み着かないとされている。

 事実、王宮にさえ存在していない。かなりの格式ある旧家であっても希であると言う。


 「……エミーリアのせいかな」

 深く溜息を吐いてレニンがルビイに確認する。いや、確信しているようだ。

 「何なの あの子、訳が分からない。100年以上の年月を無効にするほどの能力ちからを持ってるっていうの」

 ロミリはかなり混乱しているようだ。


 「落ち着きなさい。事実は事実として認めるしかないわ。

 但し、絶対に口外してはダメよ」


 当然である。今迄でさえエミーリアを狙っている者は多かった。

 それにこの事実が露見すれば、とんでもない事になるのは明白だからである。


 「……ふぅ、分かったわ」ロミリは納得したようだ。


 「それで、寮邸、ではないわね。エミーリアの屋敷なんだけど」

 「そう言う事なら納得した。普通の空間魔法じゃ、確かに拙いね。どうしようかな。

 ……そうだなぁ、その『家守り』って、やっぱり妖精なんだよね。生きてる」

 「確かに そうだけど」

 何だか 不安げなルビイである。


 「じゃ、妖精の住まう世界に繋いだ状態で空間魔法を掛けるとしましょう。それなら問題ない筈だから」

 「妖精の住まう世界。そんなの実際にあるの」

 レニンだけが知っていたようだ、2人には初耳であった。


 「それが あるんだよ。もっとも、それが存在する事は分かっているんだけど、私達のような普通の人間には入れないけどね。

 そうと決まったら、チャッチャと済めせてしまおう。これから忙しいからね」

 「そうだね」


 ルビイ達3人の姿が見えなくなって暫く経つと 小さな黒い影が表われて、小さく呟いた。

 「まさか侍女の中に『妖精の世界』を知っている者がいるとはね。

 本当に有能な方々だこと」


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