第10話(10)エミーリアの退屈しのぎ


 エミーリアは、普通の貴族では あり得ない事だが、第一次から第三次産業に詳しい。


 実際に漁業や農業等を体験した訳ではないが、侍女達が台所キッチンで調理している時には よく同席し、魚や動物をさばいているのを見ているし、時には手伝いと言う名目で邪魔をしている。


 「どうです、豚もうさぎも似たような内臓をしているでしょう」

 「そうだね。大きさや形は色々だけど構造や配置は あまり変わらないんだね。魚の内臓も、一部以外は あまり変わらないね」

 「その通りです。殆どの、四肢を持つ動物は似た構造をしています。魚のひれは、四肢のようでしょう」

 「そうだね」


 「この石は、磨いて加工すると こんなに奇麗な宝石になるんです。錬成・錬金も同じで、その素材の力を引き出すのが基本です」

 「あの棒に仕込まれているのは、どっちの方なの」


 レニンは あの会議で決めた事を早速実践している。

 今のエミーリアでも十分な攻撃力を発揮出来るよう調整した、特殊な亜金属製の『棒』を創り、彼女に渡してある。

 同時に、それを常に携帯出来るよう 左右の手首に空間魔法を仕込んだ『収納装置』まで装着させている。

 もちろん、訓練内容も柔軟体操を取り入れたに変えている。


 「両方を同時にです、加えて鍛冶術の要素もあります。変換には色々と複雑な要素が絡み合っていますからね」

 「宝石を磨くとか加工するようには行かないんだね」


 レニンとロミリは、最低でも自炊が出来る程度には教える積りだったし、エミーリアは とても良い生徒だった。

 時には長時間の煮込み料理や燻製造りなどにも参加した。

 彼女は既に、簡単な料理なら1人で造れる程度になっている……。


 「どうかしら。中々の出来だと思うのだけれど」

 「……うーん。これだと まだ非常食程度ですね」


 まだまだ先は長そうである。


 ルビイは、商談の席にエミーリアを同席させる事が多い。もちろん誰にでも、と言う訳ではない。

 彼女の眼鏡に適った、誠実な者にしか会わせはしないが その分、良い品物を見る機会が多くなった。

 そう。ルビイはエミーリアに審美眼、鑑定士としての基礎である 高品質な品物を観察する機会を多く与えているのだ。

 時には ルビイが厳選した 一部の商人についてだが、エミーリアに対談する事さえ推奨している。

 彼等の価値観を知らしめるためである。


 「商人は、物を移動させて利益を得ます。必要な物を、必要な時に、必要は場所に、必要な量を届けるのが基本です」

 「そんなこと、分かるの」


 「だから商人は、時世を読む力を必須としております。情報収集も怠りません。これは常に最新のモノでないと意味がありませんから、大変ですがね」

 「そうだよね。遠い所の情報は、どうしても古くなるものね」

 「それが最も難しいところです」


 そして、彼女等は それ(各次産業の詳細を知る事)を良い事だと思い、積極的に教えている。


 貴族が庶民の事を全く知らないのは『悪』だ。との共通認識を持っているからである。


 専任侍女達は とても過保護なのでである。


 ■■■


 この学校の中等部には 一般科と、魔法科がある。学力の面だけで見ると一般科の方が格段に高い。

 実際、高等部に進学するには 魔法科の座学だけでは不足である。

 それで魔法科では、高等部への進学組に対して 特別講義を設けている。


 このように 魔法科の生徒が一般科の学習をする事は多い。

 だが その逆、一般科の生徒が魔法科の学習をする事は無い、普通ならば。


 しかし、エミーリアは もう既に中等部・一般科の単位は取得済みである。端的に言って暇なのだ。


 何もしないでいる事は、彼女の年代の者には苦痛でしかない。


 「別に 見学だけなら構わないよね」


 だから こっそり、魔法科の授業も受けていた。

 ただ 自身では『こっそり』の積もりでも、他の者とは身長差があり過ぎて、エミーリアは非常に目立つのだ。

 加えて、授業に夢中になると 分からない事や、疑問に対し抑制が効かなくなり、うっかり質問をしてしまうのだ。


 「すみません。そこのところ、もう少し詳しく教えてください」

 「いや。中等部では この程度で良いんだ。

 ここの詳細は、本当は高等部で習う範囲なんだがな。まぁ、良いか。少し脱線するが……」


 教師の方も、的確な質問に対し喜んで回答する。後になって彼女の存在に気付いた。なんて事が何度も、何度もあった。


 ■■■


 ある日、職員室で十数人かの教諭が集まって会議をしている。一見何の共通点も無いのだが、唯一『魔法科』でも教鞭を取っているという事が同じであった。かなり熱が入っている。


 「……どう対策致しましょうか」

 「どう、とは? まさか彼女を教室から追い出せとか言いませんよね。

 あの子、エミーリアは本来の魔法科生徒より ずっと真面目に授業を受けてまいす。

 それを無碍にするのは可怪しいのではないでしょうか」

 女性教師が怒りを隠しきれず提案者に噛み付いた。


 「いえ、そんな事は決して致しません。だから落ち着いて下さい」


 「しかし、何だって魔法科に興味を持ったのですかね。

 実際、害になる事なんて何もありませんよ。彼女が質問する事により、質問する内容すら気付かなかった生徒の助けになっています」

 「そうなんですよね、困った事に」


 「はぁ、私など授業が停滞した時に、彼女が刺激になって活性化した事が何度もありますよ」

 「本当に どう致しましょうか。いっその事、学長の判断に任せるとか、如何でしょう」


 「それは良い手かも知れませんね」


 教師だって人間である。真面目で優秀な生徒がいれば 仕事に張り合いが出る。彼等は最初からエミーリアを排除する積もりなど、全く無かったのである。

 この後、苦悩は学長と副学長に譲り渡された。


 ■■■


 エミーリアの成績が良い事は、侍女達にも ある程度は分かる。一緒に居住しているのだから当然である。

 しかし、まさか成績票の備考欄に『魔法科の授業単位・取得修了』と記されている程とは知らなかったので、何も気にしていなかった。

 成績は悪いより良い方が好ましいのは当然だからだ。


 侍女達は 学校側が、彼女の非常に優秀な成績に対処すべく暗躍しているとは、露ほども知らなかったのだ。


 エミーリアの場合は、それでも まだ時間が余ってしまう。


 彼女が次に見つけたのは、高等部に進学しない一般科生徒のために設けられた『専門職・初級修業教室』である。


 そこでは多くの職業に対し、職人に弟子入りする前に必要な 最低限の技術を習得させるため、引退した職人に依る授業(理論と実習)が行われていた。

 もちろんエミーリアは、ここにも潜り込んだ。


 ここでは第一次産業から第三次産業まで、全てが網羅されている。引退した該当職の専門家は とても有能で、この教室を修了した者は、そのまま仕事を始める事が出来る場合もある。

 冒険者は少し優遇される程度だが、他の第一次産業については、間違いなく これに該当する。


 第二次、第三次産業は、流石にそうはいかない。

 だが この教室を修了したという事は、『基礎が出来ている事の証明』との意味を持つのだ。

 本格的な修業に飛び込むには、最高の助走距離を貰える事になる。


 エミーリアはレニンとロミリから、自然から採取するという意味での第一次、それを加工するという意味での第二次産業については、とても詳しく教えを受け、良く知っている。

 それでも 実作業の中には、何等かの収穫があったようだ。


 だが 彼女が最も興味を示したのは第三次産業、商業や運輸業につてであった。

 ルビイから聞き、実際に商人と話しをした事はあるが、その詳しい内容については、その時は 詳細には知り得なかったので、知識としてのモノ以外 あまり興味が湧かなかった。

 しかし ここは違う。段階を踏んで、しっかり教えて貰えるのだ。

 かなりの時間を掛けて、エミーリアは それ等を習得していった。

 商人になる訳ではないが、その奥深さに知的好奇心が刺激されたようだ。


 運輸業についても多くを習った。しかし化石燃料の無い この世界では仕方がないのだが、彼女の興味を強く引く内容では無かった。

 だが 運輸が如何に大切かは、理解したようである。


 通信に付いては、この世界では まだ運輸産業に便乗している状態なので、この教室には存在していないし、金融やサービスは まだ発展途上であるため、同様に ここには存在しない。


 この教室も当然ながら、全てを修了したエミーリアであった。


 これ等の事を、侍女達は甘く考えていた。

 小さな子供が様々な事柄に興味を持つのは自然だし、その切っ掛けを作ったのは自分達である。


 エミーリアの成績は侍女達にではなく、直接 親権を持つソーン侯爵の元に送付される。しかし侯爵は暇ではない、それどころか多忙である。

 彼には 元より『幼年部は体力造りが目的』だとの認識があった。そのため エミーリアの成績票は、誰にも顧みられる事なく書類に埋もれてしまい、そのようになっている事さえ誰にも知られる事なく時は過ぎて行った。


 そろそろ、幼年部2年目の四半期しはんきに差し掛かろうとしていた。


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