第9話(9)エミーリア強化計画


 エミーリアは幼年部に2年間在籍する。


 その間に中等部・一般科、座学の単位は全て取得する。独学であるから編入試験が必要で、そのまま卒業出来るとは限らないが、かなり考慮される筈だ。

 これはリンデ達『専任侍女』4人で決めた。当座の目標だった。


 だが そこに、あの『決闘事件』が起こったのである。


 侍女達は気にしていないようだが『決闘』の後、この屋敷やエミーリア本人について探りを入れて来る者が増えている。

 見つけたら、見逃す事など あり得ない。一人残らず片付けているのだ。相手の事を調べる事すらしない。それが必要だとの認識が無いためである。

 来る者は容赦なく撃退するが、こちらは動かない。非常に傲慢に聞こえるが、これが正しい対処法なのである。

 貴族というのは面倒な存在で、当然 仕掛けた方が悪いのに、反撃であっても攻撃に晒されれば過敏に反応するのだ。


 「どう致しましょうか。このまま継続して体力強化だけを続けていて良いものでしょうか。

 もし誰かが、あの方に お怪我でもさせたなら、その お相手の命では済まされませんからね」

 ルビイの紫瞳がギラリと光り、剣呑な雰囲気が湧き上がる。


 リンデは背中に氷を貼り付けられたかのように、ゾクリとした。これは本気だ。


 「そうですね。でも先の『決闘』を知った上で、今更 挑んで来るような愚物ぐぶつは存在しないでしょう。

 ですが、現状のままでは 数を集められると不利ですわ」

 レニンは 彼女の敏捷さを知っている。それでも、相手が多数で攻めて来る可能性を示唆した。


 まるで戦場における評定である。


 「しかし、あの小さな お体では、過酷な訓練には耐えられませんわ。それより先に こちらの心が折れてしまいますわ。

 皆さまも ご同様かと存じ上げますが」

 ロミリの やけに丁寧な言葉遣いは、その苦悩を表すものであり、反論出来る者など ここにはいない。


 「貴女達も ご存知でしょうが、エミーリアは同年齢の者達と比べても非常に小柄です。

 そのせいかどうかは分かりませんが、彼女の筋力は……」

 「分かっています。筋力が少ないのは」

 護身術の取得を担当しているレニンが ルビイの言葉を先取りして、発言したした。非礼なのは分かっているが、この場合 先に伝えるべき事があるのだ。

 「ルビイ、ごめんね。だけど、これは大変な問題なんだ。

 エミーリアは筋力をあまり使わずに動いている。それが何に依るかは分からないが、筋力補助作用をする何かがある。体格が良くないのも それが原因かも知れない」


 「筋力補助作用ですか……」

 リンデにはピンと来なかったようだが、ルビイには心当たりがあった。

 「それは『守護者ガーディアン』かも知れませんね」

 「守護者?」

 他の侍女は誰も それに付いては知らなかったようだ。


 「普通は亡くなった肉親が事が多いのですか、残留思念として対象、この場合エミーリアにですが、取り憑く場合があります。

 それ自身に自我が残っているかどうかは場合により違いますが、リンデの言っていた『最初の出会い』の時、彼女が使った力も守護者によるモノだった可能性があります」


 「あれが守護者の力、ですか」

 呟くリンデだったが、ロミリは もっと実際的な問題を提議した。

 「じゃ、棒術の訓練は意味が無いのでは」

 「そんな事はありません。武術は基本が大事、型の習得には 逆に良いかも知れません。

 ですが筋力が少ないのは大きな問題です」

 ルビイがロミリをフォローする。


 「体力を使わずに筋力増強ね、それには柔軟体操ストレッチが効果的よ。体力を余り使わずにほぐすような要領ですれば、その筋力補助作用は働かないのではないですか」

 レニンが提案したのは、かなり長期間を要する対策だ。だが、この場合 それが最も効果的であるのも確かなのだ。

 「時間、は考える必要ないわね」


 リンデも それに気付いたが、根本的な対策としては最良ベストである事も分かる。

 「じゃ、その方法で基礎体力作りと、今まで通りの訓練を並行して行う事で良いかしら」

 「そうね。それが一番ね」「賛成」

 ルビイとロミリも同意し、この先の方針が確定した。


 多分 卒業までには無理だろうが、中・長期的に考えれば、エミーリアに取って 最も良い判断であろう。

 リンデは、彼女達を信頼して良かった、と再認識したのだった。


 「ところで、エミーリアの魔法は如何なのでしょうか」

 リンデが提案する。しかし、これは更なる混乱を巻き起こす火種であった。


 「あの方の魔法は、未だに その特性が判明出来ておりません。教育指針が立てられないのです」

 ルビイは悔し気に話すも、それには不思議を探求する研究者の心が垣間見えた。


 「その通りなんだ。初級魔法が使えるのは確認してるので、属性魔法については問題は無い筈なんだ。

 でも、以前 試験的に魔法を使った時、精霊が突然。通常では あり得ない事なんだよな」

 ロミリが その時の事を思い出して困惑している。


 「そうでしたわね。あれには私も驚きました。

 火を、初級魔法で出して頂いたのですが、それを拡張するよう申し上げますと、突然、火の精霊が介入して参りました。

 本当にビックリ致しましたわ」

 それにはルビイも参加していたようだ。


 「それは そんなに珍しい事なのですか」

 魔法に縁のないリンデが疑問を浮かべた。

 彼女にも生活魔法程度は使えるが、大きな区分としては『サイ』の特殊魔法しか使えない。


 生活魔法と初級魔法には大きな違いがある。

 生活魔法は最低限の魔法、点火(火種程度)と湧水(コップ1杯の水程度)の事を示す。

 生活魔法規模でも 地や風の魔法が使える者は、僅かだが存在する。威力も火や水の魔法と大差ないが、職業選択の幅が広がる、という利点がある。

 初級魔法は属性魔法の内、四大(地・水・風・火)の魔法が 一つ以上使える者を示す。威力は かなり個人差があるが、生活魔法の比ではない威力を持つ。初級魔法だからと言って甘く見ると、とんでもない事になる。

 初級魔法しか使えない魔術師も多くいるのだ。


 「えぇ。今まで聞いた事がありません。初級だとしても属性魔法と精霊魔法を、1人で使うなど前代未聞の事です」

 ルビイは、既存の魔法に付いては大きな経験値と膨大な知識を持っている。それは、その辺の一般的な魔術師などでは到底及びも付かない程である。

 その彼女が『前代未聞』と言い切るほどに稀有な事象なのだ。


 「取り敢えず、精霊には使彼女を守るよう、キツく指示しておいたので当分は問題ないかと思う」

 ロミリが 思いっ切り物騒な言葉を吐いたが、それを阻止する者はいない。


 「私はエミーリア専用の『棒』を創ろう。今の状態でも身を守れるモノは必要だからね。軽くレ頑丈な、加えて破壊力のある武器をね」

 レニンも中々物騒な事を言い出した。もちろん止める者などいない。


 その時、リンデには ふと気付いた事があった。魔法の素人だからこそ思い付いた事だ。

 「もしかして」

 リンデの言葉に全員が振り向いた。

 「エミーリアの魔法って、その『守護者』の魔法を使っている、という可能性は無いのかしら」

 「えっ」

 真っ先に声を上げたのはレミリである。


 「確かに、それなら説明が付くけれど……」

 ルビイも賛同する。確かに可能性はあるが、その場合は1つの 非常に難しい条件が必要になる。

 「複数の守護者がいる事になるわ」

 ――あの時は どうだったかしら。エミーリアの状態はどうだった。彼女自身が魔法を使ってたのかしら。

 もしかしたら……。


 ルビイは あの時のエミーリアが魔法を、試験的に発動した時の事を思い出そうとしていた。


 その時、時計が午後10時を告げた。


 「はっ!」と、ルビイは 現実に引き戻された。

 彼女のメモには『エミーリア→魔法→魔素→精霊、守護者(2以上)』と書かれている。


 覚えていないが何か、考えを纏めようとしていたに違いない。何となく残念に思いながらも それを二重線で消しておく。

 もう少しで核心に手が届くところだった。彼女にとって掴み掛けたモノは非常に名残惜しいものであった。


 この会議はエミーリアが眠っている間に、近侍侍女リンデの部屋で行われている。

 「では、今日は これまでです。

 それぞれが作成した議事メモを置いて、自室に戻って お睡眠やすみください。あとは、私が纏めておきますので」


 リンデの言葉に、皆が従う。


 当然だ。彼女等には明日も仕事がある。しっかりした睡眠は、とても大切なのである。


 しかしリンデには先程の会議、その内容を纏めて次の会議に使えるようにする仕事が残っている。

 時間ときを置くと、その場の雰囲気を忘れる可能性もあるので、早急に片付けるべきモノなのだ。


 彼女自身も、しっかりした議事メモを取っている。だが、他者の目による内容確認も とても大切なのだ。

 その際、リンデもルビイのメモにある 二重線で消してある項目に気付き、迷ったがが、本人が抹消した項目である。纏めには記入しなかった。


 その作業を終え、彼女が眠ったのは午前1時であった。



 それでもリンデは、誰よりも早く目を覚まし、皆が起きて来るまでに諸々の作業準備を終えている。


 これがあるからこそ、個性の強い非常に有能な仲間達が 彼女、リンデを信頼し、その指示に従うのである。


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