第8話(8)エミーリア、決闘する・2


 侯爵家子息は問答無用で斬り掛かって来た。


 刃を落としてあるとはいえ、金属製の武器である、当たれば痛いだけでは済まない。

 まぁ。当たれば、だが。


 エミーリアの侍女、レニンとロミリは、彼女に体術を主体メインに教えている。先ずは体力造り、との考えてである。

 当分の間 棒術は気分転換用とし、卒業までに ちゃんと出来ていれば良い、程度に考えていたのだ。

 だからエミーリアに出来るのは、かろうじての『縦振り』と、何とか僅かに攻撃力として使える『突き』くらいである。


 彼女の体重は、小柄ゆえに少ない。全力で棒を横に振ると、体を持って行かれる。つまり その程度なのだ。

 毎日練習しているが、『縦振り』でも フラついてしまう事がある。今回は危ないので、『突き』だけを使う事にしている。


 『武器を持っている相手は とても危険ですので、逃げる前に、徹底的に無力化しなければなりません』これはレニンの教えである。

 だからエミーリアは、体術で覚えた部位を棒を以って攻撃した。


 彼等の身長は全員165センチメートル前後である、対してエミーリアは90センチメートルにも足りない、その差は70センチメートル以上ある。


 この差は大きく、彼等は小さくて機敏な彼女を捉えられなかった。スルリ スルリとかわされてしまうのだ。

 そして、チクリ チクリとつつかれる。わずらわしいので剣を振り回すと躱される……。

 これの繰り返しだった。


 彼等は、まさか これが稚拙ながら戦術だとは、この逃げ回っているのが技能だとは、つついて来るのが攻撃だとは思ってもいなかった。


 エミーリアから受ける攻撃は、痛い。

 関節、筋肉の急所を突くからである。貧弱な筋力のおかげで大事には至らないが、地味に効いて来る。

 その程度に思っていた彼等は、自分達の動きが鈍って来ている事に気付かなかった。


 そして、1人が転倒した。

 その時 初めて、彼等はエミーリアの怖ろしさを思い知る事になった。


 転倒した少年は、急いで横に回避しようとした。

 その瞬間、彼は激痛に転げ回る事になった。4発、8発、12発。それで もう動けなくなった。足脚への集中攻撃である。あまりの苦痛に気絶する事も出来ない。

 1、2発目は 左右の向う脛に。3、4発目は 両膝の関節、5、6発目は太腿に、アキレス腱や 筋肉の付け根、足指の関節等を突き、スキを見つけると再び向う脛を突いた。エミーリアの棒は休む事を知らないように繰り出された。

 男子生徒は、当然 脚を庇うような動きをする。


 そうなれば、他の部位に攻撃すればよい。脇腹や腰、腹部や背骨、いくらでも狙う場所、スキが出来る。

 今 隙が出来て鳩尾に決まった。少年は体を丸めてうずくまった。


 他の2人も、それを黙って見ていた訳ではない。

 だが エミーリアは、彼等に対しても牽制を怠らない。


 この儘 迂闊に攻め掛かると、助けるどころか、下手をすると転倒した生徒の二の舞に成り兼ねない。


 それでも エミーリアは、頭部には決して攻撃をしない。

 それは 致命傷や回復不可能な傷を負わせる可能性があり、危険だからである。

 もし これが、突然 襲われたのであったら、間違いなく頭部を一番に狙う。しかしながら彼女の中に、今回の「決闘」は模擬戦だとの認識があるので、その部位への攻撃は避けているのだ。


 目的は、相手に武器を使わせないようにする事。そのタメに まず立てなくする必要があった。足脚への攻撃は そのためである。


 エミーリアは残りの2人も同様にする予定だ。

 それが間違いなく可能であろう事は、対戦相手の状態を見れば明らかだ。もう、彼等の足には力が入らなくなっているのだから。


 やっと目途が立った。ホッとして エミーリアが微笑んだ。


 侯爵の子息は その微笑みを嘲笑されたと受け取った。何とも自虐的な少年である。


 残りの、侯爵家子息に連れ出された男子生徒の1人は、手順は違うが先の生徒と同じ状態になっている。もう立てない。


 候爵の子息も同じ、とするには腹立たしい相手である。

 彼こそが元凶なのだから。しかし、元より彼女には、手加減や手抜きをする余裕など、全く無いのだ。

 何にしても中途半端はいけない、徹底的にやろうと決意するエミーリアであった。


 候爵家子息はスキをつかれ、足の甲に彼女の突きを受けた。

 これは痛い。

 普通は立っていられない。

 だが、悲惨な状態にある2人の事を思えば、転倒など以ての外である。何とか我慢した。


 エミーリアは容赦などしないし、そんな余裕もない。

 動きが停まった相手など、練習用の人形と同じだ。何も抵抗出来ない。2発、3発と突く。4発目で ついに転倒した。

 転がしてしまえば、後は もう、先例のようになるしかない。


 3人はボロボロになりながらも事すら出来なかった。しかし、ルールを知らないエミーリアは攻撃を止めない。


 自身の敗北を認めるには、それを相手に伝えなければならない。

 だが そんな事を知らない彼女は、大声で叫ぶ3人が うるさいので、喉を突いて声を出せなくしてしまっている。

 そのまま攻撃を続けるしか選択肢は無いのである。


 3人で良かった。

 これより多ければ、逃げ回るしか無かった。エミーリアには『突き』しか攻撃方法が無いのだから。

 彼女の1撃には威力がない。

 ゆえに彼等の状態を よく観察し、回復するまでに追加攻撃を加えるのだ。

 腰を落として じっくり監視しながら、休みなく攻撃を加える。


 ツン コツン、ツン コツン。とても地味な、攻撃とも言えないモノだ。

 エミーリアも飽きて来たが、相手が気絶しないため止められない。中途半端で止めると、その後 痛い目に合うのは自分である事を知っているからだ。


 しかし これは、やられる方は堪らない。間断なく攻撃されているのだから。


 試合が始まってから約1時間後、立会いの教師が来なければ その状態が延々と続いていたかも知れない。

 エミーリアの攻撃力では 相手を完全には無力化出来ないのだから。教師が止めなければ当然そうなる。


 上級生も含め、観戦者は全員 顔面蒼白になって身動き出来ずにいた。本来、彼等が止めていれば こんな事にはならなかったのだ。

 彼等にも それを放置した、という責任がある。


 医務室に収容された侯爵家子息と その仲間達は、たった2日で回復した。骨も筋肉も無事だったからだ。

 彼等が、全身 青アザだらけになったのは、ご愛嬌である。


 エミーリアの対戦相手が殆ど無傷だったという この事実は、彼女の筋力が、どれほど貧弱であったかを証明している。


 それで、この程度で済んだのである。


 ■■■


 後日談。

 これはエミーリアの知らない事である。


 あの候爵家子息は 父親に、エミーリアとの事について、自分に都合良く脚色アレンジして訴えた「エミーリアを罰してくれ」と。

 しかし 彼の父親は、その事件の内容を正確に知っていた。監視者の報告は明確に子息の嘘を暴いていたのだ。

 侯爵は彼を叱責した上で、ソーン候爵に対し正式な謝罪をした。


 「愚息が、自らが起こした愚挙を恥じる事もなく、年下である貴家エミーリア嬢に対し決闘を申し込んだ事。

 決闘においても、単独ではなく3人で挑み、この事実だけでも家名を穢す行いであるのに、惨敗を喫した事。

 これ等の事実だけでも十分 厳罰に値する行為であるのに、更に その事を恨みに思い、虚偽を以って父権を行使しようとした罪、廃嫡も考慮する必要を感じております。

 先ずは貴令嬢の父君に対し、深く謝罪の思いを述べる事を優先し、本日伺った次第であります」


 あまりにも武人然とした口上に、一瞬身を引いたソーン候爵であった。

 しかし対話を重ねる内に、思い掛けなくも話しは盛り上がった。

 この侯爵も 彼と同じ立場『北公国ノースデン大使館』の館長であったのも理由の一つだろう。


 その事が元となり、北公国で大きな発言力を持つ その侯爵と、ソーン侯爵は厚い友誼を結ぶ事になった。


 だが この友誼は同等のモノではない。

 ソーン侯爵が優位にあるのは歴然とした事実であり、彼と東公国は、思いもしない利益を得る事になったのである。


 加えて、ソーン侯爵は個人としても その候爵家に対する、大きな『貸し』を作れたのである。


 「エミーリア。……とんでもない子だな」

 これはソーン候爵だけでなく、関係者全員の思いであった。


 の侯爵家子息は40歳を過ぎても初等部すら修了出来なかった。

 大した魔力を持たない彼は、仮に初等部を終えても 中等部では一般科しか受けられない。

 とてもではないが卒業など不可能であった。


 あまりの悲惨な様子に、学校側が動いた。

 非常処置としての配慮により『入学不許可証』を作成し、学舎を去る事になった時、彼は48歳であった。


 彼が廃嫡になったのは25歳の時である。親戚から来た義理の弟が侯爵位を相続する事になったのだ。


 ■■■


 エミーリアの活躍は話題にはなったが、元より この学校では家格による差別はしていない。

 例え王、公、貴族であろうと、実力が認められなければ留年、降級、落第もあるのだ。


 その規則ルールを彼女の目の前で、学生自身が破った。

 エミーリアには それが許せなかったのだ。

 そう、ただ それだけの話しである。


 決闘の観戦者と その内容を聞いた者達は、エミーリアの、あの容赦ない戦闘(普通、あの程度の事は戦闘と呼ばない)に怯えた。


 そして、エミーリアに逆らう者は 初等部はおろか、中等部にも存在しなくなった。


 彼女が不本意ながら、幼年部と、席のない(単位は取得済み)初等部全生徒の最上位に君臨する事になってしまったのは、この経緯によるものである。


 中等部も同様であるが、こちらは それを表沙汰にするには、少しばかり問題があるようだ。


 当のエミーリアは、そのような事は何も知らない。


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