第7話(7)エミーリア、決闘する・1


 エミーリアが入学して半年が経った。


 彼女自身としては物凄く不本意ではあるが、幼年部と初等部における全生徒の最上位に君臨する事になった。性別も年齢も関係なくである。

 エミーリアに権力志向はない。むしろ それに忌避する気味がある。

 では なぜこんな事になったのか。


 学力でエミーリアに敵う者など、初等部どころか中等部にも存在しない。この時点で 彼女は、既に中等部・一般科の単位取得可能な学力を備えていた。

 体力は まだまだ不足気味ではあるが、毎日 侍女のレニンとロミリに鍛えて貰っている。


 武術についても、彼女は(孤児院にいた頃から)敏捷で、元々逃げ足は速い。

 そのため この時点であっても、エミーリアの『回避』の技能だけは、一流の武道家にも匹敵するモノがある。

 攻撃力は かなり……貧弱ではあるが、彼女の習っているのは護身術なので問題はない、筈だった。


 それは、教師は そのような事に全く頓着していないのだが、生徒間で無意識に認めている『差別』が原因であった。


 エミーリアが気付いたのは、世襲による家格の差別だ。

 国策で決められた身分によるものである。王、公、貴族、貴族内での爵位差、そして貴族と平民との差別だ。


 家格の上位の者が、下位の者を使役していたのである。それを彼女が、実力で叩き潰した。ただそれだけの事だ。

 5度や10度ではない。だが その中で公になったのは、この事件だけである。


 「何をやってるの あなた達、見ていて気分が悪いのだけれど」

 言葉は この程度であったが、行動としては 軸足の、膝の裏を突いて転ばせ、手首を掴み捻り上げていた。

 彼女にとっては馴れたモノだ。この場合、体力より場数とういのが大きな要因ファクタを占めているようだ。


 エミーリアはレニンに、関節技を みっちり教えて貰っている。それは攻撃のためではなく防御、逃避の一助としてである。

 だから本来、この使い方は正しくない。彼女は こいう応用力も優れている。


 ここは初等部第5学年の1室である。エミーリアは偶然 通り掛かっただけで、本来は関係ない。


 彼女は その手を離して、北公国ノースデンの候爵家子息に 危うく蹴られそうになっていた、南公国サウランから来た 多分低位貴族であろう女子に声を掛けた。


 「貴女も、こんなバカの言いなりになるんじゃないの。

 家格がどうであろうと、このバカ本人の能力モノじゃないのよ。成績は貴女の方が上じゃない」


 「な、何を……!」


 成績、ではなく その生徒の学年が、タイの 色の組合せで区別されている。彼女は初等部第5学年、候爵家子息は第3学年である。


 外見から察する候爵家子息の年齢は、15から17歳。

 この年齢で この学年、普通に勉強していればあり得ない。

 余程のバカか、サボりである。

 エミーリアはバカと決め付けているようだが。


 「バカは黙りなさい! 私は この子と話しているの」


 頭に血が上った候爵家子息は、今度はエミーリアに殴り掛かった。年上とはいえ、たかが子供の打撃である。

 彼女は身を躱すと同時に 彼の軸足を軽く打って床に打ち倒した。

 顔面を直撃しなかったのは 彼が武道を習っていて、咄嗟に受け身が取れたからだ。だが そんな事は、次の言葉で帳消しになった。


 「貴方はバカなだけじゃなくて、年下で無防備な女子に殴り掛かるような卑怯者だったのね。

 私に近寄らないで。けがらわしい」


 「くそっ、お前は。東の『色付き』貴族か」

 完全な差別用語である。

 「あら。あなたは どちらの『白ブタ』貴族かしら?」

 エミーリアも負けてはいない。


 「し、白ブタ……だと。北公国ノースデンの侯爵家だ!」

 「北の『白ブタ』さんでしたか」


 「侯爵家を愚弄するか。タダでは済まさないぞ」

 「愚弄とは心外な お言葉ですわね。侯爵家様には何の関係も御座いませんわ。貴方本人の問題でしょうに。

 それに、家格は同じですわよね。ですが価値は、……貴方を見る限りでは、大分 違いそうだけれど。

 で、タダでは済まさないとは どう言う意味なのかしら。

 ふふっ、親にでも泣き付く積もりかしら」


 口で女子に勝てる男子は存在しない。それにしてもエミーリアの毒舌は、実に堂に入っている。


 「……」

 「あらら、図星でしたか。子供の喧嘩に口出しするほど情けない方なのかしら、北の侯爵様は。

 それにしても貴方、1度は中等部に在籍していらしたようですけれど、それだと卒業など無理ではなくて」


 「何だと……」

 「あら、そんな事も ご存じ無いのかしら。

 この学校、ちゃんと学業を修めないと卒業出来ない教育制度なのですのよ。もちろん退学も出来ないわ」


 事実である。この学校は「入るに易く、出るに難い」を地で行くシステムを採用している。

 彼の場合、1度は中等部に在籍した記録がある以上、初等部修了だけでは卒業出来ないのだ。必ず、最低でも中等部の学力を修めなければならない、という事なのだ。


 「……嘘だろ」

 「呆れた方ですわね。校則も読んでいらっしゃらないのですか。

 貴方は入るべき学校を間違えたようですね。

 この学校は、学業を修めるためにあるのであって、貴族様を遊ばせる場所では ご座いませんのよ。ブタは ブタのための学校に通うべきでしたわね」


 「ぐぅ……!」

 腹は立つが言い返せない。いや、言い返すと それ以上の反撃が来そうで危ない。その程度の頭脳あたまはあるようだ。


 周囲にいた生徒は、当初 呆然としていた。

 だが徐々に、皆の視線は候爵家子息に対する非難に変わり、暫くすると それに軽蔑が含まれていった。


 彼等は、彼が中等部から落第して来た。という事実を、エミーリアの言葉で思い出したのである。


 ■■■


 野次馬の中に混ざり、真剣な表情で成り行きを観察している者が2人いる。話題の北公国侯爵家から派遣された監視役だ。当初、彼の子息が中等部から落第するまでとは異なる人物達である。

 交代した理由は単純で、誤った情報を侯爵家当主に報告したのだ。辞職と周知されたが、その者が生きている可能性は無い。


 今の監視役は、当然それを知っている。子息の行為と言動、そして対応力の評価などを逐一記録している。

 彼等は 子息が、南公国の令嬢に対し行った蛮行も知っている。当然だが評価は悪くなる。


 「あれはダメだな。廃嫡決定だろう」1人が呟くように話した。

 もう1人が、同意を示すと共に新たな情報を開示する。

 「お前は知っているか。子息の家庭教師が免職後 行方不明になった。何でも、入学試験だけを目標にした偏狭な知識を与えた責任を問われたらしい。もう生きてはいないだろう」


 「そうか、侯爵は厳格な方だ。子息でも容赦はなさるまい」

 「あの令嬢は、まだ8歳なんだぞ。そんな少女に言い負かされるとは情けない」


 「あの令嬢を調べるのは止した方が良い。他家の監視者が消えたという話しを聞いた。彼女の侍女が、恐ろしく腕が立つそうだ」

 「……そうか、分かった」


 ■■■


 北公国侯爵の子息は それでも懲りず、その場でエミーリアに決闘を宣言して、その場の、非難の籠った視線から逃げ去った。


 監視者達が その後を追う。


 エミーリアは首を傾げた。「けっとう?」押し付けられた紙には、場所と時刻しか記されていなかった。


 「決闘って、何をするの」

 「模擬剣とかの武器を使った、練習試合……だったと思う」


 「でも、私は剣なんて使えないわよ。棒でも良いのかな」

 「多分、良いんじゃないかしら」


 等々、武器を使った試合だという事さえ その南公国貴族の少女に教えて貰って始めて知ったのだ。


 そんな彼女が、細かいルールなど知っている筈がない。


 決闘は、どのような形であれ勝った者が正義である。

 侯爵家子息は 同国ノースデンの、中等部に在籍している生徒で、下位貴族の2人を連れて闘技場に行った。

 彼に連れられた2人にとっては、とんだ巻き添え、迷惑以外の何者でもない。


 この試合後、この2人は侯爵子息の命令を完全に無視するようになったそうだ。

 普通の場合、そんな事は出来ない。しかし、子息の看視者からの忠告により決断したのだ。


 立会いの教師は まだ来ていない。


 子息の狙いは、エミーリアを徹底的にいため付けるの事である。途中で止められないように1時間ずらして時間を連絡していたのだ。

 これも後に問題になった事柄である。証拠を残しての愚行は恥でしかない。


 自分が負ける事を全く想定していない、これは愚者の行為だ。


 侯爵の子息と巻き込まれた2人は、この学校に入学する前から剣術を習っていた。ある程度の剣技を習得している彼等が そう思うのも当然かも知れない。しかも相手は年下、そして少女なのだ。負ける事など頭の片隅にも存在していなかった。


 だが彼等は知らない。エミーリアの習っている護身術が、どれほどエゲツないものであるかを。


 彼等は、それを身を以って知る事になるのである。


 はっきり言うと、エミーリアは剣など持った事すらない。ロミリに習っているのは棒術で、しかも まだ基本しか知らない。

 彼女が闘技場に持って行った武器は、毎日 訓練で使っている棒であった。

 他の武器を知らないので、当然といえば当然である。


 エミーリアが訓練用の服に着替えて闘技所に到着した時には、観客席は満員であった。対戦相手も もう到着していた。


 彼女は ちゃんと、指定された時刻より前に来たのだが、相手は そう思っていないようだ。


 「遅い!」

 「まだ指定時刻にはなっていませんが」


 彼には その言葉が反抗的に聞こえた。


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