第6話(6)汎国家総合教育学校・南大陸第1本校管理・東島分校


 ソーン侯爵がエミーリアを養女にした事と、幼年部からの入寮には もちろん関連がある。また専任侍女に拘ったのも少しばかり関係がある。


 専任侍女は主人に対しより良いモノを求める。

 彼女に適した栄養(食事)と、適切な運動を与えるための手段、といえば聞こえが悪いが、そういうことだ。

 つまり、エミーリアが あまりにも華奢で小柄なので、幼年部において体力を含む心身の基礎を造っておく必要性を感じた、という訳である。


 「先ずは、幼年部において体力を付けさせたい。2年間もあれば、少しはマシになるだろう。

 学業は エミーリアが望むなら進める、という程度で構わない。その辺りは、学校との調整も含めて一任する」

 「畏まりました。体力を付ける事を主目的とし、学業は都度 学校側と調整する事と致します」


 貴族寮の南端にあるエミーリアが入った邸の居住権は(実際は関係なく入れた)、年頭の最初に入寮する者が持つ事になっていた。

 部屋の造り そのものは他と一緒なのだが、南端にあるため日当たりが良く、更に広く土地を使う事が出来るからだ。

 運動する場所や、快適な居住環境を得るためには 最適だと言える。


 何度も来ているが ここの環境はとても良い。リンデは周囲の見渡し満足気に微笑み、決意を口にした。

 「さあ、これからが本番。エミーリアの未来は必ず良いモノにして見せるわ」


 この学校には入学式が無い。1年に4度ある単位取得試験と合わせているため、入学の機会も同数ある。

 それは入学だけでなく、飛び級(降級)や卒業(落第)も同じで、1月、4月、7月、10月にある。結果も個人的に通達されるので 式典のようなモノはない。


 エミーリアの場合だと、入寮して7日後から授業が始まる。もう必要な手続きや、教科書の配布などは済んでいる。


 本来、幼年部には教科書は無い。


 エミーリアの場合、既に初等部の単位程度は取得可能である。その事は学校も周知で、ここ 幼年部に在籍しているのは、体力造りが主目的なのである。


 ソーン侯爵には「勉学は二の次」という内容を納得したかのように振舞ったリンデだったが、彼女は エミーリアを、早急に この学校から卒業させる積りだ。

 実際 個有爵、伯爵位を持つルビイの見立てだと、中等部卒業どころか 一部だが、高等部・一般科に匹敵する知識すら持っているそうである。


 エミーリアの この学力は、もちろん侯爵家における6箇月の勉強もあるが、それ以前に孤児院で教わった事が大きいようだ。

 好奇心の塊のような彼女は、何でも知りたがり それを自分のモノにしていたのだ。


 リンデは、侯爵の意向(最高学府まで通わせる)をルビイにも伝え、座学に関する事は、全て彼女に任せる事にした。


 リンデのはかりごとを学校側は全て承知している。

 正式に彼女から その意思を聞いており、実際にエミーリアの学力も確かめている。

 教科書は中等部用のものが公式に配布されているし、授業(座学)は、中等部で受けても良い事になっている。


 「栄養など食事については、二人に お任せるわ」


 リンデの言葉通り、侍女レニンとロミリは口に入れる物、飲食物の調理、味と栄養管理に抜群の感性センスを持っている。

 それは単に食べ物の味や栄養の管理、などの食育だけでなく、エミーリアの体育にも気を配ったものである。


 「任せてください。エミーリアは小柄ですが、とても敏捷です。それを伸ばす形で鍛えましょう」

 「そうだな。彼女の特性は素早さにある。それを伸ばすのは当然だが、積極的に運動させるのも良いかも知れんな」


 レニンとロミリはこれからの方針を、既に決めていたようだ。ロミリの口調が砕けいるのはリラックスしている証でもある。


 レニンは素手による格闘術を心得ており、エミーリアには最低でも護身術を極めさせる。と、やる気満々である。

 彼女は 錬成・錬金術、鍛冶・付与術にも、並々ならぬ才能も持っている。それ等に必要な魔法も当然ながら使える。


 ロミリは武器を使った戦闘に長けている。エミーリアには、先ず体力造りが大切なので、棒術の基本から教える積りである。

 彼女は魔法にも大きな才能を持っており、属性魔法と精霊魔法を得意としている。


 エミーリアの学業を任されているルビイは、ロミリとはタイプの違う魔法(属性魔法と特殊魔法)の才能と、魔法全般に対する総合的な知識を持っている。

 彼女の個有爵は、前述のように伯爵位であるが、実力は侯爵位、あるいは東域全土でも数人しか存在しない、公爵位に匹敵する能力を持っている。

 加えて審美眼に優れ、鑑定士としての才能も大きい上に、服飾関係などにも造詣が深い。

 エミーリアの衣料と装身具については、全て彼女に選択、製作が任されている。

 そしてエミーリアは彼女と接する事により、知力は元より、非常に高度な審美眼と美的感覚を養う事が出来るのである。


 3人は、それぞれ単に侍女として一流であるだけでなく、得意分野においては専門家顔負けの、抜きん出た才能を有しているのだ。


 現代は昔ほどではないが、それなり面倒な慣習がある。

 エミーリアには勉学に集中して貰いたいので、リンデは ルビイという専門家を付けて、些細な事に煩わされる事がないよう図ったのである。


 リンデは それ等の計画とまとめ、その他 細々した雑用をこなしている。実は これが物事を円滑に進行させるのに1番面倒で、1番大切な仕事なのである。


 彼女等の様子を見て、リンデは胸を撫でおろした。今のところは順調である。

 未来を変える下準備は 彼女が思い付く全てを終えた。

 「先ずは 一安心。この分校から離れるまでは 問題なく過ごせそうね」


 だが、それは少しばかり甘い。最たる不確定要素はエミーリア本人なのである。彼女が動けば 何が起こるか分からない。


 ■■■


 精神と肉体は互いに影響しあって不可分である。それぞれが単独で成長する事はない。

 エミーリアの侍女達は その事を十分に承知しており、彼女に負担が掛からないよう生活指導した。


 リンデはエミーリアの耳元でにささやく。

 「お好きなように振舞っても、何も問題などありませんよ」


 子供は心の振幅しんぷくが大きい。

 それはエミーリアも同様である。

 いや、普通の子供より大きいかも知れない。年齢不相応な器量を持ちながらも、幼い少女の心身に引っ張られているのだ。


 子供は 時に無慈悲で残酷だ。それは、大人の世界を誇張して投影しているからである、という説がある。

 彼等は予想外に、大人をしっかり見ているのだ。


 エミーリアの同級生達は皆、彼女より年上である。

 そして余程でない限り(エミーリアは これに該当)、ほぼ百パーセントが平民である。彼等は通常、10歳前後で幼年部に入学する。


 幼年部が平民ばかりなのは この世界、東域にいる人権を持つ者には『被・教育義務』があり、本来の目的である『初等部」で授業を受けるには、ある程度の予備知識がないと無駄になるからである。

 エミーリアが半年間教育を受けたのがそれに当たり、本来ならば最低限の常識を身に付けるため、だけであった。


 それが普通である。

 8歳で一人前、いや それ以上の知識と判断力を持っている彼女の方が異常だろう。


 この学校では 特別な事情がない限り、貴族の子女は幼年部に在籍する事はない。

 彼等は、人間としての常識、貴族としての常識、各家の常識を家庭教師から学ぶのである。


 貴族の子女は ほぼ90パーセントが初等部第5学年から、残り10パーセントは中等部から入学する。

 その年齢は12から16歳が一般的であり、エミーリアは色々な意味で特別待遇なのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る