第13話(+2)東公国・ソーン侯爵邸


 馬車に乗って、ではなく レニンの造った自動人形オートマトンに搭乗して、エミーリアと黒猫、そして侍女達が東公国イーステンに向ったのは ソーン侯爵が先行して出発した4日後であった。


 何せ 約8箇月分。そして成人女性4名と侯爵令嬢の荷物である、半端な量ではなかった。

 エミーリア本人の荷物は大した量ではないのだが、侍女達が彼女のためにと用意した物が、彼女等自身の荷物より遥かに多かったのだ。


 リンデの「これ以上 遅くなっては問題になります」の言葉で、レニンが(エミーリアが通う第1本校のある)南大陸に上陸後の移動手段として開発してあった自動人形を持ち出して来たのである。


 自動人形内の各倉庫には、個々に空間拡張の魔法刻印が施されており、非常に大きな積載能力を持っている。


 侍女達は 急場の対策として、必要だと思われる荷物の全てを 取り敢えず その倉庫に纏めて放り込んで出発する事にした。


 「うわぁ、広いわね。荷物は何処に入れたら良いのかな」

 拡張魔法は倉庫を入れる場所のも施されている。非常に高度な多重魔法なのだが、それを知る者は僅かしかいない。この場では 顔色を変えて呆然としているルビイくらいだ。

 本人も気にする様子がないから 余計に分かり難いのだが。


 「そっちの右端、そう そこに放り込んでおくと良いよ。広さは十分ある」

 「十分って」

 「あぁ、この大使館と比べて……、そうだな 全床面積の20倍はあるだろうよ」

 「……これ、何に使うつもろだったの」

 「屋敷の代わり」

 「……」


 荷物は移動中に整理し、不要だと分かかれば 随時処分すれば良い程度に考えていたのだが、この自動人形の運搬能力は優秀だったようだ。

 目的地であるソーン侯爵邸には 侯爵に遅れる事、約4時間で到着してしまった。良い意味の予想外、荷物を処分する余裕などは 全く取れなかった。


 「東公国は治安が良いし、道路も舗装してあるから車輪で走れたのが理由だろうね。昼夜兼行の上、最高速度の時速60から80キロメートルで走破したようです」

 レニンの思いとしては、この運用自体 試運転も兼ねていたので、到着予定は3日後くらいとしていた。

 何のトラブルもなく走行出来れば僥倖、程度の考えであった。


 道路が舗装されていると言っても、アスファルトが存在しない この世界では、車道においては 岩を道路に敷き詰め、岩と岩の間を大小様々な石で隙間を埋める形式を取っている。これは非常に頑丈で、補修工事など滅多に必要としない。たまたま気温の高低が激しい日々が続くと岩が割れる事もあるが、それは隙間を埋めるのと同じ要領で簡単に補修出来る。

 ただ、この道は歩くには辛い。硬い上に熱が直に、暑くても寒くてもモロに伝わるからだ。

 だから このような舗装道路には歩道が設備されている。車道を横断するのも困難ではない。

 馬車などが通ると大きな音がするし、御者は目の良い者しか採用されないので まず事故が起こる事は無い。自動人形の場合は、魔法具なので更に安全である。


 通常 馬車で5日掛かる距離を1日半足らずで走り抜いた事になるのだが、それでは計算が合わない。

 ルビイが それを指摘すると、レニンには既知の事であり、原因も推測していた。


 「エミーリアだろうね。最近 彼女の周りが騒がしくなってるようだけど、その関係だろうね」

 「あの妖精には そんな事、多分出来ないわよ」


 「いや、妖精じゃなくて精霊、地と風の気配を感じたわ」

 レニンの言葉にロミリが口添えする。

 「確かにそうね。間違いなく精霊の力が関わってるだろうけど、何でエミーリアに関係があるの」


 彼女は忘れているようだ『決闘事件』の後、自身が精霊に『エミーリアを何としても守れ』と命令した事を。

 そしてルビイでさえ、精霊が それ以上の事を遣り兼ねない状況にある事を忘れていた。


 「あの『決闘』の時に精霊に命令した事を忘れたの」

 それ等の事についてはリンデが覚えていたようだ。

 「忘れちゃってたの」

 当然だが レニンも覚えていた。

 「そういや……、でも 私は『守れ』と言っただけだよ」


 「そうなんだ。じゃ、魔法を試した時に暴走した精霊は別物だったのね」

 この何気なくリンデが呟いた言葉は衝撃だった。

 「それだよ、それ」「えっ」「ま、まさか」


 精霊は命令が無くても勝手に動く。実際に動いた事があるし、今回も きっとそうだ。

 エミーリアが望むなら、いや、精霊自身が 彼女の役に立つならばと判断しただけで動く。

 それが人間と同じ価値観による判断基準とは限らない、ではなく完全に違う事は それこそ実証されているのだ。。

 精霊は自らの基準で判断し、実行する。

 しかし これは、大問題である。


 そこに思考が至った時、ルビイは顔色を変えて そっとエミーリアの使い魔を見た。


 「分かっています。エミーリアに危害が及ぶ可能性は、徹底的に潰します」

 ルビイは「排除じゃないんだ」と、変なところに感心した。


 『黒ちゃん、2千のスライムを使って 周囲に敵がいないか確認、いれば問答無用で始末してちょうだい。制御コントロールは一任するわね』

 ――了解。でも、黒ちゃんは止して。


 いや いや、そんなの精霊と大差ない判断基準ではないか。と言っても 黒猫は聞く耳を持たないだろうが。


 結果は 直接エミーリアを狙った者はいなかっのたが、ソーン侯爵を監視していた者達が とばっちりを食って抹殺された。

 何とも、運の悪い者達であった。


 ■■■


 エミーリアは リンデに、自身でソーン侯爵に到着した事を報告するよう促され、侯爵家邸内いる義父の家族と対面していた。

 彼女は屋外での騒ぎなど全く気付かなかったのだ。

 まぁ、あまり見聞きさせたくない事柄なので、隠すために、厄介払いされたという可能性も大いにあるのだが。

 

 流石は貴族、それも侯爵家の本宅、広い玄関エントランスホールだ。そこに4人、その右側に設置してあるソファからも2人がエミーリアに近付いて来る。

 彼女はは 目上の者に対する礼を取り、口上を述べた。


 「初めましてソーン侯爵家の皆様方。エミーリアで御座います」

 そして、正面の4人に、続けて右側の2人に向って略式礼をする。これが最も正しい礼法なのだ。

 ついどちらにも正式礼をしてしまいそうだが、それは誤りである。正式礼は1度で良いのだ。


 「ほう」右側から来た禿頭とくとうの男性が 感心したような声を上げた。

 ――全く迷いのない正確な礼法。本物の貴族を見つけた、と言っておったが 中々どうして、あ奴も目が肥えて来たようだ。


 「もっと遅くなると思っていたが、意外に速く着いたな。

 家族を紹介しよう、妻のリーサメイ。君の義母となった者だ、甘えても良いぞ。(どちらも パッと頬を染めた。)

 嗣子のタルケシイと 娘のスミラーレだ。この2人は君の義兄と義姉になる。色々な場所に一緒に行って、楽しく過ごすと良い。

 あっちの禿げ頭はセキロウンだ、君にとっては義祖父、隣が義祖母のメーレイン。

 そして 義父の私はユジセン、名は知らなかっただろう」


 紹介される度に軽く目礼し、顔と名前を記憶していく。これも正しい礼法だ。

 「凄いな、9歳だろ。全く迷い無しに正しく対応している」

 自身の同じ頃の年齢時期と比較して感心したのか、タルケイジが妹に囁きかけた。

 「本当に凄い。それに とても可愛いわ」

 スミラーレは兄の言葉など聞こえていないのか、ひたすら目を輝かせている。


 義父ユジセンは家族の紹介を済ませた後、チラリと時刻を確認した。午後3時少し前である。

 「スミラ。エミーリアを彼女の部屋に案内してくれ。その後は休憩しても良いし、邸内を案内しても構わない。その辺りは任せる」

 「はい。お任せください」

 「じゃ、俺も付いて行って良いかな」


 「タルクが? ……まぁ、構わないが」


 如何にも不思議そうな顔をした侯爵だが、特に反対する理由もないので了承した。


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