第4話(4)専任侍女リンデ
リンデは エミーリアとの対面に、非常に緊張していたようだ。身体中の筋肉がガチガチになっている事を自覚した。
彼女は侯爵との面接時、初対面の時でさえ これ程ではなかった事を思い出した。
エミーリア対面を終えて、自室に戻ると ホッと気が抜けた。
リンデは、エミーリアとの初対面の衝撃が あまりに強くて、その後の対話については朧気にしか覚えていない。
殆ど記憶にないのだが、ただ最初の挨拶と、あとは耳に心地好い、可愛らしい声だった事だけを覚えている。
予知の記憶は失われていても、リンデの 心の奥底に残っていた『思い』に依るものなのかも知れない。
真面目で冷静沈着だと評価され、大抵の事には動揺しないと、自身でも そう思って来た。「情けない」との思いと、何となく嬉しく、こそばゆいような思いが同居している。
エミーリアは僅か8歳にして、たった3箇月の勉強で、既に貴族としての品格を身に付けていた。
「あの子は、凄い」
リンデの この呟きが、彼女の思い、その全てを表している。理屈ではないのだ、ただ心が純粋にそれを求めている。
彼女は一瞬で、エミーリアに魅了され、
自縄自縛、自ら己の行動を制限してしまうのは愚かな事だ。そんな事は十分知っている。だが しかし、もう遅い。彼女に会ってしまったのだから。
この時点で、いや エミーリアと対面した時点で、『専任侍女の件』に対するリンデの返事は決まっていた。もちろん『諾』と。
ちなみに、エミーリアには『魅了』の能力はない。これはリンデが感じた心情の表われである。
ソーン候爵は、想定してはいたものの、小身ながらも貴族令嬢であったリンデが、平民(本当は貧民。家の者には そう伝えていたし、施設の場所も配慮してある)であるエミーリアの専任侍女になる事を、たった1度の出会いで決めてしまうとまでは思わなかった。
「専任侍女の件、受けてくれるのだな。本当に良かった、内心では不安があったんだ。なにしろ君は元貴族だからね」
「はい。しかし それは過去の事でございます。今はただの侍女に過ぎません」
ソーン侯爵は、彼女の心の葛藤を知っていたが、それを口にするような事はしない。
「そうか……。それで、君に1つ頼みがあるのだ。
君の眼で見て、エミーリアの教育に必要とされる能力を持つ侍女を、あと3、4人選んで貰いたい。
異例だが、学校には エミーリアは幼年部から入学させる。そして出来れば、最高学府まで進ませたいと思っている。そのための補助を頼める力量を持つ人材だ。何とか探してほしい。
そして、その者達にも、無理強いはしないが『専任侍女』を頼みたいと思っている。可能だろうか」
「もちろん可能でございます。お任せください」
即答である。
そう 彼女の中では、『専任侍女』候補は既に決まっているのだ。一瞬の迷いもなく返事をした。
「では 入学し、入寮するまで残り3箇月程だ。
人選と準備を、リンデ 君に一任する。今 現在、君の持っている他の仕事は、こちらで別の者を用意する」
「畏まりました。宜しく お願い致します」
エミーリアに複数の侍女を付ける事は、彼女の価値を向上させるためには必須であると侯爵は認識している。
当然ながら近侍を務める人材は重要である。
候補には迷わなかった。彼の『眼』で見て、能力的にも 年齢的にもリンデが最適である事は確実だった。
他の選択は思い付かない。
だが、それが必ずしも『専任』である必要はなかったのだ。それを望んだのは、単に彼の自己満足である。
ソーン候爵には リンデが『専任侍女』を断る可能性も、僅かながら念頭にあった。別の方法や、もっと年配の人物の検討もしていたのである。
彼は、エミーリアが強大な魔力の持ち主である事とは別に、怖ろしく明晰な頭脳の持ち主である事に、教育を始めて2週間で気付いた。
それは、「1を聞いて10を知る」どころではない。まるで「知っている
この考えは ある意味では正しい。孤児院で教わった内容が大きく作用しているのだ。
系統立てて習った訳ではない。
ただ好奇心に任せて聞き取っただけの知識に過ぎないのだが、それが基盤にあるのは間違いないようだ。
加えて、エミーリアは 一般的に考えて、貴族の子息や令嬢が10年以上掛けて身に付ける『貴族の心構え』を、たった2週間の教育で 既に身に付け始めていたのである。
現時点(エミーリアとリンデが初めて会った時点)では、貴族としての気品どころか、威厳さえも
これは単に頭が良い、で済ませられる限度を遥かに超えているものだ。異常だと言って良い。
まぁ、それは静かに座っていれば、の話しであるが。彼女は好奇心旺盛な、年相応の お転婆でもあった。
エミーリアが侯爵邸に来て、1週間も経つと、邸の雰囲気が変わってしまった事から、その影響力の大きさが伺い知れる。
侯爵は リンデが、エミーリアに魅せられた現場を
■■■
それ等の手続きを全て終えて、つい思ってしまう。
――貴族か……。それが彼女にとって、枷にならなければ良いのだが。
ソーン候爵は、エミーリアがどこまで成長するか。どこまで本物の貴族になれるか。あるいは それを凌駕する存在になるのかを確かめたくなったのだ。
彼女が望んでもいないコトを与えたのも そのためだ。
彼もまた、彼女に魅せられていたのかも知れない。
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