超兵器R1
北川エイジ
①
コンビニのバイトの帰り道、自宅アパートの手前で声がしたので神崎啓介は足を止めた。小さな声で《助けてくれ》と聴こえた。
しかしそれは頭の中に響く声。意味がわからず彼は怖くなった。時刻は十時を回っており辺りは暗く、後ろを振り返ってみても人影はない。
《声が聞こえる人は答えてくれ……、助けてくれ……》
思いきって答えてみる。
「誰だ?」
返答があった。
《ああ、やっと届いたか……、近くのジンジャという場所にいる……、できれば水を持ってきてほしい》
場所はわかる。二キロくらい先の低い山の中腹にある神社のことだろう。
「誰だかわからないのに行くわけないだろ」
《重大な話がある……君の人生にも関わることだ》
「今言ってくれ」
《何もしなければ君はもうじき殺される。今しかない……私が息のあるうちにな》
「何? 死にそうなのか?」
《水が……水がほしい、私は……》
声が途切れた。啓介はしばし考えてみて、ともかく行ってみることにした。恐怖よりも興味と気にかかって仕方がない心の引っかかりがあったからだ。いったん二階の自宅に帰って冷蔵庫からエビアンのペットボトルを取り出し非常用の懐中電灯をジャケットの内ポケットに入れ自転車で神社に向かった。
──何だってんだ? 俺殺されるの? 誰に?
階段を昇りきって鳥居を抜け、懐中電灯の灯りを頼りに境内を進んでゆくと、啓介は地面に液体の跡を見つけた。それは神社のお社まで点々とつづき、彼はおそるおそる辿っていく。お社の引き戸は半開きになっており、意を決して中に入ると彼は初めて目にする生き物を前に体を硬直させた。
短く例えるなら毛のない猿である。体長は五○センチくらいだろうか、タイトな灰色のスーツに身を包み、しかし腹部は血糊でべったりと覆われ、その生き物は息も絶え絶えだった。それでも苦しげに声を発した。
「来たか……、あまり驚かんのだな……」
「……まあ超常現象は昔からよく見る体質でね。見えてはいかんものを沢山見てきた。あんたはわりと普通だ」
「この星はラッキーだったな」
──星? この生き物は異星人ってことか?
「水を持ってきたんだけど」
「くれ」
フタを開け、ボトルの先をそっと小さな口元に添えて飲ませる。
「いいのか? 血が薄まると思うんだが」
「どのみち死ぬ……」
ならば訊くしかない。
「重大な話とは?」
「この星は狙われている。私の母国にな。説明は後で聞け」
生き物は鈍い銀色の金属……細身のブレスレットを啓介に差し出した。
「私のすべてだ」
「すべて?」
ブレスレットを試しに左手首に近づけてみるとそれは意志を持つように開き、手首の肌に吸いついてきた。啓介が離そうとすると今度はゆるみ、戻すとまた吸いついてくる。まるで生きているようである。そんな様子を床から見上げながら、生き物は言った。
「君がこの星を救うんだ」
「どういうこと?」
瀕死の彼ははっとした様子を見せ警告を発した。
「く……、ここを去れ、危ない」
啓介も近づいてくる危険な気配に気づいた。
──なんで俺わかるんだ?
二体来るのがわかる。急いで彼はお社を出て灌木の群れの中に身を隠した。
暗闇でも暗視ゴーグルが働いているように視界がモノクロで明瞭に広がり、二体の影……先ほどの生き物の同族であろう姿……が境内に上がってくる。彼らも地面の血に気づきお社へ向かい、ほどなくして奥から閃光が瞬き、動きがなくなり、しばらくすると二体の影がお社から出てくる。彼らはそれからお社の周囲を何かを探すようにして見て回り、三分ほど探索をつづけると諦めた様子を見せて境内を去っていく。
二体が遠ざかるのもわかる。危険の匂いは薄れ、啓介はほっとした。同時に潜んでいた灌木から急いで飛び出しお社に上がり、瀕死の生き物の姿を探した。……やはり忽然と彼の体は消えていた。始末されたのだ。血の跡のみが床に残り、肉体は影もない。
と、彼は頭上に不穏なものを感じた。外に出て夜空を見る。見た目に異変はないものの、空には危機の気配が漂っていた。何かいる。目に見えぬ何かが。
いま自分が得ている危機センサーのような能力はブレスレットの効能に違いない。この鋭敏な感覚は彼らの科学技術によるもの。
──ということは俺が見つからなかったのも……
近い距離から事務的な声が聞こえた。
「そうです。私が暗幕を張っていました」
左手首のブレスレットからだった。
「人格があるのか?」
「この世界で言う所謂アーティフィシャルインテリジェンス、AIです。私の名はシグナス。この兵器の名称はR1。当マシンは現在あなたの全神経と直結しており、一心同体の状態です。……メッセージがありますのでお聞き下さい」
「誰の?」
「アルフレッド。私をあなたに託した者の名です」
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