5-2-4 Operation Caged Bird : 籠の鳥作戦 その3



 アンタナナリボ支部ビル。その南東は、遅れて駆け付けた第一班・支援隊の想像を絶する激戦の真っ只中にあった。

 第四班は、愛知支部から編成された平子子平たいらこ しへいの《球体》と風来坊の【植物】による防御で耐え忍んでいるが、第二、第三班から抽出された支援隊に被害が出ていた。

 どこからともなく押し寄せる銃で武装した非能力者の群れが、数的有利をもって戦況を圧迫している所為だ。その中には、蕃神信仰のみならず近衛や現代魔術聯盟の兵の姿も散見される。が、MCG側に気付いているものはいない。

 反面、能力者の数は少なかった。この事実は、アンタナナリボ支部ビルだけに注力している訳ではないことを示している。どうにか敵の猛攻を耐えつつ、望月要人によるスナイプが効率よく通れば十分に勝機はあると第一班・支援隊は見た。それ程までに無能力者と能力者との間にある壁は厚いのだ。

 第一班・支援隊は、戦場に形成され打ち捨てられていた【植物】の防弾壁に隠れ、援護射撃を開始した。六道鴉は銃撃、岸刃蔵は《諸刃》と銃を組み合わせて攻撃し、神辺梵天王は常に《壁》を待機させつつ銃撃した。


要人かなめちゃん、支部ビルの壁際に居る長髪の男が見えますか!? 《精神干渉》をバラ撒く能力者です! 優先して対処を!」

「了解デス!」


 上空から火力支援を続ける望月要人が、超長距離狙撃によって敵戦力を着実に削ってゆく。更に、敵の《精神干渉》系能力者が斃れたことで須藤史香の《幻覚》の通りがよくなり、頻繁に同士討ちが起き無能力者の数もどんどんと減っている。

 このままの戦況を保つ事ができれば……しかし、蕃神信仰の方も座視するばかりではない。甘ったれた展望は、辛くも現実に塗り替えられる。

 最初に異変に気付いたのは、上空から全体の戦況を眺める望月要人だった。


「なっ、アレは何――!?」


 突如として、戦場を駆ける人影が現れた。問題はその早さだ。まるで、真っ平らなテストコースを走るレースカーの如く障害物の多い支部ビル周辺を縦横無尽に駆け回り、行く先々で超スピードの副次的効果とみられる衝撃波ショックウェーブを敵味方に撒き散らしている。


「第二班・支援隊――壊滅! 備えて!」


 素性は知れぬが能力者である事は間違いない。その危険性を鑑み、望月要人は《精神干渉》の男よりもこちらを優先した。今はまだ第一班・支援隊の方へは行っていないが、アレの相手は體化光子による物理的防御だけでは不安だ。


「――新手の方を優先しマス!」


 ヘッドセットから仲間たちの「了解」の声を聞き、望月要人は対物ライフル『TAC-50』を構える。人影は超スピードで動き続けている為、狙いは非常に付けづらいが、直線的な動きの為に予測はしやすい。

 《引力》の補助あらば……命中は容易!

 ――ズガンと銃口が跳ね上がり、弾室を叩き出された弾丸が人影の行く先へ先回りする。先程から繰り返されていた狙撃の光景そのままに、人影の頭部へ命中するかと思われた弾丸は、しかし直前でヌルリと逸れて何もないコンクリート地に突き刺さった。


「失敗した……!?」


 この戦いの中では初めてとなる狙撃失敗は、否応なしに人影の関心をひいた。新手ゆえに望月要人という驚異を認識していなかった人影が、ここで宙空に浮く厄介な敵が居るようだと目を付けた。勝利の為、あちらを先に落とさねばならないか。

 その時、望月要人の背筋に悪寒が走った。人影の謎めいた両瞳がギョロリと望月要人を見上げたかと思うと、人影が猛然と空を駆け上がり始めたのだ。


「う、うわああああああああ!」

「要人ちゃん!?」


 半ばパニック状態に陥りながらも、何度も繰り返したことによって身体に染み付いた装填動作を素早く行う。遊底ボルトを操作し弾室へ次弾を送り出し、間をおかず迫りくる人影へ向けて発砲した。

 しかし、さも当然の事のように、人影は怯むことも止まることも死することもなく直線的に猛進し、瞬く間に1kmの距離を詰め寄った。

 二人が交錯し――直後、人影の撒き散らした衝撃波ショックウェーブが支部ビル上空に吹き荒れた。



    *



 नकुशाナクシャ रुद्रルドラ शास्त्रीシャーストリが、反動を付けて【紐長剣आरा】を引き絞る。


変異者ジェネレイターども! 取るに足らぬ《異能》如きで、この刃を止められると思うてか!』


 励起レーキした【骸】は《異能》や[魔術]では干渉できない。その上、物理的な障害物程度ならば【能力】を用いる事なく突破できるだろう。概念的な、力押しでは突破できないような防御手段を講じる必要が出てくるが、それも能力によっては困難な場合が多い。

 故に――発想を変える。


「残念だけど、それじゃあ抜けないんだ。半径2m――オレの《防御》は」


 守城錦楓もりしろ きんぷうは、斬りかかってくるनकुशाナクシャを見据え、彼女の動きに合わせて能力を発現させた。

 守城錦楓の異能――《體を停滞させる能力》!

 干渉は最低限。動作モーションの根本を抑えれば、後は自動的なのだから。

 ガッ――!

 振り下ろされようとしていたनकुशाナクシャの【紐長剣आरा】が、その動作の途中、何かにつっかえたように止まった。驚いたように手元を見つめるनकुशाナクシャ。そこへ、更に畳み掛けるように《停滞》した空間を置いてゆく。

 《停滞》は全ての変化を拒む。【骸】そのものへ干渉することは出来なくとも、その周囲へ働きかければ動きを封じることは可能。空間、或いは使い手の肉体へ働きかければ良いだけだ。

 瞬く間に全身の要点を《停滞》した空間という見えない鎖に抑えられ、あらゆる動きを封じられたनकुशाナクシャの磔が完成した。


「――よし、抑えた」


 この方法の良い所は、相手が気付いても優位を維持できる所だ。これが身体への直接的な干渉であったなら、身体へ干渉力を巡らせるだけで、階位フェーズにもよるが楽々対処可能なのだが、空間となるとそうもいかない。球体、円柱、正方形、円錐、幾らでも體の形状を変えられる守城錦楓に対し、相手は現在立ち塞がっている部位だけでなく、周囲の空間に置かれるであろう《停滞》の全てを漠然と捉えて干渉力を注がねばならないからだ。


「[杭]を守る必要がなく、或いはもう少し近けりゃあ、オレが手づから殺してやる所だが……今は動きを止めるだけでも十分! いくぞいくぞ……! イチ、ニのサンで撃てよ、香椎!」

「オッケイ!」


 さっきから、香椎康は20式5.56mm小銃ライフルの銃口を向け続けている。合図と同時に、周囲半径2mの《停滞》を解除しनकुशाナクシャを蜂の巣にしてやろうという訳だ。


「イチ、ニのサン!」


 けたたましく殺到する銃弾の群れ。しかし、नकुशाナクシャの余裕は崩れない。


『――効かないんだ、それは』


 それは一瞬の出来事だった。必殺の威力をもって放たれた筈の銃弾が、一斉に[何か]に弾かれ、それぞれあらぬ方向へ散開していった。

 予想外の光景に二人は目を見張った。守城錦楓が再び周囲半径2mの《停滞》した空間を展開する。


『こっちには現代魔術聯盟が付いているんだ。そりゃあ、扱える[魔術]のレベルも上がっていて当然さ。今のは一定以上の速度に反応し自動的に展開する[牆壁しょうへき]だ。魔力素マナ結晶の限り銃じゃ殺せんよ。……[人類の叡智]、か……』


 意味の分からない言語を好き勝手にくっちゃべるनकुशाナクシャに面食らっていると、彼女は徐々にその身の自由を取り戻し始める。《停滞》が、強引にほどかれつつあった。


『大気――いや、空間か。そうすれば良い訳だな。聞くだけでは理解しきれなかったが――今、感覚的に理解した』


 नकुशाナクシャが、體という概念を平均的な変異者ジェネレイターの半分ほど理解した事で、ほどかれる速度は一段と加速し、遂には補強も間に合わず全て突破されてしまった。

 守城錦楓の額に汗が浮かぶ。明らかに、干渉力は向こうの方が上回っていた。また、止められるだろうか……?


『言葉は分からずとも、階位フェーズの名称は同じなのだから伝わるだろう。私の階位フェーズは――Εエイフゥースだ』

Εエイフゥース……そりゃ、止めきれない訳だ」


 無理だ、止められない。そう思うと、吹き出す汗は滝のようになる。香椎康も、そんな守城錦楓の様子に身を強張らせた。

 नकुशाナクシャが動き出す。


『そしてその階位フェーズの高さが、私が一人で三班の妨害を買って出てきた理由でもあるんだ。否が応にも、味方を巻き込んでしまうからなぁ……!』


 瞬間――世界が極彩色に塗り替えられた。



    *



 上空にて激しく交錯した二人は、それぞれ別の方向へと離れてゆく。一つは交錯する前の超スピードのまま直線的に、もう一つは突風に煽られた凧のようにふらふらと。

 その光景を地上から見ていた神辺梵天王は、喉元にこみ上げてくる悲鳴を押し殺した。そして、一向にどちらの影にも墜落する様子がない事を見て取ると、その片方であろう望月要人の生存を察して、わずかばかりの安堵を覚える。

 とその時、神辺梵天王の肩に手が置かれ、意識が地上へと引き戻される。振り向いた先には、迸る戦意に目を血走らせた岸刃蔵がいた。


「――望月要人を信じるしかないでしょう。一切の応答がないので、恐らくヘッドセットが吹き飛ばされたか壊されたのでしょうが、どうにかあの突撃をいなして生き残っているようです。手の届かぬ上空は彼女に一任して、我々は目の前の戦場に目を向けましょう」

「……ええ、分かっています。分かっていますとも」


 突如として超スピードで駆けずり回った人影によって、アンタナナリボ支部ビル周辺の戦況は随分と引っ掻き回された。現在は、敵味方とわず混乱の渦中にある。これは無勢であるMCG側にとっては「好機」ともいえた。今のうちに統制の乱れた敵兵力を削り優位を確保しておけば、後々楽になるだろう。


「手りゅう弾、かして」


 同じような結論に達していた六道鴉が、すばやく岸刃蔵の管理下にあった物資の中から手榴弾を掠め取り、次々と敵陣めがけて投げ込んでゆく。それらは、六道鴉の手中にある内から《透明化》の効果で、その姿を景色の中へ溶け込ませている。

 悪辣なのは、爆発と飛び散る破片すらも《透明化》されていたこと。正体の分からぬ爆発と破片は、敵兵の不安を煽り更なる混乱を生んだ。


「ここはあぶない。ぐちゃぐちゃの戦線にとりこまれる。いまのうちに別のところへ移動しよう」


 先程まで第一班・支援隊が頼りにしていた【植物】の防弾壁は、もうボロボロになっている。その為、判断自体に異論はないが……言い出しっぺが六道鴉であるという事実が無用に神辺梵天王の不安を掻き立てる。

 六道鴉の提言に従うべきか? 迷う神辺梵天王の意識を、再び岸刃蔵が断つ。


「私も同意見です。移動しましょう」

「……そう、ですね。しかし、移動先はの総意で決めます」


 神辺梵天王の言う『二人』に自分が含まれていないことを知りながら、六道鴉は笑って頷いた。

 すぐさま次に身を隠す先を選定した後、第一班・支援隊の三人は六道鴉の《透明化》を纏い走り出す。そして、滑り込むようにして背中を預けた場所は、比較的無事だった別の【植物】の防弾壁と支部ビル外壁との隙間。見通しもよく、射線は上空からしか通っていない。

 ここならまだ戦える。

 決意を新たに、一緒に《透明化》して運んできた物資の所在を確認し始めた所で、看過できぬ異変に気付く。


「い、いない……!?」

「……本当ですねぇ、いやはや困りました」


 共に走っていた筈の六道鴉の姿がどこにも見当たらなかった。慌てて周囲を見回す岸刃蔵と神辺梵天王の二人だが、既に視線の届く範囲にはいないようだった。

 戦場には、互いの能力によって生み出されたありとあらゆるものが横溢している。前にいた防弾壁から逆方向へ行ったとすれば、それらの物陰に隠れることは容易いだろう。

 戦闘を放棄した……? ――そんな、馬鹿な!

 神辺梵天王には六道鴉の行動が信じられなかった。何か仕出かすかもしれないとは思っていたが、まさか戦闘を放棄するとは。


「そんなことをすれば……『首輪』に絞め殺されるというのに……!」


 遂に自身の命に価値も感じぬほど狂ってしまったか。人を食うほど『生』に執着していた筈のお前が。ここへ来て、どういう心変わりか。狂人といえど、何もこんなところで死ぬことは……死ぬことはないだろう……! 悔しさを堪えきれず、ガッチリと上下の歯を噛み合わせる神辺梵天王。厭うていた六道鴉の命でさえも、可能ならば救いかった。

 その心情を汲んでか、内心ではどうでもいいと思っていながら、岸刃蔵も神妙ぶって慰める。


「まだ死にに行ったと決まった訳じゃありません。何か考えがあるのやも……そう信じましょう。それより、目の前を見て下さい。また、のようです」


 神辺梵天王は、まだ完全に意識を切り替えられた訳ではないが、それでも視線だけは防弾壁の先へ向けた。

 そのとやらは、すぐに見つかった。

 威風堂々、森羅万象の立ち込める戦場のド真ん中を、誰憚ることなく歩いていたからだ。


『宜しく~……って、誰も答えやしねえ。堂々とし過ぎか? ダメ元で銃弾ぐらいは撃ってこいよなァ……無抵抗の案山子を殺したってつまんねぇからよぉ』


 現代魔術聯盟に捕縛されていたЖељкоジェリコ Ражнатовићラジュナトヴィッチは、【産衣うぶぎ】を纏い、肩に担いだ【Сабљаサーベル】を揺らして呵呵かかと笑った。

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