5-2-3 Operation Caged Bird : 籠の鳥作戦 その2
「――なんやねん、四藏の坊主は! 急に増長しよってからに!」
[
「ウチは部下じゃないっちゅーの」
「ふくく……」
そこへ偶然に通りかかり
「実際、もう我々の方も今更後には退けぬ段階に来ているのですから、協力の経緯的に快く思ってはいない相手への態度は幾らか
「せやけど……なあ!? 納得いかんわぁ……」
なおもブツクサと言いながら頬杖をつく
不安がなくなったのは、
「ここは大目に見てやりましょう。これが終われば……全て丸く収まるのですから」
遥か遠くを見つめる
「……せやな。『不朽の自由作戦』『四番目の解』『
ため息と共に瞑目した
*
日本時刻
現地時刻
『籠の鳥作戦』
Operation Caged Bird:OCB-
ヘッドセットから作戦開始五分前を告げる声が響けば、人通りのない
乗車しているのは五名。
この人通りの少なさは、今作戦の特別の手回しではなく、支部ビルを奪われて以降、危険地帯に
「安心しな。オレの《異能》はロケットランチャーまで大丈夫だ。ミサイルぐらいになると流石に無理だが……ま、予定通りに上手くいきゃあ、正面切って事を構えるような展開にゃならねぇ。上手くいきゃあな」
戦闘を目前に控えているというのに、緊張感を欠片も感じさせず助手席を倒して寛ぐ守城錦楓は、
彼ら第一班に与えられた第一段階に於ける命令は、言葉にしてみれば簡単な内容だ。
1 作戦開始五分前、5km地点からアンタナナリボ支部ビルへ接近する。
2 到着後、規定の位置に[杭]を打ち込む。
2-1 第一班は、支部ビル北西方面0~50m以内。
3 他班が{2}を成し遂げるまで[杭]を死守する。また、状況に応じて他班の遂行を補助、或いは予備の[杭]を以て代行する。
ここで言う[杭]とは、中級
これぞ、MCGの技術者たちが別地球βの[魔術]を分析し作り上げた、[魔術]の地球版アレンジ――[機械魔術]だ。
但し、[杭]上部の起動ボタンを押さねばならない上、同時に[転移]できるのは支部ビル内にいる人員まで。支部ビル外に居る者――四班からなる実行部隊や、これを迎え撃たんと打って出てきた敵など――は、必然的にそのまま現地に置き去りとなる。戦闘中には転移系能力者による回収ができない為、敵戦力を殲滅するか、援軍が到着するまで耐え凌がなければならない。更には、その援軍の到着時間は
「
「へいへい」
後部座席の神辺梵天王が戒めるも、守城錦楓はどこ吹く風という態度で聞き流した。これは、傲慢と言うより諦観の姿勢である。オレが防げなきゃ全滅だよ、という投げやりな諦め。
彼のそんな態度をこの場で改めるのは困難と見て、神辺梵天王はしぶしぶ引き下がった。なにも、気がかりは彼だけではない。
隣に座る六道鴉――彼女もまた、気がかりの一つだった。
いつもの黒いセーラー服ではなく白いMCG制服に身を包む彼女は、いくらか落ち着いているように見えるし、先程も銃の扱いを淀みなく指南してくれたが、どことなく危うい気配を感じさせた。
これまで、神辺梵天王がMCGに所属してからというもの、六道鴉という人物には何も見いだせなかった。
ただひたすらに――無の一点。
白一色の東京支部の内装と相まって、
しかし、今の六道鴉はというと、確かにそこに
――そう、彼女は生きている。
四藏匡人のように。
そこが問題だった。あまりにも……MCGを離脱する前の四藏匡人の様子に似すぎていた。本来なら喜ぶべき変化の筈だが、前々から六道鴉と四藏匡人に類似する気配を感じ取っていた神辺梵天王だからこそ、これは看過ならぬ変化だった。
「ふふ……」
突如、六道鴉は笑声を漏らし、正面を向いていた顔を隣の神辺梵天王へ向ける。その瞬間、神辺梵天王は雷に打たれたような衝撃に襲われた。
笑っている――。
何時いかなる時も、無味乾燥な無表情を貫く六道鴉が、どういう訳か笑っているのだ。その疚しさというものを一切感じさせない可憐にして晴れやかな笑顔に、神辺梵天王は一瞬我を忘れて見惚れ、そして恐怖した。
「そう、警戒しなくてもいいよ。わたしは、なにもしない」
「……自分の、これまでの行動を振り返って御覧なさい。そんな言葉を本当に信じてもらえるとでも思っているのですか?」
すると、六道鴉は今度は困ったように耳にかかる髪をいじりながら苦笑いをした。恥じらいなのか何なのか、髪の下から覗く耳は少し赤くなっていた。
「『正義』って、なんだとおもう?」
「……なにを、急に」
「わたしね、ちょっとだけ『正義』ってやつを理解できたのかもしれない。だから、いまは命令どーりに[杭]をうちこんで守るよ。とりあえず、
何の言い訳にもなっていない弁明。
だが――不思議と神辺梵天王の心に響いた。
根拠も何もあったものではないが、信じてみても、良いかもしれないと感じ始めていた。そして、そんな自分が分からなかった。
「――戯言、戯言! 狂人の戯言だよ。真に受けたら負け」
同じ車中ゆえ、二人の会話を聞いていた香椎康は興味なさげにそう言い放つ。
しかし、神辺梵天王には、六道鴉の言葉に一切の嘘偽りがないことを直感で理解できていた。恐らく、本当に第一段階までは大人しくするつもりなのだろう、と。それだけに、
六道鴉が、これまで欠片も関心を寄せずにいた『正義』という概念に目覚めたのは、果たして歓迎すべき事なのだろうか。
その関心は、理解は、歪んでいやしないだろうか。
結論を逸り、四藏匡人のような凶行に走ってしまわないだろうか。
不安は無際限に湧き上がってくる。がしかし、詳しく彼女を問い詰める前に決行の時が来てしまった。
日本時刻
現地時刻
第一班を乗せたバンが、支部ビルを目の前にして急停止する。皆、戦闘の準備は万端である。神辺梵天王も、六道鴉に拘泥し縺れる思考をどうにか統制して、目の前の支部ビル一点へ向ける。
人っ子一人いない支部ビル周辺は、圧迫感のある静寂がピンと張り詰めていた。
「各班、配置完了しました。速やかに作戦行動を開始してください」
ヘッドセット越しにオペレーターがそう告げると、応じて岸刃蔵が叫んだ。
「MOVE! ――GO・GO・GO!」
第一班の面々は、荷物片手にバンを飛び出して一直線に支部ビルへと走った。先頭に岸刃蔵、続いて神辺梵天王、守城錦楓、最後尾に六道鴉と香椎康が追随するといった陣形である。
左右の視界に別班の姿が映る。恐らく、支部ビルを挟んだ向こうにも同じくREDが居ることだろう。
[杭]の有効範囲である50m以内に入ると[杭]が反応する仕組み。その地点に[杭]を打ち込んでしまいさえすれば、間髪入れずに[転移]が実行され、支部ビルはマリアナ海溝の底に沈む。それで、第一段階に於ける
支部ビルから敵が応戦してくるような気配もなく、先頭の岸刃蔵は難なく50m地点にまで到達した。すぐさま、赤いランプの
「楽勝じゃ~ん?」
さっきまで多少は緊張の面持ちでいた
だが、それも一瞬のこと。
直後に響いた原因不明の爆音と共に、望月要人のがなりたてる声がヘッドセットから飛び込んできた。
「南東の第四班が攻撃を受けてマス! [杭]を打てず約100m地点で現在戦闘中!
南東――支部ビルを挟んだ第一班の反対側――にて、敵の襲撃があったという報告。これには、守城錦楓の表情が面倒くさそうな顔をした後にキッと引き締められた。
「こりゃ、どこぞに伏兵が居るやも知れんなァ。総員、周囲を警戒されたし!」
第一班の面々がその場にとどまり、第二班、第三班の様子をうかがうと、何人かが離脱して南東に向かっていた。第一班と違って直接向こうの様子が見える角度にある為、判断が違ったのだろう。旗色は相当に悪いと思われる。神辺梵天王は舌打ちを堪えてヘッドセットに話しかけた。
「要人ちゃん。空から予備の[杭]を打てそうですか?」
「打てる事は打てマス。でも、敵が非常に多い上にどうやらこっちも捕捉されているようデス。起動ボタンを押せるかどうか、守れるかどうか……」
こういう場合に備えて、望月要人は単独で上空から向かわせていたのだが、その保険も不発に終わってしまったようだった。
しかし、[杭]は打てぬまでも、他に出来ることはある。
「暫く、
望月要人は背負っていた対物ライフル『TAC-50』を地上へ向けて構えた。眼下では、《球体》――第四班に割り振られた愛知支部の防御系能力者のもの――と、風来坊の【植物】がどうにか敵の攻撃を防いでおり、幸いにもまだ脱落者は出ていない。
敵の所属は不明。銃で武装する彼等は、恐らく蕃神信仰の信者と思われるが、誰も彼もが特徴的な黒衣でなく、MCG制服のような白一色の出で立ちだった。
とはいえ、襲いかかってきている以上は敵である事にかわりはない。望月要人は、誤射を避けるべく出来るだけ遠くから攻撃を加えている敵に照準を合わせた。
ここは上空1km。『TAC-50』の誇る有効射程2000mの遥か外、
――ズガン! と銃口が跳ね上がり、.50BMGの推進力によって望月要人の身体が少し後方へ押される。彼女のヤワな筋力では、しっかり踏ん張ることもできない宙空で正確な狙いなど付けようもない。しかし、弾丸は途中途中でグリグリひん曲がるという不自然な軌道を描いて、あたかも意思を持つ猛獣のように標的の頭部へと食らいついた。そして、骨肉を撒き散らしながら貫通――コンクリート地を砕き、その深くにまでメリ込んだ。
「当たった……!」
人生初の狙撃、しかも超長距離の狙撃が成功した事に自信を深めた望月要人は、浮ついた手で
一方、地上ではオペレーターの援助要請を受けて、第一班もまた動き出そうとしていた。
防御系能力者の
「いいか! イチ、ニのサンで、正面からサッと行けよ。タイミングを合わせないと、オレの鉄壁の《防御》に穴が空くからな!」
周囲には何も展開されていないように見えるが、既に《防御》は行われているらしい。ともあれ、ここで詳しい説明を求める暇はない。支援隊の三名は即座に頷いた。
「イチ、ニの――サン!」
少しジジくさい守城錦楓の掛け声と共に、支援隊三名は駆け出す。支部ビルの直近を通るは危ういと見て、少し遠回り気味に北東、第二班の防衛隊とニアミスするようなルートを取る。そして、何ごともなく第二班・防衛隊の付近を通り抜けた直後のことだった。
「おい、香椎。アレは敵だな?」
「……だろうね」
第一班・防衛隊の正面、支部ビルの中から歩み出てくるものがいた。戦場と化したアンタナナリボを誰憚ることなく堂々と闊歩する彼女は、名を
『ん? お前、見たことのある顔だな。――嗚呼、そうか。あの時の……』
『お前が生きているという事は……つまり、そういう事なのだろうな』
三つある防衛隊のうち、何処へ攻めても「妨害」の目的は達せられる為、何処へ向かったものかと決めあぐねていたが、彼が生きてこの戦闘に参加しているのなら話は早い。妨害ついでに――。
『――
それは――軽薄にして鈍重な銀光。
やがて、無数に枝分かれした
【
顔を出し始めたばかりの淡い朝の陽光が
「覚悟しろよ。
「――上等ッ!」
香椎康は20式5.56mm
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