5-2-3 Operation Caged Bird : 籠の鳥作戦 その2



「――なんやねん、四藏の坊主は! 急に増長しよってからに!」


 [やまなみ・treow]はご立腹のご様子で、椅子にドカッと腰掛けた。しかし、レヴィの治療自体はキチンとやり終えてから戻ってきている所に、彼女の律儀な善性がうかがえた。


「ウチは部下じゃないっちゅーの」

「ふくく……」


 そこへ偶然に通りかかりやまなみの愚痴を聞いた[しらかげ・wilde]が思わず失笑を漏らす。そのしらかげへ、やまなみの幼き抗議の視線が向けられると、彼は真剣味のない半笑いで弁明した。


「実際、もう我々の方も今更後には退けぬ段階に来ているのですから、協力の経緯的に快く思ってはいない相手への態度は幾らかとんがりもしましょうて」

「せやけど……なあ!? 納得いかんわぁ……」


 なおもブツクサと言いながら頬杖をつくやまなみの姿は、どう贔屓目に見ても、見た目相応の幼女が拗ねているようにしか見えなかった。地球へ来てから立場上表出できずにいた不安もなくなり、険も取れていることもあって、余計に。

 不安がなくなったのは、しらかげも同じである。また、周囲でにこやかに談笑しながら『不朽の自由作戦』に向けた作業を進める他の魔術師たちも同様だ。


「ここは大目に見てやりましょう。これが終われば……全て丸く収まるのですから」


 遥か遠くを見つめるしらかげ青白磁せいはくじ色の眼には、[몽염夢魘・swefn]を含む痛ましい犠牲者の姿が映っていた。


「……せやな。『不朽の自由作戦』『四番目の解』『次元上昇アセンション』……どれがどれだけ失敗しようとも、成功しようとも……な」


 ため息と共に瞑目したやまなみは、作戦開始前の休息時間を贅沢に堪能した。



    *



 日本時刻 一〇五五ひとまるごうごう

 現地時刻 〇四五五まるよんごうごう


『籠の鳥作戦』

 Operation Caged Bird:OCB-MGマダガスカル1


 ヘッドセットから作戦開始五分前を告げる声が響けば、人通りのない目抜き通りメインストリートをバンが走り抜けてゆく。

 乗車しているのは五名。岸刃蔵きし じんぞう香椎康かじ やすし神辺梵天王かんなべ ブラフマー六道鴉りくどう あと、愛知支部から来た防御系能力者ジェネレイター守城錦楓もりしろ きんぷう。運転手は岸刃蔵が務める。唯一、望月要人もちづき かなめは別行動中である。

 この人通りの少なさは、今作戦の特別の手回しではなく、支部ビルを奪われて以降、危険地帯に無辜むこの民が近づいてしまわぬよう配慮されてのことである。


「安心しな。オレの《異能》はロケットランチャーまで大丈夫だ。ミサイルぐらいになると流石に無理だが……ま、予定通りに上手くいきゃあ、正面切って事を構えるような展開にゃならねぇ。上手くいきゃあな」


 戦闘を目前に控えているというのに、緊張感を欠片も感じさせず助手席を倒して寛ぐ守城錦楓は、階位フェーズ:Ⅲ/Γギバの《能力》に確固たる自信を滲ませる。

 彼ら第一班に与えられた第一段階に於ける命令は、言葉にしてみれば簡単な内容だ。


 1 作戦開始五分前、5km地点からアンタナナリボ支部ビルへ接近する。

 2 到着後、規定の位置に[杭]を打ち込む。

  2-1 第一班は、支部ビル北西方面0~50m以内。

 3 他班が{2}を成し遂げるまで[杭]を死守する。また、状況に応じて他班の遂行を補助、或いは予備の[杭]を以て代行する。


 ここで言う[杭]とは、中級魔力素マナ結晶を内蔵する機械触媒である。これを現地の支部ビルの四方へと打ち込みさえすれば、自動で位置情報を会得して、遥か遠方の作戦本部に待機している人員が[魔術]を恣行しこうし支部ビルを丸ごと[転移]できるようになる。その行き先は、マリアナ海溝を予定している。

 これぞ、MCGの技術者たちが別地球βの[魔術]を分析し作り上げた、[魔術]の地球版アレンジ――[機械魔術]だ。

 但し、[杭]上部の起動ボタンを押さねばならない上、同時に[転移]できるのは支部ビル内にいる人員まで。支部ビル外に居る者――四班からなる実行部隊や、これを迎え撃たんと打って出てきた敵など――は、必然的にそのまま現地に置き去りとなる。戦闘中には転移系能力者による回収ができない為、敵戦力を殲滅するか、援軍が到着するまで耐え凌がなければならない。更には、その援軍の到着時間は他方よその作戦進行に左右される。他方よそがスムーズに終われば早期に駆け付けてくれる可能性が高が、もし、もたついているようならば、その到着が何時になるかは全く分からない。


守城もりしろさん……といいましたか。油断は禁物ですよ」

「へいへい」


 後部座席の神辺梵天王が戒めるも、守城錦楓はどこ吹く風という態度で聞き流した。これは、傲慢と言うより諦観の姿勢である。オレが防げなきゃ全滅だよ、という投げやりな諦め。

 彼のそんな態度をこの場で改めるのは困難と見て、神辺梵天王はしぶしぶ引き下がった。なにも、気がかりは彼だけではない。

 隣に座る六道鴉――彼女もまた、気がかりの一つだった。

 いつもの黒いセーラー服ではなく白いMCG制服に身を包む彼女は、いくらか落ち着いているように見えるし、先程も銃の扱いを淀みなく指南してくれたが、どことなく危うい気配を感じさせた。

 これまで、神辺梵天王がMCGに所属してからというもの、六道鴉という人物には何も見いだせなかった。

 ただひたすらに――の一点。

 白一色の東京支部の内装と相まって、空間に滲む一滴の墨汁のような異物感純粋さを醸し出していた。そして、つむじ風にすさぶビニール袋のような、存在の耐えられない軽さがあった。放っておくと、そのまま何処へなりとも消え失せてしまいそうな希薄さが。

 しかし、今の六道鴉はというと、確かにそこにり、無表情のうらでは秘めたるを燃やしている。

 ――そう、彼女は生きている。

 

 そこが問題だった。あまりにも……MCGを離脱する前の四藏匡人の様子に似すぎていた。本来なら喜ぶべき変化の筈だが、前々から六道鴉と四藏匡人に類似する気配を感じ取っていた神辺梵天王だからこそ、これは看過ならぬ変化だった。


「ふふ……」


 突如、六道鴉は笑声を漏らし、正面を向いていた顔を隣の神辺梵天王へ向ける。その瞬間、神辺梵天王は雷に打たれたような衝撃に襲われた。

 笑っている――。

 何時いかなる時も、無味乾燥な無表情を貫く六道鴉が、どういう訳か笑っているのだ。その疚しさというものを一切感じさせない可憐にして晴れやかな笑顔に、神辺梵天王は一瞬我を忘れて見惚れ、そして恐怖した。


「そう、警戒しなくてもいいよ。わたしは、なにもしない」

「……自分の、これまでの行動を振り返って御覧なさい。そんな言葉を本当に信じてもらえるとでも思っているのですか?」


 すると、六道鴉は今度は困ったように耳にかかる髪をいじりながら苦笑いをした。恥じらいなのか何なのか、髪の下から覗く耳は少し赤くなっていた。


「『正義』って、なんだとおもう?」

「……なにを、急に」

「わたしね、ちょっとだけ『正義』ってやつを理解できたのかもしれない。だから、いまは命令どーりに[杭]をうちこんで守るよ。とりあえず、いのりにまた会わなくちゃいけないの。そのあとは、わかんない。時と場合による」


 何の言い訳にもなっていない弁明。

 だが――不思議と神辺梵天王の心に響いた。

 根拠も何もあったものではないが、信じてみても、良いかもしれないと感じ始めていた。そして、そんな自分が分からなかった。


「――戯言、戯言! 狂人の戯言だよ。真に受けたら負け」


 同じ車中ゆえ、二人の会話を聞いていた香椎康は興味なさげにそう言い放つ。

 しかし、神辺梵天王には、六道鴉の言葉に一切の嘘偽りがないことを直感で理解できていた。恐らく、本当に第一段階までは大人しくするつもりなのだろう、と。それだけに、いのり――天海祈に会わなくてはならない、その後は分からない、という何か強迫観念にも似た言葉の裏側が気にかかる。

 六道鴉が、これまで欠片も関心を寄せずにいた『正義』という概念に目覚めたのは、果たして歓迎すべき事なのだろうか。

 その関心は、理解は、いやしないだろうか。

 結論を逸り、四藏匡人のような凶行に走ってしまわないだろうか。

 不安は無際限に湧き上がってくる。がしかし、詳しく彼女を問い詰める前に決行の時が来てしまった。


 日本時刻 一一〇〇ひとひとまるまる

 現地時刻 〇五〇〇まるごうまるまる


 第一班を乗せたバンが、支部ビルを目の前にして急停止する。皆、戦闘の準備は万端である。神辺梵天王も、六道鴉に拘泥し縺れる思考をどうにか統制して、目の前の支部ビル一点へ向ける。

 人っ子一人いない支部ビル周辺は、圧迫感のある静寂がピンと張り詰めていた。


「各班、配置完了しました。速やかに作戦行動を開始してください」


 ヘッドセット越しにオペレーターがそう告げると、応じて岸刃蔵が叫んだ。


「MOVE! ――GO・GO・GO!」


 第一班の面々は、荷物片手にバンを飛び出して一直線に支部ビルへと走った。先頭に岸刃蔵、続いて神辺梵天王、守城錦楓、最後尾に六道鴉と香椎康が追随するといった陣形である。

 左右の視界に別班の姿が映る。恐らく、支部ビルを挟んだ向こうにも同じくREDが居ることだろう。

 [杭]の有効範囲である50m以内に入ると[杭]が反応する仕組み。その地点に[杭]を打ち込んでしまいさえすれば、間髪入れずに[転移]が実行され、支部ビルはマリアナ海溝の底に沈む。それで、第一段階に於ける交渉部レッドチームの仕事は終わりだ。

 支部ビルから敵が応戦してくるような気配もなく、先頭の岸刃蔵は難なく50m地点にまで到達した。すぐさま、赤いランプのともる[杭]を打ち込み、起動ボタンを押すと、自動で突き出した足がコンクリート地に根を張り、姿勢を安定させた。


「楽勝じゃ~ん?」


 さっきまで多少は緊張の面持ちでいた守城錦楓もりしろ きんぷうも、拍子抜けしたように軽口を叩く。表面上、他の面々もその態度を咎めながらも、第一班には弛緩した空気が生まれていた。

 だが、それも一瞬のこと。

 直後に響いた原因不明の爆音と共に、望月要人のがなりたてる声がヘッドセットから飛び込んできた。


「南東の第四班が攻撃を受けてマス! [杭]を打てず約100m地点で現在戦闘中! 探知機レーダーに反応なし、[魔術]により秘匿されている模様デス!」


 南東――支部ビルを挟んだ第一班の反対側――にて、敵の襲撃があったという報告。これには、守城錦楓の表情が面倒くさそうな顔をした後にキッと引き締められた。


「こりゃ、どこぞに伏兵が居るやも知れんなァ。総員、周囲を警戒されたし!」


 第一班の面々がその場にとどまり、第二班、第三班の様子をうかがうと、何人かが離脱して南東に向かっていた。第一班と違って直接向こうの様子が見える角度にある為、判断が違ったのだろう。旗色は相当に悪いと思われる。神辺梵天王は舌打ちを堪えてヘッドセットに話しかけた。


「要人ちゃん。空から予備の[杭]を打てそうですか?」

「打てる事は打てマス。でも、敵が非常に多い上にどうやらこっちも捕捉されているようデス。起動ボタンを押せるかどうか、守れるかどうか……」


 こういう場合に備えて、望月要人は単独で上空から向かわせていたのだが、その保険も不発に終わってしまったようだった。

 しかし、[杭]は打てぬまでも、他に出来ることはある。


「暫く、上空こっちからは火力支援に徹しマス」


 望月要人は背負っていた対物ライフル『TAC-50』を地上へ向けて構えた。眼下では、《球体》――第四班に割り振られた愛知支部の防御系能力者のもの――と、風来坊の【植物】がどうにか敵の攻撃を防いでおり、幸いにもまだ脱落者は出ていない。

 敵の所属は不明。銃で武装する彼等は、恐らく蕃神信仰の信者と思われるが、誰も彼もが特徴的な黒衣でなく、MCG制服のような白一色の出で立ちだった。

 とはいえ、襲いかかってきている以上は敵である事にかわりはない。望月要人は、誤射を避けるべく出来るだけ遠くから攻撃を加えている敵に照準を合わせた。

 ここは上空1km。『TAC-50』の誇る有効射程2000mの遥か外、競技用弾薬マッチグレードを用いても当てるのは容易ではないが――これは尋常の狙撃ではない。望月要人は、ただ標的と弾頭の《縁結ひきあわせ》を試みるだけで良いのだ。

 井手下椛いでした もみじと再会して得たΔダグスの干渉力さえあれば、それで首尾よく。

 ――ズガン! と銃口が跳ね上がり、.50BMGの推進力によって望月要人の身体が少し後方へ押される。彼女のヤワな筋力では、しっかり踏ん張ることもできない宙空で正確な狙いなど付けようもない。しかし、弾丸は途中途中でグリグリひん曲がるという不自然な軌道を描いて、あたかも意思を持つ猛獣のように標的の頭部へと食らいついた。そして、骨肉を撒き散らしながら貫通――コンクリート地を砕き、その深くにまでメリ込んだ。


「当たった……!」


 人生初の狙撃、しかも超長距離の狙撃が成功した事に自信を深めた望月要人は、浮ついた手で遊底ボルトを操作し、空薬莢を排出すると共に次弾を装填する。

 一方、地上ではオペレーターの援助要請を受けて、第一班もまた動き出そうとしていた。

 防御系能力者の守城錦楓もりしろ きんぷうと、通電性の高い物資をあらかじめ設置しておく事で広範囲を《電撃》でカバーできる香椎康を防衛隊として[杭]の周りに残し、攻防双方に秀でた変換系能力者の岸刃蔵、奇襲性の高い《透明化》を持つ六道鴉、遠近に対応でき、いざとなれば物理的な《壁》も張れる神辺梵天王を支援隊として、南東、第四班のもとへ向かわせる事で決した。


「いいか! イチ、ニのサンで、正面からサッと行けよ。タイミングを合わせないと、オレの鉄壁の《防御》にが空くからな!」


 周囲には何も展開されていないように見えるが、既に《防御》は行われているらしい。ともあれ、ここで詳しい説明を求める暇はない。支援隊の三名は即座に頷いた。


「イチ、ニの――サン!」


 少しジジくさい守城錦楓の掛け声と共に、支援隊三名は駆け出す。支部ビルの直近を通るは危ういと見て、少し遠回り気味に北東、第二班の防衛隊とニアミスするようなルートを取る。そして、何ごともなく第二班・防衛隊の付近を通り抜けた直後のことだった。


「おい、香椎。は敵だな?」

「……だろうね」


 第一班・防衛隊の正面、支部ビルの中から歩み出てくるものがいた。戦場と化したアンタナナリボを誰憚ることなく堂々と闊歩する彼女は、名をनकुशाナクシャ रुद्रルドラ शास्त्रीシャーストリ


『ん? お前、見たことのある顔だな。――嗚呼、そうか。あの時の……』


 नकुशाナクシャは、宮城支部襲撃の裏で研究部を襲った時、二班の副班長を務めている。その折に相対した香椎康の顔に見覚えがあった。


『お前が生きているという事は……つまり、そういう事なのだろうな』


 三つある防衛隊のうち、何処へ攻めても「妨害」の目的は達せられる為、何処へ向かったものかと決めあぐねていたが、彼が生きてこの戦闘に参加しているのなら話は早い。妨害ついでに――。


『――あだちといこう』


 励起उत्तिज्


 それは――軽薄にして鈍重な銀光。

 天竺てんじくの偉大なる一廓いっかくにて、生来より軽んじられた朽木糞牆きゅうぼくふんしょうの少女は、降り注ぐ雨露霜雪うろそうせつによって磨かれ、鈍く、重く。

 やがて、無数に枝分かれしたするどき性根を、曲りなりにも護り通した根本にりて荒々しくも一纏めに統馭とうぎょし、括り付けたる大麻おおあさと成れり。


肆句シノク - くう/打つ/かずら/白銀の - उदुम्बरudumbara


 顔を出し始めたばかりの淡い朝の陽光がनकुशाナクシャの手中でカッと反射したかと思うと、その数瞬のちには彼女の右手に【紐長剣आरा】の柄と紐の如く丸まった刃の束が握られていた。刃の束だけがパッと解放はなされると、ジャラジャラと音を鳴らしながら重力に頭を垂れ地面に広がる。紐の見た目を侮るなかれ。束ねられし刃は柔くも金属製であり、振り回せば鞭の如く遠心力を伴って容易く肉断ち骨砕く。

 नकुशाナクシャが構えると、言葉は分からぬものの戦闘の意思は十全に伝わった。


「覚悟しろよ。防衛こっちは少々地味な絵面になるぜ……!」

「――上等ッ!」


 香椎康は20式5.56mm小銃ライフルを構え、意気軒昂として吠えた。

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