4-3-2 宮城支部襲撃 その1
「しっかし、あの時の坊主がねぇ」
風来坊は、手巻きタバコを吹かしながらしみじみと呟いた。草部仍倫が言うには、四藏匡人率いる蕃神信仰は深夜十二時を回ると共に攻めてくるという。
けれども、こうして襲撃に備えて厳戒態勢を整える段に至っても、未だピンと来ていなかった。初対面時――共に蕃神信仰の纏骸者と戦った時は、善良そうに見えなくもなかった。暗くはあったが。
「人間、わからないもんだ。心の底で何を考えてるかなんて」
いまいち釈然としない思いを抱えたまま、風来坊は思案顔で紫煙を吐き出した。するとそこへ、青筋を立てた須藤史香がやって来て、ドン! と肩に担いでいた重たい物資の詰まった箱を風来坊の足元に落下させた。
「随分と、余裕そうね」
皮肉げな刺々しい口調に、風来坊も少しばかり滅入ってしまう。そそくさとタバコの火を消して吸い殻を携帯灰皿に突っ込んだ。
「いやあ、歳を取ると腰がどうも……」
「アナタ幾つよ」
「う~ん……歳なんて指折り数えるような人生じゃなかったけれど、少なくとも34より下なのは確かだろうねぇ」
「ざけんな。【瑞】とやらを使ってさっさと働け」
「お、良いのかい?」
風来坊の懸念は、宮城支部ビル内に『対テロ』の名目で展開している自衛隊の者たちに対して、能力を『隠匿』しなくて良いのか、という事。須藤史香はその反応を予想していたかのようにすぐさま頷いた。
「さっき、ここら一帯の認識改変が終了したらしいわ。自衛隊の連中はもう異能を見ても違和感を覚える事なく協力できるし敵対できる。記憶に関しては、また後でいじるそうよ」
「へえ、そうかい」
説明に納得した風来坊は、ようやく重い腰を上げてほっぽりだしていた仕事に取り掛かる。励起させた【六角の金剛杖】で床を叩き、強靭な【蔓】を発現させると、手始めに足元の物資を持ち上げる。そして、道中で他の者達からも物資を預かりながら、須藤史香の案内に従って運搬作業を進めた。
物資の内訳は、銃・弾丸、爆薬といった危険物から、簡易的な陣地構築の為の資材まで、幅広く詰まっている。これらは、主に草部仍倫が手配したものだ。
あらかたの運搬作業を終えた時点で、風来坊はお役御免となった。生やした【根】に腰掛けてタバコを吹かし、自衛隊に混じって陣地構築に勤しむ須藤史香と、それを【
「果たして、本当に襲いになんか来るのかねぇ……」
メリットなんて無いように思えた。その上、草部仍倫は根拠を話さなかった。しかし、草部仍倫は、それらの情報を補って余りある程の確信に満ちた口調と眼で以て、宮城支部/
風来坊が誰にともなくポツリと呟いた言葉に、遠くからでも須藤史香が過敏に反応する。
「知らないわよ! そん時はあのお騒がせ野郎をとっちめてやるわ!」
「どうして、アナタはそんなにやる気マンマンなのかしら……?」
一人戦意に満ち溢れた須藤史香を前にして、
「そりゃあ、あの四藏匡人が態々向こうから来るってんだから、頼まれんでも迎え撃ってやるわよ!」
恨み晴らさでおくべきか! 須藤史香の脳裏を占めるは献身などではない。個人的にムカついてた奴が、殴っても良い名分を携えてやって来たのだからブン殴る。それだけだ。
その時、時刻が深夜0時を回った。
陣地構築は何とか終わっている。屋上は閉鎖した。隔壁も閉じた。職員はいつでも地下へ降りられる。
この時点では、誰もが半信半疑だった。宮城支部職員も、自衛隊員も、
「――来た!」
けれども、ただ一人これを予期し、信じた者が居た。
最前線にて、暗闇を見据えていた草部仍倫がハッキリと宣言した。
「敵襲だ! 非戦闘員を地下へ誘導し、別支部に避難させろ! 残りは銃持て!」
そして、自身もまた【鎧】を纏って勇猛果敢に打って出る。
「――数分! 数分でいい! 必ず援軍がやってくる! そうなれば我々の勝利だ! いいか、一人も中に入れてくれるな!」
『撃て! 撃て! 撃てー! 散開して光源を撃て!』
黒衣に身を包む蕃神信仰の前線指揮官が、金切り声のバスク語で叫び散らす。
地の利は襲撃者である蕃神信仰の側にあった。指揮官の作戦は転移前に伝わっており、周囲の光源が次々と撃ち落とされ、宮城支部ビルの周辺一帯は刻一刻と暗闇へ落ちてゆく。こうなると、彼等の纏う黒衣が戦術的優位を齎す。闇に紛れる事のできる蕃神信仰に対し、防衛側は宮城支部という光源の側を保持し続けなければならない。この差は大きい。
しかし、ここで一つの誤算があった。
それは――草部仍倫の存在。が、それも無理もない事だ。誰が考えるだろう、まさか彼が
その時、打ち上げ花火のような細い光がどこからともなく「ひゅう……」と天高く登ったかと思うと、「パン」と立ちどころに広がり、宙空に留まって太陽の如く燦燦とした光を放ち始めた。
因みに、この
ともかく、これで蕃神信仰側の狙いは破綻した。闇に乗じてゲリラ的な攻撃を仕掛けようと蠢いていた黒衣たちは、散開した状態のまま、全体を白日の下に晒け出されてしまった。
更に、まるで突如として昼間のような明るさを作り出したその光は、暗闇に順応すべく拡大していた瞳孔を眩ませ、現状把握にかかる時間を引き伸ばす。
『くっ、皆のもの、取り敢えず遮蔽物に隠れ――! うっ!』
気付いた時にはもう遅い。宮城支部ビルから、真っ直ぐに突っ込んできていた草部仍倫が、その勢いのままに飛び蹴りを敢行。指揮官の胸元に、槍先のように鋭い足刀が深々と突き刺さった。
『がっ、ああ……! く、くら、え……クソ野郎!』
それでもなお健気に銃口を向けようとする指揮官の頭部を、草部仍倫は拳骨一つで叩き潰した。そして、その手から銃を奪い取り、辺りの黒衣に乱射しつつ次の指揮官らしき人物へ向かって駆け出した。
彼の目的は唯一つ、宮城支部を死守する事。彼と、妹の保身の為に……今はまだ……MCG側に付いている状況が望ましいと見ていた。
その為なら――守る。
キナ臭いMCGであろうと、蕃神信仰と繋がりを持った近衛旅団であろうと。
「――俺が守る」
一方、草部仍倫が蕃神信仰側に打って出たように、蕃神信仰側もまた迎え撃つばかりでなく打って出る者がいた。
暗闇のゲリラ戦は一転、白昼の銃撃戦へと変貌。戦況は、
『蕃神信仰の連中、てんで駄目だ。ここは一つ俺様がカマしてやるかな』
奴等が黙ってみているはずもない。
傍観者――それも、並の傍観者ではない。今作戦に参戦している彼等は、【骸】に驕り、好き勝手に生きる傍観者の中でも、争い事を稼業としながらこれまでの戦闘すべてを生き残ってきた歴戦の古強者たちだ。
その内の一人、
それは――厳かなる
其の混沌の窯底に生まれし
【
出現した【
アクタン・クバトの【瑞】――【
致命的な鋭利さを帯びた【
『ふはは、
根っからの戦闘狂であるアクタン・クバトの目的は『金』でなく『殺戮』が主だが、『金』はあればあるほど良いとも考えていた。さながら、ゲームのスコアを稼ぐように、慣れない攻撃に怯え逃げ惑う自衛隊員を次々と【
切り込み隊長アクタン・クバトが駆け抜けた後を、これ幸いと他の傍観者たちが悠々続いた。
『ハッハ――! 宮城支部一番乗り!』
意気揚々と【
――ブービートラップ!
ワイヤーに繋がっていた爆薬たちが即座に起動する。寸刻の間を置いて、入り口付近は爆風で包まれた。
死んだか? しかし、首ったけになって物陰から見守る自衛隊員の期待も虚しく、爆風を振り払ってアクタン・クバトが姿を現した。健在――多少の出血は見られるものの殆ど無傷に近い。ギリギリの所で、【
アクタン・クバトは、少し調子に乗りすぎていたかと自省した。気を付けてさえいれば、銃弾やトラップなんぞでは死なない自信と実力がある。だからこそ、こうして身を晒して一人堂々と吶喊してもいるのだ。それを忘れるな、と。
「くそっ、死ね!」
その様子を見ていた須藤史香は遠慮なく悪態を吐きつつ、XM177 -
雄叫びを上げて相手を縛り、意識を上空へ《逸らす》。見せつけるは永遠に落下し続ける幻覚だ。そうして作り出した無防備状態を狙って銃撃――これぞ、銃を渡された須藤史香が即興で編み出した必勝の方程式。
しかし、アクタン・クバトは、その試み全てを一笑に付した。
『――フッ、他愛ない』
身体を直接的に支配せず、間接的に錯覚を及ぼすだけの能力では、彼を仕留めるどことか、留めるにすら至らない。
アクタン・クバトは、際限なく加速してゆく落下の幻覚と、副次的に発生した落下時特有の悪寒を無視し、普段の正常な身体感覚を思い起こしながら、完璧なる防御と、幻覚を見せられる前に目撃していた敵への攻撃を同時に行ってみせた。
放たれた【
「大丈夫かい?」
「……ええ。……どうも」
引っ張ったのは強靭な茶緑の【蔓】だった。風来坊に抱き止められた須藤史香は、礼とも言えぬ礼を残して胸元から素早く脱し、手鏡を使って物陰から身を乗り出さずに様子をうかがった。
アクタン・クバトに対して、宮城支部ビル内部に展開していた第六歩兵小隊による銃撃が行われているようだが、アクタン・クバト周囲の【
こいつは手こずりそうだ、と物陰に手を戻した須藤史香は眉をしかめた。しかしその表情は、すぐに何かに気付いたようなハッとした表情に塗り替えられた。
須藤史香は、必要もないのに声を潜めつつ風来坊の腕を引いた。
「アナタの【瑞】はどこまで届く? アイツの足元に展開できる?」
「出来るが弱い。有効打には――」
「弱くていい! 目印にさえなれば!」
「――成程」
須藤史香の言わんとする所を察した風来坊は、間髪をいれずに【六角の金剛杖】を床に突き立てた。狙いはアクタン・クバトの足元。床下を通じて、そこに可憐な
「山川は、既に戻って来ていた訳だ」
風来坊の言葉と前後して、床から勢いよく飛び出してきたのは【消音】の槍先。次いで、鉄の柄と鍛え上げられた太い腕が飛び出したかと思うと、白刃一閃、アクタン・クバトを真っ二つに両断した。
吹き出した血を避けるように、再び潜った山川は、幾ばくの間を置いて須藤史香の側から現れた。
「山川、職員の避難状況は?」
「順調だ。金營の《能力》は中々使えるな、想定より早く俺たちも避難できるかもしれん。手伝いは俺じゃなくても良さそうだったから職員に任せてきた」
その時、俄に入り口側が騒がしくなってきた。アクタン・クバトは倒せたが、彼が戦線に開けた穴はすぐには塞がらず、次々に傍観者がなだれ込んできていた。第六歩兵小隊が応戦しているが、無能力者だけでは夜シフトの他支部から援軍が来るまで保たないかもしれない。須藤史香は遠慮なく舌打ちした。
「チッ……とにかく、私たちで敵の注意を《逸らし》たり、【フジツボ】やら【植物】やらで補助するから、山川は狩れそうなのを順に狩っていって。味方の弾には当たらないようにね」
山川と風来坊はその指示に頷いた。別の物陰に居る
「行くわよ!」
*
草部仍倫の奮戦も虚しく、前線の状況は少しずつ悪化の一途を辿っていた。練度は比べものにならぬほど防衛側の方が上回っているが、
「――これで、三人目! 一体、何人いやがるんだ!?」
草部仍倫は、両手で名も知らぬ傍観者の頭部を万力のように強く挟み込んで圧し潰した。彼は、蕃神信仰の信者は各個自由に動いていることに気づいて早々に指揮官潰しを止め、傍観者潰しに回っていた。
ヘッドセットから入ってくる第六歩兵小隊の報告によると、宮城支部の内部は何とかギリギリで持ちこたえているようだが、こうまで傍観者が多くては数分もつかどうか。
地下へ続く道だけは絶対に死守するよう厳命し、草部仍倫も彼等の負担を少しでも取り除くべく走り出す。目指すはアクタン・クバトによって切り開かれた一角。
しかし、その前に立ち塞がる者がいた。全身を薄汚れた厚手のローブですっぽりと包む大柄の彼は、年若く男らしい顔付きだけを僅かに隙間から覗かせていた。男は、名を
『よぉ。お前……大将首だろう? 金、金、金……こんだけ暴れまわっといて知らぬ存ぜぬでは済まないぞ。なあ――兄弟!』
それは――胎児の描きし夢。
母体を追い出された発展途上の胎児は、手も未熟、足も未熟、胴も、首も、顔も、性器すら未熟であるが故に、絶対の庇護を
必死の懇願は
【
どんよりとした発光の後、厚手のローブの上に昏く毛深き【
「俺と同じタイプの【
防具……であるならば、その防御を如何にして突破したものか、と勘案する草部仍倫。すると、その様を見たジェリコ・ラジュナトヴィッチが布越しに意味深長な笑声を上げる。
草部仍倫も、その笑みが単なる戦意高揚の表れでないとは勘付いていたが、正体はさっぱり知れず不気味に思った。何の笑みだ……? その答えは、存外にもすぐに示される事となった。
それは――埒外の具現。
比して大、故に庇護の義務を植え付けられた婚外子は、弛まぬ研鑽を題目と掲げ、一日も
【
揺らめく【
「二つの……【
そんな事は有り得ない。【骸】は一人に一つのみ与えられる神秘。与える者が『纏骸皇』が『蕃神』かは教義によって分かれる所だが、その点に関しては有史以来揺らいだことのない事実の筈。
それが……これはどういう事だ。草部仍倫にはさっぱり分からなかったが、ゆっくりと腰を落ち着けて考える余裕もない。
ジェリコは、力強く荒々しく「ダン!」とコンクリート地を蹴り飛ばすと、大股で上段から斬りかかってきた。
遠距離の安全圏から攻めて来ない所を見るに、直接触れなければ有効打にならない能力である事は明らかだ。草部仍倫は、疑問のみに囚われかけていた思考をパッと切り替えて、脳天めがけて振り下ろされる【
しかし、問題はその後に起こった。腹に埋もれた拳を包む妙な感触。まるで巨石に生皮と生肉を被せた所を殴りつけたような、到底、人とは思えぬ鈍重な感触……。
『効かねぇんだよなァ!』
「くっ、やはり【防具】……! 正面からは通らないか……!」
どうやら殴った衝撃が全て吸収されてしまっているらしく、ジェリコはその場から一歩も動かず再び意味深長な笑みを浮かべてみせた。
身を翻し、離脱しようと試みる草部仍倫。しかし、その時既に、ジェリコは【
「ぐっ……!」
草部仍倫もそれを感知し、殊更に身を捻った事で串刺しにはならなかったものの、運悪く【
武装の【能力】を喚起する分には、それで十分である。
傷口に、なにかが蠢いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます