四番目の解・破

4-3-1 四番目の解・破



 四番目の解・破



 もっともらしい権威には、もっともらしい演出が必要だ。

 此度の『宮城支部襲撃作戦』に参戦する人員は、あまった傍観者たち十数名と、銃器で武装した蕃神信仰のひら信者約150名(バックアップ要員含む)……この程度の人員では、何時もの集会のように『駒台の間』を使うと余白が広すぎて駄目だ。どうしても、そこに目がいってしまう。

 そこで、俺は急遽、別の拡張領域である『胚胎はいたいの間』の一部を改装して使う事にした。

 殺気立った猛者たちが所狭しと整列する様を見ていると、何か、こう……こみ上げてくるものがある。これは一体なんだろう。俺の思考がその正体へと至る直前、与えられた己の役割を愚直に遂行したТретийトレーチィくんが大声を上げた為に、敢え無く全て吹き飛んでしまった。


『者共、聞け! これから奔獏ほんばく・ゼㇰセス様から有り難いお言葉を賜る! 心して拝聴しろ!』


 どうぞ、と小声で促されたので、一応前にでてみる。が、しかし、別に言うことなんてあんまりない。どうせ、ここにいるものたちは大体死ぬだろうし。

 けれども、なら、こういう場面で何も言わないというのは不自然なので、適当に士気の上がりそうな事を言っておくことにした。あまり長くなってもウザいだろうから短めに行こう。


「――どうして、君たちを選んだと思う?」


 唐突な俺の問いに、誰もが沈黙して答えない。果たして、返事を求められているのか、答えていいものかと測りかね、困惑気味に辺りを窺っている。予想通りの反応。誰かが口を挟まぬうちにと俺は畳み掛ける。


「それはね……君たちこそが、残っている信者の中で最も戦意に燃え、最も信仰心に優れ、最も理想的な舞手だからだよ」


 声ならぬ息遣いが一斉に広がる。ひら信者たちが色めき立った。傍観者の連中はピンと来ていないようだが、蕃神信仰の信者にこれは効く。


「それだけに今作戦の目的を伝える事が出来ない事が残念でならない。しかし、心配はしていないよ。何故なら、そういった論理を超越した所に君たちの信仰心はあるからね」


 彼等は、教義に則るならば舞手(駒)にすらなれぬ存在なのだ。戦いたがりは死にたがり、死にたがりは救われたがり。

 ――大丈夫だ。

 全員、俺が殺して救ってやる。

 アーティストのライブのような派手な盛り上がりはないが、静謐の器を密やかに満たしてゆくような高まりを感じる。ここらが切り上げ時か。


「求めよ、さらば与えられん」


 聖書からの引用で適当に締めくくると、そうとは知らない馬鹿どもがドッと鬨の声を上げた。良かった、士気高揚の試みは成功したようだ。

 その盛り上がりが冷めてしまわぬよう、عَشَرَةアシャラに指示を出して彼等を現地、宮城支部ビルへと輸送させ始めた。二度、三度の輸送で、傍観者を含む参戦予定者全員が拡張領域から消えた。今頃は各々の戦意が赴くまま、好き勝手に暴れている事だろう。

 さて、息つく間もないが、こっちも動き出さなければ。戻ってきたعَشَرَةアシャラの手をТретийトレーチィくんと共に掴んで一路、『銀冠の小部屋』へ。すると、そこには勧誘したクローン連中の他、こいつは使えそうだと俺が選抜した蕃神信仰の元・信者たちが二十数名ほど待機しており、皆、俺たちを無言で迎え入れてくれた。

 عَشَرَةアシャラТретийトレーチィくんが、俺の側から離れて向こうに並ぶ。成程……ここでも何か言え、と。


「ふふふ……」


 分かったよ。全く木鐸リーダーは面倒が多くて大変だな。俺は気取った仕草で黒衣を翻し、作り声を響かせた。


「準備の準備がようやく終わった。これからは『仕込み』と『情報収集』を執り行う段に入れる。それもこれも、皆の献身あってこその事。――だが、今度は謝辞など述べない!」


 前と同じような流れで感謝する、と思わせておいて、外してみた。

 その振り上げた拳はなんだ? 前で構えた両手はどうした?

 俺は、陶酔のうちに含み笑いを押し殺し、高らかに続けた。


「MCG機関も、近衛も、蕃神信仰も、現代魔術聯盟も、変異者ジェネレイターも、纏骸者も、魔術師も、忌術師も、我々クローンも……全ては踏み台に過ぎない! その上で言う! けして、道半ばで野垂れ死んでくれるな!」


 お前たちに俺が必要なように、俺にもお前たちが必要だ。今、この部屋の中にはかつてないほどの一体感がある。クローン連中も、新参の蕃神信仰の元・信者連中も、皆一緒だ。

 ――素晴らしい!

 目標があるとは、目標へ向けて邁進するとは、斯くも素晴らしい行いだったのか!


「ここに第三段階への移行を宣言する! 共に行こう! 迷いを捨て、ただ俺の背中を追ってこい……!」


 俺が踵を返して堂々と進めば、背後に続く者たちの力強い足取りが伝わってくる。そうだ、我々に歓声なんて必要ない。ただ、粛々と進むだけだ。

 未だ至らぬ身ではあれど、皆の為、宇宙の為、そして何よりの為……この一件に限り『羊飼い』を務めさせて頂く……!

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