3-3-3 暗躍する影



 同夜、灰崎炎燿の訪問と時を同じくして、別階の十二林杣入の部屋にも訪問者がいた。

 呼び鈴の音色に導かれるように、十二林がドアモニターを覗き込むと、そこには艶島九蟠が婀娜っぽく身をくねらせ、胸を強調させるように腕を組んで立っていた。クローンとしてこの地球に放逐され、頼るアテもなく乏しい知識で自分なりに足掻いた挙げ句に身に付けた処世術が、今も無意識にそうさせていた。

 自分と違って。

 彼我に与えられた環境の差に憐れみを抱きつつ、十二林はドアを開いて来客を迎え入れた。


「何の用だ」

「もう、玄関先で話せる事でもないわ。夜中に女が男の部屋を訪ねてるんだから……ふふ、中に入れてもらえる?」

「ああ……」


 半身になって道を開けると、艶島はランウェイを行くモデルのような気取った歩き方で滑るように上がり込み、躊躇いなくソファの上座に腰を下ろしたばかりか、行儀悪くソファに足を上げて寝転がった。

 それを見て、さっきまで十二林が感じていた憐れみは風前の塵の如く拭きとんだ。追って、十二林は扉を閉め、対面のソファに座る。


「あら、手ぶらなの? 客に寛いでもらおうという心意気はないのかしら」

「はぁ、それよりもさっさと本題に入ってくれ」

「ふふふ……せっかちなヒトね、それじゃあ言うわ」


 艶島は完全に寛ぎに入っていた体を起こして十二林の方へ向き直った。


「昼頃、匡人様とお会いした時……貴方は何を見たの?」


 彼女の紫眼が鋭さを帯びた。それにつられて、十二林の意識も引き締まる。

 艶島の言う「何を見た」とは、握手をしようとして手を離した時の事だろう――十二林がそれを思い出した瞬間、彼の全身を身震いが襲った。

 恐ろしい……それでも、締め付けられているかのような喉を鳴らして十二林は何とか答えた。


「悪いが……それは言えない。彼の許可を得ずして思考の中身を勝手に喧伝するなど、道理に反する」

「ッ――分かってるわよ、そんな事!」


 艶島は突如として声を荒げ、堰を切ったように捲し立てた。


「でも、あれ程ノリ気だった貴方が心変わりする程のものとは何なのか、気になって当然じゃないかしら! なんだから!」


 彼女は今、多大なストレスに晒されていた。環境の急激な変化もそうだが、四藏匡人が何も話してくれない事が大きかった。それも今日までは我慢していたのだが、昼頃に十二林が先に知った事で崩壊。余裕の皮に隠された地金が露出してしまっていた。


「忘れないで! 貴方は今も私の支配下にある事を! いざとなれば……!」

「いざとなれば、何だ。能力で無理矢理に吐かせると? ふん、出来もしないことをヌケヌケと」

「くっ……! 匡人様が貴方の自由意思を尊重すると言うから、私は……!」


 胸元を抑え、体を丸める艶島。その下に残る『傷跡』だけが、今の彼女の正義だった。

 少し、艶島の様子が落ち着いた頃を見計らって、十二林は至極かったるそうに話しかけた。


「分からないな」

「……何が、分からないのかしら」

「君が真に四藏匡人という男を尊重しているのか、それとも私利私欲を満たす為に利用しているだけなのか、分からないと言ったんだ」

「そんなの、決まってるじゃない……私は匡人様を尊重しているわ。でも……このままじゃ耐えられないの」

「はぁ、もし、君が本当にどうしても彼の考えを知りたいのなら、直接聞くしかないだろう」

「そう、そうよね……それが普通よね、なんだから……」


 艶島は、最初から分かっていたように頻りに頷くと、入室時の生気を見る影もなく引っ込めて幽鬼のように十二林の部屋を後にした。



    *



 厨川半心軒くりやがわ はんしんけんは、あてがわれた部屋内に監視カメラ、盗聴器の類が仕掛けられていないか注意深く確認した。その姿には、今朝に四藏たちに見せた田舎者らしい素朴さはなく、細大漏らさずに目的である『定時報告』を成し遂げようとする軍人の抜け目なさだけがあった。

 確認後、厨川は、秘密裏に持ち込んでいた端末から連絡を取った。相手は近衛旅団副旅団長、弓削清躬大佐である。『異常なし』と暗号を使って報告すると、すぐに向こうからも返事が来た。


『明日、一三一五ヒトサンヒトゴウ。【甲】が一般兵二名を引き連れてそちらへ向かう。可能な限り奴の素性を探れ』


 【甲】がこの人工島に来る。その文面を見た途端、厨川は声を押し殺すことに注力せねばならなかった。

 厨川は、軍属する以前の纏骸学舎時代から弓削清躬に対して個人的な敬意を持っていた。それ故に容易に弓削派へと転んだ。

 この命令にも逆らうつもりは毛頭ない。ない、が……。


「ヒトには得手不得手ってモンがあるでしょう……」


 この厨川という男、自虐するだけあって器用な方ではない。口八丁手八丁といった搦め手とは対極に位置する不器用な男だ。状況に応じて自然に探りを入れるなど到底不可能。

 しかし、軍人が泣き言を言ってどうする、とそう自戒し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 送られてきていた文面は既に消えていた。

 迷いは消えていない。だが……やらねばならぬ。

 より良き未来の為に――!


「ひとまず……あいつらにも話を通しておくか」


 こんな事もあろうかと、護衛の二人には弓削派に転んだ者を連れてきている。

 突然の事だが、きっと快く協力してくれる事だろう。いやそうでなければ困るんだが……。厨川は、そんな縋るような気持ちを抱きつつ、部屋の外へと歩み出した。



    *



 翌朝、俺含むRED五名は、朝食を取る為に宿泊施設の二階へ向かった。二階と三階が食堂となっているのだ。二階層を使ったその広さ故に時間はズラさずとも、この宿泊施設内の客人分は滞りなく賄えるそうだ。

 方式はビュッフェスタイル。開始の音頭もなく、起きた人からご自由にどうぞ、という感じだった。

 和食……らしきものもあったが、昨日のエセ中華を思うと中々食指が動かない。色々と周囲のラインナップを見渡してみて、無難にパンとバター、それからフルーツで腹を膨らませる選択を取った。

 そして、最後にミルクをコップに注いだ所で、イサと鉢合わせた。


「おはヨ!」

「おはよう」


 イサは、フィリピンの近衛旅団に当たる【別地球方面コマンド (AECOM)】の第四歩兵小隊の副隊長らしい。隊長でないのは惜しいが、まあ考えても見れば当然か。二宇さんを諜報部隊の隊長にしている近衛旅団が特別なのかもしれない。

 見ると、イサの持つ皿には見慣れない料理が盛られていた。彼も俺の視線に気付いたようで、フィリピンの郷土料理であると紹介してくれた。


「マサトも食ってみるカ?」

「いや……」


 折角だが、食いたくない。こういう郷土料理なんてものは得てして現地人以外の舌には合わないものだ。日本国内でも大概そうなのだから、海外なら尚更。朝から気分を害したくない。食わず嫌い? 上等。


「一応、護衛の任務で来ているからね。慣れない料理を食べて調子を崩したくはない。今日のところは遠慮しておくよ」

「……マサトは真面目ダナ!」


 そのイサの言葉には、なにか別の意味があるように思えた。しかし、考えてみると、それもそうかと納得せざるを得ない。なにせ、彼とは昨日の内に話を付け終えているのだ。それなのに「任務の為」などと嘯く俺は、彼の目に些か滑稽に映ったのかもしれない。

 それじゃあ、と俺が別れの言葉を述べようとした時、突然イサの後ろから色彩豊かな布に包まれた手が伸びてきて彼の耳を引っ張った。


「イ、イテッ……Ligayaリガヤ!? どうして、ココに!?」


 振り向いたイサに向かって、イサと同じ軍服を着た妙齢の彼女リガヤは、黄金のように眩いツインテールを振り乱しながら、外国語――恐らく、フィリピンの公用語であるタガログ語――でなにやら捲し立て始めた。内容は分からないが、とにかく怒っているような雰囲気で、時折俺の方にも厳しい目線を送ってきた。イサも少しは言い返している様だが、すっかり恐縮しきったような感じだ。

 上司なのだろうかと二人の関係性について考えていると、向こうの話に一段落ついたようでイサがこっちに向き直った。


「スミマセン! 彼女は私の上司、隊長さんダヨ。ドウやら予定より早く到着したみたい……それデは!」

「ああ、また……」


 二人は会話を交わし合いながらどこかへ去っていった。

 あの隊長さん、昨日は見かけなかったが、「到着」という言葉から察するに新たに来たのだろう。近衛旅団にはどうだろう、増員があったのだろうか? MCGからは? 俺は何も聞いていないぞ。

 その時、ちょうど料理を選び終えたらしい螺湾さんと共にテーブルに戻ると、灰崎さんが赤いソースのかかったパスタを貪りながら出迎えてくれた。


「おう戻ったか。あれ、イサ……だったよな? アイツと何を話してたんだ?」

「いえ、何も。挨拶だけで、新しく来た隊長さんに連れて行かれました。それより、どうも彼女は増員らしいのですが……MCGからそういう連絡ってありましたっけ?」

「ないな」


 灰崎さんと、俺の隣に座った螺湾さんも「知らない」と断言してくれたので、俺は安堵して食事を始められた。連絡不足はいつものことだ。

 正面では、十二林杣入と艶島九蟠が同じく食事をしている。そちらへふと目を向けると、十二林は怯えたように目を逸らした。昨日から継続して艶島が説得してくれているそうだが、情報部(と螺湾さん)は別にやる事があるらしく、あまり進んではいないと見える。

 まあ……急ぐことでもない。結局は彼の自由意思にかかっているのだから。

 彼が望むのであれば、こちらからも求めよう。

 だが、彼が望まぬのであれば……こちらも強くは言わないさ。

 俺は十二林をおどかさないように視線をズラして、硬いパンをかじった。



    *



 午前の会議が終了し、時は午後の会議開始四十五分前――レヴィ少尉が護衛の一般隊員二名と共に人工島に到着する時刻となった。

 人工島には強力な認識阻害が掛けられている上に、絶えず移動し続けて同一の座標を使えなくしている。また、とある処置によって隔絶されている為、二宇の影を伝う【瑞】では移動できない。それ故、レヴィはMCG所属の段睿だん るいの手を借りた。

 レヴィが護衛二名を引き連れて例の部屋から出ると、廊下で待ち構えていた厨川半心軒くりやがわ はんしんけんがこちらもまた部下二名と共に恭しく出迎えた。


「レヴィ少尉、お待ちしていました」


 厨川の階級は大尉。少尉のレヴィより二階級も上だが、それは今だからであり、将来は分からない。なにせ、北條嘉守ほうじょう よみもり旅団長のだ。いくら厨川が田舎者といえども、その辺りまで気が回らぬほど鈍くはない。弓削派どうこうは一旦抜きにしても、礼を尽くして損はないと判断したのだ。

 レヴィの方はというと、余り関わりのない上官からの予期せぬ歓待に目を丸くして、分かりやすく「驚いていますよ」と態度と表情で示してみせた。


「オゥ! 態々ドウモ、オ構イナク?」

「そういう訳には参りません。どうぞ、会議場までご案内します」


 噛み合っているんだか、合っていないんだか、微妙にギクシャク感ただよう会話の流れで、彼等一行は会議ビルへと向かい始めた。

 道中、厨川と彼の部下二名はちらちらと落ち着きなく目配せをし合う。

 どうする? 何時仕掛ければいい? どうすれば正解なのだ?

 厨川と気の合う部下二人というだけあって、誰もがその場の機微を掴みかねていた。

 とその時、不意に周囲の人気がコンクリートの向こう側へと消失した偶然を以て、レヴィ少尉は足を止めた。


「所デ……コンナ話ヲ聞イタ事ハアリマセンカ?」

「は、話……?」


 話しかけられた厨川は、満面の笑みを浮かべるレヴィの方を振り向くも、彼女が何を言いたいのか分からず、困惑しきっている。その様子を見て、レヴィは何故かますます上機嫌になった。


「ソウ、話デス」

「そ、それは、なんでしょう。特に、心当たりは御座いませんが……」

「コレガ、ハハ、笑ッテシマウ話ナノデスガ……」


 ハハハ、と周囲の耳目を惹き付ける可憐な笑みを浮かべた後、レヴィは唐突にふっとその色を消した。およそ、人情というものを一切感じさせない顔。しかし、その時、厨川の全身の毛を逆立たせた主犯はそれではない。

 彼の戦士としての本能が道理を越えて予期したのだ。

 この先に待つ、死刑宣告の如き断罪の言葉を……。


「纏骸皇ヲ裏切リ、近衛ヲ裏切リ、『弓削派』ナル烏合之衆ヲ結成シヨウ等トくわだテル、取ルニ足ラナイ与太話……」


 レーキ……!


 目も眩む光が収まった後、レヴィ少尉の手には異端者の大杖ヘレティックス・スタッフが握られていた。



    *



 会議場ビルの裏口に蠢く人影が二つ。会議の合間を縫ってこっそりと抜け出してきた灰崎炎燿はいざき えんよう法倉螺湾のりくら らわんだ。

 この場所は昨日、灰崎がちょくちょく会議を抜け出して選定した、密会にうってつけの場所だ。裏口の扉を開いてその陰に入り込むと監視カメラを遮る事が出来る。その死角を補う為か、これ見よがしに銃をぶら下げた警備の者たちも多数配置されていた。が、これは問題にはならない。彼等には政治的な機密に関わる事を話したいと言って金銭を握らせ、少しの間だけ目を瞑ってもらう事で簡単に解決した。

 会話の声が届かない位置にまで警備の者たちに離れてもらった所で、灰崎が螺湾をせっついた。


「よし、さっさと出すもん出しな。とやらを」

「乱暴だねぇ……まあ、報酬が貰えるんなら何でもいいけどサ」


 螺湾は、懐からMCGにマークされてない完全にスタンドアローンの携帯端末と、容量256GBのUSBメモリを取り出して本題に入った。


天海祈あまみ いのりの情報だけどさ……いやあ、これがさっぱり。執拗に隠匿されてて、正直僕や事務三課の連中如きじゃどうにもならないね」

「そうか。ま、大して期待はしてなかったがよ」

「おいおい、悲しいねぇ」

「別口でMCGの外にも頼んでるから、そっち待ちだなぁ」

「まあ、聞いてくれよ。天海祈の方は駄目だったけど、もう一つの方――匡人くんの方は、短期間だったけど結構収穫があったんだよ」


 だから呼び出したのだ、と螺湾はUSBメモリをこれ見よがしに左右に振った。そこに入っている情報データは、灰崎がで頼んでいた方の調査結果だ。


「僕たち事務三課は雑用係みたいなものだし、あんまりそっち交渉部の仕事は詳しく知らないんだけど……人事ファイルってさ、『仮』で一旦作っとく時あるじゃん?」

「ん、ああ、まあな。取り敢えず、っつーことで、俺たちに穴あきの身上情報を寄越す時に『仮ファイル』とでも称すべきものは出来るな」

「実は、その残骸がかなりの数見つかったんだ。この中に入っているのは、サルベージ出来た『仮ファイル』の残骸と……後は見れば分かるような細々としたもの」

「『仮ファイル』の残骸……って、匡人のも?」

「当然あった。その作成日時は、なんと『本ファイル』の

「二年前……?」


 灰崎は怪訝そうに眉をひそめた。それほどまでに、これは有り得ない数字なのである。『仮ファイル』の作成は、即ち対象の勧誘間近を意味する。なぜなら、変異者ジェネレイター(この場合は四藏匡人)はREDと分類され次第、交渉部レッドチームや天海が消化してゆくからだ。天海の前に四藏匡人に直接接触したMCG側の人間は存在しなかった筈である。

 今でこそ多忙な日々を送っているが、交渉部レッドチームなんぞは昔は閑職であった。故に、そこから暇な交渉部レッドチームがどう丁寧に調査しようと、どう後回しにされて処理が長引こうと、引き延ばされる期間は精々が半年。年単位での放置なんて丸っきり未知の世界だ。


「意図的に何処かで差し止められ、割り振られなかった……? だが、そうする理由、メリットはなんだ……?」


 明確な意図なしには起こり得ない。じゃあ、一体、それはどのような意図なのか。

 ……分からない。

 しかし、意図かはともかく、意図かは明らかだ。現実にそんな事ができる人物なんて、心当たりは一人しかない。四藏匡人を勧誘してきたあの人物にならば、恐らくは……。


「話はまだあるよ」


 螺湾は、自らの思考のみに沈みかけていた灰崎の意識を引き上げる。


「匡人くんが『瞳さん』って呼んでた子はもっと凄いよ。可愛川瞳えのかわ ひとみだっけ。そっちはなんと

「ご、五年……!?」


 絶句した。可愛川瞳――『瞳さん』の話は、折りに触れて四藏から聞いている灰崎だ。

 四藏匡人の話によると、彼女はついでのようにMCGに勧誘されたらしい。それは、過去に人事ファイルでも確認し、可愛川瞳本人にも世間話程度に聞いた記憶がある。

 五年。その年月を思うと、否応なしに灰崎の気分は高揚した。ようやく、辿り着けたような気がしたからだ。

 天海の超越的な思惑。その一端、影をようやく踏むことが出来た……!


「その可愛川瞳が親から引き継いだっていうアパートなんだけど、登記簿謄本とうきぼとうほんを調べた所、そこは三十年前ぐらいから変わらず古川久司ふるかわ ひさしって100歳近い爺さんの所有なんだ。つまり……『嘘』を吐いたって事になるね。で、その古川ってのは、どうも不動産屋である他に変異者ジェネレイター、MCG職員でもあるらしいんだよね。分類クラス・コード:BLUEの」

「……つまりはこういう事か? 可愛川瞳は早くとも五年前、遅くとも二年前の時点でMCGと繋がりがあった……」


 螺湾は大きく頷くことで灰崎の推論を肯定した。

 二年前。『仮ファイル』のその数字は、四藏匡人が可愛川瞳に拾われた時期とも大方一致しており、全ての辻褄が合う。


「だが、何の為にそんな嘘を……何の為に匡人を拾った……?」

「それは分からないけど……とにかく、一次経過はここまでね。後は更に強固なセキュリティを突破しないといけないから。ま、適当に頑張ってくれよぃ!」


 ぶつぶつと呟き続ける灰崎に、螺湾は携帯端末とUSBメモリを押し付けた。

 答えなどすぐに出るものでもない。それに、今は会議に戻らなくてはならない。


「チッ……ったく、メンドクセェ。天海の野郎が何を考えてやがるか、それが分かったら――」


 どうせ碌な事じゃねぇだろうし、出来得る限りの嫌がらせをしてやる、と言おうとしたが、それは大きな爆発音と振動によって遮られた。


『何だ!? 何が起こった!?』

『CQ! CQ!』


 遠くに離れていた警備の者たちが、混乱した様子で耳元のヘッドセットから司令部CQに連絡を取る。灰崎と螺湾も、事態を把握すべく共に周囲を見渡した。すると、乱立するビルの向こうに、もうもうと煙が立ち上っているのが見えた。

 北西の方角――襲撃か!?

 あちこちから警報が鳴り響き出す中、爆発音はなおも次々に連鎖して発生し、地響きを伴って徐々にこちらへ近付いているようにも聞こえる。否応なく危機感が湧き上がり、彼等の心身をせっついた。


「逃げるぞ、螺湾! 匡人の所へ向かう!」

「匡人くん……オーケー、そういうことね! 理解した!」


 匡人の能力ならこの人工島から脱出できる。――いや、この事実を換言すると、匡人の能力行使に制限がかかっている以上、早急に彼等が匡人のもとへ向かわなければ匡人含む会議場の三名が逃げられない。

 自らの保身と他者の保身を一緒くたにして、二人は一目散にビル内に飛び込んだ。


「そうはさせん」


 しかし――想定していたよりも老いた風体の襲撃者が一人、堂々とその身を晒して二人の前に立ちはだかった。


「突然で悪いが……老人の戯れに付き合ってもらおう」


 紫煙をくゆらす老漢がそう言うと、二人の背後の裏口扉が独りでに閉まり、ガチャリと固く施錠された。

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