3-3-4 ファーストコンタクト その1
遂に聞こえ始めた爆発音と警報、間もなく作戦開始となるだろう。それを悟った[
「はぁ……はぁ……」
『どうした、お前。臆したか?』
隣に整列する、同じく一兵卒としてこの人工島に派遣されてきた、朝鮮半島出身の[
これから、
そんな
『
今回、彼女が差し出したものには、
『お前は今作戦の要だ。命に替えても、仰せ付かった大任を果たせ』
『……ああ……勿論だ。必ず……必ず、遂行してみせる……』
『今作戦では、陣地構築用結晶の他にも中級
安心しろ、と
――行ける。俺はやれる、やれるぞ!
余裕の内に湧き上がる活力が、失意に沈んでいた頭を冴えわたらせた。気合を入れ、目を大きく見開いた
この様子なら大丈夫であろうと
とその時、アメリカ出身の部隊長――[
『時間だ! 我々も行動を開始する!』
*
「レヴィ少尉! 我々の間には、何か、重大な誤解があるように思われます!」
「問答無用!」
後退って距離を取りつつ命乞いのような言葉を並べ立てるも、レヴィにそれを聞き入れる気は全くないようで、混乱する護衛二名に対して躊躇なく「撃て!」と攻撃指令を下した。
もはや、戦闘は避けられないのか――!?
厨川の部下とレヴィの護衛、その両者の持つ
「ば、爆発――!」
互いがその衝撃に押されるようにして飛び退った事により彼我の距離は少しばかり開き、二人の指揮官は
「新手デスカ!?」
「反応は青――魔術師です! 数は二……いや、一つ!」
護衛が読み上げると同時、ビル二階のベランダに立つ
『アァァァァァァァイ! [
脇を抜ける潮風に黒いケープと
『怯えているのか? 子犬ちゃんめ! ホレ、腹ァ見せてみ!』
「また、妙なのが増えた……!」
「厨川大尉!」
「お、俺たちはどうすれば……!」
混乱し、上官である厨川に指示を求める部下二名。しかし、彼等の命を背負う厨川もまた、この状況について行けていなかった。
あの闖入者……一体、何者だ!? 青の反応……魔術師なのか? レヴィ少尉は臨戦態勢……闖入者の方もそうだ。つまり彼女とレヴィ少尉は敵対していると見て良いのか!? 敵の敵は味方か? 敵か? ……どっちだよ!?
どうすればいい!?
どっちにつけば……!?
どっちから倒せば……!?
「大尉!」
「大尉!」
切羽詰まった部下二名の声が、逡巡する厨川の背中を激しく叩く。普段から信を置く彼等の呼びかけが、今だけはどうにも鬱陶しく思えて仕方がなかった。
鬱陶しくて、鬱陶しくて……脳内でグルグルと回り続ける答えの出ぬ問いと合わさり、遂に厨川は我慢の限界を迎えて爆発した。
「あ~もう、せからしか! こういう頭脳労働は
それは――錬成されし
【
厨川の全身を覆っていた白光が収まると、そこには日光を浴びて白く輝く、両端に拳大の
ぶん、ぶん、と二つの
「全員、此処でぶっ潰しちゃる! レヴィ少尉だけは生け捕りじゃあ!」
言ってしまうと気が楽になった。その単純明快な指示を受け、部下二名も心を決めて構える。レヴィの護衛二名と違って、彼等は武器を取り上げられている。が、それでもやれる事はある。
「良イデスカ! 臨機応変ニ両者ヲ叩キマス!』
『ばらばらに吹き飛ばして魚の餌にしてやる!』
「はぁぁぁぁぁぁっ! チェェェェェストォ!」
その時、遠方で一際大きな爆発音が聞こえてきた。
それが、この三つ巴の戦いの始まりを告げる
*
俺と情報部のクローン二人は、食堂で昼食を食べ終えると会議場へ戻った。その時の時刻が確か十二時半。
自席に座って資料を閲覧する俺と違い、クローン二人はあちこち歩き回って、環太平洋国の様々な要人たちと会話していた。なんでも、情報部としての仕事があるのだとか。外国人と会話は出来るのか? というと、
それが一通り落ち着いて二人が俺のもとに戻ってきたのが、大体十三時十五分ごろ、会議開始時刻の四十五分前。
「灰崎さんは?」
と、俺は資料を机に置いて尋ねた。食堂の混雑故に、別テーブルで食事した灰崎さんが中々戻ってこない事を少し疑問に思っていたからだ。すると、艶島が俺の肩にしなだれかかりながら答えた。
「灰崎……? あっ、彼なら昼食の後、法倉螺湾を連れて何処かへ行く姿を見かけたような気がします」
「……ふ~ん」
いやいや言ってくれよ。しなだれかかってくる様な暇があるならさ。
……まあ、いいや。今は大目に見よう。信頼関係の構築を優先したいからな。
しかし、その二人が揃ってという事は、俺が伝言を頼まれた例の事だろうか? と、耳にかかる吐息に著しく気分を害しながらも考える。なら、俺も後でこっそりその内容を教えて貰いたい所だ。まあ、REDの立場で大した調査が出来るとは思えないので、さして期待せずにいよう。
そんな失礼な事を考えながら、なんとなく十二林の方を見遣ると、慌てふためいた様子で目を逸らされてしまった。まだ駄目か……う~む、望み薄か? 是非とも欲しい人材なのだが……いや、諦めるのは、再びこっちからアプローチをかけてからでも遅くない。
この会議後に仕掛けようかと考えを纏めている時だった。突然、ズズンと地響きが椅子を通して臀部に伝わったかと思うと、けたたましい警報が痛いほどに鼓膜を叩いた。
「きゃああっ!」
驚いた艶島が強くしがみついてくる。
一体、何が起こったんだ? 俺は動きを阻害する艶島を押し退けながら状況を把握すべく辺りを見回すが、混乱する人々以外になんら情報を得られない。更にそこへ、畳み掛けるように追撃の銃声が鳴り響いた。反射的に艶島の頭を押さえつけながら共に机下に潜ると、頭上を何らかの飛来物が通り抜けていった。小刻みな銃声、破壊音、そして悲鳴。机上の物品が弾けて破片が降り注ぐ。
正体不明だが――襲撃には違いない。
しかし、その手段や目的はともかく、まさかこの人工島を襲うような命知らずが存在するとは……
更に加えて言えば、
再び地鳴りが始まるが、今度の発生源はこの会議場内だ。視界が陰り、頭上には常識外の量の土石流が忽然と現れていた。隣に避難してきていた十二林が呻く。
「アレはどっちの攻撃なんでしょうか……!」
「分からない。だが、どちらにせよ、俺たちを気遣っているようには……見えないな!」
俺は、二人を抱えて、土石流に巻き込まれない位置を《掴んだ》。遍く世界が、宇宙が、俺とクローン二人を除いてほんの三メートルばかし動く。座標を使う転移は禁じられているが、使わない転移ならば今もこうして使う事が出来る。
しかし――不味いな。机の影からも知れる激しい土石流は、会議場の入口の方へ向かって流れてゆくから、これは恐らく味方の攻撃なのだろうが、それはつまり敵は入口側に居るという事を示唆している。これは非常に不味い。なにせ、会議場の入口は片側にしか存在しない。そこを押さえられた今、俺たちは袋のネズミだ。
「匡人様、どうしますか!? 戦いますか!? 逃げますか!?」
降りかかる土石流の飛沫を鬱陶しげに払いながら、艶島は俺に意見を聞いてきた。
「どちらも違う。俺たちは生き残る! いや、生き残らなければならない! その為に戦い! その為に逃げる! その為に――まずは居場所の分からない二人と合流する!」
他の
この場には、俺以外にも転移系の能力を持つものは居るだろうが、果たして俺たちを安全地帯まで連れて行ってくれるかどうかは分からない。彼等は、まず己の
遠からぬ内にMCGからも近衛旅団からも増援が送られて来るだろうが、戦闘が収まる前に貴重な転移系の人材まで寄越してくれるかどうか……それに結局、それまでの間の自衛は必要だ。
「四藏様に現在かけられているロックについては知っています。ですので、合流を目指す方針には理解を示しますが、具体的にはどう致しましょう。奇しくも私共の席は入口から遠い位置ですので、暫くは対応を余儀なくされた入口側の者たちが応戦してくれるでしょうが……」
と、そこで十二林は言い淀んだ。
その間にも、入口側からは絶えず振動と衝撃が伝わってきており、机の向こうで行われている戦闘の激しさを物語っている。
俺は、十二林の話を聞きながら手鏡を取り出してその戦闘の様子をうかがってみた。戦況はごちゃごちゃとし過ぎていて良くわからないが、敵はじりじりと戦線を上げてきている。これは……時間の問題かもしれないな。
直後、狙ったのか、それとも流れ弾か、差し出していた手鏡に何かが命中して何処かへ吹き飛ばされてしまった。《掴む》のも間に合わないほど、一瞬のことだった。俺は遠慮なく舌打ちした。
「ちっ、くそっ……二人の位置特定は東京支部の事務に頼んでみる。灰崎さんも
カバンの中のタブレットを弄り、緊急回線を通じて手早く位置情報を請求する。……これで良し。人工島の異常は向こうにも伝わっているだろうから、万が一にも拒否される事はない筈だ。返事が来るまで生き残り、そしてタブレットも守りきればいい。
「よし、ひとまずは機を見てここから脱出する」
「脱出? ど、どのように致しましょう?」
「ああ、それなら――」
ひとつ、アテがある。
そう言おうとした時、突如として奥側の方の机が破られ、人ひとりが通れるぐらいの穴が出来た。間髪入れず、そこからヌッと顔をだしたのは、俺が思い描いていた通りの人物だった。
「マサト! 探したヨ、やっぱりここに居たカ!」
「――イサ、君を待っていたよ」
イサの手に握られている、末広がりな台形の刃を持つ【
イサの背後には、彼の上官、リガヤ・ババイラン少尉の姿もあった。この状況下でも勝気な表情を崩さず、腕を組んで机にもたれかかるようにして座っている。余程の自信家なのか、アクビをかます余裕まであるらしい。
「リガヤ少尉も来てくれたのか」
「他の皆は死んじゃッタ! けど、Ligayaは生きてたから、一緒に連れて来たヨ! お願い! マサトの能力で一緒に避難させテ! 私達、MCGの転移系
思い返してみると、彼等フィリピン軍の姿は会議場になかった。つまり、彼等は外に居る時に襲われたのだ。あの戦闘の激しさを思えば、纏骸者でもなく武器も取り上げられた護衛たちに為す術もなかっただろう事は想像に難くない。
その時、カバンの中のタブレットが振動した。画面を見ると人工島のMAPが開かれており、位置情報が二つマークされていた。
この位置――ビルの裏口か!
更には医務室の座標もついでとばかりに併記されていた。これは有り難い、道中で何があるか分からないからな。
「イサ、共に行こう。――だが、例によって面倒な
「元より、そのつもりだヨ!」
俺が了承すると、イサは頼もしい返事しつつ床に【
ここの建築材も、支部ビルと同じく相応の
下の一階でも戦闘が行われているだろうが、イサとリガヤは迷わず飛び込んでいった。遅れて良い事もない。すぐさま彼等に続こうと、俺も身を乗り出し、背後の二人へ呼びかけた。
「俺たちも行くぞ!」
「はい!」
「了解しました」
二人の返事を聞くやh、俺もまた躊躇せず穴に飛び込んだ。
*
一方の会議場入口では、異能に武装励起、魔術、更には銃弾までもが無数に飛び交う、熾烈な混戦が繰り広げられていた。
『うおおおおおおおおおおおおお!』
そんな中、戦闘前は怯えていた
[
『[
『くっ……』
隊長、
――バン!
その時、[
『ナァ、ここを開けてくれよぉい。お前ら、魔術師だろ? 資料もらったぜ、講習もうけたぜ。フフン! 弱っちいのが必死になっちゃって、まあ……カワイイね。これ、[
男がボソボソと耳元で囁くような小声で独りでに漏らした言葉は『共通語』ではなく『英語』だ。当然、それを聞き、また理解できた魔術師は少ないが……それでも、男から発せられる尋常ならざる気配だけは誰もが瞬間的に悟っていた。そして、その不死性、頭だけは何らかの能力で守っている様子……男が
くそっ、何処だ! 何処に居る!
最後方で他の魔術師に守られながら
そんな
『皆、落ち着くんだ!』
『そろそろ、別働隊が左右からやってくる! [
その言葉に鼓舞された隊員は『了解!』と力強く返してある程度気を持ち直したが、戦いに参加できない
再び痺れを切らした
『――っ! 動いた! 一階だ! 四藏匡人は一階へ向かったぞ!』
その報告を受けて、
『[
立ち所にここかしこから湧き上がる一糸乱れぬ『了解』の声。それを聞いた
『
魔術師ども、今度は何をするつもりだ。会議場中から警戒の視線が一時それ一点のみに集中した。
『――0! 走れ!』
先程、名を挙げられた
しかし、その爆発は、会議場内の誰もがしっかりと身構え、警戒していた為にそれ程の被害は齎さなかった。なにせ、想定以下の威力なのだ。たった、瓦礫を巻き上げる程度の爆発。それもその筈……この魔術、[
誰かが気付く。空中を落下してくる何かに。
――結晶だ。
僅かばかり減っている様に見えるものの、当初のサイズは健在……すると、再び結晶の表面にまたHNIWが滲み出てきた。嫌でも理解する。アレはまた爆発する……と。
そればかりか――これはまだ会議場内の誰も気付いていない事だが――HNIWの中に幾つか鉄片まで混じっている。
先程よりも遥かに殺傷力を増したそれは、今度は三秒で爆発した。
そして、周囲に鉄片を撒き散らしながら、また結晶は爆発の衝撃で
『キャアアアアアアア!』
『だ、誰かぁ! アレを何とかしろぉ!』
これが[
逃げ回る者達が阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す会議場。戦線の穴も、
その間に戦線を離れた三人は、今しがた一階での戦闘を終えてきた別働隊とすれ違いながら階段を駆け降りた。
何処だ! 何処に居る! 四藏匡人……!
襲撃開始から、はや数分。
一階に居た者たちは別の場所へ逃れたのか、殲滅されたのか、それとも何処ぞの部屋に閉じこもっているのか、さっきの別働隊が通り抜けたであろう一階の広々とした廊下には血液やら死体やらが散乱しているばかりで、全く人気というものを感じられなかった。
『居たぞ!』
突如として、叫んだのは前をゆく
『
走り出した
『――しかし、方針は変わらない! 作戦通り奴らを分断する!』
隊を離れ、先程より幾らか人数は減ったが、それでもなお力強い『了解』の返事が、戦場の混乱たちこめる廊下に響き渡った。
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