2-3-5 宮城支部奪還 その3
突如として屋上に現れた二人の童子、レㇻーグとアッㇳマー。謎めいた彼と彼女は、幼さの残る
「むむ! なんて
「い、言われなくともぉ!」
へたれた金營は、伴侶たる
先程の青光、その集束に伴う灰崎の消失は自らの責任である。神辺はそう考えていた。緊張を和らげようという意図ではあったが、結果としてそれがこの現状を招いてしまった。私が、軽率にもドアノブを掴んだ事が引金――青光の発生点、また集束点も同じくそこであった事からもその推測は揺がない。
しかし、現実に消失したのは引き手である神辺ではなく灰崎である。
ここから立てられる推論として、ひとつは罠の性質――詰まる所、距離、範囲による制約が挙げられる。そして、この童子らの誘い! あからさまである。
「私の考えが正しければ――!」
大股に伸び切った神辺の右足が屋上庭園のある瓦礫を踏み付けた瞬間、先程と全く同じ青光が瓦礫から溢れ出た。――来た! 目も眩む青光に飲み込まれながらも、これを予期していた神辺は、今度は硬直する事なく、すぐさま両足に高め、待機させていた干渉力を発現させた。足裏の隙間から
「――集束前に距離を取ってしまえば消失は無い!」
……筈! 神様仏様私様――!
どうか、推論が的中していますようにと神辺は全身全霊で祈願し、體化光子を更に延伸させる。程なくして、
「……なるほど、體や範囲内の生命ではなく『範囲内の體』という事でしょうか? 灰崎の持っていたカバン、また服も……。範囲は起点から半径1メートル程度……。持っていけるのは足元だけだが機動力を削ぐ程度は出来る……ただ、一瞬のタイムラグが欠点……」
落下の最中、小声で正解を呟いた神辺は、ジャンプ台たる體化光子から干渉力を引き上げ、また高めて迎撃の準備をしつつ、宙空で猫科動物の如き捻りを加えて危なげなく受け身を取った。
発光の消失罠、破れたり! とばかりに、得意げな笑みを浮かべる神辺。対し、罠を破られた側である童子らだが、露ほども気にした様子などは見せず、何処までも真剣味を欠いた態度を貫く。
「爺の置いてった変なのがもう通じなくなった!」
「使えねぇな! 早急に攻め方を変えませう!」
手を繋いだまま、つつかれた
『
それは――
【
【
「出ましたね……例の
武装励起の弱点は、【骸】による攻撃を介さなければ能力を発現できない点と、容易には身体から切り離せない点にある。ならば、警戒は目視で十分と神辺は考える。注意すべきは體化光子の針を防いだ能力と、まだ見ぬもう片方の能力だ。
童子らが演技じみた態度でこれ見よがしに漏らした情報によると、青光の罠は別の能力者――『爺』とやらによるものらしいが、神辺としても、そう簡単に信じる訳にはいかない。童子の片割れの能力である可能性と『爺』とやらの能力である可能性、神辺は両方の可能性を念頭に置いた。
白兵の間合を開き、見つつ、あの防御を破る事が出来れば……ある! 勝ち筋はある! もちろん、不安要素も数え切れないほどあるが、今はそっちを気にしてもいられない。成功を夢見て進むしかないのだ。前へ、前へ。
半ば、破れかぶれの思いで駆け出した神辺。それに併せて、童子らの片割れであるレㇻーグも動いた。
全てに
#lætan[
プリプロセッサ指令[#lætan]が呼び出したるは、AdvancedSorceryの最新バージョン。
それは、ハグレである童子らが服の裏に仕込んでいる
「我が
レㇻーグが定めた独自詠唱に応じ、バレーボール程の大きさの
そんな、知る者からすれば些か場違いにも思える
レㇻーグの詠唱と前後して振り下ろされていた、アッㇳマーの【
これは……何か、マズイのでは――焔を見ても一切怯まなかった神辺の足が鈍る。これほどまでに異様な雰囲気を前にしては、さしもの神辺も、来たる危機を予感し続ける生存本能を無視し得なかった。
事実、本能の選択が正しい。
切断されたのは
鈍る足が遂に止まる。その瞬間、切断された術式が暴走を始め、それにより歪み切った
術式とは、本来であれば人智を超えた[奇跡]を、神秘より見出したる
無差別に周囲へ飛び散る
「くっ――!」
神辺は、襲い来る
それを知らぬ神辺は、ギリギリで挟み込めた盾に隠れて僅かばかり気を緩めた。何とか防げたか――と、しかし、その瞬間だった。グラリ、と、その身体が痛みも発せず揺らぐ。
「なっ……!」
湧き上がる戦慄を探して足元を見やると、防いだ筈の
神辺は知る由もない事だが、これは還元と呼ばれる現象を利用したものである。還元とは、
つまり、神辺の顕現した體化光子の盾は、破損事象に触れた瞬間に還元され、致命的な穴を開けられていたのだ。その穴を後から来た別の破損事象が通り、神辺の右の足先に食らいついた。カバーする範囲を優先して、なるべく薄く広くと意識して顕現させた事がアダとなった。
第一階梯魔術という事もあり、然程の時間を待つ事なく
どうにか転倒だけは堪えた神辺の耳に、先程も聞いた詠唱と一言一句違わぬ言葉が飛び込んでくる。
「我が
無傷――先程に見た透明な防御によってか、童子らは神辺よりも破損事象の近くにいながら無傷であった。その上、破損事象の再装填も済ませかけている。
対して、
破れた右足が怖気づき、独りでに下がってゆく。しかし、すぐに灰崎に押された肩の衝撃を思い起こして、強引に押し留めた。
退いて、たまるか――!
神辺は半ばヤケになっていた。けして、高尚とは言えない呵責の心が、彼女を衝き動かしていた。神辺は、その身体をより前へ投げ出すように、無事な左足で地を蹴った。
*
「ハァ、ハァ……フンッ!」
息を荒げ、疲労困憊といった様子の草部仍倫准尉は、【怪力】に任せてネジリ切った敵首を床に転がした。その身に纏わる【当世具足】は、当初に放っていた輝きなど見る影もない程にボロボロで、至る所に罅が走っていた。
骸は、その神秘性故に骸でしか破壊できない(破壊された骸は
「これで……三人目か……!」
「第三歩兵小隊に於いてもアンノウン反応の消失を確認! 残る纏骸者は一名!」
通信士が草部仍倫の耳骨を振動させる。
残り一人。
だが、彼の四望に動くものなど、同じく疲労を顕わにして蹲り、呻く、幾分か人数の減った第一歩兵小隊の姿のみで、黒衣を含む敵影は全く見られなかった。そこへ、ようやく一人の新手を片付けたレヴィが、ほぼ無傷の第三歩兵小隊と草部萌禍を引き連れてやって来る。
「仍倫サン! 此方ハ片付キマシタ!」
「兄ちゃん、
申し訳そうな顔で彼女らが言う。
彼女らと第三歩兵小隊は、ヘッドセットから伝わる報告によって草部仍倫の窮状を知っていたが、相手取っていた纏骸者がまた難物であり、途中で戦闘を離脱したり、前倒しには出来なかった。彼女らは、偏に力不足と判断ミスが原因であると恥じ、負担を掛けた事を悔いた。しかし、今、草部仍倫の関心はそこにない。
「気を付けろ! 最後の一人の姿が何処にも――」
――その時だった。
パチ、パチ、パチ……。脱力する様な乾いた拍手が、何処からともなく宮城支部一階に響いた。その拍手は戦場の意識を一手に惹き付け、周囲の騒然とした雰囲気を何処かへ遠のかせてゆく。
『凄まじい戦いぶりだね。いや、才能があるよ。部下に指揮しつつ、三対一の不利な状況をよく切り抜けた!』
次いで、遍く背後から響いたのは、此場の誰にも理解できない『アルメニア語』だ。その声につられて、全ての視線が振り返ると、そこには民族衣装を纏う妖しげな男が悠然と立っていた。
「お前は――!」
見覚えのある顔だった。
別地球αに居を構える者ならば誰もがそうだろう。同世代に七人しか現れないという
「
『外国人にしては、まあまあ正確な発音だね。どうもどうも』
誰にも届かぬ軽口を口遊む飄然のイドリスに、周囲の銃口が示し合わせた様に一斉に向けられる。脅しや牽制が目的ではない。その証拠にトリガーは絞られつつあり、今にも火を吹かんという気配を醸している。
しかし、この時既に、イドリスの右手内には先手たる光が生じていた。
それは――神の
然れど、弾けた残滓は無為ならず、水底に沈んだ
【
イドリスの
それは紛れもない――通達。
卑近にして現在地たる『戦場』のみならず――『社会』――『地球』――『同次元平行世界線上の別地球』――そして『宇宙』。汎ゆる局面に於ける相対的にして明確な上下関係の位置付を通達するものである。
そう自覚した途端、トリガーに掛けられていた指たちはピタリと凍り付き、また、小さく震え始めた。そして、短剣が軽々しく揺れ動かされる様を、皆、阿呆の如き顔付で眺め入った。
「――せよ! 応答せよ! 何があった!」
この場に居合わせていなかった為に正気を維持していた通信士の呼び掛けによって、皆はハッと氷解する。けれども、応答する様な余裕はなく、未だ余韻の残る指を強引にトリガーに押し付けた。
即座にバラ撒かれる9mmパラベラム弾。逃げ場もない緻密な弾幕――しかし、それらが着弾したのはイドリスの肉体などではなく、彼我の中程に忽然と現れた空間の裂け目であった。
この時、発砲をする代わりに一歩、踏み出していた草部仍倫は見た。裂け目、その形容し難い色彩で満ちた異様な空間の中心に、まるで豆粒の様な異物を。
『来たぜ来たぜ……』
瞬く間に、その異物は視認できるまでに膨張し、空間の裂け目から身を乗り出した。
『ジェット機だ!』
U-125――航空自衛隊の運用する双発ジェット機である。折柄に遠方を巡航していた筈のそれが、今、宮城支部一階のエントランスホールを遊覧飛行せんと巡航速度を一切緩めず現れた。
既に、草部仍倫が走り出している。――間に合うかッ!? 操縦桿を必死に引く操縦手の怯えた目が最先鋒たる草部仍倫の目と交錯した。
転瞬、両者接触。
その衝撃は(
故に――草部仍倫は左腕を捨てた。
普段、【当世具足】の守護を加味しても身体に影響を及ぼし兼ねぬと抑制していた【怪力】を最大限に引き出し、全身全霊を以て左腕を振り回す。それにより、迫りくる機体と接触前から彼の左手首、左前腕、左肘、左上腕、左肩とが粉々に砕けていた。しかし、問題はない。草部仍倫は、同時に右手刀を左腕に向けて落としていた。要は、怪力を左腕のみに託した上、衝撃の大部分を肩代わりさせようという算段である。
空気そのものがひしゃげたかの様な異様な衝突音が響き渡ると、機首の下部を強かに叩かれた機体が、操縦桿を引かれていた事もあって大きく跳ね上がった。そして、天井を削りながら照明、柱に接触して大小の破損を増やしつつ宮城支部エントランスホールの奥へと突っ込んでゆく。
これにて草部仍倫の目論見は達された。部下たちへの損害はなく、切り落とされた左腕に衝撃の大部分を肩代わりさせた。が、事故の衝撃は余波だけでも相当なものである。当然の如く、衝撃の余波に堪え切れなかった草部仍倫の身体が吹き飛ばされ、錐揉みに血液を撒き散らしながら付近の柱へと激突した。
『おおっ、
イドリスは手放しに称賛を述べた。彼の予定では、この攻撃で全てを轢き殺せる筈だった。それがどうだ。欠員一人出ていない。
『しかし……その様子では次は無いだろう……惜しい男をなくしたものだな』
「仍倫サン!」
「兄ちゃん!」
遅れて動き出した凡夫二人が、後方の草部仍倫を気にしつつ、怯えからか遠慮がちに前に出て各々の得物を構える。
警戒でもしているのか、能力の仔細を見極めんとしているのか――否、
『こいつらに見込みはないな』
もう、適当に方を付けて帰ってしまおうか――雑兵たちの銃撃を防ぎながら、そう思い始めていたイドリスだったが、その時ふと正面に生まれた光景を見るや、その相貌を喜色に歪ませ、考えを改めた。
『――まだ立つか! まだ立てるのか、お前は!』
其処に草部仍倫は立っていた。フラつきながらも、その目に宿る闘志は些かも衰えを見せず。左腕の出血も、【怪力】を用いた常識外れの筋収縮によって既に止まっている。
思わず、イドリスは欣然とした笑声を上げてしまった。
『ハハハッ! 俄然、楽しくなってきた! 今度の攻撃は防げるかッ!?』
身構える近衛旅団の前に、新たな空間の裂け目が生みだされる。イドリスの攻撃の狙いは草部仍倫一点のみに絞られていたが、それを知らぬすくたれの凡夫どもは手前勝手に怖じ気付き、おっかなびっくりそそくさと左右にハケてゆく。
『お前は避けないのか!? 死ぬぞ! ハハッ――!』
形容し難い裂け目から流線形の先頭車両が飛び出した。ドップラー効果に歪んだ警笛が響く渡る。
新幹線E5系――はやぶさ19号。11時20分東京発仙台行の10両編成。草部仍倫に迫る、その緑と白に塗られた車体の速度は、現在時速275km。先のジェット機と比べれば見劣りするものの編成重量は453,500kgと大きく上回っている。詰まる所、十分な致死性を帯びているという事。
その衝撃を脳裏に実感させるには、実際の事故記録を参照するのが手っ取り早い。鉄道史に残る惨事『福知山線脱線事故』、その主演たる第5418M列車は、編成重量213,000kg、時速116kmでカーブ区間を脱線、線路沿いに建っていた分譲マンション「エフュージョン尼崎」に激突した。
先に述べた「はやぶさ」のスペックと比較すると格落ちの感が
そして現在、かつての第5418M列車を遥かに凌ぐ重量、速度を以て、はやぶさ19号が迫っている。
食らえば、待っているのは即、死の未来。それを理解した上で、草部仍倫は一歩も引かずに迎え討つ。ここで動けば、乱れた狙いが折角左右へ避けた部下たちへ及び兼ねない。それを危惧するが故、己に向いているらしい敵の攻撃を一身に惹き付けようという腹づもりである。
怒濤の様な衝撃音。瞬く間に彼我の距離を駆けた車両が、エントランスホールの上に轍を刻みつつ草部仍倫の立っていた地点をなぎ払った。そして、彼が背負っていた柱にぶつかり、これを破壊できず跳ね返った所へ後続の車両が殺到する。
さしもの支部ビルをも震撼せしめる大事故に、イドリスは熱狂と興奮をあらわに叫ぶ。
『死んだか? オイ、死んだか!?』
散乱する瓦礫、巻き上がる粉塵。遠巻きに見ていた味方ですら死を確信する中、突如として車体を叩きつける様な音が響く。
『――クハハッ!』
イドリスは尚更に笑う他なかった。
くすんだ残光を靡かせて、草部仍倫は立っていた。残った三肢を欠くことなく、罅割れた面頬の奥には闘志をみなぎらせて。
草部仍倫は、自らが足元へ空けた大穴の淵を蹴り飛ばした。防戦の先に活路はないと見て攻めに転じたのだ。されど、果たして本当に勝ち筋を見出だせるかどうか、そんな先の事など分からない。決死の猛進であった。
相対するイドリスは、自らに肉薄せんと迫る必死の形相を諸手をあげて歓迎する。
『なんてこった。お前を殺せそうな攻撃なんて、もう……あと一つぐらいしか思い当たらないぞ!』
裂け目から来るのは直線的な攻撃、ならばこれで当たるまい――草部仍倫ばかりでなく、その場の誰しもが同様にそう思った矢先、その先入観は脆くも崩れ去る。
エントランスホールに
居ない――!? 忽然と、イドリスの姿が消え失せていた。それだけではない。踏み出した足が勢いよく空振る。――足っ、いや、体が――! 引っ張られている。そう認識した瞬間、賢しき草部仍倫は、裂け目を通じて【
これは、この浮遊感は、偏に気圧差によるものであるのである、と。そしてイドリスが姿を晦ましたのは避難の為である事を。――奴は宇宙空間を持ってきたのか! しかし、分かった所で対処のしようがなければ、分かっていないのと同じ事。
宙に浮いてしまっては得意の【怪力】も意味をなさない。必死の藻掻きも虚しく、草部仍倫の身体は裂け目へと吸い込まれてゆく。裂け目の向こうに広がる宇宙空間に投げ出される寸前、辛うじて振り回していた右腕が裂け目の端っこを掴むが、時を同じくして裂け目は急速に閉じ始め、指先は敢えなく切断された。
「草部仍倫准尉の
司令部天幕内にて通信士が放った悲痛な報告は、その周囲へ多大な衝撃を齎した。「まさか」と、
「彼ほどの者が……!? ユスフ・イドリスとは、
動揺もそこそこに顎元に蓄えた野獣の如き髭を撫で、此度の敗北を前提に受け止めて今後の展望を練る。
すると、その独言に噛み付くものが居た。
「だから、私は言ったのです!」
先程から弓削の隣で激しい貧乏ゆすりを繰り返していた佐藤誠が声を荒げた。整ってはいるが神経質そうな顔を歪め、脂汗を垂らしながら泣くように叫ぶ。
「弓削大佐の【
「儂も最初はそう思っていたが
「そ、それは……しかし、二度三度と繰り返し攻撃を加えれば……」
そう言われて、佐藤は言葉をつまらせた。あの堅牢さは、彼にしても思う所があったからだ。
弓削は続ける。
「不可能だ。聞く所によると『核が落ちようと奥部は安泰』とか。恐らく、先の攻撃も表面までで、内までは届いておらぬ。オマケに支部ビルは皆、東京支部と同じく地下空間を有するそうだ。どうしても生き残りは出来よう。詮ずる所、内部に侵入しての討滅は不可避。……まあしかし、まさかユスフ・イドリスなんて大物が出てくるとは……思わなんだが。兎角、少し落ち着き給えよ。将たる者はいついかなる時でも狼狽してはならぬ。貴殿、晴れて無事に帰還した暁には大佐になる男であろう」
立場を越えた出過ぎた発言も含めて、チクリと釘を刺す。
弓削の言葉を受けて、佐藤は今が遠征任務中である事を改めて認識し直した。息を整えてから落ち着いて切り出す。
「では、差し当たって、西南戦争の英雄たる大佐殿は腹案をお持ちで?」
「……待機だ。未だレヴィと草部の妹が生きておる。彼奴らの報告を待ち、イドリスとやらの
「その必要はありません、弓削様」
説明の途中に横から口を挟んだのは、戦闘開始時より事を静観していた
「私が出ます」
「……お、恐れながら申し上げます」
「なんでしょう。佐藤幕僚長」
「『
「そんなもの知った事ではありません」
この女は何を言っているのか。佐藤は驚愕した。そして、その内容を呑み込むにつれ、抑え切れないほどに込み上げてくる笑みを若干ばかし外に漏らしながら、言葉をつないだ。
「……纏骸皇の言葉を『知ったことではない』……と?」
不敵にして不敬な面構えから放たれた言葉に、北條はまず、自らの堂々たる所作を以て回答とした。
それは――
崩れゆく
【
北條の腰元に現れたる豪華絢爛、華美たる
「私の記憶が正しければ、その文言には
「……応」
現地に於ける最終決定権は旅団長たる北條が持つ。それ故、弓削は不服ながらも頷き送り出した。否、送り出さざるを得なかった。
「こんの、お転婆娘が……出るなと言っておるだろうに……」
矢庭に遠ざかってゆく背を睨みつけながら、弓削は恨めしそうにポツリと呟いた。
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