1-2-5 トリヴィアル・アクト / 致命的擦過傷 その4



 地面を転がる様に走りながら、法倉螺湾のりくら らわんは“二度目”の爆発によって遂に倒壊を始めたビルを見遣った。


「……やっぱ、三階にも奴隷とか置いとくべきだったかな~」


 当初、螺湾の計画では、地上の奴隷たちによる数の暴力で片が付く筈であった。用意した頭数四十三人。これはビルの一階層を埋め尽くすほどの群れである。

 それだけではない。

 その何れを取っても、もはや後には引けぬ背水の心構えであり、両手には凶器を携えている。なればこそ、安心した螺湾は神辺への遣いを出したのである。

 結果的に螺湾の判断は失敗に終わった。しかし、これを単なる慢心に依るものと見るは、些かばかり理不尽に過ぎる。


「全然上手く行かなかった。この物件も高かったのにな~」


 “変異ジェネレイトの秘匿を目的としているMCGの者なら”――恐らく、一般人を前に為す術なく捕まる筈だ。

 これが、螺湾の最も大きな誤算……神辺の異常性である。

 匡人への尋問に於いて、MCG機関は変異ジェネレイト変異者ジェネレイターの秘匿を目的としていると聞き、彼女もそれを前提に動くと思い込んでいしまったのだ。まさか、秘匿を試みるどころか、躊躇なく一般人に向けて使用し、あまつさえ死傷も辞さないとは思うまい。

 しかし、螺湾という男は、常に万が一、不測の事態を鑑みる用心深い人物であった。後詰の予備策として、引火性を理由に使われなくなった無味無臭の医療用ガスを用意していた。

 換気扇から垂れ流されるこのガスは、空調操作とビル自体の傾きによって入口側にのみ充満し、十数分ほどで人間を昏倒させる……はずだった。計算とテストでは問題なかったのだが、奴隷たちの予想を遥かに下回る活躍と、神辺が意味もなく扉を壊して空気の流れに変化が生じた事で失敗に終わってしまった。

(これは余談だが、医療用ガスは元は別の目的に使おうと準備していたもので、今回はそれを利用した形である)

 平たく言うと、一度目の爆発は神辺の體化たいかによる熱が発火源となり、三階部屋の入口側にある程度まで充満していたガスが一気に燃焼したものであった。この説明で爆発の経緯は説明できたが、同時に「なぜその爆発に巻き込まれて法倉螺湾は無事なのか」という別の疑問が生まれよう。

 此方も勿体ぶらずに言えば、螺湾は予め幾つかの逃げ道を用意していたのだ。そのひとつが、匡人が拘束されていた椅子の背後にある“床”であり、これをギリギリで踏み抜く事が出来た為に、彼は助かった。

 燃焼の圧に背を押されながら二階に落下した螺湾は、その勢いのままに空気を注入するタイプの緊急避難用滑り台を転がり降りて、ビルの外の地面に這い蹲った。

 ――そして、二度目の爆発が起こる。

 ガスを垂れ流していた大元にでも引火したのだろう。と、螺湾は切迫した意識で漠然と考えた。詳しい所は、ガスとビルを用意した当人にも分からず、想像で補完する他なかった。元々、手抜き工事のゴタゴタで建設中止になったビルである。ちょっとしたバランスの乱れが、致命傷となったのかもしれない。

 ところで螺湾は、さっき「三階でも奴隷を使うべきだった」とボヤいたが、そもそも、奴隷に会話を聞かれたく無いが為に、そして異能の存在を知られれば施した脅しと洗脳にも罅が入り得ると恐れた為に、彼らを部屋に入れなかった事実をすっかり忘却している。

 ともかく、「数分くらいの時間を稼ぐなんて、口八丁だけで十分」と思っていたのは、単なる驕りに過ぎなかったと螺湾は心中で認めねばならなかった。

 土煙が収まりつつあるビルの影を眺めながら、螺湾は地面にへたり込んで回顧する。


「けど……これで終わりか」


 書類上のヤクザ達にどう誤魔化そう。

『嘘』でなんとかなるか……逃げちゃうか……?

 割と暢気に構えていた彼が戦慄を覚えるまで、のこり数秒の事である――



    *



 世界そのものが膨張したのではないか、そう思ってしまう程の衝撃だった。

 椅子に固定されていた俺に取って、抵抗など夢物語でしかなく、室内に吹き荒れる暴風を甘んじて受け止めるしかなかった。

 明暗が混じり合い、天地の境が消え入り、森羅万象一切の区別なく掻きまぜられた。絶えず景色が移り変わってゆき、やがて、意識ごと暗転する。

 永劫を引き延ばした様な一瞬。

 まるで……神辺さんに聞いた乳海攪拌の様相だ。

 ジュウウウ、と何かが焼ける音と匂いが漂い始めた時、既に嵐は去っていた。唐突に放り出された焦げ臭い静寂の中で俺が見たのは――《光》だった。


「こ、これは……!?」


 爆発の衝撃の所為だろう、口に噛まされた布の猿轡がずれており、俺の心中の驚愕は口を衝いて光の中に反響した。

 目を見開き、動かせる首上を最大限に使って見渡してみると、俺が居るのは眩いばかりの光の中だった。不定形な筈の光で形成された、どこか硬質な印象を受ける長方形の箱の中。

 心当たりは一人しかいない。

 こんな超常現象を引き起す人物なんて――。


「匡人さん……間に合って良かった……!」


 ガラガラと瓦礫か何かが転がり落ちてゆく様な音と共に、神辺さんの声は頭上から降り注いで来た。時を同じくして、周りを囲う光が薄れてゆく。影一色のシルエットから、徐々に明確になる華奢な手。その先で、俺を待つ神辺さんの姿に思わず息を呑む。


「神辺さん……!」

「どうやら、ご無事なようで……良かったです……」


 俺を拘束していたダクトテープを焼き切り、顔にかかる金髪を鬱陶しげにかき上げ――神辺さんは、裂けた皮膚の垂れ下がる顔で朗らかに笑った。

 あまりに……あまりにも痛々しい。

 普段どおりにしか見えない神辺さんの完璧な笑顔が、非日常的な様態をより浮き彫りにしている。

 助けられた俺が、逆に神辺さんのふらつく身体を支えて、共に瓦礫の底から這い上がった。あらぬ方向へひん曲がっている左脚を引きずりながら、神辺さんは懸命に微笑む。常に滴り落ちる鮮血が、地面に赤い生命のラインを引いて足跡と化した。

 俺の無事を再度確認した神辺さんは力強く踵を返した。

 軋みを上げる、その左脚で。

 法大“さん”の所へ向かうつもりなのだと俺は瞬時に理解し、ナメクジの様にずるずると這いずり歩く背中を呼び止めた。


「神辺さんは休んでいて下さい! 俺が――」

「いえ、私が行きます。匡人さんは見ていて下さい」


 無事な右脚を軸に振り返り、神辺さんは諭す様に言った。正面から、真っ直ぐに俺を見つめ返す黄金色に魅入られて、無意識に伸ばしていた右手が空を切る。

 神辺さんは、辺りに漂う土煙を手で払いながら目を伏せた。


「貴方には芯が無い。心に一本通った芯が無いんです。だからこそ容易に揺らぎ、ブレる。……私が、手本となりましょう」


 滔々として語る神辺さんの迫力に押されて、俺は何も言う事が出来なかった。思い当たるふしが幾つもある。黙りこくった俺から視線を打ち切り、 改めて踵を返しなおした神辺さんの両手に光が収束してゆく。


「見ていて下さい。新人研修なのですから……」


 針状に體化たいかさせた光を、神辺さんは自らの頭部に突き刺した。



    *



 軋む筋骨が瓦礫の上へ踏み出される。有らぬ方向へひん曲がる骨を筋肉と意思の力で無理矢理に整え、その足裏に地面を掴ませる。

 一歩、また一歩――と。

 地面にへたり込んで、すっかり油断しきっていた社会の仇敵パブリック・エネミーを討たんとする正義の行軍が、薄れゆく土煙を引き裂いて現れた。


「おいおい……能力者ジェネレイターがこれ程とは聞いてないぞ……!」


 この時、螺湾は「戦慄」という言葉の意味を知った。

 だが、独りでに震えだす身体の止め方を彼は未だ知らない。

 普通、アレで生きてるか? と考えて、普通でないからこそ、「ジェネレイター」などと名称付きで呼ばれている事実に至り、螺湾は思わず失笑した。そして、すぐさま立ち上がり、服に付着した土も払わずに“より遠方”を目指して全力で駆け出す。

 武器も無い。

 用意も無い。

 奴隷にくかべも無い。

 方策など……何も無いのだから。

 その情けなくも生存本能に衝き動かされて走る背中を一笑に付し、神辺は別地球の向こうで昇る朝陽を背負う。


 逃がす訳ねぇだろ――!?


 徐に合掌、後、互い違いに天地へ別ち、掲げた右手片合掌を握りしめた。そして焦りから脚を縺れさせ、地面に倒れ込んだ螺湾へ向けて、更に骨肉軋む左脚を踏み出す。


 降誕の光は眩しく、真理に身を委ねた者の手中てのうちに。


梵我一如アドヴァイタ - 聖釘ネイル


 虚構の実在、

 心悸なき生命、

 光あらぬエーテルの晦冥かいめいにこそ輝かん光。


〝真理の光〟

  此処に現前す――!


 神辺梵天王かんなべ ブラフマーの異能――《光子フォトン體化たいかする》能力によって現世に降誕した真理の光は、彼女の右手内で急速に収束、體化。瞬く間に長さ十五センチ前後の聖釘ネイルを三本形成した。

 神辺は、自らの皮膚すら焦がす三本の聖釘を指の間に強く握り込み、思い切り振り被って――投擲なげた

 彼我の距離およそ三十けんを、放たれた聖釘ネイルは光速と見紛う速さで駆け抜ける。距離を経るごとに指数関数的にかかる減衰を突破し、辛うじて體化たいかを保っていた三本の内一本が螺湾の後ろ足を貫いた。


「ぐあぁ……!」


 地面に脚を縫い留められ、つんのめった螺湾は為す術もなく転倒。

 傷口から漏れる血は煮えたぎり、断面は進行形で焦げ付く。反射的に、刺さった體化光子を抜こうと引っ掴んだ螺湾だったが、掌の方も音を立てて焼けた。涙目になりながら、拡散と減衰著しいを聖釘どうにか引き抜いた時、螺湾の背後で砂利まじりの土が強く踏み締められた。

 音に振り向いた滲む視界に、朝陽を浴び、血を輝かせる手斧フランキスカの太い刃が映る。

 足はもう満足に動かない。

 この時、螺湾に出来たのはただひとつだけ。


「『後ろに』――!」


 生来、身に染み付いた社交性が、反射的に相手の意識をそらす偽言うそを紡ぎ出そうとしたのである。だが、それすらも半ば、いや、頭だけで終わってしまったのは、偏に“彼が辿り着いてしまった”からという理由に他ならない。


「刮目せよ! 汝は優越者などでは無い! 真理の御光みひかり感光かんこうするがいい!」


 後光を引っ提げ、裁きを宣告する神辺の耳元から、ドッと血液が溢れ出る。

 螺湾はそれを見て悟ったのだ。

 僞言うそも、信言まことも、彼女に対しては一切遮断されている事を。

 爆傷でやられたのか――否、神辺は自らの手でぶち破った。

 しかし「どうしてか」はこの状況に限って重要ではない。言葉が通用しないという事実を認識した瞬間に、螺湾の心は折れていたのだから。

 インサイド・アウトの理想的軌道で迫りくる手斧フランキスカの背を妙な孤独感で見つめながら、螺湾は生まれて始めて神仏という曖昧に真摯な祈りを捧げ、ただ縋った。それだけが、この限られた時間に許された最後の――


 ――ゴンッ!


 鈍い音が脳裏の奥底に、そして早朝の静寂に響き渡り、


「〝正義〟は勝つ!」


 次いで、野蛮な勝鬨こえが余韻を掻き消して木霊した。

 爆発音に集まってきた近隣の野次馬達は、血に塗れ、斧を振り上げ叫ぶ人影を遠目に、都市伝説的な畏怖を覚えた。



    *



 正義って何だろう。

 爆発に巻き込まれた痛みも衝撃も忘れるぐらい、脳内はその疑問で占められていた。今までの短い人生に於いて、そんな大層なテーマについて考えた事は無い。

 そういえば、この前、天海は「MCG機関は正義実現を標榜する秘密機関だ」と言っていた。神辺さんの言う正義とはそれの事なのだろうか。

 ……いや、きっと違うのだろう。

 普段ならすぐにでも思考を投げ出す所だが、どうやらこの疑問は簡単には離れてくれそうにないらしい。


「神辺さ~ん!」

「ふぅ……」


 法大さんが受け身も取らずに倒れ込んだのを見て、俺は決着を悟る。急いで駆け寄ると、神辺さんは闘いの熱気と緊張を吐き出しながら尻餅をついた。怪我をした左脚が堪えたのだろう。

 その時である。

 背後から、中性的で威圧的なあの声音が聞こえてきた。


神辺梵天王かんなべ ブラフマー、あまりド派手にやってくれるなと何度言えば分かる」

「あ、天海……さん」


 今回の名目は新人研修である。ずっと、何処からか見ていたのかもしれない。

 天海――恐らく分体――は、両腕をがっちりと組んで、その長身を以てしゃがみ込む神辺さんを見おろした。


「MCGは人手不足なのだぞ。お前らなんぞを度々駆り出すほどにな。想定内とはいえ、面倒は面倒」

「……」


 これで想定内なのか? とも思ったが、天海が見せた能力の大規模性を考えるに納得できなくもない。しかし、そんな針でチクチクと突いてくる様な嫌味に対して、神辺さんが眉をしかめる反応だけなのは以外だった。昨日、一昨日の様子では剣呑な言葉を幾らか返しそうな雰囲気だったが――と、そこでようやく気付く。


「あ! 天海さん! 鼓膜、鼓膜ないから聞こえてない」

「あぁ、そういえば途中で破っていたな。忘れていた」


 鼓膜の喪失伝えると、天海は右腕を神辺さんに向けて伸ばした。すると、瞬く間に分体の右手が解けて二筋の水と化し、勢い良く神辺さんの両耳の中へ侵犯し始める。嫌な顔をしながらも抵抗せず水を受け入れた神辺さんは、不快そうな手付きで両耳付近を触診する。そして「あーあー」と声を出しながら感覚を確かめると、コクリと頷いた。

 しかし、分体からの能力行使は限定的だと聞いていたが、人体の一部機能を肩代りするくらいは訳ないか。さすが、位階フェーズⅤのΕエイフゥース。格が違うな。


「簡易的な鼓膜を生成した。神辺梵天王、私の声が聞こえるか?」

「ええ、聞こえます。ですが……『分体をやる余裕もない』のでは無かったのですか?」

「アレは嘘だ。忙しいのは本当だがな」

「……」


 神辺さんの糸目から、責め立てるような瞳が薄っすらと覗く。だが、事情はわからないが、「嘘を吐いた」と悪びれもしない天海を責めても仕方がないと感じたのだろう、すぐに諦めたように引っ込めた。


「はぁ、そうですか……礼は言いませんよ」

「要らん。そもそも応急処置だ。後でキチンと医務室に行け。それと、爆発に巻き込まれた後に瓦礫の下敷きにもなっていただろう、あまり長時間では無かったから挫滅クラッシュ症候群の心配は無さそうだが、万が一という事もある。外傷が少ないからと変に強がって行くのを面倒がるんじゃないぞ? 四藏匡人よつくら まさと、お前もだ。一次爆傷は内部に苛烈だぞ」

「は、はい。分かりました、天海さん」

「是非ともっ! 医務室に向かわせて頂きますっ!」


 ぷいっと顔を背けて拒絶の意思を表明する神辺さん。それを見て、天海が鼻を鳴らした。


「ふん……迎えは三十分もしない内に来るだろう」


 話はそれで終わりの様で、別れの挨拶も無しに分体が地面に溶けてゆく。と同時に、遠巻きに此方を伺っていた野次馬が不自然に解散を始めた。この現象はなんなのだろうと疑問に思っていると、神辺さんが先回りして答えてくれた。


「すでに、後始末を専門とする情報部の能力者ジェネレイターが来ているようですね……。決着を見越して人員を連れてきていたのでしょう。相変わらず癪に障ります」

「後始末専門?」

能力者ジェネレイターの関わる事件・事故等の隠蔽処理を担当している情報部の連中です。詳しくは知りません、どうせ天海が気を揉む事ですから。気になるのでしたら、後で燃えカスにでも聞いてみては? 彼なら詳しいでしょうから」


 疲労が蓄積している所為か、普段より気持ちぞんざいにも思える口調。神辺さんは、怪我をしていない右膝だけを抱え、地面に放り出した左脚を修道服の上から撫でている。

 その隣に、俺も座り込んだ。


「あの……神辺さん。聞いてもいいですか?」

「いいですよ」

「何で鼓膜を破ったんですか?」


 神辺さんは、左脚を撫でる手を止めて、じっと地面を見詰め出した。


「……能力を無効化する為です」

「ってことは、能力が『洗脳』って事に気付いたんですか?」

「そうですね、洗脳に類する能力で『言葉』に主体を置くものだと」


 不愉快そうな顔をした神辺さんが「匡人さんは『法大さんは良い人だ』と頻りに繰り返していましたよね」と、聞いてくる。少し思い返してから、同意した。俺は彼の『嘘』を受け入れていた。それも全く無防備に。


「それは三階で錯乱する以前、日常の中でもそうでした。それらを見ている内に、段々と、何か彼の『意図』を植え付ける能力なのではないか? と。そして、もう一つ。彼との会話に於いて、私も幾つかの言葉を無防備に信じてしまっていました。“真理の天啓ですら一度は疑った私が”です。彼の『安っぽい脅し文句』を信じ、彼の吐いた幾つかの『僞言』を疑う事すら出来なかった。意識の隙を狙い打たれたのかもしれません。しかし、効力自体が強力でなかった事が幸いし、気付く事が出来ました」

「……でも、それなら別に破る必要は無い気が……」


 言い淀みながら、たぶん「万全を期すため」とか、「宗教上の理由です」とか、そういう答えが返ってくるのかなと考える。しかし、本当にそんな理由でそこまでするのだろうか。一旦、気付く事が出来たなら、後は耳を貸さずにさっきの様にぶん殴ればいいと思ったのだ。俺には、到底信じられなかった。

 さっきから、ずうっと地面を見詰めていた神辺さんの金色の瞳が急浮上する。そして、俺の瞳を覗き込んできた後、そのすぐ下でキッと結ばれた小さな口が、さも常識を語る様に狂気じみた言葉を紡ぎ出した時、俺の全身は鳥肌で覆われた。


「折るためですよ――戦意を」

「せ、戦意?」

「はい。能力者ジェネレイター同士の闘いとは、それ即ち心を折る闘いだと心得ています」


 思わず自身の両腕を抱えながら、神辺さんの説明に聞き入った。

 曰く、能力者ジェネレイターとは得てして増長してしまうものらしい。他人より出来る事がひとつ多いのだ、それは理解できる。俺にも少なからず心当たりがあった。その増長を折る事で、戦闘を無駄に長引かせなくする、という経験からくる知恵なのだそうだ。

 だからといって、鼓膜を體化光で潰すか? 普通……。

 常軌を逸している。


「それが理由……ですか。法大の心を折るため……」

?」

「あ、いや……」


 一日、二日の付き合いだったが、あまりにも連呼していたので意識に“さん”付けが染み付いていたらしい。別に今も尊敬しているとか、そういう訳ではないのだが、その呼び方以外がしっくり来ない。

 とてつもなく落胆した様な表情で、神辺さんは深いため息を吐き出した。


「迎えが来る前に少しだけでも直しておきましょうか」


 ガシッと、俺の顔を掴み、神辺さんは甚く意気込んだ。

 ――数分後。


螺子法大ねじ ほうだいは?」

「偽名、詐欺師」

「良い人じゃ?」

「ない」

「集めた人達をなんて呼んでいましたか?」

「奴隷……と」


 俺は、法大さ……法大と話すつもりはなかったし、彼は良い人でもないし、彼は全人類と友達になろうともしてない。不仲屋の看板はインパクト重視などではなく、恐らくそのままの意味で、その場しのぎに適当な事を言っただけ。力になどなってはくれないし、俺の気持ちも分かってない。

 数分に渡る問答によって、彼の『嘘』からは完璧に脱した……と思う。今のも洗脳じみているけれども、それは置いておく。


「どうですか、神辺さん」

「はい、いい感じです。心を強く持って下さいね、強く」


 ニコリと微笑みながら、俺の顔から手を離した神辺さんは、不意に、掌を天に向けた。


「……あ、降ってきちゃいましたね」


 それにならって俺も天へ掌をやってみれば、僅かにピトピトと水滴の落ちる感覚が走った。これは、後から聞いた話なのだが、この雨は天海がマーキング用に降らせた水だったらしい。水滴の付着した者には、後ほど改めて記憶処理を施すという手筈だ。


「どうしましょう。傘なんて無いですし……何処か、雨宿りできそうな所は……」

「あ! そういえば、傘ならさっき――」

「え、匡人さん?」


 善は急げとばかりに立ち上がった俺は、倒壊で周りに飛び散った瓦礫の山の一角へ飛びつく。確か……さっき、この辺りで見かけた筈なのだ。

 ――あ!


「あったあった。神辺さん、ありました!」


 よかったと胸をなでおろす。爆発の影響で壊れてやしないかと心配したが、見た目に変化はないし問題なく使えそうだ。試しに突起を操作してスイッチを入れ、差してみると上手いこと濡れない。どういう原理なんだ?

 運良く二本も見付けられたので、俺は片方を差し出した。


「これで濡れずに済みそうですね!」

「……」


 俺が差し出す『傘』を見て、なぜだか神辺さんは暫く固まっていた。

 しかし、この見た目で『雨が防げる』なんて、確かに『未来的』かもなぁ。

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