開戦

 作戦領域に到達したヴァイスたちの目に飛び込んできたものは、制空権を争う戦闘機と龍の戦いであった。高度優位から攻撃を仕掛けた戦闘機の機銃が中型の飛龍の翼幕を切り裂き地上へと突き落とす一方で、龍が放った炎を回避しきれなかった戦闘機の翼が炎上している。

「戦艦の砲撃は空の連中には効果が薄いと言ったんだがね」

 リディアが呆れるように吐き捨てる。今回の攻勢に当たって、事前の艦砲射撃にてエリア内の龍は作戦に支障がない程度に漸減されていることになっていた。しかし、空を飛ぶ翼竜には効果が薄かったようで、当初の想定を大幅に上回る龍が我が物顔で戦闘機の周りを飛び交っている。

「まあ、これが我々に与えられた役目か」

 現在大陸に派遣されている部隊は、二大国及び連合諸国のものだが、指揮系統などが煩雑になることを嫌って、アルビオンとゲオルギウスはそれぞれ単独で作戦にあたっている。

 ただし、運用上などというシンプルな理由だけではなく、背後には各国の政治的な思惑があることは明らかだった。その証左に、今回の作戦の航空部隊はいずれも連合諸国のものである。敵の戦力が想定以上の場合には、連合諸国部隊は撤退、二国の部隊が作戦を引き継ぐことになっているが、その本音が緒戦での使いつぶしを前提とした大規模な威力偵察であることはわかりきっていた。極力自国の戦力を温存し、要所で戦果を挙げることで、大陸解放後、自国に有利となるように誘導する。

 しかし、こちらはそんな見え透いた思惑にすり潰されるために戦っているわけではない。リディアは短く息を吸うと無線機にむかって声を張り上げる。

「いいさね、爆撃機隊はいざとなったら爆弾を投棄、制空隊の援護に移るか無理ならとっとと帰投すること。こんなところでトカゲどもにくれてやる命はないよ! 戦闘機隊は全力で爆撃機隊の護衛にあたる。いいね!」

 リディアの啖呵に、無線機からは威勢よく応じる声が返ってくる。言ってしまえば寄せ集めの部隊だが、士気は十分に高い。リディアはニヤリと笑みを浮かべて、前方を見据える。遥か遠方に、その距離にも関わらず姿がくっきりと見えるのは、大地から空を見上げる真紅の龍。今回の作戦目標である10階建てのビルディングより大きい龍は、事前の偵察でこの一帯のボスのような存在と推測されている。このエリアを確保するための作戦を実行するには、この巨龍を討伐することは必須だった。

 そろそろ我々の存在意義について、大国の連中に認識を改めさせる時期なのかもしれない。リディアは笑みを浮かべたまま、発言に力を籠める。

「あいつらにくれてやる命はないが、隙があったらとっておきをお見舞いしてやれ。帝国や合衆国に手柄なんぞ残しておく必要はないからね!」

 鬨の声が上がり、航空機の一団は乱戦の真っただ中に突撃を開始した。

 

 グラムの主翼の十三ミリ機銃が火を噴き、銃弾が小型の龍の翼幕に吸い込まれていく。翼幕は切り裂かれ、揚力を失った龍が地に堕ちる光景を見届けることなく、ヴァイスは周囲を見渡す。

「ハンナ、上だ!」

 右下方に位置する僚機に対し、上方から龍が奇襲を仕掛けている。後部銃座反応し弾幕を張るが、射角の関係で命中していない。

 ヴァイスは即座に自機を翻すと、僚機を襲う龍に対し、より上方から奇襲をかける。一掃射で龍は右翼を失い、地面に吸い込まれていく。

「助かりました、リーダー」

「気にするな、先に進もう」

 ヴァイスは僚機の後方に留まり、高度を上げる。僚機が速度と高度を回復させつつ部隊に合流するのを見届け、その場でゆっくりと旋回し周囲から接近する龍がいないか警戒する。

「リーダー、後ろから二頭!」

 伝声管から響いてきたニーナの報告に、ヴァイスは背後を確認することなくフットペダルを蹴る。機体が横滑りすると、それまで機体があった位置を龍が放った炎が通過した。直後、後部銃座から射撃音が響く。背後からの気配に、ヴァイスは先ほどと逆のフットペダルを蹴る。もし炎が翼に命中すれば燃料タンクに着火し、胴体に当たれば後部銃座で龍と対峙しているニーナがどうなるか、想像に難くない。

 ヴァイスは小さく息を吸い込み、背後の気配に集中する。早すぎる回避は追従されてしまう。時折フェイントを交えながら、ギリギリのタイミングで機体を横に滑らせる。

「撃墜一!」

 再度のニーナからの報告。ヴァイスはフットペダルを蹴りつつ、操縦桿を引く。グラムは減速しつつ急激に横転。後を追う龍は旋回と減速について来られず、機体の前に押し出されたタイミングで、ヴァイスは逆のフットペダルを操作し、機体を安定させる。

 何が起きたのか理解できていない様子の龍はただの的だった。背後からの一掃射で左翼を貫かれ墜ちていく。

「ニーナ、助かった。他には?」

「脅威となる姿はありません」

 返ってきた冷静な言葉に、ヴァイスは前方に警戒の視線を走らせつつ、ふっと息をつく。ここまでにどれだけ落としたか、もはや数えていないが、戦いの連続により消耗を強いられていた。何より、とヴァイスは装甲板越しに背後を振り返る。ニーナがいなければ果たして無傷でここまで来られただろうか。ニーナの索敵能力と射撃能力は群を抜いていた。後部銃座は自他共に三次元で機動する状況であり基本的に命中率は高くない――敵機を有利な位置につかせないための牽制が主目的である――のだが、ニーナは周囲の空間を掌握しているかのように龍を落としていく。

「ん、来るか……」

 前方にチラリと見えていた影が徐々に大きくなるのを見て、ヴァイスはスッと操縦桿を握る力に力を籠める。なかなか休ませてはくれないらしい。

「ニーナ」

「了解です」

 前方から迫る龍が機銃の射程範囲に入ってきた瞬間に、トリガーを引きつつ操縦桿を操作し、螺旋状に旋回する。反航戦の状態で龍が放った炎は螺旋の中心を通過し、グラムにはかすりもしない。しかし、グラムから放たれた前方機銃や、交差したのちに放たれた後部機銃も命中弾は少なく、有効打にはなっていないようだ。

 ヴァイスはフラップとダイブブレーキを展開させ、グラムを急減速させ通常よりはるかに小さな半径で反転する。

 だが、その先の戦闘は必要なかった。

「相変わらず、無茶な飛び方をするね」

 こちらを見る龍の上方には、大柄の戦闘機の機影。機体は龍に向けて急降下を開始し、射程に捉えるや否や両翼八門の機銃が火を噴く。その次の瞬間には終わっていた。全身を貫かれ落ちていく龍は、我が身に何が起きたか理解できたのかどうか。

「そんな機体乗りこなしてる少佐に言われたくないですね」

「ふん。遅刻だ、さっさと行くよ」

 一瞬で龍を片付けて近づいてきた機影を見上げる。合衆国の供与機、アスカロン。一般的な戦闘機より二回りほど大きい機体に多数の機銃とロケット弾を装備する化け物戦闘機である。重い機体を大馬力のエンジンでぶん回すという合衆国らしい機体で、慣れた者が扱えば戦闘機動も十分に行えるとのことだが、如何せん機体が重く、敬遠するパイロットも少なからずいた。

 例えば、リディアやニーナの国の機体も、基本的には軽量の機体に高出力のエンジンを積むことで高い機動力を示すものが多い。その為、ほとんどの者は母国の機体をそのまま使用していたが、連合部隊の部隊長となったリディアは無線機等の搭載のため、スペースに余裕のあるアスカロンに搭乗している。全く特徴の違う機体に乗り換えてなお、他の戦闘機を凌駕する戦闘機動や成果を示すリディアから、飛び方のことをとやかく言われたくないとヴァイスは息をつく。

 そんな隊長の援護を受けてからの進攻は極めてスムーズなものだった。

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