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「ドジやな」
彼女にそう言われてから僕はなぜか早坂から目が離せなくって、授業中に彼女の後頭部をなめるように見つめてた。僕がサイクロップスだったら早坂は焼死体になっている。サイクロップスじゃなくてよかった。
27回。これは僕が彼女の髪に触れたいと思った回数。2回。これは僕が早坂と話した回数。2回ともぼくは「ああ、うん」しか言ってないけど立派な会話である。
早坂は相変わらずたくさんの友達に囲まれていて、いつもキャハハと笑っていた。彼女が笑うと金髪がさらに明るく見える。授業中だろうがお構いなしに声を出してわらう。彼女は目が合うと笑顔で手を振ってくれる。彼女の笑顔は僕に対して暴力的ともいえる破壊力を持ち合わせている。手を振られた僕は3割増しでうるさい心臓の音を聞かれないように頭を下げて会釈を返す。手を振り返したいところだがそれはできない。なんか違う気がするから。
僕が生まれて初めて女子のアナルを目撃してから一週間がたった。毎朝スマホをいじっていた時間は単語帳を眺める時間になった。英単語を見つめても早坂のことを考えてしまって全然頭に入ってこないけど、それでもなんの意味もないソーシャルゲームをやるよりはましだろう。僕の高校生活は少し明るくなった。声が大きい運動部の連中は怖いままだし、声が大きいオタクはうざったいままだけど、1年以上通っていて初めて少しだけ楽しいと感じているかも知れない。
「内緒にしといてよ」
彼女は言った。親しい仲でもなんでもない二人だけど、なかなか大きめの秘密を共有しているのではないだろうか。だってアナルなんて恋人しかみないような場所だし。もっといろんなことを知りたい、僕のことを知ってもらいたい。僕は彼女の名前とアナルのこと以外何も知らないし彼女は僕の苗字しか知らないんじゃないだろうか。お互いに好きなものも嫌いなものもなんにも知らない、もっと早坂のことを知りたい。
もう2週間もせずに夏休みに入る。当然だが学校以外で会う予定などない。早坂はいろんな人と遊ぶんだろうな。真夏日でも雨でも首にストールを巻いて、カラオケとかラウンドワンに行くんだろうな。一学期が終わるまでに少しは仲良くなれているだろうか。毎日挨拶するくらいには親しくなっておきたい。
一学期最後のプールの授業も早坂は見学していた。電気ウナギは泳ぎが得意ではないらしいし、もし水中で放電したら大事故につながりかねない。生まれてから一度もプールに入ったことがないのではないだろうか。隠すもの隠せないし。早坂はその体質のせいでいろんなことを我慢してきたのではないだろうか。内臓は小さく、筋肉も少ない。かわりに電気を作れる。あんまり釣り合っていないんじゃないか。携帯の充電ができるとかそんくらいじゃないか。そう思うとプールサイドに座ってクラスメイトと談笑している早坂の笑顔にもどこか寂しな感情が見えた。僕は水面からばれないようにちらっと彼女の顔を見て、そんなことを考えていた。
「今期の一番は間違いなく赤星ちゃん。異論は認めん。(藁)」
一層大きい声でオタクが熱く語る。たぶんアニメの話だろう。こいつが飛ばした米が弁当にはいらないように、僕と葉山はさっと体をそらした。こいつらと昼休みを過ごすなんて不本意オブ不本意だ。早坂は違うクラスの女子たちと机をくっつけて小さいおにぎりをゆっくり食べている。二口で食べ終わりそうなサイズのおにぎりを時間をかけて食べている。早坂は内臓の小ささゆえ超小食なのだ。
「見ろ葉山、この赤星ちゃんの憂いを帯びた儚くも力強い力こぶを」
めちゃくちゃニッチなアニメ見てんだなこいつ。声高々にニッチな性癖を叫ぶせいで教室の視線はおのずと僕らのほうに集まる。僕までキモオタだと思われたらいやなので、僕は避難しようとトイレに向かった。
トイレはいつも通り静かで悪臭がもわっと漂っていた。排尿をすませてスタミナを消費しようと思ったが、アンインストールしていたんだった。やることがないのでかなり丁寧に手を洗った。昼休みが終わるまでトイレにいようと思ったんだけど、まあオタクの熱がさめてくれればそれでいいかな。
「おい凡野これみろ!赤星ちゃんの力こぶ!」
冷めててくれよ。
5時間目は現代文。これがかなりつまらない授業なのでみな好き勝手して時間をつぶす。先生も生徒がなにをしていても淡々と授業を進める。誰も聞いていないと知りながら。休み時間みたいなもんだ。僕も板書を写すだけ写してスマホをいじっていたが、ゲームを消したから特にやることがなくなってしまった。抑揚のない声で話し続ける先生の声に耳を傾ける気にもなれず、隣の席のバスケ部と話す早坂を見ていた。バスケ部の弟が下痢で大変だとか、そんな話が断片的に聞こえてきた。きったねえ話をするな。
「早坂はおなかの調子いいのか?」
なんて質問をするんだこいつは。きっと僕が同じことを聞いたら即逮捕だろうな。バスケ部じゃないと到底許されない行為だ。
「うちは健康だよ」
「よかったな」
「アナルここやし」
「ハハハ」「ハハハ」
早坂はそういいながら自分の首を指さした。
あれ?今、首にある肛門のことをギャグにしたのか?そしてバスケ部も気にせず笑っている。前からそのことを知っている感じじゃん。
「ちょっと光、授業中にアナルの話すんなよ」
後ろの女子も自然に会話に加わる。あれ?みんな知ってたの?早坂のアナルのこと。
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