第5話
ハンサが渋々だが武器を収めたのを確認したゴーウェンは、周りにいた衛兵たちに指示を出してここに立ち入れないようにした。
ここにいるのは俺、ベン、ゴーウェン、ハンサ、そして猊下だけだ。
「二十年前の教会騎士団副団長殺害。あれは私とゴーウェン、アーベルグの三人で秘密裏に行ったことだ」
「法王猊下より、副団長だったマドロクが悪魔に憑りつかれているということを知った俺は、自らの手で片を付けようとした」
「だが、万が一目撃された場合、騎士団が瓦解してしまう危険性が高かった」
「だから、俺はすぐにアーベルグを呼んだ」
全員が俺に顔を向けてきたということは、口を開けということなのだろう。
「最初は何事かと思った。夜も更けて人々が寝静まる時間帯だったからな。まあ、そこで持ち掛けられた話で目は覚めたよ」
「俺は事情を説明した後、アーベルグにマドロクを殺害するように命令した。あいつが一人になるのはメシを食う時だけだったから、昼に一人になったのを見計らって襲撃しろとな」
「ま、待ってください!……まさか、悪魔に憑りつかれたという疑いだけで副団長は殺されたんですか!?確かめもせずに!!?」
ハンサの当然の指摘に猊下は目を瞑り、ゴーウェンは顔を背けた。
俺が説明しないといけないのか……。
「あいつは憑りつかれてた」
「裏切り者が何をっ!!」
「あいつの装備を覚えているか?」
「騎士団に所属する者に支給される剣と盾だろう!?あの方は我々の模範たらんとしていた。貴様と違ってな!!」
どうにも俺は女難の相でもあるのかと疑ってしまうくらい、悉く嫌われるな。
「そうだ。そして、俺が襲撃した時には大剣を握っていた」
「なっ…!? そ、それは貴様が襲撃したからその場にあった物で反撃をしようと……」
「残念だが、違う。あいつは殺されることを察知していた節があった。だから、自分にとって都合の良い場所に俺を誘導したのだろう。まさか、大剣を片手で持って襲ってくるとは思わなかったが」
「嘘だっ!!」
「いいや、本当だ。あいつはもう……手遅れだった。俺が対峙した時、左目は金色に変質し、左腕と左足は肥大化していた。話し掛けたが、もはや言葉も話せない程に侵蝕されていた。俺はその時になって初めて、法王猊下の言葉が本当だったのを理解した」
それまでは殺気を漲らせた目で睨みながら吠えていたハンサも、俺の話を聞いて黙り込んでしまった。
「……そして、殺したのか」
「そうだ。最後の最後まで、あいつは人に戻らなかった。その後はお前達に見つかって逃亡。そして、現在に至るというわけだ」
「なぜ、あの時に言わなかった?」
「言っても信じなかっただろう?お前達は狂信的なまでにマドロクを信奉していた。それこそ、法王猊下以上に」
「それは……」
「だから、俺は何も言わずに逃げた」
「すまなかったな、アーベルグ」
ハンサは俯き沈黙した。言い返せないのだろう。
猊下はそんなやりとりを見て、何か感じるモノがあったのだろう。
皺だらけの顔を、さらに申し訳なさそうにして謝罪された。
心労が絶えなかっただろうに……。
「いえ、俺は外へ出て旅をしたいと思っていたので、気にしてませんよ」
「今まですまなかった、アーベルグ。それにハンサも。本来ならばもっと早くに教えるべきだった。だが、俺は忙しいことを理由に、団が瓦解しかねない危険性を憂慮して話せなかった」
「騎士団長ならば当然の判断だ。たった一人のために、国を守護する騎士団の瓦解を招く必要はない」
「……どうして、貴方はいつもいつもそんな涼しい顔で流せるのですかっ!!」
「当然の判断だと俺は思っているからな。俺とゴーウェンの立場が入れ替わっても、俺は容赦なく切り捨てただろう」
「俺なら悲しくてどこかの田舎に引き籠っていただろうがな?」
ゴーウェンが冗談を言ってくるが、誰も笑わない。
まあ、とても笑える空気ではないからな。空気の読めない奴め。
見ろ、ハンサが涙目になっているぞ。
目で睨むと申し訳なさそうに引き下がっていった。
「二人を責めないでやってくれ。私が命令を下したのだ、断れるはずがない」
「……いえ、もう責めるつもりはありません。ですが、副団長の補佐であった私くらいには話していただけてもよかったのに」
「すまぬな。先にアーベルグが言ったように、おぬしたちは彼を慕っていた。だから、ゴーウェンの助言のもと、真実をひた隠しにしていた」
話がひと段落したからか、背後で黙って聞いていたベンが口を開いた。
「おっさんて、この国の騎士だったのか?」
「元、な。命令を受けて完遂したのち、騎士の地位を捨てて誰も知らない地で冒険者になった。騎士として鍛えていたから依頼には困らなかった」
「………その目はその時からなのか?」
「いいや、違う。これは十年くらい前に負った傷だ」
「見えないのか…?」
「見えないわけではない。だから、普通に生活していても不便ではない」
ゴーウェン、ハンサ、ベンは同情のまなざしで見てきたが、どうやら猊下の目は誤魔化せないようだ。
「そろそろ式典の時間か。積もる話もあるだろう。後ほど、私の部屋でゆっくりと話をしよう」
「アーベルグ、また後でな」
猊下はゴーウェンに付き添われながら、杖を突いて階下に向かわれた。
……ハンサはここを動かないようだ。
「貴方が勝手に外に行かないように監視してます」
若干態度が軟化した……と思ってよいのだろうか?
ベンはどっと疲れた表情をしていた。猊下の前だったからだろう。
猊下が登壇したことで式典が始まった。
ふっ……勇者一行もまだまだ青いな。
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