第4話
勇者一行と共に旅を続けること五日。
ベンは、暇さえあればシールに稽古をつけてもらっている。
自分が稽古をつけることに慣れていなかったからか、最初の頃は時折こちらを窺っていたシールだったが、段々と真面目な性格が表れたのか、適宜改善点を指摘し始めるようになっていた。
ゲッパーは唯一大人なのもあってか、夕食の時は彼が持っているお酒を二人で愉しんでいる。かなり気さくなようで、ゲッパー自身の過去の話を聞いたり、シールの若い頃の話をつまみにして飲みながら話をしている。
キュレネーは初対面の時のことがあってか、まったく口を利かなくなった。ただ、嫌われているわけではないらしく、時折熱い視線を感じる。おそらくは教義を説いて信者を増やそうとする、聖職者ならではのモノだろう。理由は、視線の中に狂気にも似たモノを感じたからだ。
ジュリアは正直よくわからない。戦闘の最中も俺の事をずっと見ていた。戦闘を疎かにしているわけではないから仲間に怒られることはないが、俺からすれば意味が分からない。シールの師匠である俺を見極めようとしているのかもしれないが、感情が無さすぎて不気味にしか感じない。
最後に、ミーナはというと――
「ねえ、本当にシールの師匠なの?」
「一応そうだが?」
「シールも不運ね。アンタみたいな人が師匠で。もっと腕の良い人が師匠だったら、もっと上を目指せたでしょうに」
「随分と嫌われたものだな」
この通り、随分と嫌われてしまったようだ。
口を開くたびに俺への口撃が止まることをしらない。
シールが可哀想だの、相応しくないだの、言いたい放題だ。
何が彼女の機嫌を逆撫でしているのか、こちらには皆目見当もつかないから困っている。
「アンタみたいな、力があるのに戦わないヤツのせいで、多くの民が殺されたのよ!! 力があるのに!!」
「彼女の故郷は、報酬が払えないという理由だけで冒険者に見捨てられました。その結果、生き残ったのは子供ばかりで、親たちは子供たちを守って死んだのです」
なるほど、そういうことか。
つまり、冒険者という生き物がそもそも嫌いなんだな。それなら仕方ない。
まあ、だからといって俺の考えは変わらんがな。
「だからどうした?」
「――貴方のように力のある者が戦っていれば、死なずに済んだ人は大勢いた。 今も、大陸の各地では人々が魔物の脅威に晒されている。『魔王』の幹部を倒した『無貌の英雄』のように、貴方が戦っていれば救われた命もいっぱいあったはず」
なんと子供のような言い分だろうか。
俺がどこで戦おうと自由のはずだ。
俺に対して、無責任な奴らの憤怒をぶつけられても困るのだがな。
「過去は戻らない。そして、仮定の話など無意味だ。俺は俺でやる事があった。それと、俺が『勇者』を導くのが運命だったとしたら、ジュリアの住んでいた村が滅びたのもまた運命だったということだろう」
「このっ…!!!」
「ミーナ。……シールは貴方を信頼していますが、私達は一切貴方を信用していません。王都に着いたら、金輪際シールと関わらないでください」
「俺はそれで構わない。だが、一つ忠告しておこう。自分たちの都合を他人に押し付けない方がいいぞ。もしシールが何か聞いてきた時、俺は隠さず全てを伝えるだろう。それでお前達の仲が悪くなっても、俺は知らない」
ベン達の方へと歩き出す俺の背中に、怒りと失望と侮蔑の視線が突き刺さった。
なんと自分勝手な子供たちなのだろうか。いや、子供だから仕方ないか。
「なあ、スゲエ睨んでるけど何かあったの?」
「気にするな。くだらない理由だ」
「そっか。ならいいんだけど……」
ベンが背後を一瞬振り返ったあと、心配そうな顔で尋ねてきた。
シールも同じような表情を浮かべてこちらを見てきたが、ゲッパーは特に気にしていなかった。
それどころか同情の目で見られた。ゲッパーも苦労したのだろうな。
一緒の旅も七日目。目的地まではもう間もなくだ。
ようやく、俺の旅も終わるな……。
王都に着くと、すぐに全員で王城へと向かった。
ベンは初めて来たらしく、物珍し気に周囲を見回しながら歩いていた。
勇者一行は国王への謁見ということもあってか、さすがに緊張しているようだ。
「勇者殿ですね。それに賢者殿、剣聖殿、聖女殿、弓士殿ですね。後ろの方々は……」
「僕の先生と、今の御弟子さんです。観覧だけでも出来ませんか?」
「勇者殿の師匠であらせられるのですか。でしたら問題ないかと。確認してまいりますのでしばし御待ち下さい」
少し待っていたら、すぐに案内役の文官が戻って来た。
若干息が上がっているのは、途中走って来たからか。
「問題ありません。他の者に案内させますので、もう少し御待ち下さい」
「先生、僕らはこれから式典に出るのでここでお別れです。せめて、この式典くらいは見ていってください」
「ああ、そうさせてもらおう。……転ぶなよ?」
「転びませんよっ!」
シールは今のやりとりで緊張が解けたのか、まだぎこちなくはあるが笑顔を見せた。
ゲッパーもそのやりとりでほぐれたのか、笑みを浮かべていた。
他三人はまだ緊張しているようだ。
案内されたのは教会の大広間が望める二階席だった。
まさか、ここを再び訪れることになるとはな。
二度とここに来ることはないと思っていたが―――
「――貴様、まさか、アーベルグか!?」
「久しぶりだな、ハンサ」
「この裏切り者めっ!! どの面を下げてここに来たっ!!」
俺の顔を見た瞬間に剣を抜くか。お転婆娘はいまだに治っていないようだ。
剣を受け止めると、至近距離から憎悪の目で睨みつけてきた。
人の憎しみはどれだけ時間が経っても消えることはないか。
「どの面とは、この面だが?」
「ふざけおって…!! 衛兵、今すぐこいつを拘束しろ!!」
周りの兵はこいつの部下か。
騒ぎになるのは勘弁だが、ここで捕まる気はない――
「やめよっ!!」
「騎士団長!? しかし、こいつは副団長殺しの…!!」
今日は随分と昔の顔馴染みと会うな。
「アーベルグ、久しぶりだな。二十年ぶりか?」
「そうだな。あの日以来だ、ゴーウェン」
「俺はこの日を待ちわびていた」
ほう?待っていたと?こんな再会をか?
「俺はなるべくなら来たくはなかった」
「だろうな。俺が同じ立場だったなら、まず来ないだろう」
「相変わらずの小心者か」
「ふっ……今や私をそう言うのもお前だけだ」
「それで、どうするんだ?」
「そうだった。まず……すまなかった」
苦労ばかりの人生を送り、疲労の滲む老けた顔の男が、さらに申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
その姿を見た周りの衛兵たちや、ハンサも例外なく目を丸めて動けずにいる。
「お前に全てを背負わせ、挙句助けることもしなかった」
「アレは俺が全てを理解したうえで引き受けた事だ。謝る必要はない」
「分かっている。だが、それでも謝らなくては俺の気が済まない。あの時、俺は騎士団の団長という立場を盾に、お前に全てを押し付けた」
「……あの時、副団長を殺せたのは俺かお前だけ。消去法で俺以外にはありえなかったのだから、お前が気に病むことではない」
「だがっ!!」
「――ゴーウェン、そしてアーベルグ。お主達二人は何も悪くない。任せた私と、人の道を踏み外した彼――マドロクの責任だ」
まさか、あの方がこんな場所にまで来ていたとはな。
振り向くと、予想通りの人物がいた。
年を取り、杖を突いて歩いている以外は当時の姿そのままだ。
「法王様!?」
「ハンサよ、武器を下げよ。アーベルグに罪は無い」
「しかし…!!」
「今こそあの事を話す時なのかもしれぬな……」
「それはどういう……」
今日、この場所が終着点になるか。
これもまた、運命ということなのかもしれないな。
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