第6話

 式典がつつがなく進んで終わった後、勇者一行も含めた先程の面々が、猊下の執務室に集まっていた。

 いまだ力は衰えず、ということなのだろう。隠し事は通じないな。


「アーベルグよ、話を聞かせてくれんか?」

「話せる事でしたら」

「その体――右腕、右足、両目についてだ。お前もまた、魔に憑りつかれたか?」

『!!!!???』

「いえ、魔に憑りつかれたわけではないですよ。運命……というよりも、仕方がなかったというべきでしょう」

「聞かせてくれるか?」

「ええ。順番に話しましょう。まずは右腕。これはオリジン・オーガとの一戦で喪いました。死闘を制したものの、もはや虫の息だった俺を救ったのは、悪い噂ばかりが流れていた『放浪の魔女』でした」

『魔女!?』


 まあ、驚くよな。この世界に生きる者なら一度は聞く名だ。しかも悪名で。


「俺は彼女の秘術によってオーガの右腕を移植してもらいました。移植した時、魔女に認識阻害の魔法陣を刻んでもらったため、今も皆には人の腕にしか見えないでしょうが」

「なるほどな。問題は無いのか?」


 しげしげと俺の右腕を見ていた猊下が顔を上げて見てくる。

 魔女の技量を見極めていたのだろう。


「移植する時に、封印を施しているから問題ない、とは言われています。そのせいで本来の力ほどではありませんが、オーガ特有の強靭さと膂力は発揮されてますよ」

「ふむ……。それで、他はどうだ?」

「右足はアークデーモンのモノです。――言い忘れてましたが、魔女は何を思ったのか行動を共にするようになったので、他の部位の移植も彼女がしてくれました」


 ん?一瞬だが、ハンサから黒いモノを感じたが……気のせいか。


「そうか。魔女といえば、訪れた場所に災厄を撒き散らすと聞くが……どうなのだ?」

「まあ、気まぐれ、ということは確実ですね。気分次第で人助けをしますが、気分を害した人間には徹底的に攻撃する性格でした」

「災厄を撒き散らしたりはしたのか?」

「過去には何度かした、と言ってました。本人曰く、助けた恩を仇で返されてムカついてやった、とのこと」


 そういえば、一度だけ見た事があったな。

 気分を害してきた男に熱した針を千本も刺しまくっていたっけ。



「そうか……。それで、両目はどうした?」

「右目は、大陸の南にある『龍の住処』。そこで決闘をした邪龍ヴァルファーレに、決闘の勝者にと渡されたヤツの第三の目です。この目で見た者全てを威圧する、扱いに困る代物です」

「邪龍を屠ったのか!?」

「ええ、まあ。移植した両腕と両足のおかげですけどね」

「両…?」

 

 左の話は後で。今は左目の話だ。


「そして、左目。これは、偶然闘うことになったヤタガラスを討伐した時に手に入れた魔眼です。あらゆるモノの動作がゆっくり見える能力を宿していたのですが、これにはさらに先の力がありました」

「それは?」

「未来予知です。約1分先の未来が見えます」

「未来予知!?つまり、常に相手の先手を取れるという事か!?」


 猊下よりも先に声を上げるな、ゴーウェン。うるさいぞ。

 猊下以外の面々も似たように目を見開いていたが、口が開いたり閉じたりしているところを見ると、何か言いたいが驚きすぎて声が出ないといったところか。


「ああ。この目を見開いている間、俺は常に相手の動きを先読みして行動することが出来る」

「なるほど。だから、目隠しをしていたんですね。自ら封印する意味も込めて」


 シールは察しがいいな。すぐに眼帯の理由に思い至ったか。


「この力は強大だ。だが、だからこそ、この力に頼った戦い方にならないようにしている」

「随分と無茶な日々を送ってきたのだな」


 猊下が深々と椅子に座り込まれたが、まだまだ話は終わらない。


「ちなみにですが、左足は精霊にもらったものです」

『精霊!!!??』

「精霊の里を襲っていた魔物を退治した御礼に、負傷した左足の代わりを精霊の力で作ってくれたんです。様々な加護が付いてるのでかなり便利ですよ」

「せ、精霊か……」


 今度は猊下も驚いているようだ。ちょっと気分が良いな。

 他の面々も二度目の驚愕で、今度は開いた口が塞がっていない。


「そして、最後の代償が、左腕の喪失でした」

「左腕?しかし、悪しき気配はせんが……」


 一心地ついたのもつかの間、俺の発言にふたたび前のめりになって左腕を凝視し始めた。自分の能力が衰えたとでも思っているのだろう。


「でしょうね。これは古代兵器アーティファクトです。古代の技術によって生まれた神秘の結晶。とある神殿の防衛戦のおり、偶然発見した代物です」

「……胴体以外全てを一度失ったのか」

「戦う事しかすることがありませんでしたから」


 猊下の言葉に、居合わせた全員が沈鬱な表情を浮かべていた。

 改めてその事実に気付き、得も言われぬ感情に囚われているのだろう。

 ミーナやジュリア、キュレネーも例外ではない。


「じゃあ、僕と出会ったのは……」

「ああ、その後だ。精神が摩耗し、休息を取りたくなってどこかを拠点にしたいと思い、立ち寄った時だな」

「――オリジン・オーガ、アークデーモン、邪龍ヴァルファーレ、ヤタガラス。それに精霊と神殿…………まさか『無貌』?」

「嘘よっ!!」

「ですが、今の御話を聞く限りこの方が『無貌の英雄』である可能性が高いです」

「『無貌の英雄』?」


 そういえば、数日前の一方的な罵倒の時にチラッと出てきたな。

 俺はそんな風に呼ばれているのか?


「各地で災厄を振り撒く怪物たちを、その身を挺して屠ってくれた者に送る民からの称賛です。その者は名乗ることもなく次の場所へと赴かれたため、素性を知らないということで『無貌』と呼ばれているんです」


 ……確かに、いくつかの村を訪れて助けたことはあったが、まさかそんな風に呼ばれて広まっていたとは。

 


「……どうして」

「ん?」

「どうしてここに来たのよっ!!」

「簡単なことだ。旅の終わりを故郷で迎えるためだ」

『終わり…?』


 俺の一言に何かを悟ったのだろう。

 シールとゴーウェン、ベンの三人は焦った表情を浮かべていた。

 誰にも言うつもりはなかったんだがな。


「師匠、どういうことですか?」

「力には代償が伴う。大きくなればなるほどな。責任もまた大きくなる。俺は数多の戦場で数多の命を奪い、奪われ、その果てに死にたくないがために強大な力に手を出した。出してしまった」

「それを悪と断ずることのできる者などおりません。師匠はそれだけの事を、偉業を成したのですから!」

「いや、違う。運が良かっただけだ。あの時『魔女』が現れなければ俺は死んでいた。運良く生き残り続けただけなんだ」


 本当に、よく生きていたものだ。

 死んでいてもおかしくなかった状況はいくつもあった。

 必死に生き続けただけなんだ。偉業を成したつもりはない。

 今も、俺に残っている闘うための技術と経験を活かす生き方をしているだけだ。


「だから、生き永らえてしまったから闘い続けた。そのたびに死にかけては生き永らえた。だが、実は気付いていたんだ」

「何にですか?」

「生き永らえるごとに、俺の寿命は確実に減っていたことに。力を使うたびに命を燃やしていたことに」

『…………』

「だが、その闘い続けた人生にもとうとう終わりが見えてきた」



 やれることはやった。

 伝えるべきことも伝えた。

 もう思い残すことは何もない。



「まもなく『魔女』によって俺の命は清算されるだろう。だからこそ、最後の瞬間を故郷で迎えたかったんだ」

「……俺、まだあんたから教わってないことがたくさんあるんだぜ!?」

「これからの人生、お前は多くの人と出会うだろう。彼らから学べ。それはやがて自らを形作る鉄屑なのだから。集め、そして昇華させろ。お前ならいつか『勇者』のようになれるだろう。それこそ、『英雄』と呼ばれるかもな」


 見所はある。まだまだ宝石の原石だが、磨けばきっと輝くはずだ。

 あとは、シールなりゴーウェンなりに鍛えてもらえば、俺を超えるだろう。


 ――死神が到着したようだ。空間に歪みが生まれる。


「御別れは済んだ?」

「出迎えか。御苦労だったな」

「彼の体は私が丁重に葬るわ」

「悪用するなよ?」

「しないわよ。そこまで落ちぶれちゃいないわ」

「アーベルグの肉体に宿る力はどうするつもりじゃ?」

「私の魔法で厳重に封印を施した後、誰にも触れられないように海底深くへ封印するつもりよ。決して悪用されないようにね」



 シール、勇者が涙を流すな。お前は人々の希望なのだから。

 勇気を与える人間が、弱さを見せるんじゃない。



 ゴーウェン、みっともない顔だぞ。

 いい大人が涙をこらえた表情なんか浮かべるんじゃない。



 ベン、鼻水が垂れてる。短い間だったが、退屈せずに済んだ。

 俺もシールも超えてみせろ。



 ハンサ、これからは憎しみに囚われない生き方をしてくれよ。

 それから、真実を伝えるのが遅くなってすまなかった。



 ジュリア、キュレネー。そんな申し訳ない顔をするな。

 事情を知らなかっただけなのだから。



 ミーナ、そんな悔しそうな顔をするな。お前の思いは間違ってはいない。

 だからこそ、お前は人々を救う正義になってやってくれ。



 猊下、貴方の判断は間違っていなかった。

 あのまま放置していれば、いずれ騎士団は瓦解していたはずだ。

 だから、もう重荷を背負わなくていいですよ。



 魔女よ。何度も命を救ってくれて感謝している。

 そして、最後を看取ってくれることにも。

 お前になら安心して俺の体を任せられる。



 悔いはない。憂いもない。皆がいるのだから。

 俺の役割はここまでだ。

 あとは、未来ある者達に託そう。

 


「魔女、連れて行ってくれ」

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