第7話

 あの日から一月が経った。

 俺はまだ生きている。

 生きているが、これまでとは異なる生活をしている。



「おっさん、この後は?」

「自分で考えろ。人に教えてもらうのではなく、自ら考え行動し、立ち止まった時に聞け」

「だけどさ、やることなくなったんだけど?」

「なら休憩すればいいだろう。体を休めるのも鍛錬だ」

「頑張ってるね」


 王都からは離れ、ちょっとした丘の上にあるここを訪れる者は数えるほどだ。

 住んでいるのも俺とベンだけだ。よっぽどのことが無いかぎり来客は来ない。


「シール!」

「私たちもいるわよ」

「みんなもか!」


 来たのは勇者一行だった。相変わらず五人行動している。

 先頭にシール、後ろにはミーナ、ジュリア、キュレネー、最後にゲッパーと続く。

 シールがニコニコしながらこちらに手を振ってくる。


「はっはっは。我々のことも忘れてもらっては困る」

「元団長のおっさんと、現団長の姐さん!」


 騒がしい若者が来たかと思ったら、今度は古馴染の二人がやって来た。

 片手には酒瓶を持っているところを見ると、飲み明かすつもりだな?


「おいおい、今日はどうした?同窓会でも開こうってのか?」

「間違ってはいないわね」

『はい。私達も参りました』


 今日は次から次へと来客がやって来る。

 木陰で揺り椅子に揺られていると、頭上から二人の声がした。

 こんな登場の仕方をするのは魔女と我が儘姫だけだ。


「貴方のために良いお酒を用意したわ」

「俺のため?今日って何かあったか?」

「何言ってんだよ! 今日は――」


『誕生日だろ!!』


「……………俺の?」

「はっはっは。ほらな、忘れてるだろう?」

「今日は先生のお誕生日ですよ。五十歳の」

「俺は祝ってくれと言った覚えはないが?」

「みんな貴方に感謝しているのよ。貴方のおかげで救われたから、その感謝も込めて祝うの。わかった?」

『返しきれないほどの御恩がありますから』


 頼んだ覚えはないのだがな……。


「俺がしたくてしたことだ。感謝など不要だぞ」

「なら、僕らが先生に感謝したくてしているんですから、先生は遠慮不要です」

「……生意気な口を利くようになったな」

「先生の教え子ですから」


 人は日々成長する。つまりはそういうことか。


「そうか。なら勝手にしろ。俺はここを動かん」


 あの時、俺自身なぜ生きたいと願ったのかはわからん。

 弟子の成長した姿が見たかったのか。

 まだ闘いの人生は終わっていないと思ったのか。

 

 だが、今の光景を見ていると、あの時の選択は間違っていなかったのだろう。

 ……こんな事を想うのは、年を取った証だな。 



※※※


『待ってください』


 突如空間が歪み、羽の生えた女が一人、焦った様子で現れた。

 おいおい、なぜここにいるんだ?


「!?――ま、まさか……精霊女王?」

『はい。彼に用があって参りました。お久しぶりですね』

「あの時の我が儘姫か」

『……次にその呼び方をすれば、左足もいじゃいますからね?』


 なんだその冗談は。冗談に聞こえんぞ。


「それで、何の用だ?」

『まもなく貴方の寿命が尽きるだろうと思い、御節介をしに来ました』

「御節介?」

『貴方に救われた精霊たちが、貴方に恩返しをしたいそうです』

「今更?もう彼の命は残り少ないのよ。何も出来ることはないわ」

『いいえ。我々精霊であれば、彼の命を救うことが出来ます。いかが致しますか?』

「延命できるのならしたいが、代償はなんだ?」

『貴方の四肢、及び両の目を頂きます』


 なるほどな。たしかに代償には十分だ。

 魔女もそれを察したらしい。


「なるほど、そういうことね。それなら確かに延命出来るはず」

『どうでしょうか?』

「二人が言うのなら任せよう」


 隣に立つ魔女が伺ってくるが、迷う理由がない。

 神秘に精通する二人が言うのだ、疑う方が失礼だ。


「いいの?」

「信頼できる二人だ。疑う余地などない」

『では、御期待に応えてみせます』



 こうして俺は、力を代償にして再び生き永らえた。

 これまでの旅で手に入れた強大な力と引き換えにして、余命幾ばくかの人生を手にした。今でもこの選択を不思議と後悔していない。



※※※



「そうだ、アルグ。お前さん、子供はおらんのか?」

「いない。ずっと一人だったし、闘いの日々だった。暇があれば剣を研ぎ、備蓄を揃え、鍛錬していたからな」

「そうか……魔女とは何もなかったのか?」

「私達は基本的に別行動だったから、色恋沙汰にはならなかったわよ」


 皆、随分と親しくなったようだ。

 昔ならば、今の発言だけで魔女の怒りを買っていたことだろう。

 それが今では、目くじらを立てることもなく流してみせた。

 ちなみに、「アルグ」というのはゴーウェンが仕事の時以外で俺を呼ぶ時に使っているあだ名だ。名前が長いからという理由らしいが、適当すぎないか?


「なぜそんなことを聞くんだ?」

「ふっふっふ……アルグは知らんだろう。子供がどれほど可愛いのかを!!」

「……戦いから身を引いたことで変わったようだな。昔はあんなに戦闘、戦闘、戦闘などと言っていたお前が、そんな好々爺になるとは」

「最近では孫もできたからな!」


 この家に移ってから時々やって来るが、酒に酔うと必ず娘や孫の話を延々としてくる。同じ話をすでに五回も聞いているな。

 よくもまあ、飽きもせず話せるものだ。


「まあ、なんだ。お前も闘いから身を引いたのだ。妻子を持てば生活が楽しくなるかもしれんぞ?」

「子供はベンとシールで足りている。これ以上は何も望まん」


 言った瞬間聞こえていたらしく、ミーナが物凄く険しい表情で睨んできた。

 ゴーウェンはすでに酔っているのか、そのことにまったく気付いていない。


「なんだ、欲のない奴め………いや、闘ってばかりだったから欲というものとは縁遠かったのかもしれんな」

「かもな。あの頃の俺にとって、死なないために力を求め続けていた。独りだった俺にとって、力だけが唯一身を守るものだった」


 ゴーウェンとハンサの顔が俯いている。

 お前達が気にする必要などないのに。


「だが、それももう終わりだ。力は必要ないし、失った。あとは、生き永らえたこの命でゆっくりと過ごすだけだ。未熟な『英雄』の成長でも見届けながらな」

「そうか……お前にも生き甲斐があるようでなによりだ」


 まあ、その未熟な『英雄』たちはまだまだのようだがな。




 ゴーウェンと飲み交わしていると、魔女が何気ない感じで話し出した。


「どうせどこへ行こうと除け者扱いされるし、ここで一緒に暮らしてあげるわ。研究所代わりにね?」

「研究というなら世界を見て回ればいいでしょう?彼は私が見守るから、どこへなりと行けばいいじゃない」

「あら、あんなに嫌っていたのに随分と心変わりしたわね?愛の反対は憎いとも言うし?」

「何を勘違いしているのか知らないけど、私はかつて無責任に言い放ったことへの償いとして、彼の身を守ることを決めたの」


 突然の魔女の発言から女同士の見えない火花が散り始めた。当事者である俺が置いてけぼりなんだが…?

 それとゴーウェンよ、キャットファイトを肴にすると後々痛い目見るぞ?


「おうおう、モテる男はいいなぁ!」

「はぁ……ベンとシールがいるんだ、脅威などあろうはずがない。……いや、身内にいるか」

「――それは誰の事を言っているのかしら?」


 耳聡く聞いてたらしく、ミーナが再度睨みつけてきた。

 聞こえてきた声は、怒っているというよりも恨み節のように低かった。

 おうおう、そんなジトっとした目で見るな。


「さてな。シール、酒をくれ。ベン、食べ物だ」

「飲み過ぎはほどほどにですよ、先生」

「適当なやつでいいよな?」

「シールを雑用扱いするなんてっ!」

「まあまあ。本人が喜んでやってるんだから。おっさん、俺も交ぜてくれ」

「俺も付き合うからな。今日はとことん飲むぞぉ!!」

『にぎやかですね。うふふ♪』



 これからはこんな穏やかな日常が当たり前になっていくのだろう。

 ベンの鍛錬を眺め、シールの報告を聞き、ゴーウェンやゲッパーと酒を飲む。

 魔女にからかわれ、ハンサに詰られ、ミーナとジュリアに睨まれ、キュレネーに諭される。

 

 捨てたはずの穏やかな日常は、拾った力を捨てることで手に入った。

 俺の闘いは無駄ではなかったのだと、今更ながらに思い知らされる。

 

 何かを拾えば何かを捨てる。

 だが、捨てたものは案外と簡単に戻ってくるのだ。

 拾ったものを捨てるだけで。

 しかし、一度捨てると戻ってこないものもある。

 目に見えないモノがその最たるモノだ。

 

 あの時、摩耗して消えかけた心を捨てなくてよかった。

 もし、心までも捨てていたらこの平穏を手にすることはなかったはずだ。

 

 こんな俺と共にいてくれるこいつらには感謝しないとな。

 口にすればからかわれるのは間違いないから言わないが。



「せ~んせ~! 見てくださ~い。僕、お酒飲めるようになったんですよ~」

「ちょっと、シール!?いつ飲んだの!!?」

「おっ?あ~、俺のヤツを間違えて飲んだな、これは」

「――ミーナ、困惑」

「手遅れですね……」

「わっはっは! そうかそうか。勇者も酒を飲めるようになったか。ならば一緒に飲もうぞ!」

「ふふっ、可愛らしいわね」

「ゴーウェンさん! 子供にお酒を勧めてはいけませんよ!」

「シールが飲むなら俺も飲む! おっさん、俺にもくれ!」


 当分は騒がしい日々が続きそうだ。

 まあ、退屈はしないか。


「酔っぱらいは向こうに行ってろ。ハンサ、連れて行け。魔女、酔い醒ましの薬湯を作ってやれ。ミーナ、薬湯を飲ませた後はお前が看病しろ。キュレネーとジュリアはシールがこれ以上酒を飲まないように監視だ。ベンには酒はまだ早い。あと三年は先だ」



 こんな騒がしい連中がいては、子供など夢のまた夢だな。

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闘いの果てに俺は捨てた 蒼朱紫翠 @msy

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