第6話(非)日常

 部活動から数日後。朝のHR前の教室で俺は自分の席に座って窓を見る。


 ・・・眠い。家が近ければもっと寝てられんだけどな。


 普段のギリギリに登校してくる奴らを恨めしく思う。長セン来るまで寝るか。


 机の上で組んだ腕に頭を乗せ視覚情報をシャットアウトする。周囲の会話が雑音のように耳に入ってくる。意外と眠りやすい。


 眠りそうなところで引き戸が開く音がする。もう長セン来たのか、早いな?


「おはよ~。」


 一瞬、教室が静寂に包まれる。そりゃ一年ぶりくらい見なかったクラスメートの顔を見ればこんな感じにもなるだろう。もう来れるようになったのか。


「深月!もう大丈夫なの!?」


 葵の仲良くしていた女子生徒が何人かで葵に詰め寄る。


「うん、とりあえずは登校していいって。今日は様子見だから午前中でお母さんが迎えに来るけど。」


 そっかーよかったー、などと周りの女生徒たちと話しながら席に促されて葵が席に座る。


 もう許可下りたのか。思っていたよりも早いな。とにかく、良かった。


「はい、HR始めるぞー席つけー。」


 開いたままのドアから気だるげそうに長センが入ってくる。ちらっと時計を見る、もうそんな時間か。


 長センの話す連絡を適当に聞き流し、HRが終わる。


「じゃあ、とりあえず朝はこれで終わり。あ、葵体調どうだ?」


 一応の確認程度で長センが葵に尋ねる。


「とりあえずは全然元気です、ご心配おかけしました。」


「そうか、それじゃあ、また保護者の方が迎えに来たら俺に声かけてくれ。」


「わかりました。」


 長センが教室を出てHR前の賑やかさが戻ってくる。一時間目の準備のため、廊下に設置されている棚から一時間目の科目の教材を取り出す。


「おーい陸翔ー。」


 亮がいつも通り声をかけてくる。適当に挨拶を返す。


「葵、思ってたより復帰早いなー。」


「俺が行った時も見た目ただけじゃ体調も悪くなさそうだったしなー、今も元気そうに話してるし。」


 後方のドアの傍から教室内で男女両方に囲まれている葵を視界に入れつつ話す。男女ともに分け隔てなく話せるのスゲーな。


「やっぱり男にも人気だろ?」


「そうみたいだなー。」


 適当に返事をする。


「陸翔は声かけなくていいのか?」


 少しニヤッとしながら問いかけてくる。


「俺には話の中心人物に声掛けできるメンタルねーよ。そういう亮はどうなんだよ。」


 話したくないといえば嘘になる、しかし声をかけたところで話題は思いつかないだろう。


「俺はそもそもあんまり話したこともないし、あんまり意識したことないからなー。」


 共通点もほぼないしな、と笑いながら返してくる。そりゃどんだけコミュ力がある人でも、関係を築く必要がない奴にはわざわざ話しかけに行かないか。俺も普段話すのはこのクラスじゃ亮くらいだ。


「まあ、学校生活に変化があるわけでもないし、いつも通り過ごすだけだろ。」


 チャイムが鳴り、授業が始まる。席に着き面白みのない授業を聞き流す。いつも通りの退屈な日常。前を向いて黒板のほうを向くと今まではなかった葵が視界の隅に覗く。


 授業前の年相応の笑顔と異なり、今はとても落ち着いた大人びた雰囲気を思わせる。思わず見入ってしまうかと思った。ハッとして顔を窓のほうに向ける。


「いや、完全にガン見してたろ・・・」


 誰にも聞こえないようにつぶやき、とてつもない自己嫌悪に陥る。周囲のやつに気づかれたりしていないだろうか、キモイとか思われてないだろうか、自意識過剰だとわかっていても考えてしまう。


 そんなことを考えているうちに最初の授業が終わる。間の休み時間で落ち着きを取り戻し、その次からは特に何事もなく授業をこなしていく。まあ、寝て過ごしていただけだが。


 昼休みに入り、ざわめきが一層大きくなる。


「陸翔、飯食おうぜー。」


 おう、と返事をして弁当をカバンから取り出す。


「亮なんかいるか?飲み物淹れてくるけど。」


「お、じゃあ、カフェオレ頼むわ。いつもわりーな。」


「へいへい。」


 席を立ち、教室を出て、部室に向かう。


 柔道部の部室には電子ケトルが置いてあるので、冬などはあったかいものを飲むことができたりする。そこまで功績もないのになぜか設備が充実している(冷蔵庫もある)。便利。


「陸翔君。今いいかな。」


 紙コップいくつあったっけな。と思考を巡らせていると後ろからか声をかけられる。


「あ、葵。どしたの?」


 後ろからカバンを持った葵が声をかけてきた。


 やっぱ緊張してしまうな。もうちょっと落ち着いて話せるといいんだがな・・・


「約束したでしょ。一緒にタワー!」


 もちろん覚えている。そんなに日もたってないし、約束はあまり忘れないほうだし。


「ああ、覚えてるよ、学校来れるようになったな、良かったな。」


「じゃあ行こうね!明日!」


「あ、明日なのね。随分急だな。」


 少し笑いながら返す。


「明日放課後用事とかあったりするかな?」


「部活があるけど、そのあとからなら大丈夫だよ。」


「ホントに!?じゃあ、待ってるから一緒に行こうね!」


「別にわざわざ待つ必よ「いろいろ私も学校で用があるから大丈夫!」そ、そうすか・・・」


 食い気味に答えてくる。一緒に帰るのとか俺の緊張がマッハで最高潮に達してしまう。覚悟していかないとな。


「お母さん迎えに来てるから私もう帰るけど、一ついいかな?」


「どした?」


「連絡先教えてもらえるかな?良ければでいいんだけど。」


「あ、ああ、了解、じゃあ、交換しようか。」


 連絡先をQRコードを使用して交換する。女の子の連絡先が追加されると少しソワっとしてしまうのは俺だけだろうか。


「ありがとう、それじゃあまた明日ね!」


 笑顔で手を振っていってくる。思わずドキッとしてしまう。


「お、おう、気をつけてなー。」


 角を曲がるまで、その場で見送る。


「ありゃモテるわな。」


 笑いながらまた歩き始める。


「明日緊張すんなー。」


 うれしさの反面、緊張と不安が身体を駆け巡っていた。

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